めぞん一刻 二次小説 風立ちぬ   作:今津晶

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第4話  追い駆けて来る二人

“コンコン”

 

[失礼しま~す]

響子さんが三鷹さんの泊まる部屋へと食事を運んできた。

 

[ああ、そんな事は僕がやりますよ、音無さん]

慣れない手付きと足取りで、響子さんが食事の配膳を始めようとすると、三鷹さんはそれを制した。

 

[あ、でもお客様にそんな事をさせては]

ちょっと困り顔の響子さん。

 

[ははは、気にしないで下さい。こんな事くらい]

[それより、どうして働かれているんですか、音無さん?]

三鷹さんは響子さんが旅館の手伝いをしているのが不思議でならなかった。

 

三鷹さんの質問に響子さんはしばらく考えた後、答えを返した。

 

[実は・・・あの事故の養生のためにこちらに来たんですけど・・・一人でいるとなんだか時間を持て余してしまって]

[それにここは義理の父の弟さんがお一人でやられているようでしたので、お客さんの多い今日は大変そうでしたからお手伝いさせてもらう事にしました]

 

[ふふふ、楽しいですよ~、忙しいから余計な事考えないし。体動かしてるとなんか元気出てくるんですよね、あたし]

[さて、お仕事お仕事]

[それではまた後でお邪魔します。]

響子さんは三鷹さんにそう話すと、急いで部屋を立ち去って行った。

 

三鷹さんは複雑な表情で響子さんを見送った。

三鷹さんとしては元気な響子さんが戻ってきた事は嬉しい事なのだろうが、やはり本心としては早く響子さんを東京へと連れて帰り、

誰にも邪魔される事なく、二人で愛を育てていきたいと。

記憶が有る、無いに関わらず。

 

時刻は少し逆昇り、昼の一刻館時計坂。また音無の義父がやって来たのだ。

 

[この状態では近いうちに人が住めなくなる]

[しかし、他の管理人を雇ってもすぐに辞めてしまう。]

[それはあんたたちが管理人をいびって困らせるからじゃ]

[ほとほとあんたたちの悪行には呆れ果てた・・・じゃから、わしも今回ばかりは決断をする事にした]

 

散らかり放題の玄関先で、いつものように酒盛りをしていた一の瀬さん、四谷さん、朱美さんを見て、

怒りを通り越し、呆れた様子で淡々と音無の義父は話す。

 

そして衝撃の一言を音無の義父は告げる。

 

[11月中にはここを取り壊して更地にする]

 

ついに一刻館を取り壊す決断をしたのだ。

 

[それは出て行けって事ですか?]

ほろ酔い加減の四谷さんが言った。

 

[当たり前じゃ]

[なるべく早く次の所を探すんじゃな]

表情一つ変えず、音無の義父は四谷さんにそう答えると、そのまま玄関を出て行き帰って行った。

 

[本気みたいね]

[そのようですなあ・・・]

一瞬静まり返る3人。

 

しかし・・・。

 

[よお~し嘆いても始まらない!]

[カウントダウンフィーバー!]

[最後の日まで呑み明かすぞ!]

更に盛り上がる3人。

 

しかしこれで一刻館の処遇が決定してしまった。

 

そして五代君が出勤する時刻には・・・。

 

[グオオオオ~!]

 

3人とも酔いつぶれて玄関で寝ていた。

 

[ああ、またしこたま呑んで・・・しょうがない人たちだなあ]

いつもの事に苦笑いの五代君。

 

余りにも汚いので、近場のゴミを拾い集めていた。

 

その時・・・。

 

“ジリリリリリリ~~ン♪”

 

玄関の共同ピンク電話が鳴った。

 

[もしもし、一刻館ですが?]

仕方なしに五代君は電話に出た。

 

[あ、音無の。ええ、五代です]

 

音無の義父からの電話であった。

 

[・・・・・・・・・・え???・・・・]

[ほ、本当なんですか!]

[一刻館を取り壊すなんて・・・]

[それじゃ管理人さん、響子さんは・・・]

[・・・・もう戻すつもりはない?・・・そうですか]

[あ、いえいえ、ご心配なく。自分で探しますから]

 

音無の義父はあの場に居なかった、五代君の事を気に掛けて電話して来たのだ。

そして一刻館を取り壊した後、五代君が希望するなら他所の物件を紹介するとまで言ってきた。

 

しかし五代君はそんな後の事より、響子さんと一緒に居れたこの一刻館が無くなってしまう事が何よりもショックだった。

 

“[もう響子さんに逢う事もないのかな?]”

五代君は背中を丸めてキャバレーバニーへと向かった。

 

そしてまた旅館。

 

食事も終わり、響子さんが後片付けに三鷹さんの部屋へやって来た。

 

[いやあ、とても美味しかったですよ]

ニッコリと笑う三鷹さん。

 

[あら、浴衣はお召しにならないんですか?]

温泉旅館に来ても浴衣を着ないで、普段着のままの三鷹さんを見て響子さんは言った。

 

[あ、いやあどうも余り趣味じゃなくて]

 

普段は旅行に出ても日本式の旅館には泊まらないゴージャス三鷹家。

海外旅行も多いし別荘やリゾートホテルに宿泊する機会が多いので無理もない。

それに温泉地のオヤジと一緒にされたくないという変なプライドも三鷹さんにはあった。

 

[あら、お似合いになりますわよ?“お客様”]

響子さんの言葉が三鷹さんの心にチクリと刺さる。

 

昔のように“三鷹さん”と呼んではくれない響子さん。

“お客様”というありふれた言葉で表現されてしまう。

記憶が無いのだから仕方が無いが、果てしなく淋しくも悲しい瞬間だった。

 

[そ、そうですか?じゃあ着てみようかな?]

三鷹さんはそれでも表情も変えずにニッコリと笑った。

 

[ええ、是非そうして下さいませ]

[それでは]

響子さんは片付けが済むとさっさと消えてしまった。

 

“僕は音無さんとどう付き合っていけばいいんだ?”

 

暗くなった窓の外を静まりかえった一人の部屋から見詰める三鷹さん。

さっきの“お客様”と言う言葉が後から後から重く三鷹さんの心に伸し掛かる。

 

想像以上に響子さんとの距離が開いてしまった現実。

これを埋めて元に戻すのは並大抵の事ではないだろう。

 

三鷹さんほどの男性なら他に女性はいくらでもいるだろうに。

それでも三鷹さんは響子さんに思いを寄せる。

そして自分が不利になればなるほど、逆境に追い込まれれば追い込まれるほど燃える性格の持ち主でもあった。

 

“コンコン”

 

[入るよ]

しばらくして三鷹さんの部屋にやって来たのは、義父の弟だった。

 

[厳しそうじゃのう。その表情を見ると]

三鷹さんの難しそうな表情を見て、義父の弟は笑った。

 

[あんた響子さんとかなり親密な関係だったらしいが、今の響子さんをモノにするのは至難の技じゃぞ]

[さっき兄と響子さんのご両親とも電話で経過の報告なんぞしたんじゃが、向こうでの話を聞く限り、響子さんは東京にいる時よりは明るく楽しくやっとる]

 

[だから本人が東京に帰りたいと言い出すまでここに滞在させる方向で一致した]

[そんな響子さんの心をつかむのは大変な事だと思うのじゃが]

[見た所あんたは爽やかな好青年だし、何も記憶障害のある女性に執着しなくても引く手あまたじゃないのかい?]

義父の弟は兄と千草家と連絡を取り、響子さんをいつ東京に戻すのがいいのか話し合った。

 

結論は東京にいるときよりも良い状態のようなので、本人の気が済むまで蓼科に滞在させる事となった。

義父の弟は三鷹さんがどこまで本気で響子さんを追い駆けて来たのか半信半疑であった。

完全に自分の事を忘れてしまった女性をもう一度ゼロから愛せるのだろうかと。

 

しかし三鷹さんはそんな義父の弟の話を聞いても眉一つ動かさなかった。

そしてこう言い放った。

 

[僕は音無さん、いや、響子さん以外の女性は興味が有りません]

[響子さんじゃないとダメなんです]

 

[ふう、つまらん事を聞いてしまったね]

[あんたならそう言うだろうと思っていたよ。]

三鷹さんの言葉を聞き、義父の弟は納得したのか笑みを浮かべ、更にこう付け加えた。

 

[明日も予約は入っておるが熟年の夫婦が二組きりなんで、わし一人で平気じゃ]

[響子さんを連れてその辺観光してきたらいい]

義父の弟は三鷹さんの響子さんに対する真剣な気持ちを受け止め、二人を後押ししてやろうと心に決めたのだった。

 

三鷹さんは強力な理解者を得る事に成功した。

これで周囲にまったく障害は無くなった。

後はいかに響子さんの心をゲットするか。

 

それだけだ。

 

一方の五代君は今夜も・・・。

 

[ぶちょ~あそんで~]

[は~い、なにしてあちょぶかな?]

 

福利厚生部長として日々大活躍していた。

管理人の居ない、一刻館も取り壊しがほぼ本決まりとなり、五代君と響子さんを結ぶものは完全に消えうせようとしていた。

蓼科の朝。

 

一刻館は朝のチェックアウトのお客も早々に出て行き、響子さんと義父の弟、そして一刻館に連泊する三鷹さんの3人だけとなった。

 

[さあ響子さん、天気もいいし、今日こそ観光に出かけるといい]

義父の弟は響子さんに出かけたほうがいいと言う。

 

[あ、でも、・・・お客様は?]

義父の弟の言葉に躊躇する響子さん。

 

その二人のやり取りを、ロビーで新聞を広げながら聞き耳を立てているのは三鷹さんだ。

 

[お客さんは今日は二組だけじゃ。安心して行くといい]

[・・・そこにいる三鷹さんと]

義父の弟は、三鷹さんと二人で出かけるように何とか仕向けようとしていた。

 

義父の言葉を聞き三鷹さんは待ってましたとばかり、

 

[そうですよ、音無さん]

[せっかくこんな素晴らしい所まで来たんですから]

新聞なんか実はまともに読んではいなかった三鷹さん。

 

ここは響子さんと二人きりになれる大チャンス!

しかし、焦ってしまっては響子さんが遠のいてしまう。

ギリギリの駆け引きだ。

ここで響子さんの機嫌を損ねて警戒感を持たれてしまっては、こんな山の中まで来たことが全て水の泡となってしまう。

 

[僕と二人きりだと心配ですか?心細いですか?]

[僕は信用できませんか?]

三鷹さんは響子さんをまっすぐに見詰めて、響子さんの心の中へと訴えかけた。

 

響子さんはしばらく考えた後・・・。

 

[わかりました。今支度して来ますね]

三鷹さんの気持ちが通じたのか、響子さんはニッコリと笑って出かける支度に向かった。

 

[じゃあ行ってきます]

響子さんは三鷹さんの車に乗り、二人で出掛けて行った。

 

[気を付けてな]

それを見送る義父の弟。

 

~一方の時計坂周辺~

 

[こんにちわ~、お邪魔しますね]

荒れ放題の一刻館にやって来たのは郁子ちゃんだった。

管理人が不在の一刻館。

年老いた音無の義父が毎日のように偵察に来るわけにもいかず、郁子ちゃんが代わりにやって来たのだ。

 

[ああ、郁子ちゃん、久し振りだね。]

五代君が二階から降りて来た。

 

[うわあ!汚い~!]

その散らかりように驚く郁子ちゃん。

 

[これでも多少は掃除してるんだけどね・・・]

五代君が申し訳なさそうに言う。

 

[しょうがないなあ・・・]

郁子ちゃんは見るに見兼ねたのか掃除をし始めた。

 

[僕も手伝うよ]

五代君と二人で大掃除となった。

 

1時間後・・・・。

 

[ふう、やっと綺麗になったわ]

 

[助かったよ、郁子ちゃん]

郁子ちゃんと五代君は5号室で一息入れていた。

 

[でも・・・ここ、おじいちゃん取り壊しちゃうみたいだけど・・・]

[お兄ちゃんどうするの?]

 

郁子ちゃんはこれから先の五代君の事を気に掛けていた。

 

[う、うん・・・まだ何も決めてないけど、何とかなるさ]

郁子ちゃんの手前、明るく笑って見せたものの、響子さんの事が頭から離れず、先の事なんか考えられない五代君だった。

 

“響子さんに逢いたい”

 

日に日にその思いは強くなる五代君だったが、一刻館関係者は千草、音無の両家から煙たがられ、逢うことは困難な状況にある。

そんな時、郁子ちゃんが何気ない一言を・・・。

 

[そう言えばおばさま、養生のためにおじいちゃんの弟さんの温泉に行ってるのよ]

 

郁子ちゃんの話は五代君には寝耳に水。

しかし、千載一遇のチャンス到来でもあった。

五代君は郁子ちゃんから響子さんの宿泊先を見事聞き出すのに成功した。

 

そして・・・・・・・。

 

[なにいぃぃぃ????]

[仕事をしばらく休ませて欲しいだとぉぉぉぉぉ????]

 

[は、はい、すいません!]

五代君は響子さんの元へと向かうため、キャバレーのバイトをしばらく休みたいと申し出たのだ。

 

[スケか?あ、このヤロウ?]

[・・・・図星か]

[しょうがねえなあ。上には適当に言っとくから、好きにしろ]

[そん代わりによお、しっかりとモノにしてこいよ、あ?五代?]

恐い先輩の飯岡さんは五代君の熱意に負け、しばらくキャバレーを休む事を許した。

 

キャバレーは休む事が出来た・・・しかし、ひとつ五代君には大きな問題があった。

 

[貯金いくらあったかなあ・・・]

財力では三鷹さんの足元にも及ばない五代君。

長期戦を決め込んで余裕の三鷹さんに対して、財力の無い五代君はどう対抗するのだろうか?

 

一刻館に帰って、貯金通帳とにらめっこする五代君。

 

[・・・・。3~4日しかもたんなあ。これじゃあ・・・]

悲痛な叫びが5号室にこだまする。

 

今現在響子さんとの唯一の接点が、郁子ちゃんに教えてもらったこの宿なのだから、響子さんにひと目逢えればそれでいいと言うわけではもちろんない。

だからこそ、自分自身の全てを捨ててでも、響子さんの近くに居ないと話にならない。

 

五代君は心の中に決意する。

しかし・・・。

その限界が3~4日ではあまりにも厳しすぎる。

 

[・・・・ヨシ、イチかバチかだ!]

 

何か閃いたのだろか?

五代君は一目散に玄関の共同電話へと向かった。

 

“ジ~コ、ジ~コ”

 

ダイヤルした先は・・・。

 

[はい、もしもし山の宿一刻館ですが]

響子さんと三鷹さんの滞在する一刻館だった。

 

[あ、あの、つかぬ事をお伺いしますけど・・・・バイトとか募集してますか?]

五代君は何と、従業員として入り込もうと計画したのだ。

 

もうやぶれかぶれの大作戦だ。

 

“断られるだろうなあ。”

 

当然だが五代君はそう思ったが・・・。

 

意外にも。

 

[おお、丁度いいタイミングだよ、あんた]

[秋の行楽シーズンだけ親類の若い者を頼んでいたんだが、直前になって用事があって来れないと言ってきてねえ]

[困っておった所なんじゃよ。]

 

ラッキー以外の何物でも無い。

五代君はまんまと“山の宿一刻館”でアルバイトとして潜入する事に成功した。

ついに五代君は響子さんの居所を突き止める事に成功した。

 

そして三鷹さんと五代君はついに同じ土俵に上がることになった。

 

 

以下次回

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