めぞん一刻 二次小説 風立ちぬ   作:今津晶

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第2話  旅立ち

一刻館へと、あの事故以来久し振りに響子さんが戻って来た。

ただし、以前の響子さんではないが。

 

音無の義父は前もって響子さんを連れてくるに当たって、一刻館の住人にきつく、響子さんを悪戯に刺激してはならないと申し渡してあった。

それがどれだけアクの強い一の瀬さんや四谷さんたちに通じるのかは分からないが。

 

タクシーを降りる響子さんと音無の義父。

 

[さあ、着いたよ、響子さん]

[ここが一刻館じゃよ]

音無の義父は一刻館を指差して響子さんに言った。

 

[まあ、何とも趣のある建物ですわねえ。お義父さま]

響子さんは意外にも何とも言えない表情を浮かべた。

 

[何となく、覚えていないかね?響子さん?]

何とか記憶を呼び起こしたいと願う音無の義父は、響子さんが一刻館を少しでも覚えているのかどうか、確かめてみた。

 

しかし響子さんは音無の義父の思いとは裏腹に・・・。

 

[ごめんなさい、お義父さま、思い出せないんです、どうしても]

響子さんは一刻館は全く記憶に無いと告げた。

 

[管理人さん!]

 

響子さんの到着を今か今かと待ちわびていた住人たちが一斉に飛び出してきた。

それでも・・・。

 

[この方達、確かこの前病院に来られた・・・]

彼女はやはり覚えていないようだ。

 

[何となく思い出さんか、響子さん?]

[ここは・・・あんたが記憶を無くす前に管理人をしていたアパートじゃよ]

[そして・・・この人たちがここの住人だ]

[みんなあんたの事を心配しとるのじゃよ]

 

音無の義父はここで初めて響子さんがここの管理人だと言うことを本人に告げた。

それでも響子さんは不思議そうに一刻館と住人を見ていた。

 

[まあ、取り敢えず中へ入ろう]

音無の義父は響子さんを一刻館の中へと招き入れた。

 

玄関を通過し、管理人室の扉を開けると、

 

[ああ、何となく懐かしい感じがします]

 

響子さんはここへ来て初めて笑顔を見せた。

 

[それはそうだろう]

[ここで響子さんは生活していたんじゃからな]

 

つい最近までここで暮らしいていた。

その匂いや感覚は、記憶を無くしても心の何処かに染み付いていたのだろうか?

 

ひとしきり館内を見て回った響子さんは、音無の義父と千草の実家へ戻る事になった。

 

 

[あ、あのどうなるんですか?管理人さん?]

そっと音無の義父に近づき耳打ちする五代君。

 

五代君は不安でならないのだろう。

このまま響子さんが目の前から消えてしまいそうで。

 

[ん~そうじゃなあ]

[今はハッキリした事は言えんが、このまま記憶が戻らないとなると・・・]

[もう一度別の人生を歩むことになるかもしれんなあ]

 

[向こうのご両親の考え一つじゃろうが]

[新しい出会いをして、新しい仕事を見つけて、新しい恋をして・・・]

[無くした記憶の隙間を埋めていくしかないじゃろう・・・]

淋しそうに音無の義父は五代君に呟いた。

 

[そ、そんな!それじゃもう僕たちは響子さんの前に現れるなと・・・]

 

そう、音無の義父はもしかしたら、響子さんと一刻館の住人とは永遠の別れになる可能性もありえる・・・。

と示唆したのだ。

 

[響子さんがこれからどんな選択をするのかはわしにも分からん]

[しかし、響子さんがもし、一刻館を受け入れなかったら・・・]

 

[その時は、五代君も含めて一刻館の住人には]

[申し訳無いが響子さんの前に姿を見せないで欲しい]

[それがこれからの彼女のためになると思うのならな]

 

不思議なものだ。

記憶は全て無くした訳ではない。

 

だからといって、記憶のある最前線の所から人生やり直しても、同じ道を通るとは限らないのだ。

一刻館を見た時の響子さんの表情。

それは、初めて訪れた時のものとは明らかに違うものだった。

 

何となく不安そうな表情で一刻館を、そして住人を見詰めた。

このままだと管理人を再び引き受ける可能性は五分五分位だろうか?

もしも、響子さんが管理人を引き受けない選択をした時・・・。

その時が、響子さんと五代君たち一刻館の住人との別れを意味する。

 

タクシーに乗り、音無の義父とともに消えていった響子さん。

これから彼女はどんな選択をし、どんな生き方をするのだろうか?

五代君はしばらく眠れぬ夜を過ごすのだった。

久し振りに響子さんが一刻館に現れてから数日が経過した。

 

~響子さんの実家、千草家のマンション~

 

[あら?出掛けるの、響子?]

掃除をしていた律子が身支度を整え、外出しようとする響子さんに声を掛けた。

 

[ええ、お義父さまの所へ]

[惣一郎さんの事も気になるし]

 

律子は少し怪訝そうな表情をしながらも、黙って響子さんを見送った。

 

今の響子さんは一刻館へやって来る前、惣一郎さんと死に別れた時の辛く悲しい状態のようだ。

だからなのだろうか?

いつも淋しそうな表情で周囲に笑顔をほとんど見せていない。

 

前回の教訓から、響子さんの両親も音無家と敵対したりはしないで、取り敢えずは響子さんのしたいようにさせている。

もちろん、それは両親の本意ではないが。

 

 

“[バウ!バウ!]”

 

音無家には惣一郎さんがいた。

響子さんの事故後、犬の惣一郎さんを今後どうするかで色々と揉めた。

 

一刻館に置いたままにした方がいいんじゃないか?

と一刻館の住人たちは主張したが、なにせいい加減な一の瀬さんや四谷さんに朱美さん、頼りない五代君たちの意見では、音無の義父が首をタテに振る筈も無い。

 

音無の義父は色々と考えた末、響子さんの記憶が一刻館に来る前だった事を考慮して、一番自然な音無家に戻す事になった。

千草家はマンションだから犬は飼えないので、それしか選択肢はないというのも本音か?

 

一刻館には主のいない犬小屋だけがポツンと残った。

 

[惣一郎さん・・・ただいま]

 

記憶を無くしてから笑顔を余り見せない響子さんだったが、犬の惣一郎さんや、音無の義父の前では変わらぬ笑顔を見せていた。

 

[惣一郎さん・・・あたし、記憶を少し無くしてしまったらしいの]

[自分が自分じゃないみたいで、・・・苦しいわ]

[これからどうしたらいいの?・・・あたし]

愛犬の惣一郎さんに自分の今の思いを打ち明ける響子さん。

 

その言葉からは事故後の記憶と、自分の置かれている状況とのギャップに苦しんでいる様が伝わってくる。

そんな様子を黙って見ていた音無の義父。

音無家の縁側に響子さんと音無の義父が和やかにお茶をしている。

 

[響子さん、具合の方はどうかね?]

何よりも音無の義父は響子さんの事故後の経過が気になっていた。

 

[ええ、お陰さまで]

[と言うよりも、実感がないんです]

[車と事故を起こしたという]

そんな響子さんはいまだに事故前の事は記憶にない様子。

逆にそれが本人を苦しめている。

 

[なかなか、今の生活と言うか、時代の流れについていけなくて・・・]

[テレビや新聞なんかを見たりすると]

[間違い無く自分は記憶の淵から5年以上も置いていかれていることが分かるんですけど・・・]

辛そうな表情を音無の義父に見せる響子さん。

 

[少し・・・休んだらどうかね?響子さん?]

そんな響子さんを見て音無義父は口を開いた。

 

[休むってどういう意味ですか?お義父さま?]

義父の言葉に不思議そうに思う響子さん。

 

少しばかり間を置いてから音無の義父はゆっくりと話し始めた。

 

[こんな都会の喧騒にいては響子さんも落ち着かんじゃろう]

[否が応にも色んな人と接しないとならんし]

[テレビだラジオだなんだて、自分が置いていかれているのを感じると余計に焦ってしまう]

 

[記憶が戻る事があんたにとって一番いい事なんじゃが]

[しかし、最悪戻らなかった事も想定してこれから生きていかないといかん]

[新しい“千草響子”としてな]

 

音無の義父は響子さんに最悪このまま記憶が戻らなくても、生きていかないといけない現実があると話し、

それには今の環境では心が落ち着かないのでは?と心配をする。

 

[お義父さま、音無の姓を名乗っているのはご迷惑ですか?]

 

現実との解離。

響子さんの記憶はいまだに“音無家の未亡人”響子さんのままだ。

 

五代君や三鷹さんと出会って少しずつ明るさを取り戻した響子さんではない。

突然義父にそんな事を言われても戸惑ってしまう。

 

[響子さんの記憶はどうも、話を聞くと惣一郎が死んでからそんなに経っておらんようじゃな]

[しかし響子さん、現実はもう惣一郎が死んで5年以上も経過しておるのじゃよ]

[ゆっくりと少しずつ、その現実を受け入れていかないといかんよ]

[気持ちはとても嬉しいがのう]

そう言うと音無の義父は優しく微笑んだ。

 

義父の言葉に黙って頷く響子さん。

 

そして音無の義父は一つの提案をする。

 

[少しゆっくりと温泉にでも浸かって来たらどうじゃ、響子さん?]

[わしの弟が長野の蓼科で温泉旅館をやっておるんじゃが]

[そこでしばらくゆっくりと今後の事を考えたらいい]

音無の義父は温泉にでも行き、少し心も体も休めた方がいいと、自分の弟のやっている旅館に行くことを勧めた。

 

響子さんの反応は・・・。

 

[お義父さまがそうおっしゃるなら・・・]

[お言葉に甘えようかしら?]

満更でも無いようで、義父の話を受け入れる事にした。

 

実際に響子さんは疲れていた。

現実と自分の記憶との歪み。

自分の知らない人が、知り合いだ、何だと、ゾロゾロと現れて来る恐怖にも似た感覚。

新聞やテレビで見る世界。

でも自分はそこには存在していない。

実際には存在しているのだが、記憶には無い。

 

響子さんは時間の流れを止めてしまいたい、出来るなら巻き戻したいと心の隅で思ってさえいた。

そんな折に義父からの申し出は、響子さんにとって正に渡りに船であった。

 

長野へと旅立つ決意をした響子さん。

響子さんの身を案じている五代君と三鷹さん。

 

この二人は一体今後どうやって響子さんの心を掴もうとするのだろうか?

 

 

以下次回

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