フランドール・オーバーローデッド   作:凜としたBTQ

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第六話 妹様、愛でる

 城塞都市エ・ランテルに着いてから丸一日が過ぎた。

 

 都市に着いてからというもの俺の隣にいる少女────フランは、人間の文化に物珍しそうにして興味を引かれているようだった。

 商業区で雑多に売られている食べ物もそうだが、特に生活用のマジックアイテムにご執心だ。

 生活用マジックアイテムなんかよりこの少女が隠し持っている杖や元々着ていた衣服の方が圧倒的に価値があるだろうに、何故かやたらと興味を持っている。

 

 神話からそのまま出てきたかのような豪華な服装に加え、見ただけで死を感じさせるほどの圧倒的な力が込められた魔杖。

 そんなとんでもないマジックアイテムを持っていながら(今は黒い靄のような場所に隠している)、ごくごく一般的で小さな魔力しか込められていない生活用マジックアイテムに惹かれる理由は謎だ。

 異形種故に人間の文化を見たことがなかったからか……または、象が蟻の営みを見て面白がっているのか。

 ……人化の腕輪とかいうマジックアイテムを持っていることから、後者の可能性が高いか。

 

 いや、だとしても彼女に悪意はないのだろう。

 フランは良くも悪くも純粋だ。

 少なくとも人間を騙そうと演技しているようには俺には見えなかった。

 そんなことをする必要がないくらい圧倒的な力があるというのもあるが、彼女が俺達人間に対して配慮してくれているのも行動の節々から感じられたからだ。

 

 都市に入るにあたって町娘が着るようなごく普通の衣服の上に、レベル?を誤認させる探知誤認用のローブを羽織ってもらってもいる。

 そのおかげで見た目はそれほど目立ってはいない……はずだ。

 人化の腕輪という人類にとって恐ろしいマジックアイテムを使って姿を変えているので、異形種としての紅い眼や翼もなくなっている。

 念のため仮面も被ってもらっているから、そのもはや人外の域にある(いや、正真正銘の人外なんだが)といっても過言ではないほどの整った容姿がもとでトラブルが起きることもなかった。

 

 とにかく、俺が胃を痛めながらフォローをすることで都市に来てから今日まで何事もなく過ごしていた。

 フランはどんな人間にも同じように接するし、見下すような態度も取らない。

 俺が注意すれば嫌そうな顔をして文句を言いながらも、なんだかんだ言うことは聞いてくれる。

 ……うるさく言いすぎて暴れられても困るため、なるべく最低限にはしているが。

 

 フランが怒気を放ったのも盗賊が襲ってきた一件のみだ。

 商人や冒険者が彼女をからかう場面もあってかなり肝を冷やしたが、表面上怒ることはあっても怒気や殺気を放つことはなかった。

 

 彼女が人間に対してどのような思いを抱いているのか本心はわからないが……悪意はないように思える。

 街の人と会話をするだけでも面白がってぐいぐい質問するし、目にしたものは何でも欲しがる。

 まるで初めて城から出て街で遊ぶ箱入り娘のお姫様のようだ。

 もしかしたら実際、どこかの貴族や王族なのかもしれないが……。

 

 今も宿の一室を借りて俺が愛刀の手入れをしている横で購入した生活用マジックアイテムをいじりながら目を輝かせている姿は、世俗に疎い貴族の子供にしか見えない。

 

「ブレイン、ブレイン! これすごいよ! 扇風機だよ! 魔力で動いているから電気も使わないし省エネだね!」

 

 言いながらフランは「あ゛~」とマジックアイテムに話しかけ、意味の分からない奇行をしている。

 

 こいつのことを深く考えるのが馬鹿らしくなってきた。

 

「……楽しそうで何よりだよ」

 

「いつの間にか面白そうなものがたくさん増えているなー。街の住民のAIもかなり上位のものが使われているし、味のある食べ物とか感動しちゃった!」

 

 目をキラキラと輝かせながら話しているフランは本当に楽しそうだ。

 相変わらず意味のわからない単語もあったが、その言葉は彼女の境遇について放棄した思考を再び巡らせるくらいには気になる内容だった。

 

(“いつの間にか”、ということは人の街にきたのは久しぶりなのか……? ……味のある食べ物に感動するってのは、血以外のまともなものを食ったことがないからか……)

 

 黙々と刀の手入れをしながら、少女について考え込んでいく。

 その様子を見て詰まらなさそうにしたフランが、目の前で唇をとがらせながら半目になって俺を覗き込んできた。

 

「ねー、聞いてる?」

 

「聞いてるよ。……フランは街にくるのは久しぶりなのか?」

 

「んー、そだね。……まぁ色々あってさ、本当に久しぶり。まぁ元々人間種の街自体、用がない限り行かなかったしね」

 

 そう言いながらフランは目を逸らして後ろを向くと、他の生活用マジックアイテムをいじり始める。

 後ろを向く前に一瞬だけ見えたフランの表情からこれ以上聞くのは野暮だと思った俺は、頭を掻きながら刀の手入れを止めて立ち上がる。

 

「……あー、悪い。今のは忘れてくれ。人の過去を詮索するなんて傭兵としてマナー違反もいいとこだ」

 

 相手の過去を詮索するのはご法度。

 訳ありばかりの傭兵界隈じゃ常識だ。

 こいつは傭兵じゃないが、傭兵なんかよりもよっぽど訳ありだろう。

 俺自身、他人に言えるような真っ当な生き方をしてきていないのだから相手を詮索するは筋違いというものだ。

 

 それに、仮にも俺を鍛えてくれる師でもある。

 人としての道理は失ったとしても、武人としての道理を失いたくはない。

 

 俺が外で頭を冷やそうとして部屋の扉に手をかけると、こちらを振り向いてきょとんとした顔をしていたフランが、すぐに満面の笑みで口を開いた。

 

「あはは! やっぱりブレインは面白いね!」

 

 片手を挙げて返事をしながら、俺はフランの嬉しそうな声を背に夜の街へと出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 夜のエ・ランテルの街並みは昼間とは違い人通りが少ない。

 

 王国の都市は基本的に夜間の街灯が大通りにしか点いていないため、細かな路地や裏通りは薄暗く犯罪の温床になりやすい傾向にある。

 各都市が裏路地へまで治安対策がいかないのは街灯配置の財政的な理由もあるが、一番の理由は王国に潜む犯罪組織が圧力をかけているからだろう。

 それはエ・ランテルも同様だ。

 

 大通りは仕事終わりの冒険者や駐屯兵で酒場が賑わっているが、通りから外れて路地に入ると人気がなくなっていく。

 エ・ランテルには冒険者組合もあり、都市長パナソレイが設立した夜間巡回兵もいるため犯罪率は他の都市に比べてかなり低いが、それでも帝国の治安には及ばない。

 

 都市長がどれだけ尽力したとしても、王国の闇が完全になくならない限りは見えない犯罪として見逃すしかないものも存在するのだ。

 

 特にエ・ランテルでもとある地区────スラム街ではそれが顕著だ。

 

 人攫いや殺人は陰で当たり前のように起きており、犯罪者達の根城となっている。

 要するにここは都市のゴミ箱だ。

 大を生かすために切り捨てられた“小”なのだ。

 ここで暮らしているのは“殺しても問題ない”者しかいない。

 

 それには当然────そこにいる犯罪者達も含まれている。

 

「……ふぅ」

 

 血塗れになって倒れている男達を見下ろしながら、ブレインは一人息をつく。

 ブレインが振り返ると、廃屋に隠れていた少女が恐怖に身を震わせながら怯えた様子で見つめていた。

 

「……ひぃっ! こ、殺さないで……」

 

 目に涙を浮かべながら後ずさる少女を見て、ブレインは溜息を吐きながら答える。

 

「……殺さねえよ。そこの通りを真っ直ぐ行って、突き当たりを左に曲がれば大通りに出る。いいからとっとと家に帰りな」

 

「……は、はい。あ……ありがとう!」

 

 逡巡した後に礼を言って走り去って行く少女を見ながら刀を鞘に納めると、ブレインは再び溜息を吐きながら呟く。

 

「……はぁ。ガラにもねぇ。俺はどちらかというと、あっち側の人間だろうが」

 

 ブレインは傭兵だ。

 そして、強くなるためなら何でもしてきた。

 強者と戦うために追い剥ぎに協力して一家を破滅に導いたこともあるし、そのせいで奴隷として売り飛ばされた子供もいた。

 

 助けた礼を言われる筋合いなどある筈が無い。

 むしろ憎悪されるべき存在だろう。

 

 もしかしたら先程助けた少女だって身寄りがなく、ブレインのせいで人生を狂わされた被害者だったのかも知れない。

 

「……前まではこんなこと考えなかったんだけどな」

 

 そう言って思い浮かべたのは一人の吸血鬼の少女だった。

 そういえば助けた子供もあいつと同じ金髪だったな、とそんなことを考えながら自身の心境の変化に苦笑する。

 

「……俺は、俺が強くなるためなら何でもする。それは今も昔も変わっちゃいない」

 

 ブレインはあの恐ろしい強さを持った吸血鬼に弟子入りしたときのことを思い出しながら、自分に言い聞かせるように呟いた。

 

 

 

「だったらさぁ〜、あたしとイイコトしようよ?」

 

 

 

 そして、それに応える声が返ってきた。

 

 

 

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