あの子がいなくなってからどれだけの時間が経っただろうか。
外道魔像に生命力を吸い取られ続けた長門は、日に日に衰弱していった。そして私の介助なしには歩くこともままならない状態となった。
そんな長門を介護しつつ、雨隠れの為政者としての仕事をこなし、暁の仕事もこなす。そして暇さえあれば合計一兆二千億枚という果てしない数の起爆札の収集活動に励む――毎日が忙しすぎる日々だった。紙分身を多用することでなんとか忙務をこなせていた。
そんな忙しい日々を過ごしていると、時間の感覚が次第になくなっていく。
あっと言う間に二十代が過ぎ去って三十代になった。二十代は傀儡人形のように働き続ける日々だった。
女性にとって二十代とは最も花盛る時期に違いない。私の二十代は暁の夢に捧げることとなった。そのことに後悔はない。
弥彦に生かされた命だから元々なかったようなものだ。それを愛する弥彦の夢のために捧げることができるのは、むしろ喜ばしいことのように思えた。
けれど私も人間であるので、一抹の寂しさは拭えなかった。私の人生とは何なのかと考えると空しさがこみ上げてきた。
あの子が暁の夢なんて忘れて外で楽しく過ごしているという話を聞くと、その寂しさと空しさは憎しみに変わった。
「ランだけど、今回は波の国で任務をこなしてたみたい。これ写真」
「っ!? このマスクの男!? 写輪眼のはたけカカシ!?」
写真の中のランはマスク男と楽しそうに肩を組んで歩いていた。
正確には、マスク男が負傷しているのでランが肩を貸して歩いているといった方が正しいが。
マスク男は写輪眼のカカシで間違いなかった。ビンゴブックに載っているから知っていた。
「その男のマスクなしの写真はこっちね」
「っ!?」
はたけカカシはかなりのイケメンであった。マスクで隠すのが勿体ないくらいのイケメンだった。
(ラン、弥彦以外のイケメンと仲良くして……どういうつもりかしら)
そんなイケメンにベタベタと接しているランに腹が立った。弥彦以外の男とベタベタしているランに憎しみが湧いた。
弥彦とベタベタしていたのを見ていた時もそれはそれで腹が立ったのだが、今はさらに腹が立った。
弥彦に愛されたくせに他の男に心を寄せるなんて許せなかった。
「そのカカシって男と一緒に楽しく任務してたみたいだよ。こっちがその写真ね」
違う写真では、ランは寝込んでいるはたけカカシを楽しそうに介護していた。
「はい、あ~ん♥」とでも言うようにニヤニヤしながら、食事のスプーンをカカシの口元に運んでやっていた。
はたけカカシの方は迷惑そうにしていたが。
(楽しそうに介護なんかして……。ラン、介護を舐めてるわね。許せない!)
先の見えない介護と先の見える介護。
同じ介護をしているといえど、その意味は大きく違う。
先の見える介護を楽しそうにこなしているランに腹が立って仕方なかった。介護現場という戦場で小娘のようにハシャいでいるランが許せなかった。
(こっちの気持ちも知らないで……。そんな男よりも長門の介護を手伝ってくれればいいのに)
大事な家族である長門のことを放っておいてそんな怪しげなマスク男の介護を一生懸命にこなしているランに腹が立った。
家族の介護を放り出して余所の男の介護をしているなんておかしな話だろう。
もっとも、今のランにとっては、長門や私よりもその男の方が重要なのだろう。
そう思うと本当に腹が立った。若き日にカエル板の前でやった私たちの誓いは何だったのかと問い質したくなるくらいだった。
ひもじい思いをしながら一つのパンを分け合ったあの日々はなんだったのかと思うと、溢れんばかりの憎しみが湧いてきた。
「あっ、勝手にくしゃくしゃにしないでよ。その写真、後でオ――じゃなかった、マダラにも見せるんだからさ」
「ああ、ごめんなさい」
苛立つあまり写真を強く握り締めてくしゃくしゃにしてしまい、ゼツに注意されてしまう。
ゼツはマダラにもこの写真を見せるのだとか。写輪眼を持つ相手の情報だから、当然と言えば当然だろうか。
「その波の国の任務でガトーって奴らを潰したみたいだよ」
「ガトーですって!?」
「知ってる奴かい?」
「ええ。暁とは裏で装備品の取引をしたりしていたわ」
「そっか。じゃあ暁の活動にも多少は影響がありそうだね」
「多少どころかかなりの問題ね(起爆札の収集に大きな支障が出る! ラン、なんてことをしてくれたのよ!)」
ランのせいで暁の活動に支障が出てしまう事態にすらなった。
弥彦の夢を捨てたばかりか、その夢の邪魔すらしてくる。許せるはずもなかった。
(ラン、絶対に許さないから!)
殺意を募らせていく日々。
ゼツの齎すランの情報は、その全てが私を苛立たせ憎しみを増大させるものとなった。
「中忍試験が木の葉の里で開かれて、里はお祭り気分で一色だったよ。ランは、木の葉の忍びたちと楽しそうに過ごしてたよ。こんな感じで」
ある日、ゼツは木の葉で開かれた中忍試験の様子を写し出した写真を持ってきてくれた。
写真の中のランは一般人のように振る舞い、お祭り気分で過ごしているようだった。
ポップコーン等のお菓子を頬張りながら、闘技場で戦う下忍たちに声援を送っていた。
(これはっ!? またしてもはたけカカシ!?)
ランは隣に座ったはたけカカシの口元にポップコーンを運び食べさせてあげようとしていた。
その隣には男女のカップルと思われる忍びがいて、そのうちの一人であるモミアゲとアゴヒゲが一体となった男は、「ついにカカシにも春が来たか?」とでも言って茶化しているかのようであった。
そんな光景の写真だった。
(ラン、弥彦のことなんて忘れてイケメンのはたけカカシに夢中なのね。許せない! だから木の葉にいるのね!)
本当にイライラする写真だった。思わず握りつぶしてしまったくらいだ。
「あー、くしゃくしゃにしないでってば。その写真もオ――じゃなかった、マダラに見せるんだからさ」
「ごめんなさい」
ゼツに怒られて我に返る。私としたことが感情的になってしまった。
ランのこととなるとどうしても感情的になってしまう。あれだけ共に過ごしたのに裏切られたのだから、当然と言えば当然だろう。
「三代目火影が死んで、五代目火影が就任したようだね。それで新しい火影の就任を祝う花火大会が木の葉で開かれたよ。ランは浴衣を着て楽しそうに過ごしてたよ。これはその時の写真」
「誰よこの女……」
「あーその女ね。シズネっていう名前で、なんか五代目火影の弟子らしいよ。そこまで凄い忍びじゃないみたいだけど、上忍レベルではあるみたい。ランの木の葉での友達みたいだね。凄い仲良いみたい。大親友ってやつかな。君より仲いいかもね」
「そう……」
ランは黒い着物を着て豚を抱えた地味な女と楽しそうに過ごしていた。
違う味のカキ氷をそれぞれシェアしたりして楽しんでいるようだった。
食べ物をシェアするなんて、よほどこの女の子がお気に入りと思えた。
(私が朝から晩まで暁の夢のために働いて、深夜まで長門の介護を一生懸命やってる間、この子は新しい友達と遊んでばかりいるのね。許せない……)
そう思うと本当に腹が立った。
雨ばかりの雨隠れの里では花火大会など開くことができない。雨のせいで年中肌寒いのでカキ氷など楽しめない。楽しめるのは温かい肉まんくらいだ。おやつと言えば、毎日毎日肉まんばかりだ。
(私は忙しい仕事の合間に肉まんを食べることを人生のささやかな楽しみとしているというのに、あの子は好き放題に人生楽しんでいるのね……許せない!)
雨隠れでは楽しめない行事やスイーツを目一杯楽しんでいるランを見て、私はまたしても憎しみを募らせることとなった。
ランは私たちのことなんて完全に忘れていると思った。
私たちが死んだと聞かされているのでそれも仕方ないのかもしれないが、それでも未だに死の真相を確かめに来ないのはおかしい。
完全に私たちのことなんてどうでもいいと思ってるとしか思えなかった。
(これはっ!? またしてもはたけカカシ! またはたけカカシなのね! イケメンのはたけカカシ!)
違う写真の中のランは、はたけカカシの腕を引っ張り無理やり屋台へと連れ出していた。どうやら何かしらの食べものを奢らせようとしているようだった。
はたけカカシは迷惑そうにしつつも財布から金を出していた。それを見て笑う周囲の人々。
どう見ても彼氏に物をねだる女の子とそれを囃し立てる人々という光景にしか思えなかった。
(華やかな場所で華やかな格好して華やかな人々に囲まれて……許せない!)
雨隠れの里は常に雨雲に覆われているので非常に陰気臭い。
おまけに年季の入った廃墟ビルみたいな建物ばかりで、その上、紙の依代が里中のそこかしこに設置されているので余計に陰気臭いムードが漂っている。
(あの子と比べたら私はまるでゴミ山にいるカラスみたいね……)
陰気臭い雨隠れの里でカラスのような黒い外套を纏っている私。
明るく活気に満ちている大国の木の葉の里で華やかな柄の着物を着ているラン。
どちらが人生を謳歌しているか一目瞭然だった。
「あー、ビリビリに破かないでってば! それもオ――じゃなかった、マダラに見せようと思ってたのに」
「ごめんなさい。すぐに直すわ」
「おー、それが君の術か。近くでは初めて見たよ。破れた写真がちゃんと元に戻ってるねえ」
見ているだけでムカムカする写真だったので、つい感情的になって写真を破いてしまった。
私はすぐに紙の秘術を使って破れた写真を元に戻すと、ゼツへと返した。
(ラン。貴方は完全に暁の夢なんて忘れて自分の人生を謳歌してるのね。弥彦に愛されたくせに、弥彦に生かされたくせに、それを忘れるなんて……許せない!)
ランのことを思うと、今までの思い出の全てが憎しみへと変化していく気がした。
私の中でのランへの殺意は、日に日に高まっていった。
(このペースでいけばもう少しね。あと数年以内に集まるかしら)
起爆札はあらゆる手段を駆使して集めているので順調に集まっている。
マダラを殺すための六千億枚の起爆札は既に集まった。あとはあの子を殺すための六千億枚分だけだ。
それも順調に集まってきている。あの子にそれをお見舞いする日も近いだろう。
(ラン、せいぜい今のうちに余生を楽しんでおくことね。私が必ず殺してあげるから)
――ドスッ、ドスドスッ。
私はゼツに譲ってもらったあの子の写真に向かってクナイを投げつける。
そうやって脳内であの子を殺すシミュレーションを何度も繰り返し、日頃の鬱憤を晴らすのであった。