【完結】暁小南討伐チャートbyホモガキ   作:夜散花

2 / 53
小南視点です


ch.1 はい、よーいスタート(小南)

――ザァア、ザァア。

 

 長く降りしきる雨。今日も雨隠れの里には雨が降る。

 

 雨の多い気候である雨隠れの里といえど、年がら年中降っているというわけではない。この雨もやがては晴れて虹が差すのだろう。

 

 だが私たちの心は決して晴れることはない。あの日からずっと雨が降り続いている。土砂降りの雨だ。晴れ間などない。虹が差し込むことなどありはしない。

 

 弥彦が死んだあの日から――私たちの心はずっとずぶ濡れなのだ。

 

 哀しみという雨に濡れ、身も心もすっかり冷え切ってしまっている。人の心を捨て、外道の道に堕ちてしまうほど、私たちの心は凍てつき荒んでいる。

 

 それでもだ。それでも叶えたい夢がある。たとえ外道の道に足を踏み入れようとも、叶えたい夢がある。

 

 弥彦の願い。世界平和への道。暁の夢。私たちの夢。絶対に叶えたいもの。

 

 それは武力でしか叶えられないことに違いない。

 

 この呪われた忍び世界を変えるには、圧倒的な力で以って、全てを支配するしかないのだ。甘い理想など捨て去らなければ、この世界に平和が訪れることなどない。弥彦が死んで、私たちはそう悟った。

 

 あの子は否定したけれど、それでも私たちはその道しかないと思った。

 

 だからあの子に裏切られても、長門と二人でひたすら前に進んできた。無駄な感傷など捨てて、ひたすら前へ前へと。唯一つの目的に向かって真っ直ぐに。この両の手をどれだけ血に染めても、弥彦の夢だけを追って前に進んできた。

 

 弥彦の夢をどうしても叶えたい。自分の全てを犠牲にしてでも叶えたい。それが弥彦に生かされた私の生きる意味だから。

 

「小南、侵入者だ」

 

 外道魔像を何度も口寄せした代償のせいで、もはや自分ひとりでは満足に身動きのできない長門。

 いつものように彼の世話をしていると、彼が口を開いた。

 

 里に張り巡らせた結界に誰かが引っかかったようだ。

 珍しいことではない。昔に比べれば少なくなったものの、それでも今も週に何度かはあることだ。

 

 侵入者は様々だ。

 雨隠れの里は大国に囲まれた要衝にある。だから色々な目的を持った忍びが雨隠れの里に忍び込んでくる。それでいつも戦場になる。多くの血が流れる。

 

 昔は蹂躙されるばかりであったが今は違う。力を手にした今の私たちは、それを跳ね除けるだけの力がある。

 

 侵入者は幾度となく葬ってきた。一人残らず潰してきた。私たちから大切なものを奪った報いを受けさせてきた。

 

 葬った者が優秀な忍びならその死体を加工し、目的のために利用してきた。敵はおろか死んだ仲間の死体すら利用してきた。最愛の弥彦の死体すらも利用してきた。力を得るためにずっとそうしてきた。

 

 はっきり言ってどれも外道の行いだろう。それは自分自身とて十分に承知している。長門とて、それは同じだろう。

 

 血も涙もない外道の行いを続けてきたが、それで痛むような心は私たちはもはや持ち合わせていない。

 弥彦が死んだあの時からそうすると誓った。何でもすると決めたのだ。どんな外道に成り下がってでも、弥彦の夢を実現して見せると、そう誓ったのだ。

 

 私たちのために自らの命を捨てた弥彦のためにも、彼の代わりに彼の夢を叶えなければいけない。

 長門だけにこの重荷を背負わせるわけにはいかない。だから修羅の道を共に進むと決めた。

 

 なのに――あの子はそんな私たちを裏切ったのだ。

 

 最も弥彦に近かったあの子なら、共に歩んでくれると信じていたのに……。弥彦を裏切って、長門を裏切って、私を、私を……。

 

 絶対に許さない。あの子だけは絶対に。あの子だけは私の手で必ず葬ってあげる。必ずね。

 

 その時は近いだろう。

 あの子は今は木の葉にいるという風の噂を聞いた。私たちが九尾の人柱力を確保するために木の葉に赴けば、きっと会えるに違いない。

 

「数は何人?」

「……少し待て」

 

 私が尋ねると同時、長門は即座に輪廻眼を使って探知を開始する。

 すぐさま特定したようで、いつものような憮然とした物言いで情報を伝えてきた。

 

「……見つけた。二人だ」

 

 いつもと変わらない反応――そう見えるものの、長い付き合いである私だからすぐにわかった。

 長門の表情の僅かな違い。いつも見ているから、いつも世話しているから、わかってしまう。

 

(……まさか)

 

 長門のその瞳が少しだけ揺らいだのを、私は逃さない。

 私の視線に気づいてすぐに取り繕うその仕草も逃がさない。長門の心の迷いを逃さない。

 

(今日がその時だったのね)

 

 長門の逡巡を知った私の心もまた揺れ動く。待ち望んだ時が来たのだ。

 

 長い年月を経て紙のように無機質なものとなってしまった私の心。そこに感情の火が点る。紙人形に人間の情念が宿っていく。

 

 その火は徐々に燃え広がっていく。情念という黒い油が全身の隅々にまで染み渡り、激しく燃えていく。青き炎が揺らめき、凍てついた血が沸騰していく。

 

(意外と早くその時が来たのね。早くても木の葉を襲撃した時に会うと思っていたのだけれど。まあいいわ)

 

 あの子だ。あの子が来たのだ。

 

 弥彦の夢を叶えるために私以上に外道の道に染まった長門――彼のその心を動かす存在など、もはやあの子しかいない。あの子しかいないに決まっている。

 

「知っている人かしら?」

 

 白々しくも私は問うた。今更長門が心を動かす人間なんてあの子しかいないというのに。侵入者二人の内のどちらかはあの子だろう。わかりきっていることだが、私は問うた。

 

「ああ。一人は自来也先生だ」

「そう」

 

 長門はかつて自来也先生をとても尊敬していた。

 だがそれは過去の話だ。今は恨んでいるに違いない。

 甘い理想だけを唱え、その夢に染まった弥彦を間接的に死に追いやったのは、自来也先生に他ならないのだから。

 

 だから長門は自来也先生を殺すことに躊躇いはないだろう。

 ならば長門に躊躇の感情を抱かせる存在は誰?

 

 そんなのは決まっている。あの子しかいない。あの子しかいないのだ。

 

「もう一人は? 知っている人なんでしょ?」

 

 逸る気持ちを抑え、私は長門に再度問うた。自分でも驚くほど冷たい声色であることに気づく。

 

 私の感情が伝わったのか、長門がゴクリと喉を鳴らす。

 

「もう一人は……ランだ」

 

 長門の答えを聞き、やはり――と私は思った。

 

 私の心臓はいちだんと高鳴っていく。紙人形の無機質な身体が、情念という黒い油で満たされて、激しく燃えていく。

 

「殺せるの?」

「殺せるさ。自来也など今や俺の敵ではない」

「違う。あの子――ランも殺せるの?」

「……ああ殺せるさ。自来也もランも。今の俺にとっては取るに足らない存在だよ」

 

 長門はあの子に言及する時だけ、さりげなく首を動かして視線をずらした。

 自然体を装っているけど私にはわかる。いつも長門を見ているからわかる。その僅かな異変に気づいてしまう。

 

「長門。こっちを向いてちゃんと私の目を見て言って」

 

 長門の首を紙で固定し、私の方へと強制的に向けさせる。

 

 人間が嘘を言う時は目に出る。それは一流の忍びとて同じだ。人間である限り心に動揺が生まれ、それは脳に直結した目に出やすい。

 

 一流の忍びは嘘が上手い。誤魔化すのが上手だ。

 だがこうすれば誤魔化しようはない。至近距離で目と目を合わせればわかる。

 

 それでも他人なら分かり辛いかもしれないが、私にはわかる。長門は家族のようなものだから。長門が嘘を言うのはわかる。

 

 さっきは嘘を言っていたのだ。あの子に関する嘘だけは絶対に許さない。

 

「……っ!」

 

 紙分身の私の顔が急に目の前に生えてきて、長門は少したじろいでいた。

 捕虜を尋問するみたいで心苦しいけれど、これは私にとって譲れないことだから、そうすることにする。

 

 逃げた返事など許さない。今となっては一番付き合いが長い長門だけに、それは許せなかった。

 

「嘘は嫌い。だからもう一度聞くわ。あの子を殺せるの?」

「……殺せるさ」

「嘘。ちゃんと私の目を見て言って。ちゃんとして」

「あぁ……」

 

 唯一の肉親とも言える長門にこんなことをするのは本当に心苦しい。

 けどあの子に関して嘘を言われるのは嫌なのだ。私の中に残った人間としての最後の欠片が嫌だと訴えるのだ。

 

 少しの沈黙の後、長門は観念したようにポツリと口を開いた。

 

「自来也もランも一流の忍びだ。正直わからない。場所によっては苦戦するだろう。特にランは狭い場所で戦うには圧倒的にこちらが不利だからな。アイツの血継限界は厄介だ。隙を見せればたちまち溶かされてしまうだろう」

 

 長門の答え。それは私の聞きたい答えとは遠いものだった。

 聞きたいのは戦いの相性や優劣や勝率など、そういうことではないというのに。

 あの子を殺す。何があろうとも殺す。明確にその意志を示して欲しいだけなのに。

 

 長門としては、それは答えたくないといったところだろうか。

 

 いや言えないのだ。

 弥彦に最も近かったあの子に対して殺したくないほどの未練が今もあると言えば、それは長門の心の奥にあるドロドロとした情念を曝け出すことになる。

 

 それは死んだ親友弥彦への裏切りに繋がるのであろう。あの子を愛した弥彦への裏切りになる。

 だから絶対にそんなことは言えないのだろう。口が裂けても私には言わないのだ。

 

 私にこうして至近距離で目と目を合わせられてる以上、嘘はつけない。嘘をつけないから、答えをずらして誤魔化すしかないのだ。的外れなことを言って誤魔化すしか。

 

(またあの子なのね。あの子ばかり、長門の心にまで入ってっ!)

 

 自ずと長門の本音を悟り、私は激情に駆られた。長門を罵倒叱咤したい気持ちになった。

 今までの私たちの関係は何だったのかと、この十年以上の関係はなんだったのかと、ヒステリックに叫びたい気持ちになった。

 

 でもそれを口に出したら、今までの関係が全て壊れてしまう気がした。だから私は長門の本当の気持ちを知った上で、あえて口を閉ざすことにした。

 

 その代わり、長門への苛立ちの全てをあの子への恨みに変えることにしよう。

 こうなったのも全部あの子のせいなのだから。だからあの子だけは私が必ず殺して見せる。

 

 絶対に殺す。殺す殺す殺す――。

 

 長門の迷いは私が断ち切ってあげよう。

 今となっては信じられるのは長門だけだもの。二人で絶対に弥彦の願いを叶えましょう。そのために、邪魔になるあの子を私が殺してあげるわ。

 

「なら私も出るわ。長門だけであの二人を相手にするのは大変でしょう。私があの子の相手をする。それでいいでしょう?」

 

 長門は一瞬の沈黙の後、ぎこちなく首を縦に振った。

 否なんて絶対に言わせないから。

 

「……わかった。俺本体の警護はいらん。ランを相手に紙分身は壁にしかならないだろうからな。血継限界が相手だ。十分に注意してくれ」

「ええ。そんなことは言われなくてもわかってるわ。あの子のことは私が一番よく知っているもの。この十年、何度殺しのシミュレーションをしてきたことか」

「そうか。ならばいい」

「じゃあ行ってくるわ」

「ああ」

 

 長門に別れを告げ、私はあの子を迎え撃つために出かけていく。

 

(ラン、貴方は私が必ず殺してあげるわ)

 

 先ほどまで無機質だった私の身体は、すっかり熱くなっていた。雨の冷たさを何も感じないくらい、熱く熱く。

 自分の髪色と同じくらい青く深く、私の血は燃えに燃えていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。