「……」
無言で私の背を追ってくる彼女が心中で何を考えているのか、まったく想像もつかない。
昔はあの子の考えることが何でもわかった気がするが、いつしかわからなくなった。今となっては何を考えているのかもさっぱりわからない。それくらい、心の距離が離れてしまった。
それはお互い様かもしれないが。
入り組んだ排水管のパイプの上を通り、沖の方の湖上へと出て行く。
広々とした湖上。いくつかの浮遊構造物があり、戦うには絶好の場所。
そこで我々は対峙することになった。いつもと変わらぬ酷い雨の降る中でのことであった。
「……」
「……」
雨ざらしになりながらしばらく無言で見つめ合っていたが、先に話を切り出してきたのはランだった。
「小南ちゃん、美人さんになったね。自来也先生の言った通りだったね」
ランは昔のようにヘラヘラとした笑みを浮かべながら話しかけてきた。
私の中で殺意が膨れ上がる。あの笑顔を見ていると苛立たしくて仕方がない。
無言で強い殺気をぶつけてやると、彼女はより笑みを深めた。
殺気をぶつけられて笑みを浮かべるなど、対抗しているつもりだろうか。
「覚えてる? 昔一緒に花の髪飾りを作ったこと。お互いの髪色の紙を使って一緒に折り紙をして、髪飾りにしたことを」
自来也先生の真似事だろうか。ランは遠い昔の出来事を懐かしそうに振り返った。
そして昔と変わらぬ苛立たしい笑顔を浮かべながら語りかけてきた。
「あんなもの、とっくに捨てた。貴方の色を宿した髪飾りなど身に着けたくないもの」
「そう……。私はずっと身に着けてたよ。小南ちゃんの髪飾り、ずっとずっと」
「どうでもいいわそんなこと」
「……」
ランは私が遠い昔に作った髪飾りを未だに保持しているらしく、今も身に着けているようだった。
確かに目を凝らせば、彼女が身に着けているのは見覚えのある髪飾りだった。私が作ったものに相違ない。
だがそれがどうしたという話だ。私のことを想っているというアピールなのだろうが、そうだとしたらむしろ逆効果だ。
白々しくも昔の関係をアピールして説得しようなどとは、本当に腹立たしくて仕方ない。
弥彦の夢など忘れて十年以上も木の葉で呑気に過ごしていたというのに。
雨隠れに帰って来ずに自分の人生を満喫していたというのに。どの口がそのようなことを言えるのだと思える。
「話はそれだけ? じゃあそろそろ殺し合いをしましょう。貴方のこと、さっきから殺したくてウズウズしてる」
「……今の小南ちゃんには何を言っても届かないんだね。自来也先生の気持ちも、私の気持ちも、何もかも」
「そうね。説得をしようというのなら無駄。貴方が降参して私たちの下につくというのなら考えてあげてもいいけれど」
「……それはできないよ。今の小南ちゃんたちはあの世間を騒がせてる暁の一員なんでしょ? 赤い浮雲の黒装束、間違いないよね?」
「ええそう。昔言ったはずよラン。私たちの行く道が互いに交差して相容れないとしたらどうする、と。ラン、今の貴方は木の葉の忍び。私は暁の重鎮。互いに相容れない存在」
「小南ちゃんは自分の道を譲る気はないんだね。私が何を言ったとしても」
「ええ勿論。暁の夢のため、弥彦の夢を継いだ長門の理想を叶えるため、私は引くつもりなんて毛頭ない。ラン、邪魔をするというのなら貴方もここで殺す!」
私から放たれる殺気。ランはそれを受け流すと、ゆっくりと口を開いた。
「最後に一つだけいいかな。小南ちゃんたち暁は、尾獣を集めているんだよね。九尾の人柱力もいずれ捕らえるの?」
「無論よ」
「何のために?」
「それは貴方が知る必要のないこと。目的のために必要だからそうするだけのことよ」
「人柱力の子が可哀想だとは思わないの? 尾獣を抜かれたら、人柱力の子は死んじゃうんだよ?」
「構わない。必要な犠牲よ。それで世界が救われるなら安いもの」
「そう……か。なら私も引けないね。本当は小南ちゃんと殺し合いなんてしたくないけど、やらなきゃいけないみたいだね。今の私は木の葉の忍び。九尾の人柱力を、ナルト君を殺させるわけにはいかないから」
ランもようやく殺る気になったようだ。彼女から放たれる研ぎ澄まされた殺気を感じる。とてもゾクゾクする。
そうでなくては殺し甲斐がない。本気で殺り合って、今までに溜めに溜めた憎しみの全てを吐き出させてもらう。
それでスッキリして生まれ変わった面持ちで、弥彦の夢を追い続けるのだ。長門と共に二人きりで。
「ラァァァァアアンッ!」
「小南ちゃぁああんッ!」
そうして戦いが始まる。
「紙手裏剣・花時雨!」
挨拶代わりにと大量の紙手裏剣の嵐を浴びせてやる。
ランは火遁でそれを難なく迎撃すると、高速で湖上を移動しながら煙幕を張った。
「その程度で誤魔化したつもり?」
たとえ視界が塞がれようともあの子の気配は感じられる。
私はあの子の気配のする場所に次々に紙手裏剣と起爆札を放ってやった。爆発で水柱が何度も上がるくらいの連続攻撃を加えてやる。
やがて湖上に存在する全ての気配がなくなる。煙幕が消え去ると、ランの姿はそこにはなかった。
(確かに手応えはあった。倒したのは影分身か……)
死体が消えるほどの攻撃は与えていないし、周辺に血糊一つ残されていないということは、倒したのは影分身なのだろう。
(影分身を囮に逃げた……わけではないようね。となれば水中か)
あれだけの大言を吐いたというのに、すぐに勝負を捨てたとは考え難い。
湖上に姿がないとなれば、水中に逃げたと考えるのが自然だろう。
「湖上では不利と悟ったか。無駄なことを。姿を隠しても無駄よ」
紙分身を次々に生み出し、水中へと潜行させていく。
(紙分身が水中を移動できないと思ったら大間違いよラン。昔の私だと思わないことね)
湖上にいるランが空中にいる私を狙うのは難しい。空からの爆撃を受け続けるだけだ。
おそらくランはそう思い、水中に逃げたのだろう。水中なら爆撃の影響は少なく、紙の分身体では攻めてはこれないと思ったのだろう。
だがその考えは間違いだ。
私の紙操の術は昔よりも遥かに進化を遂げている。雨の中でも動きにまったく問題ないばかりか、水の中とて進むことができるようになっている。
流石に水の中では地上のようにはいかないが、それでも戦闘に耐え得るだけの紙分身を送ることが可能だ。
この十年、暁の幹部として力を蓄え続けてきた。闇の中でずっと血の滲むような努力を続けてきた。
大国の庇護の下、ずっと遊んでいたあの子とは違う。私はあの子とは違うのだ。
(まためくらましか。無駄よ)
ランは水中にも罠を張ったようだった。水中には黒い油のようなものが漂っていて視界が優れなかった。こちらの視界を奪った上で、影分身に奇襲を行わせるつもりのようだった。
己の有利な場所へと敵を誘い込み奇襲する。ランのその戦いぶりは忍者として一流のものだった。
(向こうも遊んでばかりいたわけじゃなさそうね。いいわ。そうでなくては殺り甲斐がない)
どうやらランは水中で長時間の活動ができるようになっているらしかった。息継ぎのために浮上してくる様子はない。
昔から水遁が得意だったから、今ではそんな芸当も出来るようになっているのだろう。
(また影分身か。小賢しい)
やがて水中に送り込んだ紙分身体から、ランの影分身体を幾つか屠ったという連絡が届くが、本体を見つけたという情報はいつまで経っても届かない。
追加の紙分身体を送り込み、地道に探索を続ける。
(ようやく本体を見つけ――ッ!?)
ようやくあの子の痕跡を見つけ、すぐにその跡を追おうと思ったら、こちらの行く手を阻むかのように凄まじい勢いで進んでくる物体があった。
その物体はあっという間に近づいてくると、私の送り込んだ紙分身をボロボロに切り刻んで屠った。そして魚のように素早く反転して動きながら、私の送り込んだ紙分身を次々に屠っていった。
(これは人形!? 傀儡の術!? いや違う!?)
水中で私の紙分身を次々に襲うものの正体は、丸みを帯びた人形であった。あの子に似たヘラヘラとした笑みを浮かべる女の子の人形だった。
愛らしい見た目とは裏腹に、その両腕には鋭利な斧が備わっていた。
「――これは蒸気暴威。沸遁使いだった二代目水影が遺したといわれる術だよ。自分用に改造したから、ボーイじゃなくてガールだけどね」
私の疑問に答えるかのように、どこからともなくあの子の声が聞こえてきた。どうやら人形が喋っているらしかった。本体のランが遠隔操作で操っているのだろう。
(二代目水影の術だと。ラン、ただ遊んでいただけではないようね)
二代目水影が使っていた特殊忍術だとすれば、認識を改める必要があるだろう。
今のランは自来也先生と同じく、影レベルの実力があるようだ。
(認めてあげるわラン。貴方は強い。それでも勝つのは私よ!)
あの子が予想以上に厄介な相手だとわかったのに、何故か心が躍った。
久しぶりにあの子と戦える。しかも全力でやれる。
(この感覚っ、何年ぶりかしら!)
大きく実力を伸ばしたあの子と本気で殺し合えると思えるとゾクゾクする。下腹の辺りがキュンとしてゾクゾクするのだ。
(たまらないわっ!)
雨に打たれて身体の芯まで冷え切った私の身体が熱くなる。身体の底から熱くなる。興奮した心臓が激しく飛び跳ねる。
この十数年、碌に表情筋を動かした覚えがないけれど、きっと今の私は笑っているだろう。良い笑顔を浮かべているはずだ。
「死になさいラン!」
新たに生み出した紙分身体に一斉攻撃させる。並みの忍びならまず生き残れないような連続攻撃の数々をお見舞いしてやる。
「無駄だよ小南ちゃん。この人形はまず壊れない。人形の傷は常に自動修復されるから、通常攻撃では破壊することは不可能だよ」
紙分身体の一斉攻撃をくらっても、ランの作り出した人形はピンピンとしていた。
流石は二代目水影の術だ。人形はかなりの耐久性を持っているらしかった。
「今度はこっちの番だよ小南ちゃん」
そう言うと、ランは人形を一気に加速させた。
人形は水中を高速で動き回りながら、斧状の腕を振り回す。そうして私が水中に送り込んだ紙分身を次々に屠っていった。
(ランっ、相変わらず忌々しい子!)
あの子に似た人形がヘラヘラとした笑みを浮かべながら私の最高傑作品である紙分身を次々に倒していくのは、本当に忌々しい限りだった。思わず歯軋りしてしまうくらいだ。
(あの人形がいる限り、水中に潜っても本体のランを狙うことは難しい。水中は不利か)
水の弱点を克服して水中での活動も可能になった紙分身といえど、水中ではやはり満足に戦うことはできなかった。ランの作り出した人形の前では無力も同然だった。
(なら湖上に出てきたところを狙うまで。湖上であの人形を倒した後、水中にいるランを狙えばいい!)
そう思った私は、湖上で迎撃することにした。多数の紙分身を新たに生み出し、攻撃に備える。
蒸気暴威。あれほどの強力な術だ。維持するだけでも少なくないチャクラを使うのだろう。
おまけに何らかの術を行使して水の中に潜り続けているなら、何もせずに過ごしているだけでもチャクラを食うに違いない。
だから焦ってランの得意なフィールドで戦うことはない。ゆったりと構えて、自分の得意なフィールドにランを誘い込めばいいだけの話だ。
何もせずに過ごしているだけでもチャクラを食うなら、こちらが引けばランは追ってくるしかなくなるはずだ。
「小南ちゃん、甘いね。このお人形さんは水中より抵抗の少ない空中でこそより輝くよ。より可愛く踊るから」
私が水中から撤退するのを見て、ランはそんなことを言ってきた。
ランのその言葉通り、人形は水中で見せた動き以上のそれを見せて襲い掛かってきた。
(っ!? は、速い!)
水中から顔を覗かせた人形は、そこから一気に空中へと飛び上がってきた。水蒸気を噴射し、物凄い速さで加速して進んでくる。私が紙手裏剣や起爆札で迎撃するよりも速いスピードで進んでくる。ペイン修羅道が放つ追尾攻撃のように、私の紙分身が動く方向へと追って進んでくる。
――ドゴォオオッ。
体当たりされるだけでも少なくない衝撃だ。衝撃をくらって怯んだ紙分身は、体勢を立て直す暇もなくあっという間に斧でズタズタに切り裂かれていった。
あれほどの巨体だというのに、速さ重視の紙分身体よりも早く動くとは。
おそらく水蒸気の噴射による加速があるためだろう。水と油で出来た人形はパワー、スピード、タフネス、どれをとっても一流だった。
流石は二代目水影の使った術といったところだろうか。
(それでも、空なら私のフィールドよ!)
時空間忍術を使って大量の起爆札を展開して攻撃する。相手の進行方向にある空間を塞いでしまえば、こちらの思い通りに相手を動かすことができる。
いかに耐久力があるとしても、起爆札の連続爆撃を受けて無事で済むはずはない。
(よし、このまま力押しでいけば潰せる――ッ!?)
順調にダメージを重ねられている。このままいけば破壊できる。
そう思っていたら、人形は一旦水中へと逃げ始めた。
(馬鹿な。完全回復しているだと!?)
しばらくして戻ってくると、与えたはずのダメージは完全に消えていた。そればかりか、人形はさっきよりも大きな巨体となっていた。
人形は水中に潜っている間に水分を吸収しでっぷりと太っているようだった。
時間をかければかけるほど大きく強くなっていく人形。その愛らしい見た目とは裏腹に、恐ろしい兵器だった。
(不味いっ、これほどの術とは!)
丸々太った人形が相変わらずのヘラヘラとした笑みを浮かべながらこちらへと向かってくる。
有効な打開策が見つからないまま、時だけが過ぎる。時が過ぎるごとに、人形はより強力な兵器へと進化していく。
ランに戦いのペースを完全に掴まれてしまった。
「――がはぁっ!」
やがて全ての紙分身が屠られる。それからは一方的に蹂躙されるばかりであった。
「うがぁっ、がはぁ」
天空を優雅に羽ばたいていた私は無様にも地へと引きずり下ろされてしまう。血塗れで地面に横たわる。
そんな無様な敗北者と成り下がった。
「小南ちゃん。もうやめようよ」
ランの操る人形は横たわる私の傍に降り立つと、見下ろしながらそんなことを言ってきた。
相変わらずのヘラヘラとした笑みを浮かべながらだ。私に勝ったのがそんなに嬉しいのだろうか。
「今の暁のやっていることは間違ってるよ。一緒に謝ってあげるから、一緒に償っていこうよ」
「っ!?」
ランのその言い方はまるで親が小娘に言い聞かせるかのようなものであった。他人様に迷惑をかけた小娘を親が窘めるような、そんな言い方であった。
ランのその言葉は、私の心の奥底にある闇を大いに刺激するものだった。
(私は小娘……ランより小娘……心も身体も小娘……)
闇の中で血の滲む努力を重ねたとて、遊びながら片手間に修行していたあの子に敵わないというのか。
必死に努力しても報いられず、大した努力もしていなさそうなあの子ばかりが報いられる。いつもいつもそうだった。
私の人生とは何だったのか。そんなもの、認められるわけがない。
「舐めるな……」
「小南ちゃん?」
「私をっ、小娘だと舐めるなぁああっ!」
血が抜けて意識が飛びそうになる身体を奮い立たせて立ち上がる。そしてありったけのチャクラを注ぎ込み、時空間忍術を周囲に展開させていく。
あの術を使うためだ。ランの命を確実に奪う、あの術だ。
最初からあの術を使えば、簡単にランを殺すことができただろう。
だができればあの術以外の方法で殺したかった。あの子相手に一瞬で勝負がつくのは面白くなかったし、多大なるコストがかかるあの術はできれば使いたくなかった。
「ラン、貴方は強い! だからこのとっておきの術を使って貴方を殺す! 貴方を殺すために必死になって集めたこの起爆札六千億枚、十年間の私の気持ちを受け取りなさい!」
敗北を受け入れるくらいならこの卑劣な術を使ってでも勝つ。勝利という目的のためなら何でもする。私は弥彦が死んだあの時からそうすると決めたのだ。
「これはっ!?」
周囲を埋め尽くしていく大量の起爆札にランは戦いている様子だった。人形から伝わってくる声でそれはわかる。
これだけの起爆札が爆発すれば、高い防御力を誇る人形も水中にいるランも無事では済まないだろう。
「貴方を殺すために集めたこの六千億枚の起爆札! 十分間爆発し続ける! これで終わりよラン!」
「ッ!? 小南ちゃん、そこまで私のことを……」
次々に展開されていく起爆札の束を見て、私は笑みを深める。
ついにあの子を出し抜いてやったのだ。今度こそは私が出し抜いてやった。
あの時とは違う。敗北の涙に濡れたあの時とは違う。惨めに涙を流したあの時とは違う。
今度こそは私が勝つのだ。ランに勝って私こそが勝者となる。
「私は貴方を殺して弥彦の夢を叶える! 安心していい! 貴方の大事な九尾の人柱力とやらも必ず殺してあげる! すぐにあの世で会わせてあげるから! だから何も心配せずに死になさいラン!」
「小南ちゃん……」
ランはもはや何も言わず、私の名前を小さく呼び続けるだけだった。
死を目前にして恐怖で何の言葉も出てこないのだろうか。可愛い悲鳴の一つでも上げてくれれば、この十数年の私の鬱憤も少しは晴れるというのに。
「小南ちゃん、ごめんね」
「――え?」
ランが謝罪の言葉を述べたと同時、ヘラヘラと笑っていた人形から一筋の涙が零れた気がした。
――カッ。
その刹那、人形から無数の閃光が放たれる。人形が割れて大爆発したのだと気づいた時には、全てが遅かった。
――ドゴォオォォオォオオオオオオン! バゴォオン! ドゴォオン!
「くぅう、不味いっ、これは!?」
人形自体の爆発からはなんとか逃れたものの、それだけではどうしようもなかった。
展開した起爆札が私の制御から離れて次々に爆発していく。もはや止められなかった。
術の暴走。ランはこれを狙っていたのだろう。
(これは……どうあがいても無理ね)
爆発が徐々に迫り来る。決して逃れられはしない。積み重ねてきた業を清算する時が来たのだ。
自ら集めた六千億枚の起爆札の爆発の波に呑まれて死ぬ。これが私が重ねてきた悪行に対する報いなのだろう。
(私はここで死ぬのね。そしてラン、貴方も)
押し寄せる爆発の波に身体が呑み込まれていく。連続する爆発によって身体が引き千切られて粉々になっていく。痛みも苦しみもない一瞬のことだ。
そんな死の間際の刹那、私は永遠のような時を感じていた。
永遠の時の中であの子のことを考えていた。あの子と出会ってからこれまでのことをずっと考えていた。
あの子は自分の命すら投げ出す覚悟で私を止めようとしてくれていたのだ。文字通り、決死の覚悟で。
あの子の張りつけたような笑みは哀しみを隠すため。
黙っていたら哀しみで潰れてしまいそうになる心を奮い立たせ、前向きに明るく生きていくための、そんな処世術としての笑み。
哀しみを隠すために感情を消す私とは対極的な、あの子のいつもとる仕草だ。
昔はわかっていた。十分にわかっていたはずだ。
私とあの子は一心同体だった。性格も顔も何もかも違うけれど、同じ境遇で同じ未来に向かって歩いていた。
お互いの髪色を宿した髪飾りを身に着け、いつも通じ合っていた。あの子の気持ちは手に取るほどわかっていたはずだ。
だがいつしか何もわからなくなっていた。この呪われた忍び世界において、愛はいつしか憎しみへと変わってしまう。
明かりがあれば影ができる。光があれば闇ができる。
光は闇を育てるのだ。あの子という光が私という闇を育てた。
その運命からは逃れられはしない。
そんな残酷な忍び世界を私たちは生きている――いや生きて
もう全ては終わりだ。この苦しみに満ちた生の世界からは解き放たれるのだ。永遠に心安らかな死の世界がやって来る。
何故死の直前の今になって、あの子の気持ちに気づけたのだろうか。
全ては遅いというのに。あの世でわかり合ったとしても意味はないというのに。
(ラン、ごめんなさい)
だが死の間際であの子の本当の気持ちに気づけたのは僥倖だった。
心からの謝罪を直接伝えられないのがたまらなく苦しい。愛するあの子に酷いことをして、それを謝れないなんて辛すぎる。
それは大罪を犯した私への罰というものなのかもしれない。どんな罰よりも苦しい罰だ。
(あの世があるのなら……)
もしあの世というものがあるならば、大悪人の私の行き着く先は地獄だろう。
ランとも弥彦とも違う場所に行き着くに違いない。長門と共に地獄に落ちるだろう。
もし生まれ変わりがあるのならば、弥彦とランは人間で、悪行を重ねた私と長門はきっと蛙になってしまうだろう。
それも知性のある蛙じゃなくて低位の動物の蛙だろうきっと。彼女たちの掌の上で、私と長門はずっとゲコゲコと鳴いているに違いない。
それでもだ。
(それでも許されるのであれば……)
もし何かの手違いがあって同じ人間として生まれ変われるのならば、今度こそはあの子たちとずっと一緒の人生を歩んでいきたい。
雨雲に満ちた空ではなくて、晴れ渡る空の下を歩いていきたい。ずっとずっと、いつまでも歩いていきたい。
(ラン、弥彦、長門。もし生まれ変われるのならばまた貴方たちと一緒に……)
永遠に思える時もやがて終焉を迎える。
私の意識が泡となって消えていく。憎しみも何も残さず、美しい思い出だけを残しながら、泡となって消えていった。