あの子を殺すと決めてから幾星霜の月日が流れる。
その間、私は暁の幹部としてひたすら起爆札を集める仕事を続けていた。
勿論、他の仕事もしていたけれど。
「ご苦労様。よく頑張ってくれたわね。この調子で頑張って。これはお礼よ」
「はい! ありがとうございます! 天使様!」
起爆札の上納数月間ランキング上位の人たちに賞品を渡して労いの言葉をかける。感謝のお手紙と特製の押し花の栞もプレゼントする。
(こんなものでやる気を出してくれるなら安いものね……)
あの子と一緒にいるとあまり感じることがなかったのだが、私の容姿はかなり優れているらしい。
あの子と離れて暮らしていると、それを感じることが多くなった。
「天使様、今日もお美しいぜぇ」
「くっそー、俺も天使様からの感謝のお手紙欲しかったぁ。あと千枚で俺も表彰されたのに!」
「お互い、来月は表彰されるように頑張ろうぜ?」
「ああ!」
弥彦以外の男に好かれても意味はないのだけれど、目的を叶えるために自身の容姿が使えるなら使うまでだ。
雨隠れの統治を恙無く行うために自身の容姿を利用して「天使」という偶像を生み出したように、私は起爆札の収集においても自身の見た目を最大限に活用することにした。
「おめでとう。今回は貴方がナンバーワンよ。特別にこれをあげるわ」
「ありがとうございます!」
「これからも暁のために尽くしてね。期待しているわ」
「はい!」
起爆札上納数トップの子には、感謝のお手紙と押し花とは別に、特製の紙の薔薇の花束もプレゼントしてあげる。その上で握手をしてあげる。それを部下全員の前で見せる。
「ちくしょう!」
「羨ましい!」
「またあいつがトップかよ!」
「俺も天使様に花束貰いたい! 握手してもらいたい!」
「俺も天使様に手ぇ、握ってもらいたい! 特別にお声がけしてもらいたい!」
皆の前で皆が信奉する偶像から施しを受けるというのは、男たちの功名心をやたらそそるらしい。
部下の男共は競って起爆札を集めてくれた。この程度のことで頑張ってくれるなら本当に安いものだった。
(角都も面倒な飛段の子守をしながら資金集め頑張ってくれているようだし、今度お中元でも贈っておきましょう。老人は旧いしきたりに則ると凄い喜ぶから)
多方面に配慮しながら組織を回す。そうして弥彦の夢のため、暁で必死に働く日々。暇さえあれば起爆札を集め続ける。
そんな忙しい毎日を過ごしていても、暇になるとあの子のことばかりが頭に浮かんだ。
あの子のことなんてもうどうでもいいと思っていたはずなのだけど、どうしても浮かんでしまう。
今あの子は木の葉の里で何をしているのか。気になって仕方がない。
気になって夜も眠れなくなった私は、ゼツに聞いてみることにした。
「あのランって子だけど、今は木の葉で子育てしてるみたいだねぇ。頑張って子育てしてるみたいだよ~」
「何ですって!?」
ゼツの口から齎されたのは衝撃的すぎる事実であった。ランに子供ができたというのだ。
(ランに子供ランに子供ランに子供子供子供子供子供――そんなの嘘よ!)
ランが弥彦以外の人とそういう関係に至ったなんて信じられなかった。
完全に弥彦のことなんてもうどうでもよくなって、自分の幸せだけを追求しているとしか思えなかった。
(許せない! 弥彦の夢を捨てて弥彦の愛を捨てて、自分の欲望に走るなんて! どこぞの馬の骨とも知らない男に走るなんて!)
ランが弥彦を裏切って幸せな家庭を築いているという事実が許せなかった。
結婚、妊娠、子育てという一般的な女性の価値観でいう幸せを謳歌しているということが許せなかった。
(私も長門も、全てを捨てて弥彦の夢のために頑張っているというのに!)
二十代も半ばを迎えアラサーという年齢に差し掛かり、私も女なので幸せな結婚という単語が頭の中に過ぎったこともある。
だが弥彦の夢のため、暁の夢のため、そんなことしてる暇なんてないと自分に言い聞かせてきた。
弥彦に生かされた私がそんな幸せを感じていいはずもなかったし、そもそも弥彦以外とそんな関係になりたくなどなかった。
なのにあの子は自分勝手に幸せを謳歌しているらしかった。
弥彦に愛されたくせに、弥彦に生かされた命だというのに、弥彦のことなんてもう完全に忘れているとしか思えなかった。
そう思うと、憎しみしか湧いてこなかった。
「どういうことなの!? 相手は誰なの!? 誰の子なの!? まさか自来也先生じゃないでしょうね!?」
「ええっとねぇ、何か違うみたいだよ。相手はいないみたい」
「何ですって!? 未婚の子ってこと!? ランを弄んでぇ、その相手の男、殺してやる!」
「いや違うよ。なんか里の偉い子の養育を押しつけられてるみたい。自分で生んだ子じゃないみたいだよ」
「ああ……そういうことなのね」
ゼツから真相を聞かされて安堵した。
ランは仕事として子守りをしているだけだったらしい。
(いえ、予行練習という可能性もあるわね。他に誰かいい人がいるのかも……許せない!)
引き続きランの監視が必要だと思った私は、定期的にランの報告を上げるようにゼツにお願いをした。
そうして木の葉の里でのランの行動は、おおよそ私の耳に届くことになった。
「ランは相変わらず子育てしながら、日々一生懸命に任務こなしてるみたい。それで大変だった任務の後は、仲間と打ち上げで焼肉に行ってるみたいだよ。焼肉Qってお店。それでデザートにいつもアイスを頼んでるよ。自分へのご褒美だ、って言って。二種類のアイスをトッピングしているよ。お友達と色んな味をシェアして楽しんでるみたい」
「仲間と打ち上げで焼肉……デザートにはアイス……二種類トッピングつき……色んな味をシェア……楽しそうね」
「僕たちも打ち上げする? 僕は食べ物いらないから見てるだけだけど」
「そうね……いや、やめておきましょう」
ある日いつものようにランの報告を受けていると、ゼツが我々暁のメンバーで打ち上げをしないかと提案してきた。
暁幹部たちの親睦度を高めるためには良い案かと思ったが、すぐにダメだと判断した。
まず長門が外道魔像と一体化した身体となっており、打ち上げ会場に移動できないので参加できない。長門を一人ぼっちにして私だけ打ち上げに参加して楽しむわけにはいかない。
私たちの拠点でパーティーを開けば長門も参加できるが、私たちの拠点に他の連中を寄せるのは絶対に避けたいところである。いつ裏切るかわからない連中に手の内を見せるのはよろしくない。だから打ち上げ案はボツだ。
さらに言うならば、仮に打ち上げに誘ったところで、ほとんどの連中は参加しないだろう。
最近結成したうちはイタチと干柿鬼鮫のコンビは「自分たちのことは構うな」という鬱々としたオーラを常に周囲に放っている。仮に食事会に誘ったところで、絶対に断るに決まっている。
サソリも同様だ。
元々「俺に構うな」という鬱々としたオーラを出している上、今のサソリは自分の身体を改造して人傀儡になり、飲食排泄不要の身体となっている。
食べられなくなった人間を食事に誘うなど嫌がらせでしかない。
マダラも同様である。
サソリやゼツと同じく食事が不要な身体となっているようなので、誘ったら「何の冗談だ小娘。冗談もほどほどにしろ小娘」と言って断るに決まっている。
大蛇丸も同様だ。
きっと「何の冗談かしら? そんなもの行かないわ。私は研究で忙しいの」と言って断るに決まっている。
大蛇丸が打ち上げに参加するなど、幻術にでもかからなければ、そんなことは起こらないだろう。
大蛇丸が焼肉店でビールジョッキ片手に移動する光景など、あり得ないことだ。六道仙人がこの世に再び現れるくらい、あり得ない話だ。
誘って来るとすれば、飛段とデイダラだろうか。賑やかな場が好きなあの二人は来るだろう。
あと角都も来るかもしれない。
角都は一見来なさそうにも見えるが、あの人はケチな老人なので、会の費用を経費で落とすと言えば損をしたくないから来るに違いない。
加えて言うならば、年長の自分が参加しなければ下に示しがつかないとか、そんな感じの老人特有のプライドを拗らせているので、嫌々ながらも参加するかもしれない。
(もし打ち上げを開くとなると、参加するのは飛段、デイダラ、角都、ゼツ、私……地獄ね)
想像すると地獄すぎる。
暁の問題児二人と気難しい老人と薄気味悪いアロエ野郎との食事会なんて最悪だ。
きっと飛段とデイダラは周りの迷惑も考えずに騒ぎ、そんな二人の若者を見た角都は癇癪を起こすに違いない。
飛段もデイダラも老人の注意を素直に聞くような性格じゃないから、話は拗れて拗れるだろう。
下手したら店で乱闘騒ぎを起こすかもしれない。ゼツはそんな彼らを止めずにニヤニヤと見ているだけ――。
結論。暁メンバーで打ち上げなど、やらない方がマシである。
打ち上げなんて開いたら、喧嘩になって余計仲が悪くなるに決まっている。やらない方が良好な人間関係を保てる可能性が高い。
ということで、暁幹部を集めた打ち上げの計画は自然と消滅することになった。
我々闇に生きる者たちが馴れ合うなど笑止千万。闇を背負い孤高に生きるのが我ら暁メンバーなのである。
「そっか。まあ僕は食べられないからどうでもいいんだけど。皆の観察できないのは残念かな」
「じゃあ引き続きランの報告をよろしく。最優先事項よ」
「了解だよ。大国木の葉の情報は逐一仕入れる必要あるし、ついでにランの情報も調べてくるとするよ」
ゼツには引き続きランの報告をお願いし、それから別れた。
(我々暁に馴れ合いは不要。よって打ち上げはなし――と言っても、個人的な息抜きは必要ね。ランの話を聞くと無性にイライラするし。どうせ今日も打ち上げで焼肉に行ってるんでしょうね! それともすき焼きかしらね!)
孤高に生きる者とて時には息抜きは必要である。毎日毎日起爆札を集める生活を送っていると息が詰まる。ランのことを考えているとイライラして仕方がない。ストレス解消が必要だ。
――ドゴォオオオン。バゴォオオオン。ドガァアアアン。
「今日も大漁ね。焼き肉パーティーならぬ焼き魚パーティーをやりましょうか」
ランが木の葉で好き勝手楽しんでいるのを恨めしく思った私は、長門と二人で魚介類の鉄板焼きをすることにしたのであった。
ささやかな対抗心だった。
「長門、喜んでくれるかしら? 最近ずっと篭りっきりだったものね」
起爆札の爆発実験の副産物として手に入れた沢山の魚介類。
それらを抱え飛び立つと、私は長門のいる部屋へと向かったのであった。