空気の肌寒さと日光の暑さが入り交じる二月下旬。長蛇の列の真っ只中にいる私は思索に耽っていた。
織斑一夏がISを動かしてからはや数日。政府が大慌てで始めた全国規模の男性操縦者の検査は、どうにも結果が出せていないらしい。先日には村田さんや論田さんが行ってきた(霞野さんは年齢的に対象外)が、当然ながら二人共動かすことは出来なかった。
そんな訳で、現在私は前後の中高年に挟み込まれている。この前の事を思えばISを動かせるかもしれないが、実を言えば少しばかり不安だ。
何せ初めて男に動かされた機体が手元にあるのだ。技術者達がログだったりフラグメントマップ*1を解析しない理由もなく、あの日から私は黒烏に乗る機会がなかったという訳だ。
──ちなみに余談だが、例の誘拐犯たちはその技術力や手腕を買われてライブラリに所属することになったらしい。ここまで短期間に人員が増えたのは初めてのことなので、彼女らの教育を任された職員たちはヘトヘトになっていた。
フードの女──エレンという名の傭兵*2とコートの大男は私と同じ懲戒部門へ、紫コートの男は安全部門に回される予定だそうだ。
前方の男性たちは皆肩を落として帰っていき、ついに私の番となった。近くには随分とストレスを溜め込んでいそうな女性がおり、忙しなく視線を動かし続けている。
「あ、次の男ね? ほら、さっさと触れてすぐに帰りなさい。どうせ動かせないんだし」
「……ふむ」
彼女の言葉を聞き流しながら、私は眼前のISを観察する。
強化外装六一式、倉持技研の量産機『打鉄』。侍の甲冑とも中世のそれともとれない無骨な機体が、中身を待つかのように鎮座していた。
令月博士の古巣が作った物だからか、どことなく黒烏の面影を残しているが……。
「……細いな」
「細い? ……あー、確かにあなたみたいな図体のデカい奴からしたらそうよね。でも、ノロマでダサい第一世代と比べたら上等よ……ってそんな場合じゃないわ。早く触りなさい!」
私の呟きに反応して喋り、そしてまた打鉄へ触れることを促す女性。意味もない仕事をずーっと続けさせられたらこうなるのもしょうがないのだろうか。
そんなことを思いながら、私は灰色の装甲へと手を伸ばした。
指先がくっついた瞬間、金属質な音が鳴りながらまたあの情報の濁流が流れ込む。次世代機故か負荷は少ない様だ。
一通り終わったところで、右手に視線を向ける。茜色の線が混じった鋼の腕が思い通りに動いていた。
「……う、そ? 男よね、あなた? 打鉄がなんで!?」
「さぁ、私には。ところで記録の方は?」
彼女の困惑した叫びに答えると、多少落ち着いたのか手元の端末へと視線を落とした。そして、その表情は更に強い驚きに染まる。
「IS適正──
「えっ」
女性の言葉に釣られ私も間抜けな声を漏らしてしまう。彼女のタブレットを覗こうと近づくのを試みると、間が悪いことに警備員がやってきてしまった。
ハイパーセンサーに意識を傾けてみれば、外野の方も騒がしくなっているようだ。二人目とそれに動かされるISを一目見たいという男の性だろうか。
そんなこんなで列の整理をしていたボランティアまでも野次馬根性をむき出しにする始末だったが、警備員達はどうにか私をその塊の中から連れ出したのだった。
さて、そんな大騒ぎからはや一週間。それはもう激動の時間であった。
まず最初に、織斑一夏のようにIS界隈での強力な後ろ盾を持たない私は当然のように実験施設の類に送られそうになったのだが、そこに『藍越』が待ったをかけた。
現会長が直々に抗議文──小難しい言い回しを除けば『ウチの社員に変な事しやがったらタダじゃ済まさねえぞてめぇら』という内容──を公表したことにより、一先ずは安全になったのだ。
次に、織斑一夏がIS学園に入学することが明らかになったのに合わせて私も同様の処置に。その事に女性権利団体辺りがキレ散らかしてお気持ち表明をしたと聞くがその末路は推して知るべし。
その間はこれまた『藍越』が運営しているホテルに私はいたのだが、今は呼び出されてある場所に向かっているのだ。
窓を黒く塗りつぶした車に乗せられてやってきたのは『藍越工業』。どうやらここで黒烏を弄っているらしい。
「おぅ宇野、久しぶりだな!」
「お久しぶりです霞野さん。本当に色々ありましたね」
出迎えてくれた彼に案内されながら工場の中に入り、《関係者以外立入禁止》と書かれたドアの前にたどり着く。
それを当たり前のように少し驚きながらも足を踏み入れると、そこにはライブラリの技術者達と藍越の方々がいた。その中に紛れていた令月博士は私に気づき、スタスタと歩み寄ってくる。
「やぁやぁ宇野くん、調子はどうだい?」
「こんにちは博士。ホテルの警備員がライブラリだったお陰でストレスフリーでしたよ」
そんな軽口を交わしながら人混みの中に連れ込まれる。最初は見えなかったが、そこには装甲や装備を取り外され人工筋肉が剥き出しになった黒烏が整備ハンガーに架かっていた。
「……これは何を?」
「うむ、なんというか……よく言えば近代化改修、悪く言えば私達の自己満足だね」
彼が明け透けに言い放つと、周りの技術者達──殆どが男性で女性は数えるほどしかいない──は決まりの悪そうな表情を浮かべる。
「この子を君の専用機にするのは既に決まっていたんだが、何分そのままだと世間の男性から色々言われかねないからね」
「そんなことがあるのでしょうか?」
「……これはオフレコだが、どうやら織斑少年の方は最新鋭機を受領するらしい。対して二人目がお古の第一世代なんてことになってみたまえ。要らんことを勘ぐって吹聴する輩が出てくるぞ?」
「……なるほど」
その言葉に頷くが、半分ぐらいは方便であることは明白である。何せ、ここにいるメンバーは『古い機体が新しい技術で生まれ変わるシチュ』で飯が六合食えると豪語してた者達なのだ。この機会に乗じて己の野望を叶えんとするのも道理だろう。
「それで、具体的にどんな改修を────」
……そう聞いた瞬間、私は彼らの目つきが変わったのをみて後悔したが、時すでに遅し。
「まずは装甲をマルチプル・レイヤーから強化微細粒子を用いたスライド・レイヤーに変更──」
「スラスターパーツを交換したことで推力が11%の上昇を──」
「それだけでなくOSの更新で反応速度が平均してコンマ23秒の改善──」
「PICの改良による実重量の低下と機動性の向上が──」
「
「ちょっと魔改造しすぎじゃないですかねぇ!?」
どうやら私の専用機はテセウスの船にされてしまったようだ。フレームのAMPすら手を加えられているのは流石に想定外だ。
「……すまないな宇野くん。楽しすぎて頭のネジが外れてしまったようで」
「は、博士はまともな──」
「拡張領域をおよそ1.75倍にしただけだぞ」
「一番ぶっ壊れじゃないですかー!?」
加減しろこのバカ、というのはこんな時の為の言葉なのだろうか。
どんどん強くなっていく頭痛に悩みながら、私は黒烏を見つめる。……どうか、まともな機体になってくれ。そう願う他なかった。
ところどころ出てきた用語はAMPとマルチプル(ry以外全て原作にありますので、是非探してみてください。