城塞都市エ・ランテル。
帝国、法国との境界に位置し、リ・エスティーゼ王国内でヴァイセルフ王家が直轄領として治める城塞都市だ。
三重に囲まれた城壁によって中心部から行政・倉庫区画、市民区画、軍の駐屯区画と機能別に分割されており、人類主要国の内三カ国と接していることから交通量は多く、物資、人、金、様々なものが行き交い経済都市としても栄えている。
また軍事的にも要衝であり、近年は近郊のカッツェ平野を最前線として行われている帝国との会戦においても王国軍の集結地として、食料調達を行うべく巨大な食料庫が建設され、国中から徴兵された20万人以上の民兵らに食料を補給するのが常となっている。
そんな人通りの多い大都市の中で、二人の男女が歩いていた。
質の良い真紅のローブで身を包み、絹のようにきめ細かく美しい金髪を肩口で切り揃えた少女が、青髪の男に手を引かれ大通りを進んでいく。
少女は狐をかたどったお面をつけており素顔は見えないが、天使を思い浮かばせるその透き通った声から将来はさぞ魅力的な淑女に成長するだろうことが窺えた。
その少女────人化の腕輪によって人間の姿となったフランは、物珍しそうに街並みを眺めながら屋台で売られている果物を指さして言う。
「ブレイン、あのフルーツは何? 見たことないアイテムだけど……」
「あれはヤコの実だな。硬い殻の中に甘い果汁が入っていて長持ちする。確か聖王国からの輸入品だったはずだ。というかローブ被れ」
はえー、と言いながら屋台の方へ近づこうとするフランに、ブレインは握る手に力を入れることで止め、ローブを頭に被せる。
一瞬馬鹿みたいな力に引っ張られるも、ブレインが止めていることに気づいたフランが立ち止まり、不満げな様子で振り向く。
「何でとめるのさ。ちょっと見に行くだけじゃん」
「お前さっきの騒動忘れたのか!? 串焼き買うのに妙な金貨を使おうとして商人にカモにされかけてただろ!!」
ブレインがフランと手を繋いでいるのには理由がある。
エ・ランテルに着いて早々、フランが一騒動起こしたからだ。
露店の串焼きを買う際に、当たり前のように見たこともない精巧な装飾が施された金貨を渡そうとして、商人がその金貨の出どころを興奮した様子で問い詰めてきたのだ。
すぐにフランを商人から引き離したブレインは、手持ちの銅貨で立て替えて事態をおさめたのだが……やることなすこと周囲の注目を集めるフランに頭を抱えた。
人化ができるということで少し油断していたブレインだったが、その力は人外のソレだ。
ささいなきっかけでその力が振るわれることになれば、エ・ランテルは廃都と化すだろう。
ちなみにフランは、新ワールドではユグドラシル金貨が使えないのか―、くらいにしか思っていない。
ブレインは立ち止まったフランになるべく大人しくするよう注意し、何か欲しいものがあれば自分が買いに行くと注意する。
そして絶対に一人で行動しないこと、手を離さないことを何度も言い聞かせるように言う。
「おまえは私のおかんかよ……」
そういってフランは渋々といった様子で諦めるも、その目は諦めていない。
後でこっそり抜け出して買いに行く気が満々だった。
「……俺もそんなに手持ちはないんだ。これで最後にしろよ……」
「さっすがブレインパパ! ありがとー!」
「誰がパパだ!! 俺はまだそんな年じゃない!!」
ブレイン・アングラウス、30歳独身。
剣の道に生きることを誓った一匹狼であるこの男の苦悩は、まだ始まったばかりであった。
◇
同日。
エ・ランテルにある冒険者御用達の安宿に、一組の新人冒険者が現れた。
彼の名前はモモン。
身の丈ほどもあるグレートソードを2本も背に差し、
彼の仲間であり
「宿を貸して欲しい。ギルドの受付嬢の方に聞いたら、ここを勧められた」
「……相部屋で1日5銅貨、二人部屋なら7銅貨だ」
モモンは無造作に懐に手を入れると、皮袋を取り出して銅貨7枚をカウンターに置く。
店主はぶっきらぼうに鍵を渡し部屋の場所を伝えると、酒の手入れ作業へと戻っていく。
それを見て話は終わったと2階へ上がる階段に向かうモモン達を、テーブルに座っている厳つい顔の冒険者が足を突き出して下卑た笑みを浮かべながら妨害する。
「ふん」
くだらないとばかりに足をどかして進もうとするモモンに、邪魔をしていた男が足を押さえて声を張り上げる。
「おいおい痛ぇじゃねえか。こりゃあそこの姉ちゃんに────」
ざわざわと安宿の酒場が騒がしくなり、酒飲み達の声が大きくなっていく。
そんな冒険者達の喧噪の中、奥のテーブルでマイペースに串焼きを頬張っている少女と酒を片手にした青年は話し合っていた。
「……むぐっ、これすごいね、味があるよ。とんでもないアプデがはいったもんだね」
「お前周り気にしなさすぎだろ……」
ブレインの呆れた様子にフランは仮面の隙間から器用に串焼きを頬張りながら小首をかしげる。
「ありゃあ、相当腕の立つ戦士だぜ」
そういってブレインが肩越しに親指で示した方向を見ると、体格のいい
「……ごくっ。なんかのイベント?」
「冒険者御用達の酒場ではよくある洗礼だな。新人冒険者の鼻っ柱をセンパイ冒険者達が折るってやつだ」
「むしろセンパイ達が折られそうに見えるんだけど……」
骨を、とフランが呟くと同時に
テーブルが壊れる音が鳴り響き、ギャーという女の悲鳴が聞こえる。
「すげえ膂力だな。一度手合わせ願いたいぜ」
「やめといたほうがいいと思うけど……」
その言葉に目を丸くしたブレインが声を抑えながら聞く。
「……そんなにやばい戦士なのか?」
「攻性防壁に引っかかりたくないからあからさまな探知はしていないけど……
私と同じ。
言ってる意味の大半は理解できなかったブレインだったが、その言葉の意味は理解できた。
先ほどまでとは打って変わり、今女冒険者に謝罪している
「あと、戦士じゃなくて
「は?」
言っている意味が理解できずに絶句するブレイン。
嫌な汗が顔に伝うのを感じながら、なんとでもないという風に果実水を飲んでいるフランの続きを待つ。
「……ぷはっ。魔法で作成した防具を着ているみたいだね。何でそんなわけわかんないことをしているのかは知らないけど」
「いやいや! あの膂力みただろ? あれで
「レベル差的に当然だと思うけど……私もどちらかといえば
常識がガラガラと音を立てて崩れる音がした。
筋力を鍛える暇があるなら魔法の修練と研鑽に時間を割くのは当たり前のことであり、そのことから
中には近接戦闘も行える
一部の最上位冒険者を除き、人的需要も多く成長しやすいのはやはり純粋な
だが、目の前のグレートソードを二本担いで
常識じゃありえない。だが既に目の前に常識から逸脱した化け物がいるのだ。美味しそうに果実水を飲んでいる見た目とは裏腹にこれもまた人外なのだ。
ブレインはごくりと唾を飲み込みながら、フランの言葉を受け入れた。
「お嬢さん方」
「!?」
声のした方を振り向くと、件の
規格外の化け物が2人も揃ってしまったこの状況を呪いながら、何とか当たり障りのないよう返事を返す。
「な、なんか用か」
「いえ、子供がいることに気づかず、怖がらせるようなことをしてしまいすみませんでした。これは迷惑料です。良ければ娘さんに何か買ってあげてください」
そういって紳士的に謝罪をする男に、ブレインは毒気が抜かれたようにきょとんとする。
手渡された銀貨を受け取ったブレインは隣で果実水を飲むフランに目をやりながら、こいつが娘とか何の悪夢だよと思いつつ丁寧に答える。
「……そちらに非はないと思うが、厚意として受け取るよ。感謝する」
「ありがとね」
「ん……? うむ……では、私達は行く」
フランが返事をすると一瞬首をかしげて考えるような仕草をした男だったが、すぐに階段前で恭しく待っている仲間のもとへ歩いていく。
「……何だったんだ」
ブレインの呟きを背に、二人組は階段の奥へと消えていった。
◇
「モモンさ────ん、何かございましたか?」
酒場の二階にある安宿の一室にて、一組の男女が腰かけていた。
艶やかな黒髪を後ろで束ねたポニーテールの美女、ナーベがモモンと呼ばれる
「いや……。ナーベよ、あの酒場にいた子供に何か感じたか?」
モモンの問いに一瞬訝し気な表情をみせるナーベだが、すぐに姿勢を正して主君の問いに淡々と答える。
「いえ、特に何も感じませんでした。……あの
その答えに考え込む素振りを見せるモモンだったが、やがてゆっくりと首を振り少しだけ残念そうに肩を落とす。
「そうか……。すまない、私の気のせいのようだ。それよりも、今後の活動についてだが────」
NPC達はギルドメンバーを見分ける力がある。
モモンが変装したところをデミウルゴスに見つかったことからもそれは明らかだ。
つまりそのNPCであるナーベが何も感じないのであればそういうことなのだろうと、モモンは一人納得してしまった。
確かにNPC達はギルドメンバーを見分けることができる。
だが、このときモモンはギルドに籍を置いているメンバーが自分を含めて数人しかいないという事実を考慮にいれなかった。
いや、正確には無意識の内にその考えから逃げていた。
ギルド、アインズ・ウール・ゴウンは彼の中では41人であり、システム的には籍がなくともギルドメンバーであることに変わりはない。
いつかきっと……みんながもう一度……。
それはもう自身を苦しめる呪いなのかもしれない。だがどうしても諦めきることができなかった。
フランは既にギルドに籍はない。
人化した姿もモモンは見たことがない。
異世界にきて、声もそして人格も変わってしまった。
それでも僅かにでも違和感を覚えたのは、彼が本当にギルドメンバーを大事にしているからだろう。
しかし逆にそのせいで、詳しく調べることに踏み切れなかった。
もし、期待して違ったら。本当だとしても、拒絶されてしまったら。
そんな恐怖心から、モモンは気のせいだと割り切った。
彼らが邂逅する日は、まだ先の話である。