雨雲に覆われた私たちの人生に差し込んだ一筋の光――それが自来也先生だった。
物心ついた頃から地獄のような人生を送ってきた私たちにとって、自来也先生たちと過ごした三年間はかけがえのないものとなった。
自来也先生は優しく時には厳しく私たちを育ててくれた。
自来也先生という庇護者を得た私たちは、物心両面共に満たされた生活を送ることができたのであった。
「もう泥棒や物乞いはやめろ。俺が自力で食べていける方法を教えてやるから」
先生はまず、私たちが犯罪や惨めな思いをせずとも生きていけるように取り計らってくれた。
魚を釣ったり、罠を張ったりして獲物をとる方法を教えてくれた。
他にも作物の育て方、衣服の補修方法、簡易的な家の建て方など――生活に必要なあらゆることを教えてくれた。
先生のおかげで私たちは貧しいながらも自給自足で生活していけるようになった。
手を汚さずとも生きていけるようになる。保護者がいることで周囲の大人たちから胡乱な目で見られなくなる――これほど嬉しいことはなかった。
初めてまともな人間になれた気がして嬉しかった。
弥彦にとって、魚釣りは食料を得るためだけの方法ではなく趣味にもなったようだった。暇さえあれば長門や自来也先生と一緒に釣りに出かけていた。
私は気が向けばそれに付いていったり、あるいは自宅でランと遊びながら帰りを待っていたりした。
「弥彦たち、帰ってきたみたい!」
ランは釣りから帰ってくる弥彦たちの気配に気づくと、いつも真っ先に駆け寄っていた。
「おかえり! 大漁だった? ねえ大漁だった!?」
ランはいつも目を輝かせながら尋ねていた。魚釣り自体はそれほど興味がないようだったが、食べる魚には大いに興味があったようで、弥彦たちが釣りから帰ってくるといつも輝いた目をして釣果を聞いていた。
「ああ、大漁だったよ。今日は海の方に遠征したからな。ほれ、タイにヒラメにいろいろあるぞ」
「おー、本当だ!」
ランは目を輝かせながら自来也先生の差し出したバケツの中を覗きこんだ。
「イサキは? イサキはないの?」
ランはバケツの中にいた魚を一通り数え終わると、そんなことを呟いた。
なんとも悲しげな表情だった。
「ああ今日はイサキは釣れなかったな」
「そう。イサキはとれなかったんだ……」
ランはイサキが大好きだった。だからそれがなくて残念に思ったのだろう。しょんぼりとした様子で肩を落としていた。
それを見た弥彦がニヤリと笑った。
「へへ、じゃーん! 見ろよラン、大きなイサキだぜ!」
弥彦は自分の持っていたバケツに手を突っ込むと、誇らしげに大きなイサキをランの前に掲げた。
それはとても大きなイサキだった。自来也先生は釣っていなかったものの、弥彦はイサキを釣っていたらしい。
「わー! イサキだー!」
「ランにやるよ! 今日はお前の誕生日だしな!」
「やったー! ありがとう弥彦! 弥彦大好き!」
「へへ!」
弥彦から大きなイサキを誕生日プレゼントとして貰い、ランは飛び切りの笑顔を浮かべていた。
それを見て、私たちも笑顔になった。
ランの天真爛漫さに私たちはいつも心を和まされた。彼女は常に私たちの中心にいた。ランを見ていると笑顔が絶えない。皆の心を和ませる一輪の花――それがランだった。
「それにしても相変わらずランの趣味は変わっておるのぉ。普通は魚といったらタイやヒラメだろうに。なんでイサキなんてマイナーな魚が好きなんだ?」
「だって先生、イサキが一番美味しいよ?」
「そうかのぉ? 普通は味の面でもタイやヒラメなのだがの。まあランは通好みの舌をしておるということかの」
「通って何?」
「プロってことだ」
「わーい、ラン、プロなんだ!」
「お主、ちゃんと意味わかっとるのかの……」
自来也先生の目から見ても、ランは随分変わった子だったらしい。ランの天然発言に振り回され、時折首を傾げていた。
ランが変わっているのは昔からのことなので私たちはさほど気にも止めず、自来也先生もそのうちこの子はこうなんだと受け止めるようになっていった。
「ランに小南よ。ほれ、これをやろう」
先生は生きるのに最低限必要なことのみではなく、人間らしく女らしく生きていくために必要なことも私たちに教えてくれた。
「先生これは何?」
「櫛じゃ。こうやって髪を梳かすのに使うんだ」
先生はお洒落をするのに必要な道具と知識も私たちに分け与えてくれた。
先生は男性でありながら女性の身嗜みに関する知識も備えていた。
任務で女性に化ける際に必要で身に着けたものなのか、あるいは個人的な趣味(執筆活動その他)のために身に着けた知識なのかはわからなかったが、先生がそういった知識を身に着けていたおかげで、私たちはくのいちとして以前に女として生きていくのに必要な知識を身に着けることができたのであった。
「お主たちにとっては近い将来必ず必要になることだ。弥彦や長門も必要になるかもしれん。その時はお前たちが教えてやれ」
「はい」
先生は男親と女親の役割を一人で二役こなしてくれた。
女であること以前に人間としての尊厳も何もなかった私たちに、人間として生きる喜び、女として生きる喜びを教えてくれた。
「お洒落を身に着けたらランはたちまち評判の美人になってしまうかもしれんのぉ」
「本当!? ラン、美人さんになるの!?」
「ああ間違いない。俺が保証しよう。ランは将来有望だよ」
自来也先生はランを見ながら何気なく呟くように言った。
美人という単語にランは目を輝かせた。
ランは褒められて嬉しかったのだろう。無邪気にはしゃぎ喜んでいた。
褒められた経験の少ない孤児の私たちにとって、誰かから自分の存在を褒められ認められるというのは格別のご褒美のようなものだ。
ランは自来也先生の懐に潜り込みながらその快感を存分に味わっていた。
ただ私は少しばかり疎外感を覚えてしまった。ランに比べれば私なんて……そう思ってしまった。
いくらお洒落をしたところで、私はランみたいな美人にはなれないかもしれない。そう思った。
そんな後ろ向きな私の視線に自来也先生はすぐに気づいたらしい。
先生は私の方を向くと、優しく微笑みかけて慮る言葉をかけてくれたのだった。
「勿論、小南も美人さんになるぞ。ランとはまた違ったタイプの飛び切りの美人になるのぉ」
「本当ですか自来也先生?」
「ああ本当だとも。女を見極める俺の目は確かだからな。ランも小南も、周囲の男が放ってはおかん存在になるだろう。かぁー、その男共が羨ましいのぉ!」
「私、小南ちゃんの美人姿早く見たい!」
「ハッハ、それは俺も見てみたいなぁ」
自来也先生に美人になると言われて、私はなんとも言えぬ気恥ずかしさと共に恍惚感を感じた。
女の子にとって美しさを認められるというのは自尊心が満たされ、とても嬉しいことなのだと、私はこの時初めて知ったのだった。
女の子として前向きに生きられるようになった私は、それからは暇があれば精一杯お洒落を楽しんだ。
ランと一緒にお互いの髪を梳かしあったりしながら、女の子として必要な技能を磨いていった。二人で一緒に美しく輝いていくために、綺麗な花を咲かせられるようにと頑張った。
私たちは忍者としての修行を行うと同時、女の子としての修行も重ねていったのだった。
「先生これは?」
「これは髪留めだ。上に自分で作った飾りを付け足すことができる。好みの飾りを自分で作るといい。小南は紙細工が得意だったろう? ランと二人で、何か適当なものでもこさえたらどうだ?」
「はいそうします。先生、ありがとうございます」
先生は弥彦たち男の子には男の子が喜びそうなプレゼントを、私たち女の子には女の子が喜びそうなプレゼントを、ことあるごとに渡してくれた。
私たちへのそれは装飾品や化粧品であることが多かった。
「ねえラン、花飾りをつくろ?」
「うん、いいね!」
先生から渡された髪留めを見て、私とランは花飾りの髪留めに加工することを決めたのだった。
紙の花飾りは私たちと自来也先生が結びつくきっかけになってくれたもの――いわば大事な思い出の品だ。
まだ蕾でもなかった私たちという花。それが少しだけではあるが咲き始めることができたのは、全て自来也先生のおかげだ。
私たちという存在を表すのにこれほど相応しいアクセサリーはないように思えた。
「私、小南ちゃんと同じ髪色の紙にするね!」
ランは私の髪色と同じ藍色の紙を手にすると、それで花を作ると言った。
それを聞いて、私もランに倣うことにした。
「じゃあ私はランと同じ、桃色にするね」
「うん! お揃い!」
私はランの髪色と同じ桃色の紙で作った花飾りを、ランは私の髪色と同じ藍色の紙で作った花飾りを作り、無地の髪留めに装着することにした。
「わーい、小南ちゃんとお揃いだ!」
「ふふ。やったね」
私たちは出来上がった髪留めを身に着けながら笑いあっていた。
いつまでも彼女とこうして笑いあって並んでいたい。そう思えるような幸せな時間だった。
それは私の人生で最良の時間だったかもしれない。
「おー、これはいい! 二人とも美人さんの姉妹に見えるぞ」
「先生、本当!?」
「ああ本当だとも」
「わーい!」
同じ髪型で同じ形のコサージュを身に着けた私たちは並ぶと姉妹のように見えると、自来也先生によく言われた。
それを聞いて、とても嬉しく思った。ランもきっと同じ気持ちだっただろう。
髪色、顔貌、性格、何もかもが似ても似つかない二人だったけど、姉妹のような存在であることは間違いない。
物心ついて間もなく天涯孤独となった私たちは、それから運命的に出会い、ずっと一緒に暮らしてきた。
いわば第二の家族のようなものだ。かけがえのない家族だ。血の繋がりこそないものの、血の繋がりよりも濃い絆で繋がれた家族だ。
花の髪飾りはそんな私たちにとって特別なものとなった。
血の繋がりがない私たちの繋がりを確かな形で示すもの――それが生まれたような気がして嬉しかった。
ランの髪色を宿したコサージュを身に着けていると、離れていてもいつもランが近くにいる気がして嬉しかった。
ランといつも繋がっている気がした。それはランも一緒だったらしい。
それからというもの、お互いの色を宿した花のコサージュは私たちお決まりのアクセサリーとなった。
土砂降りの日も小雨の日も、私たちはお揃いの髪飾りを身に着けて修行に励んだものだ。
「もっとだ! もう一回!」
「くっ、もう無理……」
「だらしないぞ小南!」
自来也先生との日々は楽しいことばかりではなかった。
先生は時に厳しく私たちを扱いた。厳しさに涙して恨みごとを言ったことも一度や二度の話ではない。
だが今思えば、それも先生の優しさだったのだろう。
私たちが早く自分たちの力だけで生き抜いていけるように、心を鬼にして厳しい修行を課してくれていたのだ。
修行の時の自来也先生の態度は、一緒に過ごす時間が長くなればなるほど、厳しいものとなっていった。
私たちは普段の優しい時の先生と、修行の時の鬼のような先生とのギャップに戸惑ったものだ。
「今日からは実戦をメインにやるぞ。下手したら死ぬ。気を抜くな」
先生との生活を始めて三年目にもなると、私たちは一通りの忍術を身に着けるようになっていた。
基礎的な訓練は終えたということで、里から離れた人気のない場所を見繕って実戦訓練を繰り返す日々を過ごすこととなった。
「――火遁・炎弾!」
先生は常に手加減してくれていたものの、修行中に怪我を負うことも多かった。
ある時、自来也先生が放った火遁が弥彦に直撃し、弥彦のお尻は燃え上がってしまった。
「あっちい! くそっ、ラン、水遁で消火してくれ頼む!」
弥彦は転げ回りながら、真っ先にランに助けを求めていた。私たちの中では水遁に関してはランが一番上手かったからだろう。
私たちの中では一番抜けたところのあるランであったが、実技に関しては飛び抜けた才能を持っていた。
その才能は私たちの中では一番の才能があると思われた長門も一目置くほどであった。長門は常にランをライバル視しながら腕を磨いていた。
「ラン、聞いてんのか! 俺の尻を消火してくれ!」
「ダメだよ弥彦。ランは自来也先生を倒すことに夢中でこっちの声なんて聞いてないよ」
「くそ、アイツ、あれほど連携を大事にしろって言われてるのに! いてて、俺の尻が焼けちまう! 誰かぁ!」
弥彦の苦しんでいる声を聞き、私はすぐに行動を起こした。紙の術式を展開し、それで弥彦のお尻を覆い、消火して治療してあげたのであった。
「サンキュ小南。助かったぜ」
「ううんいいの。もっと頼ってくれていいから」
弥彦に褒められると嬉しかった。彼のサポートが出来ていると自分の存在を一番強く確かめられた。
弥彦はランに頼ることが多いように感じられたので、私はもっと自分を頼って欲しいと思ってさりげなくアピールを繰り返したりもした。
「弥彦!? どうしたのそのお尻!」
「今頃気づいたのかよラン! さっきの自来也先生の攻撃でやられたんだよ!」
「ええ!?」
成長してもランの抜けたところは相変わらずだった。
しばらく自来也先生と夢中で戦いあった後に戻ってきて、ようやく弥彦のお尻の惨状に気づいたようだった。
「自来也先生めぇ、弥彦のお尻をよくも!」
弥彦がやられたと聞き、ランは鬼気迫る勢いで再び自来也先生の元へと突撃していった。
連携を大事にしろという先生の話も聞かず、がむしゃらに突っ込んでいった。
「先生覚悟! 弥彦のお尻の仇だ!」
ランは見たこともない印を素早く組むと、口から見たことないものを吐き出していた。いつもの火遁や水遁の術ではなかった。
「ぐぶええええええっ!?」
ランは口から粘液性の酸のようなものを吐き出していた。
私たちは当初ランが忍術の発動に失敗したものとばかり思っていた――だがそれは違った。
――ジュワワワワ。ボフンッ。
ランが放った酸を浴びた草木はたちまち枯れて蒸発していったのだった。
失敗した術ではああはならない。ランが何かしらの新しい術を発動したことは明白だった。
「むっ、これは!?」
ランの術を見て、自来也先生は血相を変えた。そしてその後ブツブツと呟きながら考え始めた。
「ふぇええ、いつもの水遁出そうとしたら間違って変なのが出たよぉ! 喉がヒリヒリするぅ!」
ランは涙目になりながらずっと叫んでいた。
新しい術を発動したのはなんと偶然だったらしい。興奮しながら印を組んだせいで、いつもの水遁の印を組もうとしたら途中で間違って火遁の印も組んでしまったらしかった。
「ストップ。一時休憩だ」
自来也先生は演習を一時休止し、さっきランがしでかしたことの解説をしてくれた。
「ランがさっき放ったもの、あれは“沸遁”というやつだ。まさかランに血継限界の才能があったとはのぉ。驚いたわ」
なんとランは沸遁という特殊な術の才能があったらしい。
私が使える紙の術式や長門の持っている輪廻眼のような特殊な才能だ。
「ホント!? 私、小南ちゃんみたいな凄いことができるの!?」
「小南のようなことはできんが、お主にしかできん凄いことができるのぉ。それは俺でもできないことだろう」
「わーい、やったー!」
特殊な術の才能があると聞いて、ランは目を輝かせていた。
私と長門も嬉しかった。ランが強くなれば、私たちの安全はより堅固なものとなるからだ。
一方、弥彦はどことなく元気がなかった。落ち込んでいるようだった。
「ちぇっ、俺だけ何の才能もなしかよ。くそっ」
休憩中、弥彦は私たちから離れて川の方へと一人で向かい、そこで石投げをして鬱憤を晴らしていた。
目尻には涙が浮かんでいるようだった。負けず嫌いの弥彦のことだから、自分一人だけ特殊な才能がなくて悔しかったのだろう。
私はそんな弥彦に声をかけられなかった。
自分が特殊な能力を持っているから、どんな言葉をかけても弥彦にとっては嫌味にしか聞こえないかもしれないと思ったからだ。
弥彦に嫌われたくはない。
でもどうにか弥彦を元気付けてあげたくて、どうしようかとそわそわしながら弥彦の方を見ていた。
そんな時、ランは迷わず弥彦に声をかけに行ったのだった。
「弥彦は弥彦だよ! みんなにないもの、もう持ってるよ! みんなをまとめる力、弥彦にしかないよ!」
ランはいつものような飛び切りの笑顔で弥彦に言葉をかけたのであった。
弥彦はランの笑顔を見て毒気が抜かれたようで、涙を拭いながら照れくさそうに頭を掻いていた。
見っともないところを見せたと思ったのだろう。
「弥彦よ。ランの言うとおりだぞ。何も特殊な才能ばかりが忍びに必要なものではない。忍びを志す者の中には、忍術の才能がまるっきりなくて体術のみで頑張っている者もいるくらいだ。お前は恵まれてる方だ」
「そうですか。俺はまだ恵まれてる方なんですね」
「ああ。特殊な才能ばかりが忍者の全てではない。諦めない心、仲間を大切に思う心、それが忍びにとって一番大事なことだぞ」
「はい。俺、もっと頑張ります。くよくよしてるなんて俺らしくないっすよね!」
「ああその意気だ」
ランと自来也先生に励まされ、弥彦はいつもの自分を取り戻していた。
自信に満ち溢れた太陽のように光り輝く笑顔――私にとっての光。
私はそんな弥彦の横顔をいつまでも眺めていたのだった。
弥彦の自信を取り戻してくれたランに感謝をしながら、ずっとずっと。
「お前ら修行が足らんぞ! 才能をまったく活かしきれておらん!」
「ぶー、先生のケチ!」
「ラン、ケチとかそういう問題ではなくてだな……」
ランが沸遁の能力に目覚めてからも、私たちは自来也先生の影分身を倒そうと必死に努力を重ねた。来る日も来る日も人気のない場所へと繰り出し、実戦形式での練習を重ねた。
教えられた術を自分の努力で磨き上げ、戦いの中で先生に披露し続ける。仲間同士の連携も重視し、数で劣る先生を追い詰める。
「水遁・水乱破!」
「紙手裏剣の術!」
「火遁・豪火球の術!」
どれほどの時が流れただろうか。私たちは先生に一杯食わせられるくらいまで腕を磨き上げることができた。
「むっ、これらは全て陽動か!?」
「今だラン!」
弥彦が叫ぶと同時、水中に潜んでいたランが飛び出し、先生の背後から奇襲を加える。
「沸遁・巧霧の術!」
先生は私の作り出した紙の捕縛術で拘束され、身動き一つとれない状態だった。
そんな状況じゃ、流石の先生といえどもどうしようもない。ランの渾身の攻撃をまともに浴びることとなった。
――ボフンッ。
私たちは研鑽を重ねた結果、ついには自来也先生が作り出した影分身を打ち消すことができるまで強くなることができたのであった。
「よくやった! 合格だ!」
私たちが影分身を倒すことができたのを見て、先生は今までにないくらいの笑顔を見せて褒めてくれた。
そしてその後、少し遠い目をしながらこう言ったのだった。
「もう俺の力は必要ないな。お前たちだけで十分にやっていけるだろう」
「……え?」
ついにその時が来たと思ってしまった。
最近の先生の態度から薄々感じてはいたが、ついにその時が来たと思った。
自来也先生との別れの時が来たのだ。
先生は私たちの永遠の保護者になってくれたわけではない。私たちが一人前になれるまでの間、面倒を見てくれるというだけの話であった。
だから私たちが先生の影分身を倒せるくらいまで強くなった今、先生は私たちの元を離れるつもりのようだった。
「自来也じぇんじぇー、行かないで!」
「先生、いつまでも俺たちの先生でいてください! 何でもしますから!」
ランと弥彦は泣きながら自来也先生を引きとめていて、先生は嬉しそうでありながらも困ったように笑っていた。
「俺もこのままお前たちと一緒にいたい気もするが、それはお互いのためにならん。ここらが潮時だ。俺にはなさねばならんことがあるのでな。それはお前らとて同じだろう。お互い、それぞれの道を歩いて行くべきだ」
自来也先生は引きとめるランと弥彦を優しく宥めながら諭してくれた。
私たちは先生と別れる覚悟を決め、お別れを言うことにしたのだった。
「先生、今まで本当にありがとうございました!」
弥彦は腰を直角に折り曲げるくらいまで深々とお辞儀をし、深い感謝の意を伝えた。
弥彦に倣い、私たちも今までの感謝を伝えた。
「うむ。お前たち、よくぞここまで成長したな。師匠として誇りに思うぞ」
先生は改まった態度で私たちの感謝の言葉を聞き、それに答えてくれた。
「これからはお前たちの力で、この里をより良いものへと変えていってくれ。俺は木の葉の地よりずっと見守っているからな」
最後に力強い激励の言葉をくれ、自来也先生は朝日が昇ると同時、木の葉の里へと帰っていった。
「先生……」
朝日と共に消え行く自来也先生。その姿を、私たちはいつまでも目で追っていた。先生の姿が地平線の彼方に消えるまでずっと。
徐々に小さくなって消えていく背中だったが、その背は私たちの目にはいつまでも大きく見えていた。
「先生、行っちゃったね」
「うん。ランも弥彦も、いつまでも泣いてないの」
長門と私はすぐに立ち直ったのだけれど、ランと弥彦はいつまでもめそめそと泣いていた。
特に弥彦はランよりも泣いていた。
自来也先生に対する思いが私たちの中では一番強いだけに、色々な感情が溢れ出てきて止まらなかったのだろう。
「ごめん。もう大丈夫だ」
再び顔を上げた弥彦のその目には、もう悲しみの色は宿っていなかった。いつもの力強い瞳だった。
「これからは四人で頑張ろう。四人でこの里を変えるんだ!」
「「「おお!」」」
私たちは手を重ね合わせながら、今後の健闘を誓い合った。
自来也先生はいなくなってしまったけど、私たちには心から信頼できる家族のような仲間がすぐ傍にいる。
不安はまったくなかった。力を手にした今は希望に満ち溢れていた。
こうして自来也先生との出会いと別れを経て、私たちは自分たちの夢へと向かう新たなる一歩を踏み出したのだった。