第0話:プロローグは変わらずに
ドタバタした旅行は、けれど振り返ってみれば何事もなく終えることができた。色々あったけど、まるでそんなことがなかったかのように、日常へと戻っていった。というわけでこれからも俺のおっぱい大好きな日常をよろしくな。
「──どうしたんですか宗山さん、遠くを見つめて」
「いや……ひどい夏休みだったなぁと」
「そうですか? ジブンはとっても楽しかったですけど」
あの旅行を楽しかったって言える麻弥さんスゲーんじゃなくて俺がよくわからん渦中にいただけか。ましろちゃんとはあれからちょっとデートしたけど、流石に付き合うつもりもないのに長々と放置したら申し訳ないからと距離を置き気味だった。すまねぇ嬢ちゃん、でもこれは俺がおっぱい生活をエンジョイするためにはしょうがないんだ。
「いやあの後もひまりに振り回されるわ、後日改めて誘われたお泊りデートを断ったせいで透子ちゃんと色々あるわつくしの両親に突如海外まで拉致られるわでドタバタだったんですって」
「それは、ひどい夏休みでしたね」
そんなこんなで夏休み最終日、俺は麻弥さんと秘密のカフェに来ていた。いや秘密のカフェというか、あれね、アイスコーヒーがおいしいお店ってやつ。麻弥さんと俺の二人で会う時はって決めてる場所でもあった。三回目だけど。
「そういや、サマーフェスお疲れでした」
「ありがとうございました」
「楽しかったです」
サマーフェスは俺の夏休みの貴重な思い出となるでしょう。基本出場者のはずのひまりと興味があってきたらしい瑠唯さんに挟まれてご満悦な一日でした。視覚も聴覚も満足させられるなんて素晴らしいフェスだね。
「あ、ああ……ひまりさんにカレシ疑惑がどうとかってそれでしたか」
「ひまり怒ってましたよ」
カレシじゃないし! そういうの勘違いで騒ぐのが一番イヤ! とは本人から。もう俺は誰がカノジョとかそういう噂みたいなのに疲れてどうでもいい。やっぱ恋愛ってクソだわという感情にまで発展しそうなんだけど。
「恋愛……ですか」
「麻弥さんは、恋とかします?」
「じ、ジブンですか? い、いやそれはもう全然で……」
それに事務所に怒られちゃいますからと付け加えられ、そっかぁと納得しながらグラスのアイスコーヒーを飲み干す。麻弥さんはアイドルとしては推し! なんだけどこう、プライベートの麻弥さんだとオタ仲間というか、そういう仲間意識みたいなのを感じてしまう。それがいいことなのかはわからないけど。
「俺、ひまりが言うにはモテてるらしいです」
「自慢ですか?」
「まさか……なんでなんだろうなぁって思ってるだけです」
モテることが自慢になるわけがない。むしろ応えられないせいでバッドステータスなんじゃないかって思うレベルだ。相手にばかり心を砕かせてしまっているという後ろめたさみたいなものまで感じてしまって、やっぱり恋愛ってクソだなとなるわけです。
「でも、ジブンはその……時々なんですけど、握手会でお相手の話をされるファンがいるんですけど」
そんなヒトがいるんだ。俺にはわからない感覚だけど、日常のことを話す時に恋人や、時には結婚相手のことが出てくるらしい。麻弥さんはそのヒトたちが楽しそうにパートナーのことを話すたびに、素敵だなと思っていたと微笑みながら話してくれた。
「だから、ジブンが恋するとかはよくわからないですけど……恋愛がクソっていうのは思えない。むしろ、若干憧れもあったりして……フヘヘ」
いつもの照れ笑いをする麻弥さんに、俺はそういう考えかぁと感心させられてしまった。俺は惚気られるとむかっ腹が立つんだ、どうしようもなくなぁ! ってメンタルなんでね。シンプルに心が狭いのはわかってるけどね。ムカっとするのは事実だしそもそも惚気られることが少ないからいいかなと思ってる。
「宗山さんって恋人いらっしゃるイメージがありました」
「俺が? ないない、ないですって」
超高速否定をすると麻弥さんは性格として問題はないと思うんですけどと言われる。あるんだなぁこれが。性格がゴミだから誰も周囲にいないのだ。言ってて悲しくなるからやっぱり黙っておこう。そもそも、まぁなんだ。どこがゴミかっておっぱいおっぱいうるさいことなんだよな。
「俺は、モテるとかカノジョがどうのよりも、オタ仲間とこうやってのんびりオタ会話してる方が楽ですけどね」
「オタ仲間」
「あ、あーすいません。オタ仲間は言い過ぎでしたね」
いえいえと否定してもらうけど、申し訳なさすぎる。仮にも相手はアイドル、芸能人で俺はその推しで……ん? 推しに個人的に会ってるのはセーフなのか? わからんくなってきた。ナシだとは思うけど、うーん別の側面の知り合いでもあるしなぁ。
「いえ、宗山さんに仲間と呼んでもらえるのは嬉しいことなので」
「嬉しい、ですか?」
「はい! ほら宗山さんって、なんというかその、ジブンに距離があるじゃないですか」
距離がある。それはそうだろうアイドル相手だしという以前にたぶんそれはましろちゃんにも思われていたしひまりにも言われたことがある気がする。目の前で揺れるおっぱいのためを思うと踏み込むべきじゃないみたいな、そんなよくわからない壁を作っているからなんだろうな。
──でも、そのせいでましろちゃんを傷つけて、怒られたんだ。麻弥さんが踏み込んでいくことを望むなら、俺は。
「俺は、俺は……なんて言ったらいいのかな。なんというか、隠し事? みたいなこと、してるからですかね」
「隠し事?」
「言わなきゃ、変わらなきゃって思ってるんですけど」
思ってはみたものの、結局俺はおっぱい大好きで影でコソコソそれを拝んでる変態という自分を変えることなんてできなくて、とりあえずちゃんと打ち明けようと思っていても、もう知ってるようなもののましろちゃんやひまりくらいにしか打ち明けられずにこのザマだ。誰か今俺を笑ったか。
「……変わるって、大変なことですよね」
「まぁ」
「ジブンも、アイドルとしてのジブンが信じられないって思うこともたくさんありますから」
「……麻弥さんはもう十分すぎるくらいにアイドルですよ」
「どうでしょう、少なくとも、千聖さんにこの状況を見られたらプロ意識が足りないーって怒られそうっスね」
フヘヘと笑う麻弥さん。対して俺はあーいたなぁ白鷺千聖さんとかいう人、というくらいのテンションだった。いやさすがにパスパレのベースで小柄で笑顔が素敵な子ってのは知ってるよ。それって表向きの話ですよね? 本来の白鷺さんはもっとドライな性格で、花音さんの親友というか番犬なだけで。
「まぁでも! 宗山さんには普段、こうやって眼鏡かけている時くらいは、アイドルじゃなくてオタ仲間でいられたらとは思っちゃいますけど……なんて」
「それでいいなら、俺も麻弥さんとオタトークできるの楽しいですからね」
ダメなんだろうけど、こういうのは芸能人としてはダメダメなんだろうけど。麻弥さんはすごく楽しそうで、嬉しそうで。俺も同じ気持ちになった。だけど、結局きっかけがおっぱいだったことを言えずじまいでその日は解散してしまった。
「……なんとかならないかなぁって」
『うーん、先輩は、麻弥さんともっと仲良くなりたいって思ってるんだよね?』
「おっぱい関係なく思ってる」
『たぶんその一言は余計だけど』
その日の夜、ましろちゃんから電話が来て、どうしても声が聴きたいと甘えられてなし崩しに電話をしてしまっているついでの愚痴をこぼした。きっかけはどうであれ、今は楽器の話やバンドの話を理解してくれるオタ仲間として仲良くなりたい。本気でそう思ってるから。
『別に、わたしはいいと思うけどな』
「それはましろちゃんだからでしょ」
『うん、わたしだからだしそれが先輩だから』
──全部が好きと言い切った子の言葉なだけはある。触らせてって言ったら触らせてくれそうまである。そんなクソみたいなセクハラ絶対しないけど。だけど俺は、俺という気持ちを改めてましろちゃんにもらって、ありがとうと言うとデートしてくれたらいいよと即座に返事をされ、改めてましろちゃんの甘え上手さを知った気がした。
「俺、ちゃんと変われるのかな」
『変わっていってるよ先輩は』
そんな後輩に慰められている俺を待ち受けているのは、今まで逃げてきた恋愛関係に至る道だ。同じように逃げて、関わらないように、関係ないと目を背けてきたもの同士が立場とかそんな障碍はまるでなんにもないかのようにポンと飛び越える物語だ。
というわけで始まりました麻弥編!
今回は似た者同士的な? 感じなので割とわちゃわちゃで終わると思う(毎回)
アイドルと付き合うための障碍うんぬんは今回ないです。推しパンで散々やったからね。仕方ないね。