めぞん一刻 二次小説 風立ちぬ   作:今津晶

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第6話  響子さんの気持ち

三鷹さんが去り、山の宿一刻館には、響子さんと五代君の二人が残される形となった。

連休とあって、予約が多数入っているこの宿。

五代君はのんびりと煩悩に浸っている暇は無かった。

 

“[くそ~忙しいなあ・・・。響子さんと話すらできないよ。]”

 

バイトで来ている身分の悲しさ。

五代君は必死になって働いていた。

 

[ちょっと~!]

 

[ハイハイ、ただいま行きます!]

 

そうこうするうちにもお客さんから声が掛かる。

 

[も~たまんないよぉぉぉぉ!]

早くも泣きが入っている五代君。

 

一方の響子さんは・・・。

 

 

“ブルルルルルルン”

 

バスに乗り、一人静かな草原に来ていた。

どこまでも果てしく広がる緑の世界。

季節の花がその緑にアクセントをつけて行く。

 

空は鈍い曇り空。

今夜からは雨が降るのかも知れない。

心地良い風が吹き抜けてゆく草原を、響子さんは一人、長い髪をなびかせ歩いて行く。

 

歩きながら思うこと。

 

それはやはり “あの事故”に遭ってからのこと。

響子さんを取り巻く環境は一変してしまった。

 

記憶障害のジレンマ。

自分が自分でないような感覚。

様々な事をこの短い期間に体験した。

 

響子さんは悩んでいた。

そろそろ東京へ戻って生活を全てゼロからやり直すか。

 

それとも・・・。

 

そう、三鷹さんの存在がとても大きく響子さんの心を支配しつつあった。

 

記憶が途切れているこんな自分でも真剣に愛してくれている。

三鷹さんの真摯な気持ちが響子さんの頑なな心を溶かしつつあるのだった。

 

でも・・・。

 

響子さんの中には今でも惣一郎さんの存在が。

三鷹さんという“今”と、惣一郎さんという“過去”とで揺れる心。

 

そんな時だった。

 

“[響子。響子。]”

 

[え!?]

 

周囲には誰も居ない。

だけれども確かに声がした。

 

“惣一郎さんの”

 

“ヒュウウウウ~・・・・”

 

その声は風と共にかき消されていった。

 

[惣一郎さん・・・]

[惣一郎さんなのね!]

[どこ、どこにいるの?!]

 

[・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・]

 

[確かに聞こえた]

[惣一郎さんの声が!]

 

響子さんは驚いて辺りを見回すが・・・。

どこまでも続く草原以外、何も視界には入らない。

 

でも、確かに響子さんには“惣一郎さん”の声が聞こえた。

空耳ではなくて・・・。

 

[惣一郎さん、あたしの事、心配してくれているのね]

[ごめんなさい]

 

[でももう平気よ]

[いつまでもうじうじと考え込んでいられない]

[だって、そうじゃないと、また惣一郎さんに心配かけてしまうもの]

 

[だから、もうしばらく考えて・・・]

[後悔しないようにしたい]

 

ほんの一瞬の不思議な出来事だった。

いや、もしかしたらただの錯覚かも知れない。

でも・・・それでも構いやしない。

 

響子さんは誰もいない草原で、一人胸に思いを秘めるのだった。

夕方になり、山の宿一刻館の忙しさはピークを迎えていた。

 

[おおい、五代君!料理そっちじゃないぞ!]

色々な指示が義父の弟から矢のように飛んで来る。

 

[は、はい!今すぐ!]

館内を忙しく走り回る五代君。

 

[おーい、ちょっと!]

そんな時に他のお客さんからも声が掛かり、てんてこ舞いの五代君。

 

こじんまりとした旅館ではあるが、部屋が全部埋まり、お客さんが入るとかなり活気付く。

それを二人で裁くのだから大変といえば大変だが。

 

“参ったなあ、他にも急ぎの仕事があるのに・・・。”

五代君はお客さんに呼び止められたものの、わざと聞こえない振りして通り過ぎようとしていた。

 

そこへ・・・。

 

[はい、お呼びでしょうか?]

響子さんがにこやかに現れそのお客さんの相手をしてくれた。

 

パニック状態の五代君にとって、それはまさに大きな助け舟となった。

 

 

“ジャー、カチャカチャ”

 

お客さんたちの夜の宴も終わり、厨房で大量の洗い物たちと格闘していた五代君。

思わず・・・。

 

[あ~あ]

[俺、こんな事しにここまで来たんじゃないよなあ・・・]

[大事な収入源のキャバレーまで休んで・・・]

愚痴を零していた。

 

[貧乏が憎い!]

淋しくも、情けない独り言が厨房に虚しくこだました。

 

“グルルルルル~”

 

突然五代君のお腹が鳴った。

 

[あ、そう言えば忙しくてまだ晩飯食べてないや]

忙しさの余り、食事する事すら忘れていた五代君。

 

[はーあ・・・]

出るのは情けない溜め息ばかり。

 

そこへ現れたのが・・・。

 

[そんなに根を詰めて働いてると、身体が持たなくなっちゃいますよ]

響子さんだった。

 

[あ、ああ!]

五代君には響子さんが女神のように見えた。

 

[な、な~に、2,3日寝ないで働いたってへっちゃらですよ、僕は!]

突然元気になるお調子者の五代君。

 

[旅館も山も大好きですからねえ!]

もう出任せのオンパレード。

 

[フフフ、五代さんて面白い人なんですね]

響子さんがそんな五代君を見て笑った。

 

[い、いやあ!]

[そんな事ないですよ!]

久し振りに見る響子さんの笑顔に五代君はほっとしていた。

 

[あ、これよかったら・・・召し上がってくださいな。]

響子さんが持ってきたものは・・・。

 

お手製のおにぎりだった。

 

[お夕飯・・・まだなんでしょ?五代さん?]

 

響子さんの心遣いに思わず目頭が熱くなる五代君。

 

が、しかし・・・。

 

[い、いいんですか?管理人さん?]

五代君が思わず口にした言葉。

 

“管理人さん”

 

それを耳にした響子さんは一瞬ピクリと反応した。

 

[そう・・・だったらしいですわね・・・あたし]

急に翳りを帯びた表情になった響子さん。

 

“しまった!”

 

後悔しても既に遅い五代君。

 

[ごめんなさい]

[あたし、本当に覚えていないんです]

[アパートの管理人をしていた事、そして・・・]

[住人の皆さんの事も・・・]

 

忘れつつあった出来事。

それを思い出させてしまった五代君。

 

一瞬気まずい空気が流れるが・・・。

 

[あ、ごめんなさい、忘れてください五代さん]

[あたし、もう気にしてないですから]

[もう・・・過去は振り返らないで生きていきますから・・・]

響子さんはきっぱりと“過去との決別”を宣言した。

 

そして五代君の心を知ってか知らずか、笑って厨房から響子さんは消えていった。

 

厨房から去ってゆく響子さんの姿は・・・。

 

五代君から見ると、本当に手の届かない所へ行ってしまいそうな、背中越しにそんな雰囲気さえ漂っているのだった。

 

[響子さん・・・・・]

[俺は、俺は・・・]

五代君の悲痛な叫びが厨房に響き渡る。

 

その想いが響子さんに届く筈も無いのは、本人が一番良く分かっているのだろうが・・・。

 

~翌日~

 

天気は予想通り、朝から本降りの雨となった。

明日の予報も芳しくないようだ。

秋の長雨。

こればかりはどうしようもない。

 

宿泊していたお客さんたちも観光を諦め、土産物屋でも回って家路に着く為に、早々とチェックアウトして行くお客さんが多かった。

午後になると、昨日までの喧騒が嘘のように静まり返った、

 

蓼科の旅館””一刻館””の館内。

 

五代君もようやく緊張と多忙から解放された。

 

お客さんのいなくなった部屋の掃除をしていた五代君。

清掃も済み、部屋を出ようとドアノブに手をかけたその時・・・。

誰かの話し声が聞こえてきた。

そっとドアに耳を寄せて誰がどんな話をしているのかを探る五代君。

 

[そうか・・・決めたのか]

 

[ええ、決めました]

 

ドアの向こうからの声は・・・。

音無の義父の弟と、響子さんとの会話だった。

 

[今の自分の気持ちを確かめてみたいんです]

[三鷹さんとの]

 

“!!!!!!!$$$$$$”

“ショック!”

 

正に五代君にとっては信じられない言葉だった!

 

””三鷹さんが仮に響子さんにプロポーズしたとしても、たぶん響子さんはOKする筈も無いだろう。””

 

そう決め込んでいた五代君にとって、今の響子さんの言葉は余りにも痛すぎるものだった。

 

[そうか・・・じゃあそろそろ東京に帰るようじゃな]

[淋しくなるが、響子さんが一番だと思える選択をしたらいい]

義父の弟も、響子さんの思いを尊重するようだ。

 

[また三鷹さんがこちらにいらした時・・・]

[その時にこれからどうするのか、決めようと思います]

響子さんは本気だった。

 

次に三鷹さんが蓼科へ現れた時。

それが・・・。

 

この3人にとっての“運命の時”となってしまうのだろうか。

 

 

以下次回

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