<そして二日目の朝を迎えた山の宿”一刻館”>
<天候は今ひとつで、どんよりと雲が掛かった空が続いている>
朝早くから響子さんは何やら義父の弟と長い事話し込んでいた。
その様子をチラリと通り掛かったた五代君は目撃している。
―そんな時だった。―
“ジリリリリリ~~~ン”
一刻館のフロントの電話がけたたましく鳴った。
急いで五代君が電話に出た。
“コンコン”
[三鷹さん、お電話ですよ!]
そのまま三鷹さんの部屋へと向かった五代君。
電話は三鷹さん宛だった。
[ん?僕にかい?]
怪訝そうな表情で電話口に向かう三鷹さん。
そして電話口でしばらく三鷹さんは誰かと激しい口調で話した後、また自分の部屋へと不機嫌そうに戻ろうとしていた。
そこで五代君を見付けた三鷹さんは五代君を促し、二人で旅館の中庭へと出た。
[もう冬も近いなあ・・・五代君]
三鷹さんがおもむろに言う。
[そうですね、山の冬は早いですね]
五代君も無機質に返答する。
三鷹さんと五代君。
二人してどんよりとした空をただ眺める。
[さて、五代君]
[僕は残念な事に今日中に東京へと帰らねばならなくなった]
[理由は色々と有るのだが、“見合いの相手への返事をこれ以上待たせられない”、“何としても見合いをしろ!”]
[叔父が強力にそう言ってきてねえ]
[僕も父も、少なくとも叔父にはお世話になっている身だから、あまり邪険にも出来ないんだよ]
[5年・・・・5年かぁ・・・・]
[音無さんが・・・響子さんが・・・]
[もっと早いうちに結論を出してくれていたら・・・]
[僕も・・・そして五代君、君も]
[こんな山の中で悶々と悩まずに済んだのかも知れないがね]
[まあでも、前のご主人への一途な想い]
[それを胸にして生きる響子さんがまた眩しくて・・・]
[長い事待ち続けているのでもあるけど]
[単刀直入に言おう]
[五代君、響子さんが僕たちにどんな結論を返してくるのかは分からない]
[だけど、響子さんが決めた事を素直に認めてあげよう]
[僕は・・・・・]
[響子さんがプロポーズを受け入れてくれなかったら・・・]
[もう二度と、彼女の前には姿を現さない]
[見合いでもして、新しい人を探す事にするよ]
三鷹さんは五代君に今日中に東京に戻る事を告げ、そして、響子さんの決めた結論を尊重してやろうと言った。
もしそれが、三鷹さんにとって、””叶わぬ夢””となったとしても、5年間も愛した人への感謝の想いを込めて、
~~爽やかに身を引いていこうと~~
それがこれからの響子さんの為に成るのなら。
三鷹さんも悩みに悩んだ末、出した答えだった。
[僕も、三鷹さんと一緒です]
[響子さんにとって、一番幸せな選択]
[それがとても大切なんだと、今回の事故で初めて悟らされました]
[それまでは響子さんに自分の想いばかりぶつけて・・・・困らせていたかも知れない]
[でもこうして冷静になって考えてみると、僕はまだ役不足だという事を痛感しました]
[だから・・・・・]
[響子さんが一刻館の管理人復帰への道を選択しなかった時]
[それが・・・・・僕と響子さんの””お別れの時””だと覚悟しています]
五代君もまた、悩んだ末にひとつの結論を出した。
響子さんが一刻館へ戻って来ない時は、新しく部屋を借りて、””響子さんの前には二度と現れない””と。
“ヒュウウウ~・・・”
突然冷たい北風が吹いた。
三鷹さんも五代君も感じていた。
“”今日が三角関係の最後の日だと“”
再びこの3人が顔を揃えることはもう無いだろう。
別れの時は北風と共に、刻一刻と近付いて来た。
午後になった。
空には厚く鉛色の雲が立ち込めている。
三鷹さんは五代君と話し終えた後、響子さんを連れて出掛けて行った。
そして三鷹さんはもうこの旅館へは戻っては来ない・・・。
五代君も決心し、義父の弟にここでのバイトを切り上げ、東京へ帰ると告げた。
―もう後数時間で3人のこれからが決まる―
“バタン!”
[さあ、どうぞ]
三鷹さんと響子さん、何度か二人で訪れたこの湖に車を停めた。
もし、今日が””二人の最後の日””となったとしたら・・・。
三鷹さんはそんな思いも含めて、この場所を選んだのだった。
北風は冷たく吹き抜けていき、辺りに人影は見えない。
[それで、先程もお話しましたが、僕は今日これから東京に帰らなくてはならなくなりました]
三鷹さんは改めてこれから東京へ帰ると響子さんに話し、
そして・・・。
[響子さん・・・・]
[僕と一緒に・・・これから東京へ帰りませんか?]
[そして二人で一緒に暮らしませんか?]
[ずっと・・・ずっと一緒に]
覚悟を決めたように三鷹さんは響子さんの瞳に必死に訴えた。
[もしも、答えが“NO”ならば・・・・]
[今日を最後に響子さんの前には現れません]
悲痛な告白だった。
胸が張り裂けてしまいそうなほど。
響子さんは三鷹さんの言葉を聞き、“ポロポロ”と涙を流し出した。
[ありがとうございます三鷹さん]
[お気持ちはとても嬉しいです]
[でも、でも・・・]
[ごめんなさい]
[三鷹さんはとても優しくて素敵な方だと思います]
[5年もの間、待たせてしまったというのに・・・]
[あたし、何て言ってお詫びしたらいいのか・・・]
響子さんはただただ、三鷹さんにひたすら謝るだけだった。
三鷹さんの事は素敵な人だと思う。
けど、今すぐ結婚までとなると・・・。
これが響子さんの三鷹さんに対する答えだった。
“素敵な人”としては受け入れられたけど、結婚して一緒に暮らす、“愛する人”には届かなかったのだろう。
[・・・分かりました]
[正直に僕の問い掛けに答えてくれてありがとう、響子さん]
[あなたとの5年間、とても楽しかったです]
[これからはお互い、別々の道を生きていくんですね]
[お幸せに・・・・・・・]
[そして・・・・・・・・・]
[サヨナラ]
三鷹さんは響子さんへ最後の言葉を掛けると力無く笑い、車に乗り込み、湖から消えていった。
もう逢う事もないだろう二人のラストシーン。
車のテールランプが消えて行くまで、響子さんは三鷹さんの車をじっと見送っていた。
―その時だった!―
[響子さん!]
五代君の声がする。
“もしかして空耳かしら?”
一瞬自分の耳を疑った響子さんだったが、振り返るとそこには五代君の姿が・・・。
[五代さん・・・・どうしてここへ?]
驚きを隠せない響子さん。
[実は三鷹さんにここへ来いと書かれたメモが残されてまして]
[それをさっき旅館のご主人に渡されて、急いでバスに乗ってここまで来ました]
[そのメモに書かれていたことは、]
###この湖に誰もいなければ五代君の負け###
###僕も、響子さんもいればお互いの負け###
###もう五代君も僕も響子さんとは逢わない###
###だから3人で最後のお別れをしよう###
###そして響子さん一人でいれば・・・・###
###五代君の勝ちだ###
[こんな風に三鷹さんは書き残していました]
三鷹さんは五代君へもメッセージを残していた。
それを義父の弟に託した三鷹さんは、どんな想いだったのだろうか?
あるいは””こんな結末””を予測してメモを残していったのかも・・・。
だが、その真意はもう知る事すら出来はしない。
響子さん、五代君、二人だけの湖。
[綺麗な湖ですね]
[小さいけどとても神秘的で]
湖の水面を、赤く色づいた葉たちが彩りを添えてゆく。
五代君が湖を見詰めて言う。
[綺麗ですね・・・]
[ホントに・・・]
二人はただぼんやりと水面を見詰めた。
肌を刺すような冷たい風が吹き抜けてゆく。
突然響子さんが話を始めた。
[帰りましょう、五代さん]
[旅館へですか響子さん?]
[違いますよ、時計坂へ]
[一刻館へ]
[あたし、もう一度・・・5年前の原点に戻ってみたいんです]
[待っていてくれる人もいるみたいだし]
[それで・・・、いいと思うんです]
[焦らないでゆっくりと、無くしてしまった記憶と向き合おうと]
今の五代君の隣にいる響子さんからは、ここへ来た当時のような迷い、苦しむような様子は微塵も感じられない。
凛とした気高さと、包む込むような優しさが同居した、””五代君の知っている響子さん””の姿がそこにはあった。
五代君は聞きたかった。
“本当にそれでいいのですか?”と。
だが響子さんの迷いのない吹っ切れた表情を見て、聞くのを止めた。
[さあ、帰りましょう]
[五代さん、バスが来ますよ]
[は、はい]
響子さんと五代君は蓼科を後にしようとしていた。
色々とあった高原の秋。
一人の男は笑うのではなく安堵し、そして一人の男は寂しく去って行った。
響子さんの記憶が戻るコトは残念ながらなかったけれど、また一刻館でいつもの日常が住人たちと待っている。
[五代さん、雪ですよ!]
[あ、ホントだ!]
高原の秋は終わりを告げ、バスを待つ二人の周囲には雪が散らつき始め、冬の訪れを知らせてくれた。
完結