今回は全編主人公視点で、彼の普段の仕事風景を描きます。
この前の仕事から早一週間弱。包帯は外れ、元気に今まで通り図書館での業務に私は勤しんでいる。
……いや、今まで通りじゃない要素が一つだけある。それは────
「宇野! ちょっといいか!?」
「……なんですか、
質問してきたのは、先週掻っ攫……じゃなくてスカウトしてきた元ボディーガードの論田
ただ、何故私と同じ部署に配置したのか人事部門に小一時間問い詰めたい気持ちではある。
「「「おじさん、だーれ?」」」
「……俺、まだ三十行ってないんだけどなぁ?」
「子供達からしたらその年齢は既におじさんですよ。で、用事は?」
「未登録の本が文学ゾーンの本棚に紛れ込んだらしい」
「一番面倒くさい事故とは、ツイてないですねぇ」
一旦会話を止めて、絵本を読み聞かせていた子供達の目を見ながら話しかける。丁度いいことに、ついさっき本を読み終わったところだ。
「すまないねみんな。ちょーっとした問題が起きちゃったんで、一旦読み聞かせは終わりなんだ」
「えー、もっと聞きてーよー」
「だけどご安心! ぱぱぱっと解決してすぐ戻ってくるからねぇ! それじゃ、さようならぁ〜」
芝居がかった口調で説明してから、論田さんと一緒に件の本を探しに小説ゾーンへと足を運ぶ。
ここ藍越図書館は国内最大の私設図書館と呼ばれていて、その呼び名に恥じることのない広さと蔵書の多さが売りだ。……ただ、いかんせん広すぎるので移動するのも一苦労なのが玉に瑕だ。
「さて、論田さん。この仕事には慣れましたか?」
「おいおい、いきなりだな……まぁ、若干ってところだ。未だに本の分類番号やここの詳しい構造は覚えられてない、すまねえ」
「ははは、なに、最初はそんなものですよ。これから慣れていけばいいんです」
「そう言ってもらえてありがたいな……っと、着いたな。やっぱりバカ広いなここは」
私達が着いた小説ゾーンは、その名の通り『
「文句を言っても仕方がないですよ。それで、例の本の種類は?」
「913番、って総記の人は言ってたな」
「ということは、日本の小説ですね……
「……すまん、聞いてない。ただ、文庫本サイズってのは聞いてる」
「うーむ……むしろ面倒ですね。あのタイプはサイズが小さいから見落としやすいんですよ」
「ありゃー……つっても、
そう言いながら、論田さんは掛けている眼鏡を指差す。私を含め、この図書館にいる人ほぼ全員が身に着けているそれは、名前を『電脳眼鏡』という代物だ。
この道具はMR──日本語にすると『複合現実』──という物を扱っている道具だ。MRというのは、誰もが一度は聞いたことがあるであろう
二つの違いとして具体例を挙げると、ARで表示した画像に近づくとその画像も一緒に動いてしまう。しかし、MRの場合は特定の座標にその画像が居続けることになり、一昔前に流行った散歩ゲーのキャラクターの後ろ姿などを見ることも可能なのだ。更に、その表示した画像を複数人で共有して認識できるのも特徴だ。
閑話休題。彼は電脳眼鏡を弄りながらこちらに話しかけてくる。
「既に登録してある本の表示を変更すれば、例の本だけ周りから浮くって寸法よ!」
「なるほど、いいアイデアです……結局総当りすることを除けば、ですけど」
「文句を言っても仕方がないんだろ? なら、ささっとやっちゃおうぜ。そんで早く飯にしようぜ飯」
「……そうですね。じゃ、ちょっとばかし頑張りますか」
あの後十数分かけてどうにか目的の物を見つけた私達は、カウンターの人にそれを渡してからそれぞれの業務に戻った。
私は子供たちを待たせてしまったことを気に掛けていたが、彼らはすんなりとそれを許して読み聞かせの再会を要求してきたので杞憂で済んだ。五、六冊程読み聞かせた段階で午前の仕事は終わりになり、暫しの休憩時間になった。
『STAFF ONLY』と描かれたスタッフルームへのドアを開き、その中にある椅子へと私は座る。丸テーブルを三つの椅子で囲む形になっており、残り二つにはそれぞれ論田さんとアンジーさんが座った。
「おっ疲れさ〜ん。どんな本読み聞かせてきたんだ?」
「えーっと……定番の『コんガラガッチ』シリーズを一通りと、あとは『はらぺこあおむし』や『三びきのやぎのがらがらどん』辺りの絵本を数冊といった感じですね」
「懐かしいわね、その名前。私も昔親に読み聞かせてもらった本よ。色褪せない名作、ってやつかしら」
「懐いな……そういや、幼稚園の劇がヤギのやつだったな」
どことなく哀愁漂う表情で論田さんがそう呟く。……なんだか気まずいので話題を切り替えようか。
「そういえば、論田さんはどんなことしてたんですか?」
「ん、俺か? それはまぁ……普通に本の整理とかお客さんの質問に応えたりとかだったぜ。にしても、多いなぁ学生が。いっつもこうなんか?」
「この時期は大体こうよ。ここは教科書のデータも閲覧できる数少ない場所だしね。受験生……特に藍越学園を受ける子たちにとってはうってつけとも言えるわ」
ここで話は一旦お開きになり、各々昼食を食べることにした。私はカロリーメイト二箱とミルクティー、アンジーさんはカップ焼きそば、そして論田さんは自家製スペシャルサンドイッチ──本人いわく『ハムハムパンパン』──だ。
「……言っちゃアレだが、なんだかチグハグだな」
「ん、何がですか?」
「いやさ、普通こういう状況じゃあサンドイッチを安寺さんが、カロメを俺が、そんでもって宇野がカップ麺って組み合わせだろ?」
「
「アンジーさん、食べながら喋らないでください」
和気藹々と会話をしながら、三十分ぐらいで昼食を食べ終わった。アンジーさんはすぐに受付に戻り、私と論田さんはもう少し話に花を咲かせる。
「にしてもよ、まさかライブラリの本拠地がここなんてな……初めて来た時は目を疑ったぜ」
「そうですかね? ライブラリ、なーんて安直な名前なのに」
「いやいや、そこじゃねえ。俺が驚いたのは
「ええ、そうですね。あれ程の巨大な企業だからこそ、ここの地下にあんな施設を作れる訳ですし」
藍越ホールディングス────知らない人は赤ん坊を除いて誰もいないと言われるほどの超大規模企業グループであり、私達のスポンサーのような存在である。
メインは繊維工業だがそれ以外にもホテルやタクシー会社の経営、数年前にはIS業界にまで進出を果たしていて、『箸から宇宙開発まで』のキャッチフレーズに相応しい活躍をしている。
そして、この図書館を経営している会社はここ以外にも先程論田さんが口にしていた私立高等学校である『藍越学園』も経営しており、そこの生徒はここを無料で利用可能になっている。また、赤本などの各種参考書も取り揃えているため、わざわざ隣町からやってくる学生もいるほどだ。
「というか、お前の仮面とかもIS由来なんだっけか?」
「えぇ、一応そうらしいです。ハイパーセンサーっていう代物で、前後左右上下……有り体に言うなら全方位が見える感じですね」
「へー、そりゃすげぇ! 道理であんなに弾丸を楽々避けられる訳だ」
「ただまぁ、欠点もありまして……
「……詳しく教えてくれるか」
論田さんが真面目な表情になったのを見ながら、同時に眼鏡に映る時計を確認する。残り時間はおよそ十分、間に合うようになおかつ正確に伝えなければ。
「このハイパーセンサーって代物、実はISに搭載されてる方でも最初の頃は事故の原因になったことがありまして。イギリスの機体、知ってます?」
「『メイルシュトローム』だろ? 一時期ISのこと調べまくってた時期があってそん時に知ったが、確か高い指揮能力と超長距離狙撃が
「ええ、それなんですけど、なんでも開発中にハイパーセンサーをうっかり最大出力で発動させたせいでテストパイロットの頭が────」
そこまで説明した私は、握りこぶしを彼の眼前に掲げ、パッと開く。
「パァン!……ってのはあくまで比喩ですが、実際廃人かそれに近い状態に陥ったらしいんですよ。それ以降ハイパーセンサーには一定のリミッターを施すことが義務化されました。……でも、それはあくまでコア在りきなんです」
「…………ってことはまさか!?」
「お察しの通り、あの『
「……何人ダメになったんだ、ソレで」
「確か五人かそこらです。私だって今の所は生きてますけど……」
「……難儀だな」
会話はここで終わり、お互いまた業務に戻っていくことになった。論田さんは教科書ゾーン、私は最初と同じ児童書ゾーンへと読み聞かせへと向かった。子供達に本を何時間も読み聞かせ、
……どうやら、今日の業務はすんなり終わりそうにはなさそうだ。
・藍越グループ
どこぞの宇宙の死の商人レベルの大企業。IS業界ではもっぱら追加装甲とワイヤー武器で有名。
名前の由来は、創業者の生家が藍染めで一財産を築き上げており、その先祖を越えるためにこの名称になった。
電脳眼鏡もこの企業が開発した商品であり、図書館では(大人料金なら)入館料プラス200円で使用可能。ここで収集したデータを基に改良を施した物が今春発売予定らしい。
・ペルソナ『
真なる陰……じゃなくて、宇野の仕事道具の一つ。
防弾仕様でハイパーセンサー搭載の超ハイスペック仮面で、ライブラリ内では傑作の一つと言われるほど。
…………しかし、その裏には彼らが『処理』したモノ達の犠牲があり、決して綺麗な代物とは言えないだろう。
ちなみにペルソナはこれだけではなく、ハイパーセンサー非搭載の旧型も数多く存在する。
何故『ペルソナ』なのか? ……それは後に語られるだろう。