全編主人公視点となります
私の眼前の男、布仏ギシンは楯無が眠りに落ちたのを確かめて説明を始めた。
「依頼内容は誘拐された人物の救出、ただそれだけです」
「……それだけ、か。どれだけ大変なんだ?」
「それはもう、途轍もなく骨が折れるぐらいでしょう」
そうやって軽口を叩くが、直様目つきと口調を変えて話を続ける。
「誘拐された人物の名前は
「一夏だと!?」
「あら、ご存知あるのですか?」
名前を聞いた瞬間、論田さんが花火のように飛び上がる。声色からして、イチカとやらのことを知っているのだろう。
「への文字さん、その人物とはどんな関係で?」
「関係っつっても……数時間前知り合ったばっかりだ。教材コーナーで本戻すのに四苦八苦してるところを助けて、その後軽く会話交わした程度なんだが……やるせねぇ」
「ふむ、そういうことでしたか……ところでアンジェラさんは何を?」
その言葉を聞き、アンジーさんの方を確認すると、空中で指をわさわさと忙しなく動かしていた。恐らくイチカのデータを捜しているのだろう。論田さんがここで出会ったということは利用者であり、メンバーズカードを所持しているのは確定だ。
「……見つけたわ。これよ」
彼女はそう呟くと、テーブルの中央を指で三回突いた。すると、そこが割れて中から液晶が現れる。それが光ると、空中に人間の顔とカードのデータが表示される。
(……受験生の割には、かなり童顔だ。ちょっと写ってる襟からして男なんだろうが、男装しているだけと言われても違和感がないな)
「ほう、空中にホログラムを。まるで『アイアンマン』ですね」
「アイアンマン? 随分とまた古いものを……まぁ、このシステムは三年ぐらい前に実用化しましてね。ところで、織斑ということはもしや
「ええ、その通り。織斑一夏は
織斑千冬……この場どころか世界中で知らない人はいないであろう人間の一人だ。ISによって行われる世界大会『モンド・グロッソ』において、総合優勝者に送られる称号である『ブリュンヒルデ』(部門毎の受賞者は『ヴァルキリー』)を世界で最初に手に入れたのが彼女である。
その活躍により、日本は著しく景気が向上した──というのは五年前までの話。
ここ最近は女尊男卑主義者の活発化に加え、ISの開発も壁に当たっているのか中々苦戦しているようだ。
閑話休題。そういった事情を知れば、こんな依頼をしてきたことも合点がいく。
「つまりよぉ〜、日本の名声を保つために外国に悟られず一夏君を助けてこいってことか?」
「合ってはいますが、あと二つ理由があります」
論田さんの若干苛ついた感じの質問に対し、ギシンさんは冷静に返答する。
「手短に、ギシンさん。…………こちらとしては、すぐに準備したいのでね」
私が急かすと、彼はどことなく居心地が悪いような表情を見せ、指の組み方を忙しなく変えながら理由を話す。
「一つ目は、先日の誘拐事件についてです。犠牲こそ出てしまいましたが、私達や政府が想像していたよりかはずっと少なくて済みましたからね。……本来、あの事件は更識が請け負うべき代物だったのですが──」
「権力争いにかまけてたらいつの間にかどことも知らぬ馬の骨共が事件を解決していた、と。それで、折角だから今回の事件もついでに押し付ける感じですかね?」
「……本当にすみませんね」
ギシンさんは申し訳無さそうに謝ると、表情を変えて話を続ける。
「そして二つ目も、先日の誘拐事件に関する物です。あの一件および、今までの功績を鑑みた結果……あなた達『ライブラリ』をIS学園の警備関係に携わらさせることが政府によって話し合われています」
「ふむ……」
「っつーことは、今回の依頼はあんたらの尻拭い兼試験ってことか?」
論田さんがそう言うと、ギシンはただ黙って頷いた。……何にせよ、前回の事件が切欠ということか。
「なるほど……とりあえず、上層部に話を伝えないといけないわね。への文字、蛇鴉、あなた達は一般業務を終わらせてきなさい」
「了解しました」
「了解〜」
返事をし、入ってきた方のドアに向かう。依頼人達は暫くこの部屋に残るようだ。……残り二時間、それだけで普段は倍以上かかる業務を終わらせなければならないのか。
「……への文字さん、少しいいですか?」
「お、いいぜ」
「ここからが地獄ですよ」
利用者が適当に置いた本を本来の場所に戻し、破けたり加工が剥げたりした物を事務部にまで運んだり、etc……。
流石の私も疲労を感じ、足を引きずりながらスタッフルームのPCからタイムカードを記録する。定時ぴったり、成し遂げた。満足感と少しの喜びを抱き、冷蔵庫からキンキンに冷えたペットボトルのミルクティーを取り出し、一口含む。
砂糖を溶かしまくったくどい甘さと若干の紅茶の風味、それらを包み込む牛乳の味。安っぽい、しかしそれがいい。
好物に舌鼓を打ちながら、私は地下行きのエレベーターに独り乗る。向かうは『設計部門』。例の依頼は承認されたらしく、今から行く場所でより具体的な説明と新たな道具の授与がされるそうだ。
一分弱内蔵が浮かび上がりながらエレベーターが目的地に到着する。床、天井、壁、その全てが白一色でそこに黒い蔦のような模様が描かれている。
……なんというか、今までだとマシな方の見た目だ。というのもこの部屋、なにやら建材がいわくつきの代物らしく、時たま見た目が変化するのだ。
中の研究者の精神を反映しているのか、物事が上手く行ってる時は今回のように整った見た目に、行き詰まった時はそれはもうどこぞの動く城もびっくりなごちゃごちゃになるのだ。何故そんなことを知っているかというと、以前訪れた時にその現象に巻き込まれたからである。
部屋に入ると、既に論田さんと霞野さんがいた。私に気づいたのか声をかけてくる。
「お、来たか宇野! ……ってまーたそれ飲んでるのかよ。甘すぎねぇか?」
「どうも霞野さん。私は好きなんですけどね。それで、依頼に関しては?」
私の質問を聞くと、霞野さんは部屋の隅に追いやられていたホワイトボード(なんかたくさん数式が書かれている)を持ってきて裏返し、それに書きながら説明を行う。
「まず、
「ってことは、そのトラック追いかけりゃいいんじゃねーか?」
「いや、それがだな……」
そこで霞野さんは二枚の写真を貼る。一つは引っ越し屋のトラック、もう一つは運送会社のトラックだ。二つには一見トラックであること以外の共通点は見出せない。
「この二つ、引っ越し屋の方がガイシャを攫った方で、運送屋の方は別の監視カメラに写ってた方だ。ルートや時間軸的に前者が後の方にも写ってなきゃいけないのに、
「ナンバープレートは?」
「どっちも違うナンバーだ。タイヤとか曲がる時の癖はめっちゃ似てるんだが、これだとなぁ……」
「あー……ちょっと見せてくれねえか」
霞野さんが頭を抱えていると、論田さんが二枚の写真を手に取って見比べる。何か思い当たる節があるのだろうか。
「なぁ、霞野さん。映像の方はあるのか?」
「あ、あぁ。ちょっと取ってくる」
今度はプロジェクターを持ってきて、それの上にスマホを置いて動画を再生する。……確かに、どちらのトラックも曲がる時に反対側に大きく頭を振っている。
後、フロントガラスはスモーク加工でも施されているのか内部の様子は伺えない。
「あー……仕組みなんだが、多分全体に【指定型偏光フィルム】貼ってるなこりゃ」
「偏光フィルムぅ? っつーと確か、レゾナンス*1館内の切り替わるポスターに使われてるアレか?」
「ええ。その証拠にほら────
論田さんは画面を指差す。言われてみると、遠回りになってでも街灯やそれに類する物がある道を通っているようだ。
「……というと?」
「こいつは、
論田さんがスラスラと説明する中、霞野さんは顎に手を当てて考えこみ、暫くしてから口を開く。
「とりあえずタネがそいつって仮定するがぁ、だとするとどうなるんだ、論田?」
「ええっとですね。こいつの従来型……電気通すと不透明になるだけのやつはかなり安価で、ネットショップとかでホイホイ買えます。ですけど、今回のやつはいかんせん仕組みが複雑な上、に使用するまで色々と手間がかかるんですよ」
「ほーう……てこたぁまさか?」
霞野さんはわざとらしく問いかけ、それに対して論田さんはにやつきながら答える。
「お察しの通り、
「
どうやら、黒幕の尻尾を掴めそうなようだ。論田さんが小さくガッツポーズをするのを眺めながら、私は話を切り出す。
「ところで霞野さん。私達への道具は?」
「お、そうだったな。ついてこい、とびっきりの新作を見せてくれるってよ」
そう言って、霞野さんは私達を部屋の奥へと案内してくれた。……さて、鬼が出るか蛇が出るか、どっちに転ぶか楽しみだ。
・黒崎テクノ
正式名称『黒崎テクノロジー』。偏光フィルム以外にはISのセンサー部品や国内産PCの液晶などを製造している中小企業。技術力の高さに定評がある。
・モンド・グロッソ
三年に一度行われるISの国際大会。射撃部門、飛行部門、格闘部門、総合部門等様々な部門が存在し、来年に第三回が実施される予定。