「エイナさぁああああああああああああんっ!」
「ん?」
ダンジョンを運営管理する『ギルド』の受付嬢、エイナ・チュールは自分の名を呼ぶ声を聞き、すぐにその主を察した。
よかった、今日も無事だったんだ……。
既に半月前となる。
瞳を盛大に輝かせながらあの子がギルドで手続きを行ったのは。
自分がダンジョン後略アドバイザーとなったその少年の歳は十四歳。半ば弟のように面倒を見ていることもあって、常に死地と隣合わせな危険地帯に行かせることに、あまりいい顔は出来なかった。
片手に持った小冊子から手を上げ、自らも声を掛けるべくその声の主の方へと振り返ると、
「エイナさぁああああああああああああんっ!」
全身を真っ赤に染め上げた少年の姿が目に飛び込んできた。
アイズ・ヴァレンシュタインさんについて教えて下さああああああい!!」
「いやぁああああああああああ!!」
*****
「あのねぇベル君、流石にモンスターの返り血を浴びたまま来るのはどうかと思うよ?」
「ご、ごめんなさい……」
エイナさんの言葉に項垂れる僕。
ギルド本部に備えてつけられた個室スペースの一角。そこで僕はエイナさんにお説教されていた。僕の常識のなさについて度々お説教されている。
出会ってからまだ日は浅いはずなのに、この場所を利用した回数は既に数え切れない程だ。それだけ僕に常識がないということなのだろう。
里の中ではそれなりに常識人なつもりだったんだけどな……。
「それで……アイズ・ヴァレンシュタイン氏の情報だったっけ? どうしてまた?」
「えっと、その……」
頬が赤くなるのを感じながら、先程あった一部始終を語った。
普段歩いているダンジョンの二階層から五回層まで一気に降りてみたこと。
イレギュラーな筈のミノタウロスと出会したこと。
追い詰められたことを、【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインさんに救われたこと。
その姿が格好よかったこと。
見惚れながらもお礼を言おうとけれど、手を差し伸べられた瞬間、頭が真っ白になって逃げ出してしまったこと。
「──もぉ、どうして私の言いつけを守らないの! ただでさえソロでダンジョンにもぐっているんだから、不用意に下層に行っちゃあダメ! 冒険なんかしちゃいけないっていつも口を酸っぱくして言ってるでしょう!?」
「は、はいぃ……!」
──『冒険者は冒険をしちゃいけない』──
エイナさんの口癖だ。一見、矛盾しているような気がするけど、要は安全第一ということだろう。
『冒険者は冒険してなんぼ』とは、友人の幼馴染であるぶっころりーさん(ニート)が言っていたが、エイナさんとニート、どちらの言葉を取るかなんて考えるまでもない。
「はぁ……君は何だかダンジョンに夢を見てるようだけど、今日だってそれが原因なんじゃないの?」
「あ、あはははっ……」
心を見透かしたかのようなエイナさんの言葉に乾いた笑いが出る。
「まさか、モンスターを前にして名乗り上げなんてやってないでしょうね?」
「あ、あはははっ……」
更に乾いた笑いが出る。先程から冷や汗が止まらない。
僕のそんな様子に、とうとうエイナさんはその眦を吊り上げた。
「もうっ! 君たち紅魔族の性質は知ってるけど、モンスターを前に名乗り上げなんてやっちゃダメっていつも言ってるでしょう! どれだけ危険なのか分かってるの!?」
「ひ、酷いですよエイナさん! 僕たち紅魔族にとって、格好良さこそ全てなんです! 戦闘前の口上をするななんて、僕に死ねって言ってるんですか!?」
「いや、それはおかしい」
頭痛でもするのか、エイナさんはこめかみを押さえている。
「まあ、君たち紅魔族のそれに今更何言ったところで無駄か……。よし、じゃあ今日のお説教はおしまい! で、アイズ・ヴァレンシュタイン氏のことが聞きたいんだよね?」
「本来、ギルドとしては冒険者の情報を貰うのはご法度なんだよ」と、前置きしてエイナさんは語り始めた。なんだかんだ、彼女は親切だ。僕が駆け出しだからっていうのもあるんだろうけど。
ロキ・ファミリア所属のLv.5にして幹部。
本名、アイズ・ヴァレンシュタイン。
神々からは【剣姫】という二つ名とは別に、それをもじった『戦姫』なんて言われてるらしい。
下心を持って近づく異性は軒並玉砕、ついには千人斬りを達成……。
「あ、あの、冒険者としてのことだけでなくて……その、趣味とか好きな食べ物のこととかを……」
僕が顔を赤くしながらもおずおずと言うと、エイナさんはぱちぱちと目を瞬いた。
「なぁに、ベル君。君もヴァレンシュタイン氏のこと好きなっちゃったの?」
「いや……その、まあ……」
「あはは、まあ、しょうがないのかな。同性の私でも彼女には見惚れちゃうし」
苦笑してエイナさんは口元に紅茶を運ぶ。
「そ、それで……」
「うーん、趣味とかそこまで込み入った話は流石に聞いたことがない……って、ダメダメ! これ以上は言えないよ!」
「ええ、そんな!」
「ダメダメ、もう用がないんなら帰った、帰った!」
立ち上がり、僕を追い出すかのように部屋の退出を促すエイナさん。惰弱な抵抗も徒労に終わり、ギルド前のロビーに二人して入る。
「ああ、エイナさんのいけず……」
「もう、いつまでいじけてるの? そんなんじゃ格好よくないよ?」
「うぅ、エイナさんそれ分かって言ってますよね」
紅魔族にとって、格好よさこそが全て。それ即ち、ダサいとか格好良くないなどの言葉は
「勿論」
だが、それを笑顔で言うエイナさんにそれ以上恨みがましい視線を向ける気にはなれなかった。
なんだか、いいように扱われてる気が……。
その後は付いてきてくれる、というのでエイナさんと共に換金所へ。本日の収穫はドロップ品などを合わせると、三六〇〇ヴァリスほど。
普段よりも収入が低いけど、これはヴァレンシュタインさんから逃げ出した為に、短い時間しかダンジョンに潜っていなかったせいだろう。
武器の整備や食事の面での経費について色々考えていると、
「……ベル君」
「あ、はい。なんですか?」
帰り際、出口まで見送りに来たエイナさんに引き止められる。
彼女は逡巡しながらも、意を決したのか口を開いた。
「あのね、紅魔族じゃないけど、女性はやっぱり頼りがいのある格好いい男性に魅力を感じるから……えっと、めげずに頑張っていれば、その、ね?」
「……」
「ヴァレンシュタイン氏もいつか振り向いてくれるかもよ?」
動きを止めて、エイナさんの言葉をよく咀嚼する。そして、上目がちに伺ってくる彼女を見つめて。
ギルド職員ではなく、一人の知人てして励ましてくれることに気付いた僕は、みるみるうちに笑みを咲かせた。
勢いよくその場から駆け出した後、すぐに振り返り、エイナさんに向かって叫んだ。
「エイナさん、大好きー!!」
「……うぇっ!?」
「ありがとぉー!」
顔を真っ赤にさせたエイナさんを確認して、僕は笑いながら街の雑踏に走っていった。
目指すは本拠。
ぶっころりー……紅魔族随一の靴屋のせがれにしてニート。めぐみんの幼馴染。紅魔族随一の美人であるそけっとのストーカー。