長門の準備が整うまで、私が一足先にあの子たちを迎え撃つことになった。
「小南ちゃん!」
久方ぶりに会ったあの子は、より美しい花へと成長していた。木の葉の里という恵まれた場所で新たな光を受けて、伸び伸びと成長してきたのだろう。
闇の世界に生きてきた私たちとは違う。光降り注ぐ道を歩んできたのだ。過去の、私たちのことなど忘れて生きてきたのだ。
そう思うと溢れんばかりの殺意が湧く。それを必死に押し殺して彼女らの姿を見据える。
感情に囚われては腕が鈍る。彼女たちの放つ言葉を全て無視し、殺戮人形とならなければならない。
暁の、弥彦の夢を叶えるためにも、私は殺戮の天使とならなければいけないのだ。
「神からの命令よ、貴方たちを殺す」
ただひたすら彼女たちの命を奪う作業に集中する。
自来也先生は影級の実力を持つ一流の忍びだ。成長したランの実力は未知数だが決して弱くはないだろう。
一瞬でも気の抜けない戦いとなるのは間違いなかった。
「火遁・炎弾!」
「沸遁・巧霧の術!」
改良に改良を重ねたことで水に対してはある程度の耐性を獲得した私の紙操の術であるが、火遁と油に関しては相変わらず相性が悪かった。
火遁と蝦蟇油を操る自来也先生、それから沸遁使いのランは私の天敵だった。
「くっ」
一人を相手にするのならまだしも、二人だと流石に手に余った。二人のコンビネーションは、敵ながら見事なものだった。
「蝦蟇油弾! 乱獅子髪の術! どうだ、これで動けまい!」
自来也先生に一瞬の隙を突かれ、油で動きを止められて髪で拘束されてしまった。
(不味い……)
このまま火遁で薙ぎ払われたら不味いと思ったが、先生たちはそんなことをしてはこなかった。
その代わり、油まみれの私を拘束したまま、言葉による攻撃を加えてきた。
「昔のお前は優しかった。怪我をした皆に真っ先に駆けつけて手当てをしてくれていたな。そんなお前がいきなり挨拶もなしに攻撃を加えてくるとは……悲しいのぉ」
いやらしい攻撃だ。
硬く閉じた私の心を無理やり抉じ開け、心の奥底に仕舞いこんだはずの思いを引きずり出し、それをとことん刺激してくる。
こうして私を油まみれにして髪の毛で拘束したのも、全ては昔のことを思い出させるためなのだろう。
遠い昔、私たちがまだ幼く自来也先生の指導を受けていた頃、先生は修行終わりに時折蝦蟇油で私たちを油まみれにして遊ばせてくれたことがあった。
私たちは蝦蟇油をかけあったり、塗りたくったりして遊んだ。自来也先生は伸ばした髪の毛を使って私たちのことを空中に高く放り上げてくれたりして楽しませてくれた。
全ては遠い昔のことだ。弥彦も長門もランも私も自来也先生も、皆揃って笑い合っていた頃のこと。そんな懐かしき良き日々だった頃の話だ。
自来也先生はそのことを思い出させた上で説得をしようとしてきたのだ。
本当にいやらしい攻撃だった。投げかけられる言葉の全てが、私の記憶と結びついて心を責めてくる。
自来也先生の最も優れたる忍びの力は、戦いにおける強さではない。人の懐に一瞬で入り込んで放さない――その人心掌握術だ。
並みの人間ならば先生の人柄に魅了されてころっとやられてしまうのだろう。
昔の私も、長門も、皆が先生に魅了されていた。
だが――。
(わかったようなことを。先生に私たちの気持ちなどわかるはずもない)
だが今は全てが白々しく聞こえる。先生の言葉の全てに苛立つ。
先生がいてさえくれれば、弥彦は死ななかったかもしれない。乗りかかった船であるならば最後まで責任を果たしてくれたら良かったのに。そうすれば弥彦は死ななかったかもしれない。
それは過ぎたる願いなのかもしれない。
先生にそこまでする義理はない。けれどもどうしてもそう思ってしまう。
あんな悲劇的な形で弥彦が奪われてしまったのだから、そう思ってしまうのも仕方ないだろう。
「小南! 今ならまだ間に合う! 戻って来い!」
「小南ちゃん!」
自来也先生とランが必死に叫ぶが、全ての言葉が空しく通り過ぎていくだけだ。
どんな言葉を投げかけられようとも、私の心が動くことはない。
私の心はとうの昔に冷えて固まりきっているのだ。弥彦を、皆を失ったあの日からずっと。
今更光の道になど戻れない。
あの子たちが進む先に本当の平和はありはしないと思える。長門の掲げる理想の先にこそ、真の平和があると思える。
私たちが進むのは闇の道だ。外道の道にこそ本当の理想の世界がある――そう思える。
あの子たちが自分の道を信じるように、私たちも自分の歩んできた道に並々ならぬ思いを持っている。
それを譲ることなど、今更できるはずがない。
「貴方の掲げる理想など所詮絵空事の綺麗ごとです。それが自分で考えた結論ですよ。自来也先生」
無駄な言葉の応酬をやっていると、ようやく準備を終えた長門(ペイン畜生道)が増援にやって来てくれた。
長門は口寄せの動物を呼び寄せ、私の身体に纏わりついた不快なものを全て洗い流してくれた。
「長門ぉ、変わったな! 昔のお前はそんな奴じゃなかった!」
「人は変わるものですよ先生。日々成長するものだ」
「お前には数々の忍術を教えたが、一番大事なことを伝え忘れていたようだの!」
男同士、濃密な時間を過ごした二人の間には、女の私にはわからない感情の動きがあるのかもしれない。
自来也先生はいつになく感情的になり、長門と言い争いを始めた。
長門も柄になくヒートアップしていく。
長門はかつて、自来也先生を心の底から尊敬していた。
だがその敬愛する先生の教えに従順に従った結果、最愛の弥彦を亡くしてしまった。弥彦のみならず、かつての暁メンバーの全員を亡くしてしまった。
先生の理想など、圧倒的な力の前には無力だったのだ。
だから今となっては逆に心の底から憎んでいるのだろう。長門は自来也先生のことを否定したくてたまらないのだ。この世から消したいと思うほどに恨んでいる。
私がランのことを憎むように、長門は先生のことを恨んでいるのだ。
「ラン、いかがする?」
「私は小南ちゃんと話したいことがあります。先生はペインをお願いします」
「そうかわかった。無理はするなよ。いざという時は蝦蟇の逆口寄せでお前だけでも逃げろ、いいな?」
「はい」
自来也先生がランとコンタクトをとる。
ランの提案は、私たちも望むところだった。
「小南、ランのことは任せた。俺は自来也先生を殺る」
「ええ」
向こうの提案を、長門も私も受け入れる。
私はランに軽く目配せして合図すると、飛翔して移動していく。
私の意図を読み取ったあの子は、ほぼ無言で私の後を追ってきた。
(やっとこの日が来たのね。今に殺してあげるわラン)
広い湖上。幼き日に皆で通ったこともある場所だ。そこが決戦場所になる。そこで、私はかつての友に死を齎す殺戮の堕天使となるのだ。
弥彦の思いを裏切ったあの子に相応しい罰を与えてあげなければ。死という最大の罰を。