めぞん一刻 二次小説 風立ちぬ   作:今津晶

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第7話  奸知な求婚

翌朝電話が鳴った。

 

[ふむふむ。分りました]

[また明日から?]

[ははは!まあ無理せんことじゃな]

[急がんでも響子さんは逃げやせんよ]

 

電話を受けたのは義父の弟だった。

義父の弟はそれを見ていた響子さんにこう告げた。

 

[三鷹さん、また明日からしばらく滞在するそうじゃ]

 

心揺れる響子さんの反応はと言うと、

 

[そう・・・なんですか]

素っ気無いようで、でも実は心の中で待っていた。

そんな感じだろうか?

 

一方の五代君はと言うと・・・。

 

昨日の響子さんと義父の弟とのやり取りが頭にこびりついていた。

 

外は冷たい雨。

 

[もう・・・駄目かなあ]

視線が宙を彷徨い、正直何もする気が起きない状態だった。

 

[帰ろかなぁ・・・]

[このままここにいても辛いだけだし]

三鷹さんとの戦いに負けを覚悟したのか、五代君は時計坂へ帰ろうと荷物をまとめ始めた。

 

そんな時だった・・・。

 

[五代さんいらっしゃいます?]

響子さんが部屋のドア越しに声を掛けて来たのだ。

 

[入りますよ]

 

[あ、はい、どうぞ!]

慌てる五代君。

 

響子さんが部屋へと入って来た。

 

まず響子さんが気付いたもの。

それは・・・五代君が荷物を整理している光景だった。

 

[五代さん・・・お帰りになられるんですか?]

 

[え、ええ。そろそろ帰ろうかなあと]

響子さんの前で目を伏せがちにそう言った五代君。

 

[そんな・・・五代さんはしばらくこちらでお手伝いされるって聞いてたんですが・・・]

響子さんは驚きを隠さなかった。

 

[すいません]

[もうしばらくこちらでお世話になるつもりだったんですけど・・・]

[でも、僕がここにいる意味もなくなりそうですし]

[早々に帰る事にしようかなと]

 

五代君は流石に””三鷹さんに負けたので帰ります””、とは言えなかったが、力なく語るその姿は敗者そのものであった。

 

[どうしてですか?]

[五代さんがここにいる意味って何なんですか?]

響子さんは五代君が帰ると言うと、何故か強く反応して見せた。

 

そんな響子さんの訴えるような問い掛けに五代君は・・・。

 

[僕の願いはただ一つです]

[僕は、僕は・・・]

[ある人に帰って来て欲しいだけなんです]

[それだけなんです]

 

“ある人”という言葉に置き換えたものの、五代君は自分の思いを響子さんに打ち明けた。

 

[・・・・・・・]

[その””ある人””は、帰って来てくれそうなんですか?]

 

[いえ、たぶん帰って来ないでしょう]

 

[どうしてそう思うんですか?五代さん?]

 

[それは、その・・・]

 

[いいんですか?五代さん・・本当に諦めてしまって]

[そんな事では適う夢も適わないですよ]

 

[それでいいんですか?・・・五代さん]

[あたしだったら・・・淋しいな]

[そんな簡単に諦められてしまったら・・・]

 

響子さんは薄々五代君の言う””ある人””が誰か気付いたのだろう。

そして五代君が何のためにこの山奥まで来たのか?

その思いを初めて知る事になった。

 

五代君との記憶は無い響子さんだったが、少なからずとも、心の奥で、五代君を認識しているのだろう。

そして五代君がどれだけ自分を必要としているのか痛いほどに感じた。

だから必要以上に感情移入できるのだと・・・。

 

[きょ、響子さん・・・・・]

 

[ふふ、あたしは五代さんにもう少しいてもらえたらな・・・]

[そう思っただけです]

[それじゃ]

 

響子さんはにっこりと微笑み部屋を去って行った。

 

””ふふ、あたしは五代さんにもう少しいてもらえたらな・・・””

 

五代君の頭の中はこの言葉が何度も繰り返し状態になってしまった。

 

[よ、よし!もう少し頑張るか!]

現金な五代君はあっさり前言を撤回。

 

帰るのを止めた。

 

[さあ、今日もお客様が来るぞ~!]

急いで館内の清掃を始めた五代君。

 

[よお、五代君]

[張り切ってるなあ]

気合を入れて働く五代君を見て、義父の弟は目を丸くして驚いた。

 

[いやあ、頑張りますよ~僕は!]

本当に現金な男だ。

 

しかし明日にはまた三鷹さんがここへ戻ってくる。

その時には必然的に全ての答えが待っているとも知らず、五代君は今日を生きるのであった。

<明けて翌日 今日は三鷹さんがまた蓼科へとやって来る日だ>

 

天候は昨日までの雨が嘘のように朝から晴れ上がっている。

 

何となく響子さんは朝から落ち着きが無い。

その様子を遠巻きに眺めている五代君。

 

[あたしだったら・・・淋しいな]

[そんな簡単に諦められてしまったら・・・]

 

響子さんのその一言でこの蓼科に留まった五代君は、たとえ響子さんが三鷹さんと結婚する・・・・・。

と、言うような自分にとって最悪の選択をされたとしても、最後まで見届けよう。

そんな心積もりだった。

 

午後になり、ついに・・・。

 

[いやあ、すいません]

[何とか用事は片付けて来ました]

キラリと光る歯で、三鷹さんが現れた。

 

[おお、待っとったよ]

[特に響子さんがな]

意味有り気に響子さんを冷やかす義父の弟。

 

[いやだわ、もう]

顔を赤くする響子さん。

 

しかし、三鷹さんを待っていたというのは間違い無いことであろう。

 

[さて、早速ですが出掛けますか?音無さん?]

宿に着く早々響子さんを連れ出そうとする三鷹さん。

 

[あ、“従業員の五代君”]

[僕の荷物、部屋の方に置いておいてくれたまえ]

近くに居た五代君には荷物運びをさせ、自分との格の違いを響子さんにアピールする三鷹さん。

 

[分かりましたよ・・・]

五代君は黙って三鷹さんの荷物を運び出した。

 

[三鷹さん・・・何もあんな言い方しなくても・・・]

その光景を見ていた響子さんが五代君をかばうように言うが・・・。

 

[あれ?]

[音無さんは五代君に肩入れするんですねえ?]

と上手く切り返され、

 

[い、いえ、別に・・・そういうわけじゃないですけど・・・]

響子さんはそのまま口篭もってしまった。

 

[さ、行きましょう音無さん]

[日が暮れてしまいますよ]

三鷹さんは響子さんを半ば強引にエスコートして車で出掛けて行った。

 

三鷹さんと響子さんが乗っている車を小さくなるまで見送るしかない五代君。

自分の無力さを嫌というほどに痛感する瞬間だった。

 

 

[すいません、ちょっと強引で]

[実は今日、音無さんに大事な話があるんですよ]

三鷹さんは車の中で響子さんに大事な話が有ると切り出した。

 

[実はあたしも・・・お話したい事が・・・]

響子さんも自分の心の中を整理する時が来た。

 

車はしばらく高原の中の道を走り、小さな湖のそばに三鷹さんは車を停めた。

 

[誰も居ませんね]

響子さんは周囲を見渡した。

他には誰もおらず三鷹さんと響子さんの二人きりだ。

 

[今は丁度シーズンオフですからねえ]

と素っ気無く三鷹さんは言った。

 

[それはそうと音無さんに大切なお話があるんです]

三鷹さんは遂に切り出した。

[僕がこの前東京に戻ったのは、どうしても叔父が用があるからと言うものでした]

[しかし、それは真っ赤な嘘で・・僕に見合いをさせようと企んでいたのです]

[それでも僕は父や母、そして叔父に僕は””結婚したい女性が居る””からと突っぱねて、この蓼科に戻って来ました]

 

三鷹さんが東京へと帰った理由は叔父が仕組んだ見合い話だったと言う。

それを三鷹さんは蹴ってまたこの地へと戻ってきた。

 

それはもちろん・・・。

 

[音無さん]

[僕と結婚して下さい!]

三鷹さんがついに響子さんにプロポーズした。

 

[僕にはあなたしか居ない]

真っ直ぐに響子さんを見詰める三鷹さん。

 

[お気持ちは嬉しいいです]

[でも、心の整理が着かないんです]

響子さんは即答を避けた。

 

しかし。

 

[またそうやって曖昧に時間を稼ごうと言うのですか音無さん?]

[僕はもう5年も待ってるんですよ!]

[音無さんは記憶が途切れてしまってるかも知れないですが、これ以上返事を引き延ばされるのはとても辛いです・・・]

 

[またここからすべてをゼロからやり直して、・・・5年も待つなんて・・・]

[僕には出来そうもありませんから]

[正直な所、待ちくたびれてきました]

 

[だから・・・]

[僕がここにいる間に結論を出して欲しいんです]

[もしも返事が“NO”ならば・・・]

[僕は二度とあなたの前に姿を現しません。]

 

三鷹さんは蓼科にいる数日中に返事が欲しいと響子さんに迫る。

更に返事が“NO”ならば。

自分は響子さんの前から姿を消すとも。

 

[そ、そんな・・・]

[お気持ちはとても嬉しいですけど、急に決めろとおっしゃられても]

三鷹さんに心がかなり傾いていた響子さんだったが、今すぐどうこうという考えは持ち合わせていなかったようだ。

 

[東京に帰って、それから時間を掛けて・・・]

[ではダメですか?]

もう少し時間が欲しいと三鷹さんに訴える響子さん。

 

―その時だった―

 

[響子さん!]

 

[あ!]

 

強引に三鷹さんが響子さんの肩を抱き寄せ唇を奪った。

 

その瞬間響子さんの脳裏に浮かんだものは・・・。

 

[管理人さ~ん!]

[響子さん!]

響子さんを呼ぶ一の瀬さんや四谷さんたち一刻館の住人たちの声だった。

そして・・・。

 

[管理人さ~ん!]

[管理人さ~ん!]

[管理人さ~ん!]

何度もこだまする五代君の声。

 

[は!]

我に帰った響子さんは三鷹さんの腕の中から離れた。

 

気まずい空気が二人を包む。

 

[すいません、音無さん]

[でも、僕にはこうするしかなかった]

[少し強引かもしれないけど、あなたはこうでもしないとついて来てくれそうにもないから・・・]

三鷹さんはとても淋しそうな表情で響子さんにキスをした事を詫びた。

 

そんな三鷹さんに響子さんは。

 

[いえ、あたしが悪いんです]

[あたしがハッキリしないのが一番悪いんです]

[あたしに記憶が無いなんていうのは・・・]

[そんな言い訳は三鷹さんにたいして失礼ですよね]

[勝手に三鷹さんとの5年もの月日を否定するようなものですから]

 

[三鷹さんのお気持ちは良く分かりました]

[あたしもそろそろ先々の事を考えていたので]

[お互い丁度良い機会なのかも知れないですね]

 

”””・・・・3日・・・・”””

 

[3日以内にはお返事致します]

[それで宜しいですか?]

 

響子さんもこれからの生き方を決めていかなければならない。

事故に遭い、記憶の一部を失うというアクシデントに見舞われたものの、周囲の人たちや環境はそれを待っていてくれはしない。

 

響子さんが三鷹さんに示した期限は””3日””。

 

それが三鷹さんにとっても、響子さんにとっても、そして・・・五代君にとっても、これから先を占う大事な時間となりそうだ。

 

高原の秋は更に色を深め、吐く息は白く、冬は足音を立てて近付いてきた。

 

 

 

以下次回

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