私たちは自来也先生たちと過ごした思い出の地を離れ、新たな場所へと居を移すことにした。
そしてそこで、弥彦を中心として立ち上げた組織“暁”を本格的に始動させていくことになった。
雨隠れの里を平和に導き、やがては世界に平和を齎す。その夢の実現のために、私たちは大きな一歩を踏み出したのだった。
「ラン、今日も一緒に勧誘にいかない?」
「うん、いいよ!」
何事をなすにも数が重要であり、数は力だ。
拠点を移してからというもの、我々は組織の拡大に力を入れていくことになった。
色々と考えた結果、新構成員の勧誘は私たち女性陣がまず最初に頑張ることになった。
だからまず第一コンタクトは人当たりの良い私たち女性陣がとり、対象の緊張を和らげてある程度の信頼感を獲得した後、次のステップに進むという方法をとることにした。
役立たずや性根の悪い者が仲間になっても意味はないので、最初の段階で人材の目利きをするのも私たちの仕事だった。
成長しても子供の時と変わらず抜けたところのあるランだったが、人柄を見抜く目に関してはピカイチだった。
本能的にその人にある悪意を見抜くというのだろうか、善人か悪人かということが、彼女にはすぐにわかるようだった。
人柄的なものはランが見抜き、私は能力的に使える人材かどうかを見極める。
勧誘活動において、私たちは自然とツーマンセルで動くことが多くなっていった。
「今日はどこに行こうかしら? ランはどこがいいと思う?」
「本屋の近くがいいんじゃない? あそこはいい子がいっぱいいるよ!」
「そうね。本に夢中になれる子は革命家の素質があるわ。じゃあ今日もそこにしましょう」
里の未来のことなど何も考えず余暇を遊興に費やしているような人間は、あまり良い人材とはいえない。
自分の身を削りながら誰かのために励める利他的な人間、それを私たちは欲しいのだ。加えて、何ものにも染まっていない若い人材。有能であるなら言うことはない。
そういった人材が集まりやすい場所は自然と限られる。本屋、図書館、学校――そういったところだ。
だから私たちは暇さえあればそこへ出かけていき、勧誘活動に勤しんだ。一人で過ごしている真面目そうな人間を見つけては声をかけていった。
「お兄さん、私たちと少しお話しませんか?」
「えっ、お姉さんたち誰? き、綺麗だぁ……」
若くして何かに一生懸命に取り組んでいるような真面目な男は、あまり異性経験が豊富ではない。ゆえに女の色香というものに弱い。私たちは目的のために、それを大いに活用させてもらった。
私たちもそこまで経験豊富というわけではないが、くのいちとしての素養を磨いた私たちには造作もないことだった。
特にランのコミュニケーション能力は高く、見知らぬ人物でも臆することなく声をかけに言っていた。
「その本、気象学の本ですよね? 気象に興味あるんですか?」
「あっ、はい。雨隠れは雨の災害が多いので……。気象学について学べば、将来里に貢献できるんじゃないかって思って……。他にも色々と勉強を……」
「お若いのに凄い立派なんですね!」
「い、いや、僕なんてただの学生でそんな! 大したことないですよ!」
「いえいえ凄い立派だと思いますよ。そういう人って、尊敬しちゃいます。カッコイイですよ」
「アハハ、う、嬉しいです! 僕、女の人にそんな褒められたことないから緊張しちゃうな!」
話をする中で人物を見極める。人柄的にも問題なく、能力的にも使えそうな人材だと判断したら、私とランはお互いに合図を交わす。そうして次のステップに移る。
「今日は私たちとお話してくれてありがとうございます。素敵なお兄さんに、よかったらこれ、差し上げますね」
私は懐から花飾りを取り出し、それを対象の人物へと渡す。
花の中心には招待状が挟まれている。ちなみにその招待状にはランが可愛らしい文字で文言を書き込んである。
「これ何ですか?」
「実は私たちも微力ながらこの里を良くしようと頑張って活動してるんです。それで、お兄さんも興味があったらその活動に参加して欲しいなって思いまして。よろしければ、詳しい話を是非聞きに来てください」
招待状には日付と私たちが所有している拠点への地図が示されている。
該当日には、特設のステージで弥彦が演説をする手筈となっていた。
「お兄さんにまた会えるのを楽しみにしてますね」
「か、必ず行きます! ランさんと小南さんに会いに行きます! 土砂降りでも必ず行きます! 嵐の日でも!」
そうやって私たちは目をつけた人間に次々に声をかけていき、勧誘活動を行った。
演説日には大勢の人間が集まり、弥彦の演説を聴くことになった。
「え、男?」
「なんで男の話を聞かなきゃなんねえんだよ……」
「ランさんと小南さんに会えると思ったのに……」
私たちに釣られて会場に来た人たちは、弥彦の姿を見るとがっかりしていた。
だが弥彦の話を聞いた途端、ほとんどの人はその話に聞き入った。弥彦に魅了されていった。
「俺はこの国を変えたい! もう泣くばかりの日々はやめにしたい! 俺たちの力でこの国を変えていこうじゃないか!」
弥彦には元々カリスマがある。人々を勇気付け、導いていく力を持っている。
おまけに私たちが声をかけたのは、そういったことに熱中しやすい素質のある人間ばかりだ。
当然ながら、ほぼ全員が弥彦の話にのめり込んでくれた。
「弥彦さん最高!」
「かっこいいぞ!」
「キャー、弥彦さん抱いて!」
長門が裏方で気分を盛り上げる無味無臭のお香(身体に大きな害はない)を焚いて聴衆に嗅がせたり、分身の術と変化の術を組み合わせて作った大量のサクラ人員をフル活用してくれたりするので、なおのこと聴衆は盛り上がることになった。
毎度、まるで著名な音楽家がライブをするような盛り上がりとなった。
「弥彦さん! 俺も暁の仲間にしてくれ!」
「俺もだ!」
「俺も俺も!」
私たちの活動は実を結び、暁の構成員数は着実に増えていくこととなった。
人数が増えればそれに伴って面倒ごとも増えていったが、それ以上に私たちは達成感と満足感を感じていた。
雨隠れ内で確実に影響力を増していき、夢に近づいているという実感が得られていたからだ。
(またあの子、弥彦と話してる……なんで?)
組織活動――私たちの夢は順調だったが、私自身の夢は順調ではなかった。
私の夢には大きな暗雲が差し掛かっていた。あの子という暗雲が。
「弥彦ー、どこ行くのー?」
「ランか。例のグループと接触してくる。お前も来るか?」
「うん行く行く! 楽しそうだし!」
「やれやれ、遊びに行くわけじゃないんだがな」
その頃になると、ランは弥彦にべったりくっついて行動することが多くなっていた。
少し前までは長門にべったりとくっついていたのに、今度は弥彦ばかりに構うようになっていたのだった。
弥彦も満更ではない様子で、二人だけで一緒に任務に出かけることが増えていた。
(弥彦……あんなに楽しそうにして……私の時はあんな顔してくれないのに)
私は激しい焦燥感を感じていた。このままではランに弥彦がとられてしまうと、人生で感じたことのないような焦りを感じていた。
(あの子になんて負けないから!)
私はランに負けじと、弥彦に猛烈なアピールをすることにした。
「弥彦。気をつけて」
「なんだ小南。見送りに来たのか」
「ええ。弥彦が心配だから」
あの子が弥彦を見送りに行った直後、私も入れ替わるように弥彦の元へと向かう。
あの子に負けられない。あの子に弥彦をとられたくない。その一心で弥彦に声をかけた。
誠心誠意、弥彦のことを労わるように心を込めて言葉をかけた――なのに。
「そんな見送りになど来なくていい。長門についてやれ。あいつがこの組織の要だ。俺なんかよりもあいつの方が重要だ。お前は長門にずっとついていてやれ」
ある時、弥彦は憮然とした口調でそう言ったのだった。
私はその弥彦の態度がどうしても納得できなくて、つい口に出してしまった。
言ってはいけないというのに。口に出してもどうしようもないことだというのに。
「どうして?」
「ん?」
「そんなこと……さっきあの子には言わなかったじゃない」
「っ!?」
私が問い質すと、弥彦は目を見開いた。そして罰が悪そうに後頭部を掻いた。
「……聞いていたのか?」
「……ごめんなさい」
弥彦の咎めるような言葉に、私の目線が自然と下がる。
二人の会話を盗み聞きしていたと暗に白状したようなものだ。少し気まずい時間が流れた。
そしてどれくらい時間が経っただろうか。それほど長い時間は経過していないように思われる。
「ふぅ」
弥彦は大きく溜息をつき、そして私の頭に手を伸ばしてきた。
弥彦から伸ばされた手を見て、私の心臓は高鳴った。
(弥彦の手が私の髪に触れる……あぁ……私もあの子と同じように……っ!?)
だけど、それは私が期待していたものではなかった。
――ペチン。
「趣味が悪いぞ。もうそういうことはしないでくれ」
弥彦は私の額に軽くデコピンをすると、私の元から離れていったのだった。
「それじゃな」
そして弥彦は団のメンバーと共に任務へと出かけていったのだった。
私は呆然とした面持ちで、彼の背中が小さくなっていくのをいつまでも見つめていた。
(どうして……どうしてなの……)
弥彦の示した態度は、私が期待していたものではなかった。真反対のものであった。
(あの子にはああしてくれたのに……どうして私にはデコピンなの……どうして……)
弥彦はあの子に見送られた時は、困ったように微笑みながらも「ありがとな」と感謝の言葉をかけていた。軽いスキンシップをとりながら、あの子の頭をポンポンと撫でていた。
それが羨ましくて、私もあの子みたいに感謝されたかっただけなのに。私もあの子のように弥彦とスキンシップをとって、頭をポンポンと撫でてもらいたかっただけなのに。
あの子に向けるような光を、私にも平等に向けて欲しかっただけだというのに。ただそれだけだというのに……。
(ずるい……どうしてあの子ばっかり……弥彦を……光を独り占めして……どうしてなの……)
私の心の中にあるそういったランに対するモヤモヤとした気持ちは、日に日に膨らんでいった。
ランの能天気な言動がそれに拍車をかけた。
「わー! 小南ちゃんの机、またいっぱいお手紙乗っかってる! 全部恋文だ!」
私とランが勧誘活動で力を振るった影響もあってか、当時の暁内では私たち二人に懸想する男構成員が大勢いた。女性構成員が少ないということもあってか、それで私たちは毎日のように愛の告白を受けるようになっていた。
ただ、いつからかランに関しては何故か弥彦の女だという認識が広まっていて(ランが弥彦とべったりくっついていた影響だろう)、そのせいで私の所にばかりそういった類の面倒ごとが集中する事態に陥ってしまったのだった。
私の机やロッカーには、愛を告白する手紙の類が連日山のように積み重なっていた。それは毎日毎日大量で、うんざりするほどだった。
だというのに……。
「小南ちゃん流石、モテモテだねー。羨ましいよ~!」
「っ!」
あの子は私の机にラブレターが山積みになっているのを見て、呑気な顔をしながら「羨ましい」と言うのだった。
本気でそう思っているらしかった。自分の机にはそういったものが少ないので、自分は女性的な魅力に欠けているのではと本気で心配していた。
弥彦の女だという認識が広がっていなければ、ランが間違いなく組織内でナンバーワンの人気だというのに――。
「羨ましかったら弥彦とばかり遊んでいないで、この中の手紙の誰かとでも付き合えばいいじゃない。貴方なら誰でも選り取りみどりよ」
「え?」
「……もう行くわ」
「あれ、小南ちゃん……怒ってるの? 何で?」
私の心中など知らんとばかりのとぼけた顔で、ランは首を傾げていた。
私が何故怒っているのかなんてまったく理解できていないようだった。
「小南さん、俺の手紙読んでくれましたか?」
「ええ。でもごめんなさい。今はそういったことを考えられないのよ。暁の夢のため、恋愛なんてしてる場合じゃないもの」
「そうですか。そうですよね……雨隠れを変えるんですもんね。すみません。自分、色恋なんかに現抜かしちまって……。革命の途中だっていうのに、甘いっすよね」
「いえ、でも私のことを思ってくれるその気持ちは嬉しいわ。ありがとう」
「そう言っていただけると幸いっす……」
同じ組織の仲間ということもあり、愛の告白を無下にはできなかった。手紙をそのままゴミ箱に放って無視を決め込むというわけにはいかなかった。
ゆえに、その頃の私は愛の告白を丁重にお断りするということを毎日のように繰り返していた。
好きでもない男たち相手に丁寧に応対する日々。うんざりするほどの毎日だった。
(今日はあと五人も断らないといけないのね。ああ、鬱陶しいわ。あの子は仕事が終わったらさっさと弥彦のところに向かったというのに。なのになんで私は……ああもうっ!)
私の苛立ちは日に日に募っていった。
何故私ばかりがこんな目に遭わなければいけないのか。そう思うとやるせなかった。
私がそんな気苦労を重ねている間、あの子は弥彦の元へと行き、呑気にお喋りなどを楽しんでいると思うと、本当にイライラした。
「小南さん、今日めっちゃ怖いな。イライラしてる?」
「おい、もしかして今日アレなんじゃ……」
「それマジ? うほっ、興奮してきた!」
「馬鹿お前、声でかい! 聞こえんだろ!」
「……っ!(ギロッ!)」
「ひっ、す、すみません!」
悪いことというのは重なるものである。
私のイライラを感じ取った構成員の男共が誤解して陰で下品なジョークを言ったりして(耳聡い私には全部聞こえる)、それでさらにイライラが募っていくという負の連鎖が発生した。本当に最悪だった。
(他の男の愛や好意なんていらない。私が欲しいのは弥彦の……あの人の愛だけなのに。なのになんであの子ばかり……なんでなのよ……)
私は日々満たされない思いを抱えながら、それを誤魔化すように仕事に没頭するようになった。
そうやって欲求不満を誤魔化し続ける日々を送った。
弥彦の夢を一番に応援する。拡大していく組織を陰で一生懸命支えていれば、いつか弥彦が私のことを評価して振り向いてくれる。
そんな陰日向に咲く一輪の花に私はなるのだ――そう思って、必死に頑張った。
「弥彦が怪我したですって!?」
「はい。先ほど帰還されました。今はランさんがお世話してくれてます」
「っ!? 何故もっと早く私に伝えなかったの!」
「え? いや、小南さん忙しそうだったし、そこまで重傷じゃないですし……」
「今度からもっと早く伝えなさい! 弥彦は私たちのリーダー、彼に関することは最優先事項よ! 常識でしょ!」
「は、はい! すいませんでした!」
「わかったならいいわ。それじゃ私はちょっと所用に出るから後よろしく」
「え、ちょっ、小南さん!?」
ある日、私は弥彦が怪我をしたと聞いて、その情報をすぐに伝えなかった部下を叱りつけると、すぐに弥彦の部屋へと向かっていった。
またあの子に先を越されたと悔しさに唇を噛み締めながら、足にチャクラを込めて全速力で向かった。
執務室の窓から飛び出し、ビルの外壁を伝いながら最上層階にある弥彦の部屋へとショートカットして向かった。
「弥彦ったら相変わらずドジなんだからー」
「悪いなラン。いろいろやってもらって」
私が弥彦の部屋に辿り着いた時には、弥彦の治療はランによって済まされていた。
二人はベッドの上に仲良く座りながら、親しげに話をしていた。私はその様子を窓の外から覗くこととなった。
(またあの子……弥彦とあんなに近づいて! ずるい! まだ仕事中なのに! さぼるな馬鹿!)
このまま窓に顔を押し付けて私がここにいるぞとアピールして二人の距離を遠ざけてやりたかったが、そんな大人気ないことはできなかった。こっそりと様子を伺うしかなかった。
(何を話しているのかしら?)
やがて二人はやけに近い距離で話し合うようになった。外からでは中の様子がいまいちわからない。
(――紙分身の術!)
気になって仕方なかった私は印を組んで術を発動させ、室内に紙で作った目と耳をこっそりと忍ばせた。
放ったのは、本体と感覚をリンクしている諜報用の紙の分身体だ。この分身体が部屋の中にあれば、二人の様子は丸分りだ。
そうして、私は二人の会話を一言一句聞き漏らすまいと耳を傾けた。
「なぁラン。この間の話の答え、まだ聞いてなかったよな?」
弥彦が真剣な表情で口を開いた。珍しくも緊張したような表情だった。
「俺は本気だ。本気でお前のことが……」
「弥彦……。うん、私も嬉しい……」
「じゃあ、いいんだな?」
「うん!」
「ハハ、やったぜ」
「そんなに嬉しいの?」
「当たり前だろ。好きな子が自分の恋人になったんだからよ」
会話内容は衝撃的すぎるものであった。
私は叫びそうになる口を必死に押さえた。ショックの余り足に込めていたチャクラが乱れ、壁からずり落ちて地上に落下してしまいそうになるくらいだった。
(嘘よ……嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘!)
私は呆然としたまま二人の様子を伺い続けた。
やがて、二人の手が重なり、二人の姿が重なる。
(嘘嘘嘘嘘やめて嘘嘘嘘嘘やめて嘘嘘嘘嘘よ! そんなこと! ダメ、絶対! 仕事中なのに!)
私は室内に放った紙の目を通じて二人の様子を凝視していた。
そんな時、以前の弥彦の言葉が、不意に頭を過ぎった。
『もうそういうことはしないでくれ』
このまま二人の間に何が起こるか気になって仕方なかったものの、私は泣く泣く弥彦の言いつけを守ることにした。
彼の言葉は裏切れなかったから。いや、あるいは、私自身が弥彦とランのその先に起きたことを知りたくなかっただけかもしれないが……。
(嘘よ……そんな……弥彦があの子と……うぅ……私の太陽が……光が……うぅ……とられちゃったぁ……)
私は泣く泣くその場を離れることにした。
不意に湧き起こってくる、窓ガラスに紙手裏剣を叩きつけて二人の逢瀬を滅茶苦茶にしてやりたいという衝動を抑え、密かに紙の目と耳を回収し、そのまま雨に打たれずぶ濡れになるのも構わずに外壁伝いにトボトボと歩き、下層階へと下りていったのであった。
「うおっ、小南!? お前、なんで壁から降りてきてるんだ?」
そんな情けない姿を運悪く長門に見られてしまうことになったが、どうでもよかった。
その時の私は無性に雨に打たれたい気分だったのだ。
「どうした? 何かあったのか?」
「別に……どうということはないわ」
「いや、どうということあるだろそれは。明らかに変だぞ」
「貴方には関係ないことよ……」
「そ、そうか。あっ、そうだ。弥彦に渡すものがあったんだが、代わりに渡してきてくれないかな?」
「……自分で行ってきて。何でいつも私に頼むの。私は貴方のパシリじゃないのよ」
「えっ、ああ、そうだな。すまない(あれ、いつもなら喜んで引き受けてくれるのにおかしいぞ?)」
誰とも話したくなかった私は長門との会話を乱暴に打ち切ると、そのまま執務室へと戻った。
「小南さん!? ずぶ濡れじゃないっすか?」
「ほっといて……」
そして心ここにないまま残っていた残務を終わらせ、そのままフラフラと街の方へと出かけていった。
なんとなく酒を呑みたい気分だったので酒場に足を運んだ。もう浴びるほど呑んでやろうかと思って、その日は呑み慣れてないお酒を沢山呑んでから帰宅した。
「あのね、私、弥彦と恋人としてお付き合いすることになったんだ。小南ちゃんにはちゃんと報告しておこうって思って」
「そう……おめでと。よかったわね」
「あれ、小南ちゃん、顔色悪いけど大丈夫? それになんかお酒臭いよ?」
「二日酔いよ。ほっといて」
翌日、私の前にしれっとした顔で現れたランは、いつもの屈託のない笑みを浮かべながらそう報告してきたのだった。
初めて恋人ができたこと、弥彦と結ばれたことを純粋に喜んでいた。私の気持ちなんて知らずに……。
ランの口から改めて突きつけられた受け入れがたい現実を前にして、引き攣った顔だったものの、ちゃんと祝福の言葉を言えた自分は偉いと思った。
(まさか可愛い妹分だと思っていたあの子に愛する弥彦を奪われて恋愛の道で先を越されるなんて……。もう呑まなきゃやってられないわ)
その日の仕事終わりも一人で呑みにいったのは言うまでもない。
二日酔いなど関係なかった。呑まねばやってられなかった。
(弥彦……なんで……私じゃダメだったの……ああ弥彦……うぅ……)
ランと弥彦が結ばれてからというもの、仕事が終われば一人街に出かけて酒を呑むということが私の日常になった。
どこからかそれを知った構成員の男共に毎日のように酒の席に誘われることになったが、それを全て断って一人静かなところで酒を呑んだ。
美味しい魚料理をツマミとして出してくれるお店で、余計な干渉をしてこない寡黙なマスター相手にちびちびと呑んだ。
(忘れなくちゃ。弥彦が望んだことだもの。それにあの子だって私の大切な家族。誰よりも大事な家族だもの。祝福しなきゃ……)
忘れなければいけない。弥彦への恋心を忘れなければいけない。
弥彦とあの子が結ばれた今となっては、弥彦への恋心を持ち続けることは二人に対する裏切りだと思った。道ならぬ道だと思った。だから忘れなくちゃいけないと強く思った。
(忘れなくちゃ。もっといっぱいお酒呑んで忘れないと……)
弥彦への思いを忘れようと思い、私は来る日も来る日も沢山のお酒を呑んだ。
だけど――。
(弥彦ぉお! なんで私じゃなくてあの子なのよぉお! 弥彦の馬鹿ぁ! ランの馬鹿ぁ! 長門の馬鹿ぁ! うぅ……)
だけどどうしても弥彦のことが忘れられなくて、毎晩ベッドの中で一人静かに泣いて枕を濡らした。
そのせいで翌朝は腫れぼったい目をしていて、それを誤魔化すように濃い目のメイクをしてから仕事場に向かうハメになった。
そんな私を見て、「小南ちゃん、今日のメイクもバッチリ素敵だね! 可愛い!」とランが満面の笑みで能天気なことを言うので、軽く殺意が湧き、紙手裏剣をお見舞いしたくなる衝動を堪え、「そう、ありがと」とクールに返事をしてから執務室に入る。そしてイライラを堪えながら一日中仕事をして、仕事が終わったら同僚の男共の鬱陶しい誘いを全て断って、いつもの店で一人呑む。
そんな荒んだ毎日をしばらく過ごすことになった。
悪いことは重なるものである。まさかよく行くお店が特定され、狙われることになるとは思わなかった。
言い訳をするつもりなどないが、当時の私の精神状態ではお気に入りの店で呑まなければやっていられなかったのだ。
私にとって弥彦は太陽のような存在だった。私に生きる光を与えてくれた存在だ。幼い頃から恋焦がれていた。
それが奪われた際の精神的負荷というものは他人には計り知れない。弥彦ロスの穴埋めをして前向きに仕事を頑張るには、そうするしかなかったのだ。
酒に呑まれて軽い過ちを犯してしまう。その程度だったら、人生いくらでも取り返しがつく。小娘の過ちというものだ。
だが、世の中には取り返しのつかない過ちというものが存在する。
私はその小娘のような自分の弱さを一生後悔することになるのである。
ランちゃんと弥彦君は結ばれました
でも次回弥彦君解体ショーが始まっちゃう…