俺はとんだクズ野郎だ。心に決めた相手がいるわけでもないのにましろちゃんを泣かせた。花火大会の日、雨は降らなかったけど、あの子の泣き顔で俺の心は土砂降り状態だった。何回も、電話をしようとしては断念して翌朝を迎えてもまだ雨は止んでなかった。
「大輔の気にしすぎだよ」
「そんな風に……」
「付き合う気がないのに、そこで保留にした方が、ましろちゃんは泣くに泣けなかったと思うよ」
そんな風に割り切れるわけがない。そんなシリアスな俺の言葉につくしはあくまで優しい言葉を掛けてくる。その気がないからってフるのも結構キツいんだな、と思ったけど、知らないヒトならアレだけど、相手はましろちゃんだ。傍にいるのがただ純粋に楽しくて、笑顔を咲かせる姿が眩しくて、あんな風に涙でぐしゃぐしゃになるのを見たくはなかったよ。
「……そっか」
「なんだよ」
「いや、前はましろちゃんのこと、おっぱいとしか見てない、とか言ってたのになって」
「そう言えば、そうだな」
頭を撫でられて、言われて気付いた。いつの間にかましろちゃんの前でおっぱいおっぱいってならなくなってた。というか誰に対しても。いや残りのビッグセブンだと燐子さん瑠唯さん相手は若干やるけど。ビッグセブンって言い方もなんかGWくらいまでだったな。
「誰、そのビッグセブンって」
「燐子さん、瑠唯さん、ひまり、有咲、麻弥さん、ましろちゃん、イヴちゃん」
「……清々しいクズだね」
「俺もそう思う」
S級おっぱいたちの出会いはそれまでの俺を変革してしまったようだ。きっとあの二つの乳房から溢れる未知の粒子が俺に影響を与えたに違いない。じゃなくて、つかシリアスどっか行くの早いんだよ。
「それで? 今は?」
「なんか、その個人と会話したり、デートしたりを楽しんでたね」
それまでは理想の大きさのおっぱいって道行く一期一会のものだったり、店員さんだから遠巻きに眺めるものだった。だからおっぱいしか見てこなかった。でもビッグセブンとの出会いはそれ以上の関りを引き出さなくちゃいけなくなった。燐子さんとはゲームの話を、瑠唯さんとは音楽の話、ひまりやましろちゃん、有咲なんかは近況とか色々あったこと、麻弥さんはオタトークで、イヴちゃんは羽沢珈琲店での話がほとんど。そうやってパーソナリティーに触れてきた。
「そっか……俺が特別だって思ったのは、おっぱいだからじゃないのか」
「そうじゃなきゃ、私は違うでしょ」
「そうだよな、そうじゃなきゃ紗夜さんとかあこちゃんは違うもんな」
「怒っていいところ、これ?」
わざとだよ怒るなベストフレンド。そう、つくしが代表だよな、おっぱいないどころか俺が興奮するフェチズムの対極に位置するであろう小学生ボディのつくし。余計な一言は付け加えなくていいと怒られた。怒るなよベストフレンド。でも、ほらやっぱり幼馴染でベストフレンド、俺にとって世界中で誰よりも信頼に値する人物だ。
「世界中で……って恥ずかしいこと言うなぁ」
「事実なんだからしょうがないだろ」
俺にとって二葉つくしってやつは、そんだけ大事な存在なんだよ。恥ずかしいことも打ち明けられるくらいなんだから。だからこんなフッたことを後悔しているなんてくだらない相談ができるんだけど。
「私はぜったいにフォローしないからね」
「それでいいよ」
正直なところ、話を訊いてくれただけでもめちゃくちゃ感謝してる。そりゃもう頭が上がらないくらいに感謝してるよ。これ言うと嘘っぽいから言わないけど。ただ、ただ絶対にこれはましろちゃんに言っちゃまずいなってことも、つくしになら言える。つくしなら黙って聞いていてくれる。
「……なんで、俺なんだろうな」
「うん」
「結局、ほら個人を見るようになったって言っても顔よりおっぱい見てるわけじゃん」「うん」
「なのにさ、それでもいいよ……見ていいよだって、意味わかんねぇ」
「不快だったら、近寄ってなんていかないよ」
それも言われたよ。でもましろちゃんに相応しい男になんてなれっこない。それこそつくしがやってたような乙女ゲーの攻略対象みたいなイケメンには逆立ちしたって、いやきっと三回か四回転生して善行積んでも無理そうなくらいだ。そんな俺に向かってましろちゃんは目に光をいっぱいに溜めて、好きですって間違えようのない告白をしてきたんだ。あんな子が、俺みたいなキモいやつに。そうやって自虐を繰り返しているとつくしは首を横に振った。
「大輔はさ」
「ん?」
「キモくなんてない……カッコいいよ」
「なんだそれ」
「だって……大輔は私の前を歩いてくれたから」
──昔からチビで泣き虫で甘えん坊だったつくし。そんなつくしが俺の後ろをくっついてくるようになった一番のきっかけは下の子ができたことだ。当然親は構ってあげる子育てのリソースを下の子に割く。すると、お姉ちゃんになったつくしとしては両親を突如現れた子に盗られた、みたいな感覚になる。それを知った俺は、つくしの手を引いて色んなところに連れていった。まだまだ箱入りっぽかったつくしを日暮れ、どろんこになるまで。
「怒られたっけ」
「俺がな」
「ふふっ……でも、覚えてる。私がもっとってわがまま言ったこと、全部言わずに怒られてたこと」
「そうだったか?」
俺は自分がそんな殊勝で優しい性格だったとは思ってないんだが。でもつくし曰くそうだったらしい。まぁそんなことはいいか。今ではすっかり、見た目の方はアレで……んーまぁ中身も若干アレだが、つくしも立派なレディになってしまった。少なくともうずくまる俺の前に立って手を差し伸べてくるくらいには、大人になった。
「それにしても、私も大輔からおっぱい以外の話が聞きたいなぁ」
「今日の天気?」
「それは間に合ってる」
この間は、あああれだ、ゲリラ豪雨ってエロいよねって話だったな。短い間に突然の大雨、当然制服なんかだと濡れるし透ける。するとどうなるかっておっぱいライン丸見えのなんなら下着の色までわかっちゃう恐れがあるという代物だ。あれをエロい以外の感想では処理しきれない、ふぅ。
「最っ低」
「冗談だよ」
「でも思ってることでしょ?」
「え、当たり前」
「それを私に延々と語ってくる大輔の心理がわかんないよっ!」
わからないだと? 長年一緒にいてわからない? おいおいつくしちゃんともあろうものが俺の心理についてわからないことがあるだって? 面白い冗談じゃねぇか。じゃあ逆に訊くけどゲリラ豪雨の濡れ透けのエロさを延々とつくしに語る心理ってなんだと思う?
「なんにも考えてない。思ったことストレート」
「正解! 五千兆点!」
「うるさいバカ!」
バカはないだろバカは。だけど何も考えずにしゃべってることを仮にバカだと呼称するなら俺はバカということになる。こんなに話逸れるとシリアスだった前半はなんだったのかってクレームが起きそうだな。
「吹っ切れた?」
「いや、全然だな……けど、つくしがいると笑っていられるから、それでいいかなって」
「そっか」
きっと、これからも俺はましろちゃんに出会ったら話かけてしまう。未練があるからな、フった方なのに未練があるってのもおかしな話だが。泣かせたから、気まずくなりたくない。前みたいに先輩と明るく笑う彼女が見たいと思ってしまう。
──それは、まだ告白されてない他の子にも同じ気持ちだ。告白するにしてもしないにしても、俺にとってはこの日常が頭がおかしくなるくらいに幸せなんだから。
「そうだ。今度モニカで一泊二日で合宿する計画立ててるんだけどさ」
「おう、いいじゃんどこ?」
「軽井沢、だっけ」
「……ただの避暑じゃね、それだと」
「大輔も招待してあげよっか? もちろん、部屋は別だけど!」
「んじゃあありがたくってことでいいのか?」
そんでもってその日常の一番中心にあるのは、間違いなくつくしとこうやって過ごす日々だった。色んなことがあって、色んなことがあったからこそベストフレンドってカタチで幼馴染って線を越えて一緒にいる。そんなつくしに俺はそっと心の中でありがとうと感謝を込めて……料理を張り切ってミスったのに怒号を飛ばした。マジで砂糖と塩を間違えるなって言ってんだろうが! ちゃんとラベル貼ってあっただろうが!
波瀾というか色んなものに振り回される大輔の日常はまさしく台風のようで、その中心にあるのは幼馴染とのなんの気も遣わない会話だったとさ。
つくしちゃん、女子力はそれなり。レシピとか頭に入ってるけどポカやらかして大変なことになるので家事ができない。残念