前半はボディーガード視点、後半は主人公視点です。
第一話 路地裏の
月明かりが届かない真夜中、体を突き刺すように冷たい寒明けの雨が降りしきっている。
それが打ち付けるのは、拳銃を構えた俺と同僚のボディーガード数人と、俺たちの依頼主である太った男だ。
一刻も早く雨を凌げる場所に移動したいが、今すぐは動けないだろう。何故なら俺たちは、
深呼吸しながら状況を整理する。
まず、ここはとある街の路地裏であり、人が滅多に来ない上に外に音が漏れにくい構造になってしまっている。
そして、どうしてこんなところにいるかと言えば……目の前で仲間を翻弄する謎の襲撃者のせいである。
身長は目測で二メートルより少し小さい程度で、普通と比べると妙に手足が長く思える。服装は上下とも飾りっ気のない黒で、おまけに髪の毛まで黒だった。
しかし、そんなのは些細な物としか言いようがない特徴をこいつは備えていた────カラスとコウモリを混ぜて割った様な、子供向けの特撮番組の悪役にピッタリな仮面をつけていることだ。
そいつがこちらに走ってきた瞬間、俺たちは躊躇わずに銃を撃った。依頼主から
──『疑わしいやつは兎に角攻撃しておけ。特に顔を隠しているやつはな』──と、何度も口を酸っぱくして言われるからだ。
サイレンサーで音を消された上にフラッシュハイダーで発火炎を抑えられた弾丸の雨霰。だが、やつはそれをあっさりと上に跳んで避ける。
俺は勿論そっちへ銃口を向けるが、次の瞬間には視界が奴の靴底で埋め尽くされていた。
「ぐぁっ!?」
顔面に強い衝撃を受けて俺は仰向けに倒れる。他の仲間も、ここが狭い故に下手すると同士討ちしてしまうので発砲出来ない。
それをいい事に奴は仲間を一人蹴っ飛ばす……とはいえ俺達だってプロだ。ナイフに持ち替えた仲間があいつに突進する。
「──っ!」
だがナイフが奴を突き刺す事は無く、逆に突進の勢いを利用されて受け流されて別の仲間に突き刺さってしまった。
「クソがぁっ!」
誰かが叫んでまた仮面の男に立ち向かうがやはり攻撃は当たらない。けれど、それが何度も続くとなれば奴も注意力散漫になってくる。
俺は未だに立ち上がれず地面に這いつくばっているので、あいつからの注意が一番向いてない。それを逆手に取って、近くに落ちていた銃を拾い俺に背を向けている仮面の男に向かって引き金を引いた。
奴にとって予想外の位置からの予想外の武器を用いた攻撃であり、故にそれは完全に虚を突いた
「……なっ!?」
俺は目を見開いた。何故なら、奴は
それから奴は、さっきまでの動きに加えて壁を蹴りながら仲間たちを翻弄し始めた。
時には俺の時と同じく仲間を踏んで上に跳び、時には壁同士を用いてジグザグに動き、またある時にはパイプを使った回転で仲間の攻撃を回避する。
(……俺の知る限り、空中をあれだけ自由自在に動き回れる代物というと
一瞬思考が逸れたのを現実に戻す。耳に嵌めた無線で雇用先に連絡をとろうとするが、何故だか繋がらない。焦った俺は、更に対応が遅れてしまう……だが、むしろそれが俺の命を助けることになった。
「……クソ、弾がっ!」
「おい、早く下が────」
異常すぎる状況に上手く対応できず再装填のタイミングを誤って弾切れになったのを察知したのか、仮面の男は地面に降りて彼らに襲いかかる。しかし奴は俺の弾丸を弾いた刃物を何故か壁に突き刺していた。
そのことに疑問を抱いた瞬間、眼前で
「な、早すぎる──」
「潰す」
奴が二人の仲間に近づき、腕を振るう。その数瞬後には────
奴を見れば、その手にいくつかの毛髪と大量の血がべったりと付いていた。つまり……こいつは素手で人を殺せる。
馬鹿げているとしか思えない。今までの仕事で何度も常識を塗り替えられてきたけれど、こいつはあんまりにも現実味が無さすぎる。
いや…………違う、この匂いは、この感触は、間違いなく現実だ。だけど、俺はそれを認められない──いいや、
俺が思考を纏められずにいる間にも、また一人また一人と仲間達が殺されていく。
昨日一緒に同じ酒を飲んだやつは顔を真正面から貫かれた。一昨日喫煙所探しに付き合わされたやつは壁に頭を打ち付けられて顔が
間違いなく俺も殺される。そう思いながらもなんとか立ち上がって銃を懐にしまう。そうして、奴を真正面に捉えながら話しかける。
「て、テメェ! 何者だ!?」
「何者、か。……わざわざ言う必要が?」
恐怖に耐えながら放った問い掛けは、顔面に羽虫が飛んできた時のように軽くあしらわれた。仮面に飛び散った赤黒い血に、俺の後ろの護衛対象が怯えて叫び声をあげる。
「何の為に俺たちを襲った! 一体全体何をしたと——」
「何をしたか、だと? ……なるほど、知らないのか。なら、教えさせてもらおう」
仮面野郎は、ゆっくりとこちらに歩み寄りながら何かを手元から投げ捨てた。
長いことここにいるので、眼は既に暗さに慣れている。目を皿のようにして
……だが、すぐに俺は後悔した。地面に落ちたのは、空き缶のように持ち手が握りつぶされた拳銃だったのだ。恐らくは、さっき撃った時にこうなったのだろう。こいつに抱いている恐怖がよりいっそう深まり、手が震えそうになる。
そんな俺を気にすることなく、奴は護衛対象を指差しながら静かに語り始めた。
「そこの男は、銃器の密輸に始まり売春の斡旋や麻薬の販売……あげくの果てにはあの
それもただの受験生じゃない。適性検査で極めて好成績を修めかつ後ろ盾のない者たちだ。……あぁ、語るだけで気分が悪くなる。お前もそうは思わないか?」
奴が告げた内容に、俺は頭をぶん殴られたような気分になった。
俺の後ろにいる奴が、犯罪者であるということ。しかも
五年前の
この男の仲間を護衛したことも何度もある。それはつまり……そういうことなのだ。
「…………なるほど、そりゃ殺されそうになる訳だ。間接的に殺してるようなもんだしな。────で、言いたいのはそれだけか、仮面野郎」
「……ほう?」
「俺がいままで守ってきたやつらには、真っ当な人生送ってきたやつもいれば今回の依頼人みたいなやつもいた。……けどな、全員大切な護衛対象であることには変わりねぇんだよ。だから守る、誰になんと言われようとな」
(……戯言だ、単なる嘘っぱちだ。今の俺には、数秒前まで持っていたはずの使命感の欠片すらない。あるのは、どうしようもない虚無感だけだ)
「……なるほど、良い
「後、お前みたいな変な格好した奴の言うことなんざ信じられねえ。なんだそのいかにも子供向けの妙ちくりんな仮面は? 特撮ドラマの怪人気取りか?」
「……前言撤回、随分と口が悪いな。このデザインの良さがわからんとは、夢のないやつめ……」
話しているうちに口を滑らせてしまったが、逆に仮面野郎は俺たちから意識を逸しちまった。──こうなりゃもうやけっぱちだ。
今まで何度もそうしたように、懐から拳銃を取り出す────
一拍置いて商品の謳い文句通りに凄まじい光と音が発せられる。俺は耳を塞いで顔を全力で逸したが、護衛対象と仮面野郎はそれをしていない。閃光は当然意味をなしてないだろうが、音だけでも十二分に隙ができる。
後ろで若干うめき声が聞こえるが、どうでもいい。どうせ殺されると思いながらも拳銃を引き抜いて数発撃つ。
奴は止まっていたのでドラマみたいに上手く当てることができた。両太ももに大きな穴が空き、そこから真っ赤な血が脚を伝って地面を染め上げる。
機動力は奪ったしこいつは音で暫く動けないはず。後は胴体か頭部を撃つだけだ。今まで何回もやってきたことの筈なのに、妙に手が震えるし悪寒がする。気持ちを引き締める為に深呼吸を行うが、その時俺は目を瞑ってしまった。
……目を開けた時には既に奴は自分の眼前にいて、ただ首に力が加えられていた。
(なんでだ、チクショウ、俺は確かに野郎の両足を撃った筈だ。その証拠に、赤い河が地面に出来ている。なのになんで……)
疑問を抱いたまま、俺の意識は暗闇に落ちていく。
(……これで、あいつらの元に逝けるのだろうか。もし、そうなら、俺は──)
いつの間にか、俺の手のひらから拳銃が滑り落ちていた。
最後のボディーガードを片手で締め落としたことを確認した私は、彼が落とした拳銃を拾い上げる。
(手入れが行き届いているな、恐らくはかなり昔から使っているのだろう)
「き、きき、貴様ぁっ!」
「……なんだ」
彼の人柄を推察しているところで、
「なんなんだ、なんなんだ貴様は! 貴様さえいなければ、儂は明日には大金持ちになっていたんだぞ! 女だって、酒だって、車だって、どんな物でも手に入れ──」
「少し、黙ってもらおうか」
意味のない音を垂れ流す口に、銃身を捩じ込む。男は必死に逃げようとするが、私が後頭部をこちらに引き寄せているのでむしろ銃を飲み込んでいく形になる。
「……あまりにもお前の犯してきた罪が多すぎるせいかは知らんが、どうにもピッタリな罵倒が思い浮かばん。豚野郎、というのはあまりに安直過ぎて逆に豚に失礼だし、冷血漢と言うにはお前の体温は些か高すぎる。……いや、丁度いい表現を思い出した。『卑劣漢』……身寄りのない人間や社会的な弱者、そういった人々を食い物にしていたお前にはピッタリだ」
思いつくまま、怒りを吐き出すように言葉を紡ぎ続ける。その間にも、男は銃から逃れようとし、私はそれに対して更に怒りを覚える。
「さて、卑劣漢。お前は恐らく命乞いをするつもりだったのだろうが、答えは『NO』だ。既にお前が誘拐した少女達を監禁している場所には私の同僚達が向かっているし、そろそろ事が片付いているだろう。
それ故、お前が生きていなければいけない理由というのはこれっぽっちも無い。……そうだ、最後に質問しよう」
相手の口から銃を抜き取ると、酸素を求めて荒い呼吸を繰り返した。それを遮るようにこめかみに銃口を突きつけながら問答をする。
「十年前の白騎士事件の日……
「……しっ、知らんっ! あの日はどうにか逃げることで精一杯で、覚えてることは殆ど無──」
「もういい」
問答を切り上げ、撃鉄を起こす。最後に仮面を外し、相手に素顔を見せる。そして、三日月のように口角を釣り上げ、一言告げる。
「最後に教えてやる──」
言い終えて発砲する。マグナム弾でも使われていたのか男の頭部は見事な程に弾け飛び、壁に真っ赤な花が咲く。汚い花火とはまさにこのことだろう。
(これと同じ物が自分両腿に撃ち込まれたのに、今もしっかりと繋がったままだ。……毎度のことながら、この肉体は本当に馬鹿げている)
井戸端会議の話の種にもならないことを頭の片隅に浮かべながら、仮面を再び着けて後始末を始める。
まず、気絶させた男を担いで表路地との境目へと向かい、そこにある道具を確認する。一つは壁に突き刺さった刀、もう一つは棺桶型のキャリーケースだ。
刀の方は『
隔離された空間に人間や動物が外から侵入しようとすると、何らかの理由──気味が悪いとか、悪い予感がするとか──をつけてその場所を勝手に避けてくれる。
クギリを壁から引き抜き、鍔にあるボタンを押して刀身を収納する。開発した人によればとある漫画の武器を参考にしたらしいのだが、どう見たって刀身が柄より長い。今は最大の半分ほどの長さだが、それでも目測で大体四、五倍ぐらいの差がある。
(……まぁ、彼らの発明品が物理法則を無視することは今に始まったことじゃないし、気にするだけ無駄だ)
男を起こさないように溝ギリギリの地面に置き、キャリーケースを引いて死体の近くまで運ぶ。
一番面積の大きい面が地面に接するように倒し蓋を開く。辺りを見渡し、仮面に内蔵されたハイパーセンサーを用いて死体や血痕といった戦闘の痕跡をスキャンしていく。
それが終わったら、視界に浮かんだスイッチを軽くタッチする。────次の瞬間、スキャンした物全てが光り輝く量子となってキャリーケースに吸い込まれていった。
周囲をもう一度確認し、収納し損ねた物が無いことを確認してからケースを閉じる。
この道具の名前は『
……最も、私の使っているのは最初期の試作品であり、人の背丈サイズの金庫ぐらいに重量があるので利便性には首を傾げざるを得ない。
まぁ、なんだかんだで私は扱えるし地味に容量も大きい。今持ってる道具の中だと一番の古株でかなりお世話になっている。
さて、これで後処理も終わりだ。後は気絶させた彼を担いで『基地』に帰るだけだ。……問題は、どうやって人目に付かないようにするかだ。
仮面は外せばいいし、クギリはクロネコの物理的収納スペースに仕舞えばいい。足の傷も止血剤と包帯を併用すればなんとか誤魔化せる。
だが、この男を連れて帰るとなると…………あまり良い方法ではないが、タクシーを使うべきだろう。
────この時、私は気づいていなかった。私の上に
・『
刀身を柄に収納可能な刀。柄だけの時は二十一センチメートル(五百ミリリットルのペットボトルとほぼ同じサイズ。)
コンクリートをなぞるだけで溝を彫れる切れ味を誇るが、主人公は『隔離』の為にしか基本使わない。
・『
某運送会社のような名前のキャリーケース。棺桶のような形をしていて、生き物以外ならなんでも持ち運べる万能道具。
しかし、そもそものサイズの大きさ、やたらに目立つ見た目、そして主人公が使用している物以外も四十キログラム以上の重さのため若干持ち運びには不便である。
・ボディーガードの男
この道五年という長いのか短いのかよく分からないキャリアの男。
観察眼とコミュニケーション能力がかなり高く、この職に就く前はとある会社で辣腕を振るっていたらしい。
射撃能力や相手の裏を掻く行動など、能力は優秀である。
五年前に何かがあったようだが……?
・卑怯者の中年男性
十数年前から武器の密輸や麻薬の販売ルート作成、売春の斡旋といった悪事に手を染めていた。
主人公に殺される原因となった人身販売では、ISの簡易適性検査でA以上の判定を取得した者たちを誘拐しており、その内何人かには《手を出していた》。享年五十四歳。
・宇野誠一
今作主人公。殺し屋であり。主に単独行動で任務をこなす。
195cmという高身長であり、それに比例して手足も長くこれらから繰り出される一撃は容易く人間の首を弾け飛ばせる。
戦闘スタイルは先述した高い身体能力と環境を利用した物で、銃はそこまで使わない。また、何かしらの武術を修めている訳でもないので高度な技は使えない。
子供好き(健全)な側面もあり、今回の仕事ではかなり荒れていた。
読んでくださってありがとうございました。