半蔵を討ち、雨隠れを手に入れた我々新生暁は、雨隠れの里を安定的に維持していくべく種々の方策を採った。
そこで採った一つの方針が、我々とあの子との間に、決定的な亀裂を齎すこととなった。
「なんで子供までも殺したの!? なんでよ!?」
ある日、ランはマダラへと激しく突っかかっていった。
生き残りとなった山椒魚の半蔵の一族を幼子も含めて皆殺しにしたことを聞いて、激しく憤ったのだった。
「我々が雨隠れを安定的に統治するためには旧支配者の一族には消えてもらった方が都合がいいからだ」
「だからって! 子供までも殺す必要はないでしょ!」
「今は幼い牙であろうとも将来は立派な牙となる。奪われた者は奪った者への憎しみを忘れない。それがこの世の常だ。大きく成長した牙はいずれ我々へと向くことになるだろう。お前たちが半蔵を殺したようにな。そうならないためにはどうすればいいか、答えは簡単だ。恨みが残らないように殺し尽くす。それが合理的だろう」
「っ!?」
マダラの言うことは、人間性というものをかなぐり捨ててはいるものの、確かに合理的だった。
新生暁は再構築中で未だ不安定な組織だった。そんな不安定な組織を率いて雨隠れを治めるには、確かにそれが一番効率的な方法だった。後々厄介になることが確定している反乱の芽は、事前に摘んでおくに限るからだ。
我々は弥彦の夢を叶えるためにマダラの言うことを素直に聞くしかなかった。
「全ては偉大なる目的のための尊い犠牲だ。小娘が気にすることではない。第一、殺したのはお前ではないだろう。全ての恨みはこの俺が背負う。何の問題もあるまい?」
「アンタって人は! 本当に気持ち悪い! 大嫌い!」
「小娘は感情的になって喚くばかりだな。少しは大人になったらどうだ? いつまで小娘のつもりだ?」
「うっさい! バーカ! キモキモキモ! 超キモい! クソキモマダラ!」
「本当に小娘だな」
ランはマダラに散々捨て台詞を吐くと、肩を怒らせてその場を後にしていった。
その場はそれで一応収まったものの、二人はその後も度々衝突することになった。
「最近の小南ちゃんたち、おかしいよ! あんなキモいマダラの言うことばっか聞いて!」
やがてマダラの方策を黙認する私たちにも、ランの怒りが飛び火していくことになった。
そして私たちとランの関係も徐々に崩れていくこととなった。
「おかしいのは貴方よラン。長門も私も、弥彦の夢を叶えるために一生懸命やってるだけ。貴方は弥彦の夢を叶えたくはないの? 貴方の弥彦への思いはそんなものだったの?」
「弥彦の夢は叶えたいよ! でも弥彦はそんなこときっと望んでないよ!」
「弥彦の夢は世界平和よ。どんな形であれ、それを成し遂げるのが彼に生かされた私たちの使命」
「小南の言う通りだ。弥彦の死によって、俺たちは弥彦の理想主義だけではダメだと悟った。弥彦の死を無駄にしないためにも、現実主義的な方針を取り入れて軌道修正していかなければいけない。そのためにはマダラの力が必要だ」
「二人とも……」
私と長門がどれだけ説得の言葉を重ねても、ランは「弥彦はそんなことを望んでいない」と喚くばかりだった。
(なんで、なんでわかってくれないのよラン。弥彦の夢に一番に寄り添うべきの貴方が、なんで!)
ランの隠すことのない剥き出しの感情に触れて、私の心も熱くなっていく。様々な負の感情がふつふつと湧き起こってくる。
普段から感情を抑えつけているので、私の心の奥底には負の感情がマグマ溜まりのように溜まっている。ランの言動によってそれらが刺激されていった。
ランだからこそ、最も弥彦に近かった彼女だからこそ、わかって欲しいと強く思ってしまう。
自分の中での理想の二人をイメージし、そうであって欲しいと願ってしまう。
意固地になり、相手の心を自分の思い描く方向に矯正しようと行動してしまう。
昂ぶった感情はやがて危険な領域へと突入する。
「何故わからないの? 弥彦に最も近かった貴方がっ、彼に愛された貴方がっ、彼の思いをわからないはずはないでしょっ!?」
言ってはいけない残酷な言葉を吐いてしまう。死んだ人間を利用して生きた人間の心を縛りつけようとしてしまう。
自分でその道を選ぶならともかく、決して他者へと強要してはいけないというのに。
「……ぅっ!?」
私の言葉を受けたランは苦しそうに顔を歪め、そして搾り出すように言葉を繋いだ。
「弥彦は……私の知ってる弥彦は……きっとそんなこと望んでないよ……」
「っ!?」
ランの返す言葉は、存外私の心を揺さぶった。
ランを矯正させるために彼女の心を抉る強い言葉を放ったと思ったら、気づけば私の心が抉られていた。ランから強烈なカウンターをくらっていた。
もっとも、ランはそんなことを言ったつもりは微塵もなかっただろうけど。
(私の知っている弥彦。ランの知っている弥彦。ランの、ランだけが知る弥彦――――ナニソレ?)
ランの無自覚な言葉の刃に傷つけられ、私は自分の心の奥底に溜まったマグマを抑えきれなかった。マグマが急速に膨らんでいく。
「貴方はいつも我侭ばかり、いい加減にして!」
そして、気がつけば手が出ていた。
――パンッ。
降りしきる雨の中、断続的に鳴り響く雨音の中、乾いた音が鳴った。
私の平手打ちをくらったランは、酷く驚いた様子で呆然としていた。
長門も驚いたようで言葉もない様子だった。
「……ごめんね。きっと変なこと言ったね私」
ランは搾り出すように言うと、地面に落ちた髪飾りを拾うこともなく走り去っていった。
(ラン……私は……)
去り際の彼女の目尻には涙が浮かんでいて、それを見た私の背筋は急に冷えていった。
自分がしでかしてしまったことの大きさを自覚し、罪の意識に苛まれ、ほんのり赤くなった掌を呆然と見つめていた。
「小南、いつものお前らしくないぞ。感情的になるなんてな」
「っ!?」
何気なくかけられた長門の言葉に反応し、私の心は再び熱くなってしまう。
「いつもの私って何? あの子はいつも感情を素直に出して思うがまま振舞っているのに、何故私はダメなの?」
「え? い、いや、ランが感情をストレートに出すのは昔からだし……」
「あの子は感情をストレートに出していいのに、どうして私はダメなの? どうして? 何故?」
「いや、俺が言いたいのはそういうことでは……」
「じゃあどういうこと?」
「……すまない。全部俺が悪かった。許してくれ」
長門に当り散らすなんて、本当にいつもの私らしくなかった。
しばらくして冷静になり、すぐに謝罪した。
「あの子にも後で謝ってくるわ」
「ああ。そうした方がいい」
その後、私は落ちたランの髪飾りを手にしてランの部屋に謝罪に訪れた。
ランは赤くなった頬を気にすることもなく笑って許してくれた。
(ラン、ごめんなさい。私は貴方を……)
ランは許してくれた。
けれど私は自分のことが許せなかった。愛する家族を傷つけてしまった自分のことが許せなかった。
情けなさと罪悪感に押しつぶされ、夜になると一人ベッドの中で静かに泣いた。
しばらくはそんな夜を繰り返した。
眠れぬ夜を過ごしていたおかげで、真夜中のランの異変にすぐに気づくことができた。
(――ラン? こんな夜更けにどこに行くのかしら?)
ある晩、ランが人目を忍ぶように拠点から出て行った。背中には大きなリュックを背負っていて、かなりの大荷物だった。
(まさか!?)
それを見た私は胸騒ぎがしてならなかった。すぐに身支度を整えると、彼女の後を追った。
(やはり……)
国境近くまで来た時、私は全てを悟った。ランは私たちの元から去ろうとしているのだと。
ほぼ同時刻に紙分身の持つ情報が還元され、彼女の部屋に私と長門宛の置手紙が残されているのを知ったので、それは間違いなかった。
「ラン、どこへ行くの?」
「小南ちゃん……やっぱりつけて来てたんだね」
声をかけると、ランは大して驚く様子もなかった。途中で私が追ってきていることに気づいていたのだろう。
「私、暁を抜けてこの里を出て行こうと思うんだ」
ランの口から改めて事実を突きつけられて、内心動揺した。
やはりランは私たちの元から去ろうとしていた。
今までずっと一緒に暮らしてきた家族なのに何故どうしてと、問わずにはいられなかった。
「弥彦を……みんなの夢を裏切るの?」
「ううん、そうじゃないよ。私は私なりの方法で弥彦の夢を追いたいと思ったんだ」
私の問いかけに答え、ランは自分の決意を語り始めた。
弥彦を裏切るわけではない。自分なりの方法で弥彦の夢を追いたいから里を出て行くと言った。
私が「私たちと一緒に夢を追えばいい」と何度も諭しても、ランは決して首を縦に振らなかった。
強い意志を持って決めたようだった。私はそれでも納得できず、翻意してくれるように縋るように何度も頼み込んだ。
「貴方がそんな決断をしたことに、もしこの間の一件が絡んでいるならもう一度謝るわ。私のことを気が済むまで叩いてくれたっていい。だからもう一度考え直して」
「あのことはもう済んだことだよ。何も気にしてない。関係ないよ」
「じゃあ何故? 私たちのことが嫌いになったの? 友達じゃなかったの? 家族じゃなかったの?」
「小南ちゃんたちのことを嫌いになるわけなんかないよ。何があってもずっと友達で家族だもん。私が大嫌いなのはあのマダラ。アイツの顔を見る度にムカムカする。顔なんて見せてなくて仮面だけどさ。素顔も見せないくせに俺たちは暁の仲間だなんだって、本当にキモい。いつの間にか長門を差し置いてまるで自分が暁のリーダーみたいに振舞ってるし、ホント超キモい」
ランはマダラが心底嫌いなようだった。ランが里を出て行くと決断したことには、マダラの影響が多大にあるようであった。
「坊主憎けりゃなんとかでさ、このままだとアイツの言うことを聞く小南ちゃんたちのことも嫌いになっちゃいそうだなって思っちゃったんだ。小南ちゃんに叩かれた時にそう思ったんだよ」
「やっぱりこの間の一件も絡んでいるんじゃない! ねえラン、もう一度謝るからお願い。土下座でも何でもするし、気が済むまで私のことを叩いてくれていい。だから……」
「違うって。小南ちゃんに叩かれたことは、むしろ感謝してるくらいだよ。あれがあったから、私、私たちこのまま一緒にいたらいけないって気づけたんだよ」
ランは「叩いてくれてありがとう。小南ちゃん」と笑顔でそう言った。
皮肉でそう言っているのだと思って私は必死に謝罪を重ねたのだが、どうやら違うらしかった。
ランは本気でそう思っているらしかった。私に叩かれて気づくことがあって嬉しかったのだとか。
「小南ちゃんのおかげで、私、踏ん切りがついたんだ。自来也先生みたいに一人で里の外に出て、それで広い世界を見てみようって決断できたんだよ」
ランは笑顔で自分の夢を語り出した。
自分は雨隠れの里以外の世界を知らない小娘であるから、外の世界を見て視野を広げてみたい。あのマダラに言われっぱなしじゃないくらいの経験を積んで力をつけ、自分なりの道を探ってみたい。それで弥彦の夢を叶えるんだと、そう力強く宣言した。
「だから、私はこの里を出て行く。いつか必ず戻って来るけどね」
夜の雨隠れの里は、恐ろしいほどの暗黒に包まれていて寒々しい。
ランの力強くも美しいその笑顔は、そんな雨隠れの暗闇を吹き飛ばすほどの力を持った輝かしい太陽のように見えた。
弥彦を惹きつけた太陽のような笑顔。
私はそれをとても眩しいと思うと同時、激しい嫉妬の感情に駆られてしまった。
好き放題に自分のことだけを語るランのことが許せなくなった。彼女の言葉の全てを否定したくなった。
「何よそれ……。じゃあ長門はどうなるの? 弥彦の夢を追って傷つき続けてる長門を放って出ていくっていうの!?」
「長門は長門だよ。長門が決めたことは長門の責任だよ」
「無責任よ! 私たちはいつも一緒って決めたじゃない! 弥彦の夢をみんなで追うって決めたでしょ!? それを忘れたの!?」
私は柄にもなく小娘のようになって叫んで訴えた。
ランは私の話をじっと聞くと、言い辛そうにしてから口を開いた。
「……小南ちゃん。弥彦と長門に依存するのはもうやめなよ」
「っ!?」
「私たちはもう大人だよ。自分のことは自分で決める。そして決めたことは曲げない。それが出来ないなら、悔しいけどマダラの言うように、私たちは小娘ってことになっちゃうよ」
「っ!?」
ランにそう諭され、私は強烈な劣等感に襲われた。
ランに弥彦を奪われた時――あの時のような暗い感情に囚われる。
(小娘……私は小娘……ランより小娘……)
守るべき妹だと思っていたはずの子にいつの間にか大きく追い越されていた。小娘のように諭されてしまった。
私はランよりも小娘である。肉体的にも精神的にも――認めたくない現実がそこにあった。
「なら私は私の道を行く。無責任な貴方とは違って、ちゃんと長門を支えて助ける。それで弥彦の夢を叶える。それが私の道よ。全ての責任を放り出して逃げているのは貴方。弥彦の夢を都合の良い言い訳にして自由気ままに振舞い、弥彦に依存して全ての責任から逃げてるのは貴方の方よ!」
「……そっか。小南ちゃんらしいね」
「馬鹿にしてるの!?」
「馬鹿になんかしてない。優しい小南ちゃんらしい道だなって」
私が自分の決意を語ると、ランはいつものようなヘラヘラとした笑みを浮かべていた。
私はそれが憎くくて仕方なかった。嘲笑の笑みのように見えて仕方なかった。小娘のような私をあざ笑っているかのように思えて仕方なかった。
(ランッ、貴方って子はっ!)
周囲の闇に同調するかのように、私の心が黒く染まっていく。そして今までに積もりに積もった黒い感情が噴き出てくる。
ダメだと思っていても、つい手が出てしまう。
――パシッ。
だがランは前のように素直に打たれることなく、私の平手打ちを掌で受け止めたのであった。
そして悲しげな笑みを浮かべてこう言った。
「やっぱり、今の私たちじゃ一緒にいるとダメだね。大好きな小南ちゃんが小南ちゃんじゃなくなっちゃう気がする。私は小南ちゃんが大好きだから本当はずっと一緒にいたいけど、でもそれだと全部ダメになっちゃう気がするから、しばらく距離を置くことにするよ」
「ラン……」
「もう行くね。またね。小南ちゃん」
ランはそう言うと、私の手を放して背を向けたのであった。
私はランの背に向けて問うた。
「ラン。もし私たちの行く道が互いに交差して相容れないとしたらどうするの?」
「そうはならないよ。例え違う道でも、私たちの行き着く先は一緒だもん。弥彦の夢を一緒に叶えるんでしょ?」
「そうとは限らないわ。例え目標が同じでも手段が変われば目標自体が持つ意味も変わってくる。森羅万象全ての事象は常に動き続けているから、私と貴方、互いに相容れない道を辿る可能性もある。二度と戻れない道を辿るかもしれない。その時はどうするの?」
「じゃあその時は、私は自分の信じる道を行くことにするよ。自分の決めた道は曲げない。それが自来也先生の教えだから」
「わかった。その時は私も容赦はしない。友達だと思わない。敵だと思うから」
「うん。できればそうはならないことを祈るけどね」
ランは困ったように笑って肩を竦めると、それから気持ちを切り替えたかのように飛び切りの笑顔を見せた。
そして、「それじゃまたね。小南ちゃん」と大きな声で叫ぶと、こちらを振り返ることもなく駆けていったのだった。
(ラン……貴方は全てを放り捨てて私たちを置いていくのね。自由の翼をはためかせて、好き勝手に振舞って。許せない……)
私は雨に打たれるのも気にせず、彼女の背が点になり消えていくまで、ずっと眺めていたのであった。
その目に憎しみの種火を宿らせながら。