前半は一夏、後半はオリ主視点です。
「うう……」
「ややこしすぎる……」
放課後、僕と宇野さんは机の上でぐったりと項垂れていた。二人で授業の復習をしてるのだが、進みは一向に遅いままである。とにかく専門用語の羅列なのだ。
ちなみに教室や廊下には相変わらず女子が他学年・他クラスから押しかけ、きゃいきゃいと小声で話し合っている。
「……休めないですね」
「あぁ、全くだ」
昼休みも、それはもう大変だった。カロメで食事を済まそうとしてた彼を誘って食堂へ移動したのだが、周囲の生徒が全員ついてくるのだ。しかも目的地ではモーゼの海割りが起こり、居心地がいい訳がなかった。まるで初来日の珍獣扱いである。
「あぁ、二人とも。まだ教室にいたんですね!」
「はい?」
呼ばれて顔を上げると、副担任の山田先生が書類を片手に立っていた。……どうでもいいが、やっぱり大人には思えない見た目である。
「えっとですね、寮の部屋が決まりました!」
そう言って部屋番号の書かれた書類をよこす先生。そう、IS学園は諸事情*1から全寮制なのだ。
「あれ? 宇野さんはまだしも僕の方は決まってないはずじゃ? 前に聞いた感じだと、一週間は自宅通いになるって話でしたけど」
「事情が事情なので、一時的な処置として部屋割りを急遽変更したらしいです。……そのあたりのことって政府から聞いてます?」
最後は僕らだけに聞こえるように顔を近づけてきた。
いや、全く聞かされてない。というかそういったアポは姉さんが全部追い返してしまったのだ。
「そんな訳で、政府特命もあったのでとにかく入寮させるのを最優先にしたみたいです。一ヶ月もあれば個室の方が用意出来ますので、暫くは相部屋で我慢してください」
「……あの、山田先生、ちょっと近づきすぎじゃ……」
そのせいでクラス内外の人間がますます興味津々の視線を注いでくる。
彼女は慌てて離れてくれたので改めて書類を確認するが──
「……先生、男同士で相部屋じゃないのですか?」
「えっと、宇野君。そのですね……部屋を別々にすることを
「……そうですか」
彼の追求にたじたじになってる山田先生を不憫に思い、僕は会話に割り込む。
「それはいいとして、荷物は一回家に帰らないと準備できないですし、今日はもう帰っていいですか?」
「あ、いえ、荷物なら──」
「私が手配をしておいてやった」
聞き慣れた声に振り向けば、やっぱり千冬姉さんである。なんだかダースベイダーのテーマでも流れてそうな佇まいだ。
「あ、ありがとうございます……」
「まあ、生活必需品だけだがな。着替えとスマホの充電器、後は自炊用の調味料があればいいよな」
前言撤回、大雑把すぎる。調味料があるだけマシだけど、流石にキツい。
「じゃあ、時間を見て部屋に行ってくださいね。夕食は六時から七時です。ちなみに大浴場もありますが……二人は部屋のシャワーでお願いします」
「「えっ」」
思わず宇野さんと声が被る。大浴場、その響きはとても魅力的だ。今後の三年間で貯まり続けるだろう様々な疲労を吹き飛ばしてくれるかもしれないそれを、使えないのは何故なのだろうか。
「アホかお前ら。まさか同年代の女子と一緒に風呂に入りたいのか?」
「あー……っていやいや、そこはこう、時間帯を調節して──」
「今でさえ各学年がそれについて争ってるからダメだ」
どこか遠い目をした千冬姉さんの表情で、なんとなく察しが付く。うん、ここは折れるしかないな。
「えっとそれじゃあ、私たちは会議があるのでこれで。二人ともちゃんと帰ってくださいね。道草くっちゃダメですよ」
「分かりました」
「了解です」
先生たちが教室から出て行くのを見送って、僕らも席を立つ。同居人が女性なのはちょっと不安だけど、少なくとも騒がしいここよりはマシなんだろう。
そう考えながら、五十メートルもない距離を僕は歩んでいくのだった。
「1050室……ここか」
山田先生から貰った書類を頼りに私は自分の部屋を見つけ出す。そして、特注の制服*2に大量に備え付けられた内ポケットの一つからある端末を取り出す。
それの名前はズバリ『電子生徒手帳』──まあ、案の定そのまんまである。しかし、その性能は折り紙付きだ。
ポケベル程度のサイズによる携帯性は勿論、防水防塵も完璧。おまけにISで投げられても傷一つつかないらしい謎の高耐久。学食や購買での商品購入、出欠席や一部施設への入退室の記録機能、その他諸々が可能なこの学園における必需品なのだ。
そんなハイスペックを体現した装置で書類のQRコードを読み込めば、この部屋に入る権利がもらえたようだ。さっそく電子錠を解除し、扉を開くと────。
「お帰りなさい♪ お風呂にします? ご飯にします? それともわ・た・し?」
脊髄反射的にドアを閉じる。なんか水色や肌色が見えたがアレは幻覚だろう。表札にやたら覚えのある名字があるのもだ。そう思いながら、再度ドアを開く。
「私にします? 私にします? それとも──」
「選択肢がないんだが?」
「あるわよ、一択なだけで」
そう言って私を待ち構え、嬉しいようなそうでもないような色気を醸し出す裸エプロン状態なのは更識楯無だ。一体全体、何を考えたらこんな破廉恥な格好をするのやら。
「……そもそも、ここは一年生寮では?」
「あら、聞いてなかったのかしら? 織斑くんは先生の存在そのものが抑止力になるけど、あなたには無い。だから私が同室なの」
「……なるほど」
他人に見られたらまずそうなので、話を切り上げて入室する。
まず目に入ったのは大きめのベッド。二つ並んだそれは、そこいらのビジホより遥かにいい代物であることは間違いない。飛び込まなくても分かるほどにふわふわしている。
後は姿見とディスプレイのセットがあり、ついでに更識の私物がすでに配置されていた。
「ふむ……随分なお金の掛け方をしているんですね」
「えぇ、何せ各国の代表候補生や企業代表も使う部屋だもの。クレームのつけようが無いぐらいにジャブジャブよ♪」
私のぼやきに答える彼女の言葉を他所に、まだ使われていない手前側のベッドへと腰を下ろす。ズブっと沈み込んだのでちょっぴりバランスを崩しかけた。
「あはは! 宇野くん、もしかしてこういうの慣れてない?」
「高級品は性に合わないのでね。
むしろ安物に適応しすぎてしまい、適性検査の時にホテルに泊まった初日は眠れなかった程だ。絨毯の敷かれた床でやっと落ち着けたのはいい思い出でもある。
「大変なのね。……それで、荷物はそれだけ?」
「ああ、今から取り出しますよ」
私は肩に掛けておいたサブバッグを床に置く。それを一旦開いて、蓋の裏に配置された読み取り部分に虹彩をスキャンさせれば、メインの収納部分が俄に光を放ちだす。
「……その色、まさか?」
「『
組み立て済みの本棚とそこにいれる愛読書を取り出しながら、私は更識さんの質問に返答する。
ひょんなことから自由に使えるISコアを手に入れたことで、ライブラリ内部では空前の技術革新の嵐が吹き荒れているのだ。このサブバッグはその成果の一つである。
「一ヶ月と少しでそんなの作れちゃうのね……本当に予算不足なの?」
「開発部門は優遇する方針なんですよ──というか、なんで私のことを覚えているんですか?」
疑問に思ったことをぶつけてみる。彼女とは『蛇鴉』でしか面識が無いはずなのだ。そう言ってみれば、キョトンとした表情からすぐに笑顔へと変化する。
「そっか、知らされてないのね。キミがISを動かした後に、藍越の会長からメッセージが送られてきたの。それにあの仮面のことも書かれてたってわけ」
「会長ェ……」
思わず天を仰ぎ見る。偶にお忍びで孫娘と一緒に図書館へやってくるせいで忘れていたが、そもそも巨大企業グループのトップなのだから食えない人なのは当たり前なのだ。
後で羊羹とかを
「ご愁傷さま♪ それじゃあ改めて、シャワーの時間とか決めましょ」
「……そうですね。出来れば私は七時から八時を──」
口を開いた瞬間、遠くから何やら凄まじい音が聞こえてきた。二度響いたそれに遅れて、今度は女子の騒ぎ声。私たちは顔を見合わせる。
「……見に行く?」
「いえ、結構」
どうせしょうもない事が起きてるだけなのだろう。そう判断した私は更識さんとのルール決めに勤しむのだった。
・
クロネコの後継機であるM.U.S.T.。
重量の大幅な削減による携帯能力の向上もあるが、一番大きな相違点は量子化した物品をコールするだけでなく極めて長期間の具現維持が可能になっていること。
これは、解析がほぼ終わった『ジェヴォーダンの狩人』のコアの拡張領域を使用しているためである。
次回、夜ふかし