アイドルは実のところあんまりいい思いはなかった。確かに歌って踊れるってのはすごいなぁとは思うけど、そういうのに特化したアイドルでもない限りお世辞にも歌がうまいと思ったことはないし、コンテンツの売り方にも疑問が残るものばっかりで、まぁなんだろう。ありていに言えば俺の好きなバンドよりも歌もパフォーマンスも下手なのにこっちの方が人気コンテンツなのに納得がいかないってやつだろうか。だからつくしが最初にパスパレを教えてくれた時、俺は苦い顔をした。
「アイドルバンド?」
「そそ! ほら、大輔が言ってたじゃん。ガールズバンドが流行りだーって」
「けどアイドルかぁ……んー」
「ほら見てみて、かわいくない?」
そうやって見せてくれるのは丸山彩ちゃん。ふわふわそうなクセっ毛をツインテールにした笑顔の素敵な子だなとは思った。アイドルってやっぱり笑顔がいいんだよな、この男を騙せそうな……じゃなくて作ってるとは思えないほどの自然なスマイルだよね。ただ別に音楽に笑顔を求めていない俺は、メンバーの姿を見ていく。
「……それで、ど、どうかな? 今度近くの野外ステージで演奏するんだって!」
「行くか」
「でも大輔はやっぱりアイドルは……え? いいの?」
「当然だろ、つくしはそういうとこ慣れてないんだし」
「本音は?」
「この子、おっぱい大きい」
「バカ!」
俺が指したのは、まぁお察しかと思うけど大和麻弥さん。明らかにサイズが違う。イヴちゃんにも反応してたし日菜さんにも反応してたけどやっぱり麻弥さんだけ俺のセンサーはダンチで反応したのだった。そんなクソみたいな下心でステージ見に行って、すっかりオタクに成り果てたのが現在というわけだ。
「今日はありがとう先輩! わたし一人だったら絶対迷子になってたよ」
「いやましろちゃん一人でアキバは絶対やめた方がいい、危険すぎるから」
そんなわけで夏休みが終わり始業式のまま帰った俺とましろちゃんは制服のまま集合してアキバデートとしゃれこんでいた。いや普通のカップルはアキバでデートはしない。なんでもましろちゃんが中学の時からハマっていた乙女ゲーの続編が出たとかで、予約していたのを取りに行きたかったのだそうだ。
「えへへ……よかった」
袋をぎゅっと抱き込むましろちゃんは控えめに言ってかわいいがすぎる。きっと攻略されるイケメンたちも庇護欲がそそられること間違いなしだろう。
ちなみにこのタイトル、なんの偶然か知らないが中学時代のつくしも買っていて攻略できないと手伝わされたものだ。なんで俺がイケメン攻略せないけないんだよ。まったく、主人公が巨乳じゃなきゃ絶対やってなかった。あとつくしは単純にゲームが下手っぴ。マジメ気取りでデートを断り続ければそうもなる。
「はぁー、満足したしこの後、ちょっとお茶していかない?」
「いいよ」
「やった、先輩の奢りだね♪」
いや奢りとは言ってないけどねという言葉はどうやら聞こえていないようで、ちょっとだけ前を歩く。ましろちゃんとの関係は変わってないようで、でも確かに変わっていた。もう彼女が不安だろうとそうでなかろうと手を握ることはなくなった。でも、こうして一緒に歩いてしまうのは、その気もないのに悪いことをしている気がする。かといって、俺にはどうすることもできないんだけど。
「あ、いらっしゃいませ!」
そのままやってきたのはいつもの羽沢珈琲店だった。今日は知り合いもいないことをちょっと確認し、羽沢さんに二人ですと伝えて席に案内してもらった。そのまま気ままに駄弁っていると、いらっしゃいませと声が掛けられて俺の視界に麻弥さんが入ってきた。
「あ……宗山さん」
「麻弥さんこんにちは」
「あ、えと、こんにちは!」
「ああ、ハイ……こんにちは、ましろさん」
挨拶をすると、ちょっと変な顔をされた。どうしたんだろうか、と思ったけどそういえば羽沢珈琲店で会うのはなんだか気まずい、みたいなこと言ってたからな。気軽に挨拶したのはまずかったのかもしれないと思ってましろちゃんに向き直る。
「お、お二人は……付き合ってるの、でしょうか?」
「えっ、違います」
「……付き合ってる、ふふ」
いやニコニコしてないで否定しなさいよ。まぁ確かにまだ好きだと思ってくれてるんだろう状況でデートまでしちゃってる俺は確かに否定しちゃうのも悪いのかもしれないけど。でも付き合ってはないです。そこはちゃんと事実として認めようよ。
「……仲良くなりたいんじゃなかったの?」
「いやでも、ほら、ここで絡んだら芸能人に絡む変なやつじゃん」
いなくなった後にましろちゃんにそう言われた。そうするとなんかため息をつかれてしまった。ましろちゃんがすっかり対人関係上級者みたいな顔で、ともすればひまりのような感じでいい? と咳払いの後にお説教が始まった。
「先に挨拶してきたのは麻弥さんなんだよ? その時点でちゃんと対応してきてほしいに決まってるじゃん」
「決まってるのか……?」
「決まってるの!」
はい、と頷く。ましろちゃんの理論からいくと俺はそれを無視したヒドイ男、ということになるようだ。でも俺だったら麻弥さんが男と二人で座ってたら声掛けないと思う。そっとおっぱい眺めて終わり……だよな。まぁ男と二人ってのが想像できないけど。
「だから確認したんじゃないの?」
「付き合ってるかって?」
「うん」
邪魔したら悪いって思ってたんだよと教えてくれたましろちゃんに、俺はうーんと頬杖を突く。それだとなんかまるで……そう、まるで麻弥さんが俺のこと、気にしてるって感じにならない? そんなことある?
「ひまりさんに言われたんじゃないの? 先輩のこと好きなヒトは四人いるって」
「え、あれましろちゃんのことを気づかせるように言ったテキトーじゃないの?」
「わたしは本気だと思うけどなぁ」
ましろちゃんと、あと誰と誰と誰よ。というか四人同時は完全にモテ期とかいうレベルじゃなくない? ギャルゲーかよ。ましろちゃんは確証があるわけじゃないけど、と指を三つまで折った。まじ?
「好きだろうなぁって人は、わたし含めて三人わかるよ」
「……冗談でしょ」
「じゃあいないよ、わたしだけだよ……って言ったら、納得して、付き合ってくれる?」
それは、と一歩引いてしまう。それが如何にましろちゃんの心を傷つけてしまう行為なのかなんてわかってるはずなのに。でも、ましろちゃんはそんな俺の内心を読み取って、大丈夫だよと微笑んでくれる。
「いいの、わたしは……悲しいけど、納得はしてるから」
「ましろちゃん」
「それよりも、わたしだって勇気出して、先輩に好きだよって言えたんだから……先輩も、勇気出さなきゃ」
「別に俺は麻弥さんが好きなわけじゃ……」
「そうじゃなくて、言いたいこと、言わなきゃいけないこと、ちゃんと言葉にしなきゃ」
でも、俺が隠してることなんて……おっぱいだよ? 今の今まで我慢してたからこの際言うと麻弥さんだって思った時もおっぱい見てたし、なんなら今日はましろちゃんのおっぱいと顔、どっちの方をよく見てたんだろうって考えるレベルなのに。
「見ていいよ?」
「よくないでしょ」
「なんなら触られても、場所が大丈夫なら平気だよ」
「そういう言い方は確実によくないね」
逆セクハラ禁止です! というかましろちゃんと俺の関係に限定して言うならこの状態が普通のセクハラなんだけどね! でもましろちゃんはちょっとおっぱいを強調しながら、別にわたしは幻滅とかしないよと言ってくる。
「それは……どうなの」
「麻弥さんだって、見られてることくらい気づいてるよ……たぶん」
「……だよな」
それでもデートしてくれるってことはそれだけ気にしてないってことじゃんと押し切られる。そもそもましろちゃん曰く視線が気になるなら離れるらしい。それくらいわかりやすいのか、ちょっとショックなんだ。
「ほらほら、行っておいでよ」
「でも、ましろちゃん」
「……フられたんだから、一人にさせてよ」
胸が痛くなる。やっぱり平気なんかじゃないのに、どうして恋をするんだろう。どうして誰かを好きになっちゃうんだろう。しかも性格も容姿も完璧なイケメンでもない、乙女ゲームの攻略対象のような男にはたぶん三回くらい転生しても無理そうな俺に。だから傷つくんだ、ざまぁみろ……だなんて言えない。でも、俺はましろちゃんから背を向けた。
「──麻弥さん」
「そ、宗山さん?」
「すみません急に声かけて……」
ごめんね、ましろちゃん。俺がもしも、ここでそれも恋って気持ちなのかなんて言えたら、もっとましろちゃんに対して素直な気持ちを持てたら。結末は全く別だったのかもしれない。もしかしたら……なんてことを考えて、それじゃあまたましろちゃんに失礼だと頭を切り替えることにした。
ましろ! お前こんなところに出てきて! ましろ編終わったんだからひっこんでなさい!