部屋が広くて助かった。俺はそう言わざるを得ない。あとましろちゃんの寝相が良くて本当によかった。布団を最大限に離して寝ることを提案し、ましろちゃんは最後まで抵抗したけど眠気が勝ったようであやしていたら寝てしまった。なんだかんだ幸せそうな顔してたからおそらく俺の負けだろう。
「先輩、逃げないでよ」
「だってましろちゃん、腕に抱き着く気でしょ」
「だめ?」
「そういうのはカレシにしなさい」
「本音は?」
「おっぱい当てられたら何も考えられなくなる」
それから一晩明けて、約束した通りましろちゃんとデートすることになった。今日の予定は夕方に集合、バスで帰るんだったっけ。確認するとましろちゃんがそうだよとスマホを見せてくれる。しれっと手を、前は不安な時にしかしなかった手を繋ごうとしてくるのをやや攻防して諦めた。ただ恋人繋ぎなのは手汗がヤバい。
「ひまりさんとは」
「ん?」
「どういうデートしたの?」
どういうというかいつものように興味のあるところあるところに引っ張ってくるからなぁ。とはいえ、朝早く、メシ食ってすぐにバスに揺られ、ましろちゃんとどこかへ向かっているのはあんまり変わらない気がする。どこに向かっているのだろうと考えていると、ましろちゃんが目をキラキラさせながらお楽しみだよ! と言ってきた。かわいい。
「先輩」
「ん?」
「先輩は星の王子さまって知ってる?」
「知ってるもなにも」
有名なヤツじゃん。操縦士のぼくと小惑星からやってきた王子さまが色々な星の話をしてくれる的なやつだ。随分子どもの頃に読んだから記憶はあいまいだけど、それがどうかしたの? と問いかけると同時くらいに行先がわかった。
──星の王子さまミュージアム。そこがましろちゃんの行きたかった場所なのか。
「わたしね、先輩と知り合った時にこの本を思い出したんだ」
「どこに繋がる要素が」
「えーっとね、突然やってきたこととか、色んな話をしてくれるところとか?」
色んな話、というと俺には逆なように感じるよ。ましろちゃんが教えてくれたことで、俺の世界は広がったから。手をしっかり繋いで、なのにいつもとは違ってすごく嬉しそうにましろちゃんは展示のひとつひとつを指さして俺に教えてくれる。そこは星の王子さまの物語と同時に作者の生涯を辿るような道筋になっているらしい。
「素敵なところだよね、ロマンチックっていうか、いいなぁ、フランスかぁ……」
「行ってみたい?」
「海外旅行、したことないんだ」
「そっか」
俺はない、とは言えない。なんか小さな頃の写真の中に、確かつくしと二人でエッフェル塔を背景に写ってるのがあったはず。それこそ小学生までは二葉家とは一緒に旅行するくらいの仲で、今では……とはいうけど中学生くらいの頃からただつくしと俺が行かないだけみたいなところがある。
「ね、先輩」
「なに?」
「帰りはもっとおっきなバス借りて、自由席なんだって」
「そうなんだ」
よかった、帰りもおっぱいから隔絶された世界だったらどうしようかと悩んでいたところだったんだ。それにましろちゃんがそう言ったということは、次に何を言うかもわかってしまう。ましろちゃんは、ただまっすぐに俺を好きって伝えてくれる子だから。表も裏もなく、打算もなにもなく。
「一緒に座ったら……ちょっとくらいおっぱい触ってもいいよ?」
「ノータッチ」
「むぅ……いいのに」
「付き合ってないおっぱいに触れるのはだめ、マジだめ」
「じゃあ付き合おうよ」
「軽くね!?」
おっぱい触るために付き合うのもどうかと思いまーす! というかましろちゃん、どうやら俺への攻め方をわかったようで。何がってビッグセブンたる巨乳を使ってくる。おっぱいで砲撃による物量作戦に作戦司令部は混乱状態であります! 今のましろちゃんは元気ない? おっぱい触る? をガチでやってきそうなのだ。触りません。
「だって好きなヒトとか、いないんでしょ?」
「そういない。ましろちゃんも圏外だよ」
「あ、その言い方ヒドいよ先輩、えい」
「やめんか小娘!」
──思わず悪役みたいなセリフが口から飛び出してしまった。なにせこの小娘、恋人繋ぎでガッチリ状態の手を自分のおっぱいに向かわせやがったからな。慌ててチカラの限り止めたけど、脅しにもなんにでもおっぱい使ってくる! この子さては俺より脳内おっぱい畑でしょ!
「……なんか、そこまで拒否られると余計に触ってほしくなる」
「ましろちゃんってもしかして変態なの?」
「ち、違うもん! たぶん!」
元気よくたぶんって言ったら信憑性が薄れると思うの。それかおっぱい好きに自分のおっぱいを拒否られたから悔しいのかな? いやそれよりもシンプルにましろちゃんの俺への好感度は既に、クソみたいな言い方をするとえっちしてもいいよレベルなので魅力ないって言われてる気がしてムカつくんだろう。
「触っていいのに」
「拒否られると触られたくなるの?」
「うん」
「じゃあもしも俺がここで、わーい触るぅ! って迫ったら?」
「周りにバレないようにね?」
「おかしい」
おかしくないよ触っていいんだもんと胸を張られ、たゆんと揺れるおっぱいにぐぬぬしてしまう。くそう、まさか俺がおっぱいに逆セクハラを食らうとは。というかひまりより冗談が混じってない分余計になんというか……いやだめだろみたいなヘタレな倫理観が邪魔してくる。
──正直に言うと揉みたい。あの二人部屋の時点で揉みたくて揉みたくて震えた。でもおっぱいを思うほど倫理観のせいで遠く感じてしまう。
「もっと、もっと自分を大切にしてほしい」
「先輩に捧げるんだもんね」
「意味が通じてない!」
というかド下ネタ禁止! 不意打ちされると顔赤くなるんだけど! というとましろちゃんも若干赤くなっていた。耳が赤くて、ちょっと繋いだ手に握力が断続的に加えられていく。うわ、やば今めちゃくちゃムラっとした。実際この子開き直ると結構危ないタイプなのでは? でもここでムラっとしたら思うつぼなのが一番ヤバい。雰囲気をピンク色にしてなし崩し的に付き合おうとしてくる。策士かよ。というかせっかく雰囲気のいいところに来たのにまったくおっぱいとましろちゃんばっかりになってしまった時点で、ましろちゃんの勝ちな気がするよ。
「わたしね」
「うん」
「先輩のこと、好きじゃなくなっちゃうのかなって思ってた」
お昼も一緒に食べて存分にラブラブなバカップルみたいなやりとりをして、俺とましろちゃんは約束通り隣同士のバスに乗っていた。窓側にいたましろちゃんが、ここぞとばかりに俺の腕にしがみついてくる。でも、それどころじゃないくらい、おっぱいどころじゃないくらいに、ましろちゃんの透き通るような青い瞳に吸い込まれそうになっていた。
「勘違いしてて、ヒドいことを言われて、そのまま疎遠になって、いつの間にか先輩を好きだったこと、忘れちゃうのかなって……でも違った」
「嫌いにならないの?」
「わたし、先輩のこと全部好きだもん」
それは、あのヒドいことを言った時に何気なく訊いた、俺のどこが好きなの? という問いかけだった。あの時の俺は自分が自分のイヤなところを見せたこともないのになんでこんな簡単に全部なんて言えるんだ、なんて冷たく言い放ったんだけど。そんなイヤなところもキモいところも知った上で、ましろちゃんは同じことを言ってくる。おんなじように全部が好きと言ってくれる。
「……ましろちゃんは、本気なんだな」
「だって、先輩は先輩でしょ? それに、見られて嫌だーなんて一回も言ってないからね」
「確かに」
肩に柔らかいほっぺを擦り付けるように甘えられ、肘辺りに別の柔らかな感触を味わいつつ、俺はましろちゃんの方を見て、いつの間にかうとうとしている姿を見た。はしゃぎまわってたしな、と昨日の寝落ちしそうな彼女を思い出していた。
「ましろちゃん」
「ん……せんぱい?」
「ありがとね」
首を捻っていたけど、思考がまとまらないのかとりあえず頷く。そっと髪に触れるとくすぐったそうにしてから、安心したように目を閉じた。
──ああもう、完敗だ。勝てるワケがない。俺がノーガード戦法をとってもその上から殴られちゃ勝ち目なんてない。全部が好きと言える彼女の強さに、俺のヘタレチキンなメンタルで敵うわけがなかったんだ。
止まらないましろちゃんのラッシュに、既に満身創痍の大輔、ガンバレ大輔!