めぞん一刻 二次小説 風立ちぬ   作:今津晶

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第3話  蓼科にて

突然管理人のいない一刻館に音無の義父がやって来た。

 

[アラエッサッサ~♪]

[ええぞ~!]

 

タイミングの悪い事に、一の瀬さん、四谷さん、朱美さんの3人は、玄関先で酒盛りをして騒いでいた。

 

[まったくしょうがない住人だ!]

少しばかり強張った表情で音無の義父は一の瀬さんたちを見詰めた。

 

[こんな所に響子さんを戻すわけにはいかんなあ・・・]

[ここは取り壊して売却でもするか・・・]

それだけ一方的にだめ住人たちに告げると、音無の義父は一刻館に上がりもせず、帰って行った。

 

[あのじいさん、なにしに来たんだろ?]

[さあねえ?]

[さ、気を取り直してカンパ~イ!]

 

性懲りもなく酒盛りを始める3人。

 

音無の義父の言葉。

それは響子さんの記憶が戻る、戻らないの有無に関わらず、一刻館は存続させない。

そんな意思の現れであった。

 

夕方、五代君がキャバレーへ出勤しようと玄関へ降りて来たら、まだ酒盛りしている3人がいた。

 

[あ~あ~あ~、こんなに散らかしてもう!]

[これじゃ管理人さん絶対帰ってきませんよ!]

 

呑んでは散らかし、散らかしては呑む。

その繰り返しでみるみる一刻館は荒んでいった。

 

それでもめげずに酒盛りに精を出す3人。

五代君の言葉なんて右から左、左から右で聞いちゃいない。

 

[あはは、さっき音無のじいさんが来て管理人さん戻させないってさ~♪]

脳天気に朱美さんが言い放った。

 

[わはは!居座ってやる~!土地だけになってもここに居座るんだ~!]

一の瀬さんはもう尋常ではない。

 

[そ、そんな・・・。]

五代君は玄関に立ち尽くしてしまった。

 

“[響子さんが一刻館にもう戻ってこない???!!!]”

“[嘘・・・だよなあ・・・]

“[響子さんは記憶が有ろうが無かろうが、響子さんなんだし・・・]”

“[管理人じゃなくても響子さんには変わりはないんだよなあ・・・]”

“[だけど、このままだと・・・俺は響子さんと何もかも終わってしまいそうだ]”

 

キャバレーへと向かう夕暮れの道。

五代君はこれからの響子さんとの関係に強い危機感を抱いていた。

事態は確実に五代君と響子さんを引き離そうという流れになりつつある。

 

一刻館とその周辺との関係を音無の義父までもが断ち切ろうとし始めている。

響子さんの両親は前からそうだったので、五代君には果てしない逆風だ。

だからと言ってどうする事も出来ない無力な五代君。

辛い日々は続く。

 

*一方響子さんは・・・*

 

音無の義父の勧めもあって、弟の経営する長野の温泉旅館へと向かっていた。

 

“[心が落ち着くわ・・・]”

“[こうして何もかも忘れて旅していると・・・]”

“[今は、何も気にしないで・・・・]”

“[ぼんやりとしていたい]”

 

長野へと向かう列車の中、響子さんは移り行く秋の景色を見つめながら、リラックスした様子で旅館へと向かった。

駅から更にバスで目指す旅館までは1時間ほど。

 

“ブルルルルル~ン♪”

 

バスから降り立った響子さん。

 

[あ、少し寒いわね]

 

ひんやりとした山の空気。

響子さんはそれを肌で感じ、羽織る物を一枚バックから取り出した。

 

夏の行楽シーズンも過ぎ、ひっそりとした秋の高原。

義父から手渡された地図を頼りに響子さんは旅館を探す。

しばらく細い山道を歩くと・・・。

 

[あったわ、ここね]

 

響子さんはついに辿り着いた。

 

旅館の名前は・・・・。

 

[一刻館]

 

何と、あの“おんぼろアパート”と一緒の名前。

だが、外観はこじんまりとして、歴史を感じさせる風格ある建物。

間違っても時計坂の一刻館とは似て非なるものである。

今の響子さんはアパートの一刻館の記憶を綺麗に無くしているので、違和感などは無く、

 

[ああ、とても趣があっていい感じの建物ねえ]

 

と一言だけ。

 

[こんにちは~]

響子さんは玄関に向かって声をかけた。

 

[おお、いらっしゃい、響子さん]

[惣一郎君の葬儀以来になるかなあ]

[事情は兄から聞いとるよ、さあ、お上がりください]

 

音無の義父に似た老人が奥からやって来て、にこやかに響子さんを出迎えた。

見た目は兄弟なので良く似ているのだが、義父とは違い眼鏡を掛けていない。

 

[お久し振りです、本当に]

 

挨拶もそこそこに、これから宿泊する部屋へと通される響子さん。

 

[さあ、ここが今日からあんたがしばらく滞在する部屋じゃよ]

 

清掃の行き届いた小奇麗な和室。

窓からは秋の緑が映える部屋。

 

[ああ、良いお部屋ですねえ]

響子さんも溜め息混じりにその窓からの風景にしばし目をやった。

 

[まあ少しゆっくりしたら、ロビーにお茶でもしに来るといい]

[小さい旅館だし、今日のお客はあんただけなんでなあ]

音無義父の弟は簡潔に用件だけ言い残すと、戻って行った。

 

しばらく休んだ後響子さんは義父の弟の言葉に促され、ロビーへと足を運び、何とものんびりとしたお茶の時間となった。

 

[そうか・・・大変じゃなあ]

[わしには理解しろと言われても理解出来ない世界じゃが]

 

響子さんからここまで来た経緯を聞き、義父の弟は響子さんの今の辛い状況を理解して言った。

 

[無くした記憶を取り戻すのは難しいじゃろう]

[だけど響子さんにはこれからがある]

[兄貴も言ってたかもしれんが、記憶を無くした事を忘れた方がいい]

 

[そうしないといつまでも気になってしまって、新しい環境に馴染めなくなる]

[せっかくこんな山奥まで来たんじゃから、ここで生まれ変わった気持ちでまた東京へ帰ればいい]

そう言うと、義父の兄は義父同様、目を細めて小さく笑った。

 

[あの、・・・お一人でやられているんですか?]

 

そう言えばさっきから人の気配がしない。

気になった響子さんはそれとなく聞いてみた。

 

[ああ、小さい旅館だし、3年ほど前まではばあさんと二人でやっていたんじゃが、ばあさんも死んで、忙しい時だけ親戚や知人に手伝ってもらっておるんじゃよ]

[7~8年位前までは他に従業員も数名いて季節を問わずに繁盛していたが、もうここ5年くらいは不景気で、従業員も次々と辞めていきおった]

[今のような閑散期はわし一人で十分じゃ]

少し淋しそうに義父の弟は笑った。

 

[まあ、もともと都会での生活に疲れて道楽で始めたような旅館じゃから、あまり繁盛せんでも構わんのじゃがな]

心配そうな表情をする響子さんを見て、気にすることはないと、義父の弟は響子さんに言った。

 

[いかんいかん、そろそろ夕飯の準備をしないとな]

 

時刻は夕刻前。

 

義父の弟は急いで厨房へと向かった。

 

[あ、あたしにも何かお手伝いさせてください]

 

それを追って行く響子さん。

 

[わはは、お客さんはどっしりと構えておればいいんじゃよ]

[のんびりと露天風呂にでも浸かるといい]

[用意が出来たら声を掛けるから]

義父の弟は、せっかく温泉地に来たのだからゆっくりしろと響子さんに促す。

 

響子さんはその言葉に従い、誰も居ない貸し切りの露天風呂へと向かった。

夕飯は響子さんが、一人で食べても味気無いからと義父の弟にお願いして、響子さんの泊まる部屋で義父の弟と二人で楽しい宴となった。

 

心の疲れは少しは取れたのだろうか?

興味深そうに、義父の弟の話に真剣に耳を傾ける響子さんの姿があった。

 

夜も深まり、響子さんは部屋から空を眺めた。

思い描くのは、やはり、惣一郎さんとの事ばかり。

まだチクリと胸が痛む。

 

現実は死に別れて5年以上も経つというのに。

記憶の中ではまだ死に別れて日が浅い。

そのギャップが未だに響子さんにのしかかる。

 

[綺麗なお月様・・・]

[明日は・・・どうするかなあ]

 

響子さんの蓼科での一日目の夜は更けて行った。

 

このまま五代君と三鷹さんは響子さんと自然消滅してしまうのだろうか?

管理人のいない一刻館の運命は?

[ふう、こんなにすっきりした気分で朝を迎えられたのは久し振りねえ]

 

高原の朝。

澄んだ空気。

聞こえるのは木立が風にそよぐ音と、小鳥たちのさえずり。

 

“コンコン”

 

響子さんの部屋をノックする音がした。

 

[響子さん、朝食の準備が出来たから適当においで]

義父の弟が朝食の用意が出来たと知らせに来た。

 

和室の自分が泊まっている部屋で朝食にしてもよかったのだが、やっぱり一人では味気ないし、

他にお客もいないので、義父の弟とロビーで取る事にした。

 

[今日はどうするのかね?響子さん?]

朝食取りながら、義父の弟は響子さんに今日の予定を尋ねた。

 

[そうですわねえ・・・]

[湖にでも行ってみようかしら?]

響子さんは湖が見たいと言う。

 

[うむ、それがいい。この辺にはいくつか綺麗な湖がある]

義父の弟もそれがいいと頷いた。

 

[わしも暇なら着いて行ってやりたいんじゃが]

[あいにく、予約が入っているのでなあ]

義父の弟も案内してやりたい気持ちはあるのだが・・・。

 

お客が来るために準備をしないといけないので同行は無理だと残念がる。

 

[あら?お客様ですか?いい事じゃありませんか]

[何組様おいでになるんですか?]

 

[ん、今日は2組・・・]

[いや、昨日一件予約が突然入ったから3組か]

今日のお客は3組。

 

[あ、じゃあたしにもお手伝いさせて下さい]

響子さんは旅館を手伝いたいと義父の弟に申し出た。

 

[いやあ、あんたはのんびりと好きな事をしていたらいい]

[手伝いなんてさせたら兄貴に怒られてしまうよ]

と笑ってやんわりと義父の弟は断ったのだが。

 

[何かして体を動かしていた方が気が紛れるんです]

[だから・・・お願いします]

響子さんはもう一度根気強く頼んでみた。

 

[仕方ないのう。好きにするがいい]

[ただし、大変じゃぞ]

響子さんの熱意に義父の弟が折れる結果となった。

 

 

そして時刻はお客さんを迎える夕方前になった。

 

[こんちは~!]

 

一組目のお客は男性だけ4名のグループだった。

 

[いらっしゃいませ、お待ちしていました♪]

響子さんが奥からにこやかにお客を出迎えた。

 

[あれ?経営者変わったの?]

響子さんを見て驚く男性グループ客。

 

[わはは、わしの兄貴の知人じゃよ。綺麗な人じゃろう]

[ちょっとまあ、2~3日位手伝ってもらおうかとなあ]

そこへ義父の弟が現れて種明かしした。

 

[明日は朝から?]

[ええ、回りますよ。]

どうやらこの男性グループは常連のようだ。

義父の弟がゴルフスイングの真似をしていたので、明日は朝からゴルフへ行くのだろう。

 

そしてしばらくすると賑やかなおばさんグループがチェックインを済まし、残るはあと一組。

 

[もうそろそろ来てもよさそうだがなあ・・・。]

陽もとっぷりと暮れて心配そうにお客を待つ、“一刻館館長”の義父の弟。

 

その間響子さんは二組の食事の用意などに追われていた。

 

[なんか体動かしているとイキイキしてくるわね。]

忙しいのも何のその、響子さんは水を得た魚のようにてきぱきと働いていた。

 

そこへ・・・。

 

“ガラガラガラ~”

 

[こんばんは~遅くなりました]

ついに今日最後のお客が現れた。

 

[あ、お待ちしてまし・・・・・・・]

響子さんが玄関に向かうと言葉を失った。

 

目の前に立つのは・・・。

以前花束を抱えて見舞いにやって来た男性なのだから。

 

[あ、今夜はお世話になります。]

 

響子さんに爽やかな笑顔を振り撒いたのは・・・。

三鷹さんだった。

 

三鷹さんは事故後響子さんの容態が気になって仕方が無かった。

テニススクールのコーチにも身が入らない。

ここぞとばかりに、叔父さんは見合いをゴリ押ししてくるし。

そんな状況下に置かれた三鷹さんは焦り始めていた。

 

それでも自分が響子さんの周囲をウロウロするのは病状回復のためによくないと考え、

母の律子さん宛てに毎日のように電話して、響子さんのその日の様子を窺っていたのだ。

 

律子さんも三鷹さんの熱意に押され、響子さんの容態を日々報告していた。

そして音無の義父から響子さんが温泉行きを勧められたのを知り、三鷹さんは律子さんから宿泊先を口八丁手八丁で聞き出し、

急いで昨日予約を入れたのだった。

 

[お手伝い・・・されているんですか?]

三鷹さんは突然旅館の人間として現れた響子さんにびっくりして尋ねた。

 

[え、ええ。気晴らしがてらに]

[さあ、お上がりください。夕食の支度が出来ておりますわ]

響子さんは戸惑いの表情を見せた。

 

“何故あの人がここに?”

 

無理もない。

響子さんの心の中を見透かしたように三鷹さんは・・・。

 

[あ、僕ここよく利用しているんですよ]

響子さんが記憶を一部無くしている事を逆手に取った上手い一言だった。

そこへ少し遅れて絶妙なタイミングで義父の弟がやって来た。

 

[ああ、いらっしゃい三鷹様。いつもごいきに。お待ちしていました]

いかにも“常連客風”にやり取りをする二人。

 

そのやり取りに響子さんも安心感を覚えたようだ。

 

だが、もちろん三鷹さんはこの旅館は初めてであった。

昨日、宿を予約する際に、三鷹さんは今回の顛末と響子さんとの長い付き合いを義父の弟に説明していた。

そして何もかも投げ打ってでも、響子さんの力になりたいと電話口で訴え、その気持ちに義父の弟も感動し、三鷹さんをバックアップする事を約束したのだった。

正に完璧なプラン。

 

“記憶がたとえ戻らなくてもいい。”

“響子さんは響子さんなんだから。”

“僕はどこまでも追い駆け、愛し抜く。”

 

三鷹さん自身、物見遊山や中途半端な気持ちで蓼科を訪れたわけではない。

テニススクールは強引に長期休暇を取った。

少しでも響子さんの近くにいて力になりたいと願う三鷹さんの決断だった。

 

一方の五代君は・・・。

 

[は~い、おしめ取り替えましょうね]

キャバレーバニーの福利厚生部長として日々・・・。

ホステスたちが連れてきた子供たちのおしめを取り替えていた。

 

完全に三鷹さんに先を越されてしまった五代君。

三鷹さんは記憶を無くした響子さんの心を再びつかむことは出来るのだろうか?

 

蓼科の秋は更に深まってゆく。

 

 

以下、次回

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