第0話:プロローグは静かに
温泉旅館の人気のない閉店した土産屋の前の自販機で買い物をしながら、俺はため息を吐いていた。ましろちゃんに全てを明かしたら何故か迫られて、なんとか逃げ切った……のか? よくわからないまま寝息を立てだした彼女にほっとして、カラカラになった喉を潤しに外に出ていた。
──というか帰れるか? いやましろちゃんと同じ部屋で寝るのアリなん? 運びたかったけど流石にそれはそれで触れる勇気がない。それに運んだ先もおっぱいがいっぱいなので精神衛生に悪い。だめ。
「はぁ~、マジでどうしよ……」
「宗山さん」
「る、瑠唯さん……どうしたの?」
いっそここで寝落ちしてもいいならいいんじゃないか、なんて考えていたらいつの間にかすぐ隣に瑠唯さんがいた。手には水滴が結露しているお茶の入ったペットボトルを持っていて、同じように自販機を求めてきたのだということは察しがついた。でも、なんか瑠唯さんが寝れないってのは想像つかないな。
「そんなこと……私だって、不安があれば眠れなくなります。ストレスは効率的な睡眠の妨げになりますから」
「……あー、モニカって騒がしいから」
「それは……そうですね」
俺もあの中で寝れるかって言われたらおっぱい抜きで寝れないと思う。透子ちゃんと七深ちゃん、つくしの三人でしょ? 絶対騒がしいし。そういう意味ではここは静かだし眠れそう。ホントにここで寝たらダメかな? ほら休憩室の畳とか。そんなくだらないことを思案していると瑠唯さんはそれで、と話題を変えてくる。
「倉田さんとは……どうなりましたか?」
「とりあえず、勘違いはなんとかなったかな……余計なこと言うハメになったけど」
「余計なこと?」
「ああいや……えっと」
思わず隠そうとして、言葉を止める。変わるって決めた手前、今まで散々心の中でセクハラしてきた相手には伝えなきゃって思ってる。主にビッグセブンの面々だけど。でもホラましろちゃんとは、流れで言えた。瑠唯さんとこのシチュエーションで言うのはなぁ。
「……あ、あれだよ、ほら……前にちょっと話した下心的なやつ」
「視線が下に行く頻度が高いという話ですか?」
「うんまぁ……はいそうです」
その通りです。そもそも視線にはバレてる前提で話さなくちゃいけないことを忘れてた。だからまぁ、そういう意味ではぶっちゃけてしまえるための下地は出来てるのかもしれない。嫌われる覚悟なんてとっくにできてるし。
「俺、基本女性に目線を向ける時はほぼおっぱいあるなしで判断してるからさ」
「……そう」
「うん。ましろちゃんと仲良くなったのもそんな理由だよ。おっぱいが大きくて、なんだか懐いてくれてて、そんだけ」
こう口に出すとなんとまぁ浅はかで愚かな男なんだろう。あ、なんかましろちゃんに許してもらってるのが申し訳なくなってきた。自己嫌悪に陥っていると瑠唯さんは何か考えるようにペットボトルの水滴を撫でて、それから少し間をとってから口を開いた。
「私の方が」
「ん?」
「私の方が大きいですよ」
「……うん知ってる、じゃなくて」
何言い出したんですかねこのヒト。大きさは知ってるよ、ビッグセブンの中でも燐子さんと並ぶほどのツートップおっぱいの持ち主なんですから。でもなんでそれをわざわざ口にしたの? 大丈夫?
「なるほど、大きければ大きいほどいい、というわけではないのね」
「る、瑠唯さん?」
「少し黙っていてもらえますか?」
「あ、ハイ」
ぶつぶつと何か思考を巡らせてるようだけど、あのぅ、もしかして俺を社会的に制裁するための計画ですか? そりゃね、一定以上の大きさがあるからってのはある。実際ましろちゃんは六位なわけだけどデート頻度は一番上だし、俺個人としての近寄りやすさというか親しさみたいなのは高い方だけど。逆に燐子さんはおっぱいだけならナンバーワンだけど、近づくと怖がられるから。
「なら……倉田さんとは、結局、恋人になるのでしょうか?」
「俺にそんなつもりはないよ」
確かにましろちゃんは付き合ったらあの頃のままの懐いてくれるましろちゃんに戻るんだろうとは思う。それは嬉しい。だけど、それよりも俺は日常を愛してるから。こう言っちゃうとホントに最低なんだけど、今のおっぱいに囲まれた生活から離れたくないんだよね。
「すると、バイトも?」
「え? もちろん続けるよ。それはホラ、趣味関連だし」
「……そうですか」
すると瑠唯さんはちょっとだけ安堵? なのかわからないけど顔が綻んだような気がした。同時に、ましろちゃんと話し合う前の揺らいでいたような感覚がなくなるような気も。いつもの瑠唯さんに戻っていくような、そんな感じだ。
「それなら……また、時間を使ってもらって構いませんか?」
「もちろん! 瑠唯さんなら大歓迎だよ」
休憩中はマジで暇してるから。瑠唯さんと話ができるのは逆にその後バリバリ働けるんだよな。それに偶に終わりまで待っててくれて、一緒にご飯行くのも楽しいし。そりゃこの間みたいに急に雨に降られるのは勘弁してほしいけど。
「そうですか?」
「え、そうでしょ? 急に雨、困るじゃん」
「私は……また降ってもいい、そう思いました」
そう言った瑠唯さんの顔を見て、俺はひとつの事実に気が付いた。瑠唯さんが無表情なのは表情を作る意味がないから。わざわざ楽しくないものに微笑んだり、愛想を振りまいたり、そういうのが驚くほどヘタクソだったってだけで。
──嬉しい時には笑うヒトだ。薄くだけど口角が上を向いて、淑やかな瑠唯さんらしく、だけどその視線はまるで少女のようなあどけなさがある気がした。
「……さて、困っているのでしょう?」
「え?」
「倉田さんと一緒の部屋で寝られないから、ここにいるのですよね?」
「うん、まぁ」
「でしたら、運びますよ……協力はしてもらいますが」
それはありがたい提案だよ。正直なところ困ってたから。いいんだよ、布団離して寝ればね? ただその前に一緒に寝たい云々でわがまま全開されてて、万が一俺の方が遅く起きたらヤバいじゃん。俺だってそのくらいの貞操観念はあるわけよ。
「……逆では?」
「ヒトのこと押し倒そうとしてきたんだよ」
「……逆ではなかったですね」
まぁ流石にましろちゃんに筋力で負けるわけないんだけど。こちとらややブラックなバイトで機材とか運んでるんだ。女子には負けない。
──それは関係なく、なんとか起こすことなくましろちゃんを部屋まで運ぶことに成功した。ちょっとだけ罪悪感はあったけど、俺は彼女の、どころか女の子の好きを受け止める度胸のないチキンだから、ごめんね。
「では、また明日」
「うん」
そう言って俺は瑠唯さんと別れた。明日どうしようかな、とりあえずあこちゃんに連絡してどうにか、湊友希那いてもいいからそっちと合流できませんかと打診しておこう。寝てるかなと思ったらリサさんの端末からあこから返信頼まれたからと返事が来た。
『友希那はもう寝てるから、明日の朝訊いてみるね~』
だそうだ。どうやら紗夜さんとあこちゃんはオッケーらしい。燐子さんもあこちゃんがいいなら、らしい。ちょっとほっとした。ましろちゃんが一緒に回りたがってたけど、ごめんねと伝えておこう。この気持ちのままましろちゃんとデートしても、きっとよくないからね。
「一応メッセージ送っといて、よし」
こうして翌日はちょっと湊友希那に緊張しながらもこの修学旅行じみたバタバタは終わりを告げた。自分は変わりたかったけど他の関係は変えたくないなんて詭弁でしかないのはわかってたけど、俺はやっぱりこう恋愛よりかはイエスおっぱいノータッチのスタンスを貫きたいから。そういう意味だとましろちゃんの傍は、昨日のノリだとなんだかとっても危険な気がするし。
「いらっしゃいませ」
「予約していた八潮です」
「……ついに予約したんですか」
「そっちの方が効率的でしょう?」
静かな
──さて、ここから始まるのは、ビッグセブン随一の静かなるヒロイン八潮瑠唯がその静けさのまま、俺という脆い城塞をあっという間に攻め落とすお話だ。俺はまだ、そもそも瑠唯さんの好意にすら、気づけてはいないけれど。
また攻略されるのかお前