全編主人公の視点です。
第十三話 本当の始まり
ライブラリ本部、その中のある一室にて少々むさ苦しい雰囲気のやり取りが行われていた。
私の目の前にいるのは霞野さんと令月博士であり、両者に色々と質問されていたのだ。
「──宇野、結局どうやってアレを動かしたんだてめぇ? 何遍聞いても納得が行かねえんだが」
「またですか。えっとその……なんか声が聞こえてきて、ISの名前の様な物を叫んだらああなって、そこからは流れと勢いで……」
「もう結構だ、宇野君。しかし、全くもって奇妙なこともあるもんだねぇ」
博士が沁々と言いながら、様々な計器を取り付けられた件の機体──黒烏を見上げていた。前回の戦いで付いた細々とした損傷は自己修復で元通りになっている。
──どうやってここまでISを持ってきたかについて話す前に、あの事件の顛末を話すべきだろう。
私が論田さんとやり取りしていると、バイクでやってきたのは行方不明の織斑千冬と赤髪の男。後者の方は去年から図書館に入り浸っていて
彼らは女装している織斑くんに一瞬驚いたが、千冬さんの方はあっさりと受け入れて彼に抱きついていた。直後に私達に対して仮面を外せなど色々言ってきたが、そこは上手く更識さんがカバーしてくれた。
そこからは織斑くんにAクラス記憶処理剤*1を溶かした水を飲ませて後処理をしたり、彼と一緒に帰ると駄々をこねたブリュンヒルデをどうにか説得し、五反田くんにも同様の処理を施して家に帰らせたのだった。
……閑話休題。
現在はそれから数日後であり、黒烏や私が持って帰ったシャサール・ジェヴォーダンの解析を行っているのだ。
「うーむ、このシャサールというIS、中々面白い設計だねぇ」
「へぇ、どんな感じなんだよ令月?」
「この機体、一見すると専用機のようだけど──腕や太ももから足首までのパーツは
「なるほど……名付けるなら『ミキシングIS』とでも言うべき代物と?」
「うん、宇野君の言う通りだ」
黒烏と一緒に計器で雁字搦めになっているシャサールを指差しながら博士は解説を行う。
それを聞いて、私はこの機体を作った人間──あるいは組織──に対して畏敬の念を抱かざるを得なかった。黒烏を起動した際に頭に入ってきた情報によれば、ISのパーツは武器の運用で重要なマニピュレータ以外はほぼ全てが異なる規格で作られているらしい。
当然それは二つの量産機にも言えることであり、それらの問題を乗り越えて十全に動くISを作るなんていうのは末恐ろしいことなのだ。
「ミキシング、ねぇ……こいつを作ったやつにとっちゃ、ISなんてガンプラと大して変わらないのかもしんねえな」
「流石にそれは言い過ぎだとは思うけど、技術力は確かだね。
「……薄々感づいてはいましたが、やはりあの緑のISは……」
「あぁ、黒烏…………いや、『鬼鉄』を作ったのはこの私だ。全ての事は話せないが、出来る限りを伝えてあげようじゃないか」
令月博士は遠くの方を見ながら、どこか重い表情で話し始める。
「かつての白騎士事件でこの国はISに救われた。だが、一部の者はこう考えた──『もし、今度はISで攻撃を仕掛けられたら?』とね」
「そりゃまた随分とこう……悲観的な妄想じゃねえか」
「確かに霞野くんの言う通りだ。でも、残念ながらあの時はそうは言えなくてね。彼らはISに対抗する術を技術者や自衛隊に思索させて……最終的にたどり着いたんだよ」
そこでこっちに振り向き、博士は半分は懺悔、半分はどうしようもない愉悦を浮かべて口を開く。
「目には目を、歯には歯を────ISにはISを。そんなシンプルな結論に基づいて、私達の仕事は始まったんだ」
「仕事っつーと、確か倉持でのか?」
「そうだね。あの時は毎日が達成感と苦悩の連続だった。なにせ、まだアラスカ条約の草案で各国が鎬を削ってたころさ。そんな時にザクをすっ飛ばしてグフやドムを作るような物だからね」
「うわっ、めっちゃ辛えじゃねえかそれ……で、どうなったんだ?」
「まずはISの五大要素……PICに量子化、ハイパーセンサーに
「そこを政治家の方々に突かれでも?」
「ま、そんなところだね。だから泣く泣くIIFとセンサーの方はボツ、残りの三つを実際に作る方向に変更したんだ。で、実行されたのが『鬼鉄作戦』……いつか来るであろう脅威に備えたものさ」
令月博士は黒烏の元まで歩み寄ると、孫を愛でるように装甲を撫でる。彼は自分が作ったものに強く入れ込む質だが、こうもあからさまな様子は初めて見た。
「……だけど、色々あってね。作戦は中止されて、この子たちは表向きには解体処分……実際にはそれぞれ別の場所でバラバラにして封印することになったんだ」
「おいおい、どうして処分しなかったんだよ? そんな厄ネタ、とっとと消しちまった方が楽なのによ」
「それも予算の問題でしょうね。いわゆる『コンコルド効果』というやつですよ」
霞野さんの疑問にそう告げて、私も緑のISを見る。中に入っている時は気づかなかったが、眼の少し下に切れ込みがあって黒いラインになっているようだ。悪人面……とまでは行かないがかなりの威圧感を醸し出している。
「ところで令月博士。この二機の処遇はどうする予定なんですか?」
「あぁ、そういえば伝えてなかったね。シャサールはもう暫く解析を続けて藍越の方にデータを渡すことになった。そして、黒烏なんだが──」
博士は私の方に歩みより、義手をにゅいっと伸ばして肩をトントンと叩いた。嫌な予感がして、彼の顔をちらっと見る。そこに満面の笑みを浮かべた博士は楽しげに口を開く。
「宇野君、あの子と一緒にIS学園へ行ってもらえないかい?」
「……拒否権は無さそうですね。とはいえ、どうやってあそこに? 私みたいな天涯孤独の人間がISを動かしたとして、その行き先は女の園じゃなくてホルマリンの水槽の中では?」
「まぁ、問題はそこだね……」
まだ決まっていなかったようで、令月博士は頭を掻いて悩んでいる。私も一緒に考えるが具体的かつ現実的な案は思い浮かばない。
そうしていると、後ろの方で大きな物音と素っ頓狂な声が聞こえた。
「なにぃ!? おいおいおい、そりゃ本当か? ……マジか!?」
「どうしたんだい霞野君? そんな大声を出すと考え事が──」
「織斑一夏が! ISを! 動かしたんだよ!!」
丸太のような剛腕をぶんぶんと振り回し、彼は興奮した口ぶりで騒ぎ立てる。驚愕と困惑が入り混じったそれは、普段のハードボイルドな霞野さんとはかけ離れていた。
「なぁ令月。これは偶然か? ISを持ったやつが織斑を誘拐して、宇野がISを動かして、その次はこいつがだ!」
「偶然に過ぎない可能性もなくはないけど、限りなく低いね。誰かが裏で糸を引いてそうだ。あの
「流石に仕事が早くて、全国の男性を対象に一斉検査だとよ。つっても、三人目とかが出るとは思えないけどな」
そうやって彼らは言葉を交わし続け、一段落ついた辺りで二人共こっちを見てくる。その意味をなんとなく察した私は、ついため息を漏らしてしまった。
「宇野、言わなくても分かるよな?」
「えぇ。その検査で上手いことISを動かせばいいのでしょう? ……それこそ、面倒なことになりそうだと思いますが」
言ってはみたが、彼らの考えは変わらないだろう。……それに、私自身満更でもないのだ。
あのISに乗った時私は確かに『悦び』を感じていた。ハイパーセンサーの負荷は無くなり、意のままに扱える手足。学園に行くならば恐らく黒烏も修理され、ちゃんと飛べるようになるだろう。
その憶測のおかげか、今までにない興奮が私の中から湧き上がるのを実感するのだった。
・シャサール・ジェヴォーダン
赤いフードの女が使っていた機体。
既存の第二世代IS複数種のパーツを組み合わせたミキシングISであり、総合的な強さは第三世代にも劣らない程と推測される。
仮に彼女が飛行できていたのなら、宇野の勝利は無かったかもしれない……。