なんでも、自宅用の乾燥機が存在する家は珍しいのだとか。昔俺んちにやってきた友人がそう言っていた。あの時は友達いたんだよなぁ……なんて悲しい思い出も同時に振り返りながら、回る乾燥機を見つめながらシャワーの音が止まったタイミングで浴室にいる
「ごめん、貸せるの俺の着替えしかないけど……」
「……いえ、用意していただけるだけありがたいので」
素っ気なく返され、そしてまたシャワーの音が洗面所に広がっていく。
──えっと、なんでこういう状況になったんだっけ。やべ、なんか一度に色々ありすぎて混乱してきた。シルエットとかそういうものは見ないようにリビングに戻りながら、流石に冷房にさらされたせいか俺はくしゃみをひとつ零しながら今日のことを整理する。
そう、今日の前半はフツーだった。朝からあちーとか言いながらバイト先まで歩いて、んでそう彼女、現在俺んちでシャワーを浴びている八潮瑠唯さんがバイト先に来たところまではいつも通りだったんだよな。
「また、休憩中いいですか?」
「うん、今日はヒトいるから」
「では……また」
うーんチョークールだね。表情ほぼ動かないもんな、瑠唯さん。ただあのクールビューティーに休憩中のお誘いを受けたということでバイトの後輩にスゲーっす! と声を掛けられた。うん、いい子なんだけどすごくにじみ出る野球部感……丸坊主だからかな。
「センパイってオタクで陰キャかと思ったらあんなエロいお姉さんと……!」
「おい口には気をつけろ後輩。オタクで陰キャなのはあってるけど、そのエロいお姉さんお前と同い年だからな」
「マジっすか!? ヤベー」
せやな、俺もそう思うわ。俺もあのお姉さんヤベーって思うもん。あとそんな欲望に塗れた顔をするなよ後輩、瑠唯さんとはなんもねぇ、というか誰ともなんもねぇよ。つか、俺が誰かとなんとかなると思うなよお前の言う通りこちとらオタクで陰キャだからな。
「毎度毎度すみません」
「いいんだよ、日課と化してきたから」
「日課でも、あなたの時間を奪っていることには変わらないので」
「別に、休憩中なんてぶっちゃけ暇だし」
前にも言った気がするけど、なんならこうやって瑠唯さんとおしゃべりできることが既に休憩以上の休憩タイムなんだよな。関係ないけど瑠唯さんとご休憩って言うとなんだかいかがわしく聞こえてしまうのが思春期のお耳である。
「……私は暇つぶし相手と」
「そこまで言ってなくね?」
「冗談ですよ」
え、びっくりしたぁ……今冗談って言いました? しかもちょっと口許隠しながらクスリと笑った? え、笑い方えっろ、じゃなくてそもそも瑠唯さんが笑った? そんな驚きに口を大きく開けていると、今度はやや険のある声を出されてしまった。
「なにか?」
「いっ、いや……なんもない」
「私だって……笑う時くらいはありますよ」
ごめんなさいと素直に頭を下げる。そうだよな、瑠唯さんだって人間だ。ましろちゃんやつくしとの話でよく透子ちゃんにロボットと称されてるらしいけど、そのバイオリンの音はとても機械的からは程遠いし、少なくとも音楽に対する姿勢には情熱がある。それに、まだ彼女は十代の女の子だ。俺とはひとつしか違わないけど、逆に言うとひとつ下の同年代なんだよな。
「やはり」
「ん?」
「……愛想というものは、必要でしょうか」
それはなんだか、
「俺の持論ってか、くだらない擁護? 否定したくないっていう主観の話なんですけど」
「はい」
「瑠唯さんは、誰かになる必要はないんじゃないかなって思うよ」
愛想が必要かもしれないって考えた原因がもしも、よく笑ったり表情がコロコロ変わる瑠唯さん以外のモニカの四人のことなのだとしたら、そこに迎合して誰かの真似をするのは、アイデンティティ的にどうなのって思っちゃうんだよね。瑠唯さんはクールで表情が変わらなくて、でも努力家で演奏は情熱があって、みたいなところが瑠唯さんなんじゃないかなって……こんなのよく思われたいと考えてる下心みたいな感想だけど。
「あるのですか?」
「ん? 下心?」
「はい、そう言うってことは」
「下心なんて……」
それこそ下心があるなら透子ちゃんやましろちゃんでしょ。特にましろちゃんなんて騙されやすそうだし。俺は純粋におっぱいのためだけに行動してるので! やっぱり下心だったわ。うん言い訳の余地ねぇな、ただ瑠唯さんのおっぱいが燐子さんとどっちがデカいんだ!? と日夜考えて答えを探すために関わってると言っても過言ではないからね。
「いや、まぁないとは言わないな」
「……そうですか」
「引いた?」
「いえ、あなたの視線は、時折……下に行くので」
うぐっ、は、反省します。というかやっぱりわかっちゃうもんなんですね、ひまりとかつくしには散々言われてるけど、やっぱり神おっぱいを眺めるには適切な距離があると感じる今日この頃だ。最近ちょい近すぎてバレテーラ状態ですね。
「ただ下心、性欲という観点から言うと否定できます。それに男女問わずに動くものを無意識に追いかける習性はあると言いますし、少し頻度は気になりますが」
「……ごめんなさい」
「別に……咎める意図はありませんから」
とは言うけどさぁ、俺としては隠しきってるぜドヤ! みたいなところあったんだよなぁ。隠しきってるからビッグセブンの方々と仲良しだぜ、みたいなマウントも無意識に取ってたわけだよ。それがバレてるなら話は変わってくるじゃん。あーもういたたまれない、流石に今日は切り上げて、そう思って立ち上がったが瑠唯さんはやはり何も言わない。
「……ごめん」
あーあ、早くもビッグセブンの一角が崩れてしまった。これでたぶんもうお近づきになることはないんだろうな。なによりあの無表情がな、俺の罪悪感とか色々なものを刺しに来てるんだよな。さっきの質問じゃないけど、愛想が絶対必要! とか言うつもりはやっぱりないけど、レスポンスがわかりやすい方がおしゃべりがしやすいってのは確かにあるんだよなぁ。
「早かったっすね! 先輩って早漏なんすか!」
「後輩、次デカい声で下品なこと言ったら店長に言いつけるからな」
ヤってねぇよ。つか誰が楽しくてバイト先の休憩中にヤるんですかね。防音だもんねってバカかおい。はぁ……まぁでもらしくないシリアス雰囲気をブチ壊してくれたことだけは感謝しておこう。あれだな、バイト中はちょっと思考もマジメになっちゃうせいかな、まだ休憩あるしおっぱいに想いを馳せよう。こういう時の大正義こそおっぱいだ。
「……ん、瑠唯さんから?」
心を落ち着けるためおっぱい系配信者とかいう業の深いものを閲覧し始めてちょっとしてから瑠唯さんからメッセージが届いた。なんだろうと再生を途中で止めて確認すると、そこには待っていますからという文字が無機質に並んでいた。どうして? と返事をすると既読になったままそれ以上の言葉は来なかった。代わりに電話が来て意味がわからず焦りつつもタップすると、そこから吐息が漏れた。えっど、江戸時代とは……ってこのテンプレはいいか。
──その瞬間、音が爆発した。これはモニカの曲、確かその始まりの曲である『Daylight –デイライト-』のバイオリンパートだった。
「すげ……」
瑠唯さんは何を伝えたいのか、何を言いたいのか、うまく表情にできないぶんこうやって素直になれるところを考えたのかな。その音は、伝えたかったものが伝わらなかった苛立ちなのか、それとも俺が勝手にどっかに言ってしまったことへの怒りなのか。いつもよりも荒くて、でもところどころに泣きそうなくらいの音が詰まっていた。
「……話をする。今日の終わりでいいなら」
メッセージに送ったその返事はまた無機質なわかりました、という一言だけだったけれど。
──それにしても、あーもったいな! ここでライブカメラにできればなぁ! 今日の瑠唯さんのカッコならワンチャン揺れてたかな? いやでもバイオリンの構えだとあんま揺れないのか? そういうのをじっくり観察したかったなぁと思ったので残りの休憩時間は再びおっぱい配信者見てました。デカイおっぱいはいいぞルーク!
この作品、主人公と距離の近い順で投稿されてるのでプロローグがつくし、次がひまり、ましろとなっているわけです。
――つまり、つまるところというわけで次回に、続きます!