若干短いです。
さて、一旦状況を整理しよう。そうでもしないと頭がこんがらがった挙げ句、お湯で上せかねない。ダラダラと長考するよりも、集中して短くする方がいいだろう。
今は大体二十四時半過ぎで、私以外に
「……で、何の用ですか安寺さん?」
「特に何も無いわ。強いて言うなら『気まぐれ』ってところかしら。後、普段どおりに『アンジーさん』って呼ばないのかしら?」
若干はぐらかされながらも、彼女の目の動きや呼吸を確認した限り嘘はついていない。全くもって自然体そのもののようだ。
……まぁ、彼女がいるからまずいことなんて特に無いので気を抜いても平気だろう。そう判断して、足を縮めて体育座りになる。流石に
「肩まで浸からないの?」
「さっきまでやってましたから大丈夫ですよ。にしてもま、見慣れたとはいえやっぱり綺麗な髪ですね。濡れたやつは初めてですが」
「……落ち着くのよ天子、彼は実質十歳なのよ。アレは断じて口説き文句じゃないわ絶対そうよだから落ち着きなさい」
「どうしました?」
「いえ、何も」
無駄にキリッとした表情で返事をされた。相変わらずのクールなんたらぶりである。
流石に体も温まってきたので、一旦風呂から上がってシャワーに向かう。すると、アンジーさんも何故か着いてくる。
「アンジーさん?」
「せ、せせ、折角だから、背中を流してあげようと思ったの。駄目かしら?」
「……まぁ、駄目では無いですけど、何か得がありますか?」
「そ、そそっ、そういうのは関係無いのよ!」
アンジーさんはそこで話を切り上げ、ボディーソープを手に取って私の背中を洗い始めた。……身長の関係からどうしても腰辺りばっかりになってしまうが、案外心地よい物だ。
肩周りを洗うために彼女は体を目一杯伸ばす。少しばかりタオルとその下の胸が触れる。図書館で借りられる本の中にはこういう状況で主人公が慌てたり興奮気味になったりするものがあった気がするが、意外と気にはならない。
「……うん、何だか新鮮ですね。ありがとう、アンジーさん」
「宇野くんの背中宇野くんの背中宇野くんの背中……」
「アンジーさん?」
「なんでもないわ。やっぱり大きいから洗うのも一苦労ね」
「ですよねぇ……以前
そんな軽口を叩いてるうちに、背中は流し終わったようだ。彼女が湯船に戻った音を聞きながら、シャンプーで頭を洗う。
「ところで宇野くん」
「ラランランラ~ン……はい?」
「……もう十年よ。記憶が戻らなくても──」
「諦めませんよ、私は」
彼女の言葉を遮りそう言い放つ。一旦頭から手を離し、目を瞑ったまま話し続けていく。
「確かに、過去の記憶が無くても生きてはいけます。だけど、それはそれとして『知りたい』んですよ私は。科学の不思議な現象、数学の面白い式、
「……知りたいだけなのかしら?」
「だけ、って言われるとまたちょっと違うんですけど、概ねそんな感じですよ。まぁ、アンジーさんの趣味と似たようなもんですよ……わざわざ自分からクソゲーやクソ映画に突撃していくのは必要ない行為ですけど、楽しいからしてるんでしょ?」
「それと同列で語るのは、流石にどうかと思うわよ……。それじゃ、お先にね」
彼女は若干呆れながら湯船から上がり、外へと出ていった。
自室のドアから出ていくのを耳で聞きながら、泡を流して再び湯船に入る。
彼女にはああ言ったが、記憶を求める理由はあれだけではない。
脚に巻かれた包帯を解き、傷跡を見る。……あぁ、案の定だ。既に塞がっている。本来なら一、二週間はかかるはずなのに。
それがたかが二時間程度で治っているということは、治癒能力が軽く見積もっても常人の百倍近くあるということに他ならない。
それ以外にも、周りには聞こえない程の高い音が聞こえたり、体重や体格に見合わない程の身体能力だったりと明らかにおかしいのだ。
霞野さんやそれ以外の実務組も大半は何かしらの技術や道具で強くなっているのに、私は最初からこれだ。
だから、私は記憶を──過去を求める。それさえ有れば、『納得』出来るはずだ。
風呂から上がって着替えた私は、ベッドの横の本棚に所狭しとすし詰め状態の本を手に取り読み始める。
気分が落ちこんでいる時は読書に限る、というのが私の持論だ。楽しい内容の物は勿論、鬱々とした物や主人公が泥水を啜るぐらい酷い目にあう物は、自分がいかにマシな環境にいるかを再確認させてくれるからである。
……ただ、後者に関しては周りの人に話すと妙に引かれる。解せないことだ。
そんなことを考えているうちにも眠気がやってきたので、栞を挟んで本棚に戻し、電気を消して寝そべる。
現場に向かって人を殺し、過去を聞き、また新たな現場に向かう────十年近く繰り返した日々に、終わりが来ることを願いながら。
読んでくださってありがとうございました。