「――この起爆札六千億枚! 十分間起爆し続ける!」
あの子を殺すために用意した起爆札六千億枚、それを解き放つ時がきた。
周囲に起爆札の山を瞬時に展開していき、湖水に偽装していた起爆札も出現させる。
この術が発動したら私の勝ちも同然だ。マダラすら殺せるであろう術だ。ランとてひとたまりもないだろう。
(っ!? 何かくる!?)
起爆札を展開している際、ランの作り出した人形のチャクラが膨れ上がる感覚があった。私の術に対抗して、何らかの術を発動しようとしていることは明白だった。
(させないっ!)
私はとっさに、紙で作った翼を広げて天空へと飛び立った。少しでも距離をとって対処する時間を稼ぐためだ。
私の術の発動が早いかランの術の発動が早いか。
勝負は一瞬だ。一瞬の攻防が全てを決める――そう思っていた。
「えっ!?」
そんなギリギリの攻防の最中、信じられないことが起きた。
私が天へと飛び立った直後、ランの作り出した人形から殺気が消え失せたのだ。
そして、人形は見る間に形を失い、ドロドロになって溶けていった。
(チャクラ切れ!? いやまさか!?)
あれだけ大量のチャクラが練りこまれていた人形だ。十分すぎるほどチャクラはあったはずだ。チャクラ切れを起こすはずはない。
完全な形を保った術が予兆もなく一瞬で崩れていくなど、ランが自ら術を解いたとしか考えられなかった。
勝敗を、生死を決める一番大事なところで何故?
そんな私の疑問に対し、時は待ってなどくれない。
――ドゴォオオオオン。バゴォオオオオン。
私の放った術が発動していく。私はすぐに術を制御し、術の発動を止めた。
それでも水中にいる人間を死に至らせるには十分な爆発が連続で起こった。第一波の攻撃だけでも十分すぎるほどの破壊力があるから当然だ。
やがて湖の一部分が血に染まっていく。血みどろになったランが浮いてきた。
「ごほっ、ごほぉっ、がはっ……」
ランは飲み込んだ水を吐き出すと同時、大量の血を吐いていた。衝撃波によって内臓が完全にやられているようだった。
もはやランの命が幾ばくもないことは明白だった。
私の勝ち。それは間違いない。
だが解せなかった。勝敗など、もはやどうでもよかった。
何故最後に勝負を捨てたのか、理由を聞かずにはいられなかった。
「ランっ、どうして最後の攻撃をやめたの!? 何故!?」
私は血みどろになったランに駆け寄ると、怒鳴るようにそう声をかけた。
「私、馬鹿だから、昔小南ちゃんに言われた通り、何度もシミュレートしたよ……。この術なら小南ちゃんを殺せるって……思ってた。思ってたよ」
「なら何故!? 何故術を解除したのラン!」
昔、私が抜けたところのあるランに教え諭すために使った言葉。何か行動を起こす時は、何度も脳内でシミュレートしてそれから実行しなさい。
ランは今もその言葉を大切にして愚直に守っているようだった。
なればこそおかしな話だった。
ランが放とうとした術。それは私を殺す、あるいは道連れに出来るほどの術であったはずだ。
それだけのチャクラが篭められていたはずだ。何度もシミュレートして私を殺すに足りる術だと計算して判断したはずだ。
それなのに何故、土壇場になってその術を使わなかったのだ。
「でも殺せなかったよ……」
「何故!? 何故なの!?」
息も絶え絶えになりながら、ランは言葉を繋ぐ。
そんなランに、私は鬼気迫る表情で詰め寄っていた。
「だって、小南ちゃんは私の天使様なんだもん」
「っ!?」
「だから、殺せるわけなかったよ……」
ランは血の気の失せた顔で悲しげに微笑む。
ランは天空に飛び立つ私を見て、昔のことを思い出したらしい。
それで最後の最後で私を殺すことを躊躇ったというのだった。
(ラン、貴方は……)
殺意を向けられた相手に情けをかける。自分が殺されようとも私の命を助ける。
そんなランの真心に触れて、私の脳も昔のランの記憶で埋め尽くされていく。楽しかった頃の思い出が急激に蘇ってくる。
(ああ……私はなんてことを……)
途端に耐え難い罪悪感が私を襲った。
声も何も出なくなっていく。呆然としたまま、私は今際の時を迎えるランの傍に寄り添っていた。
どれだけ後悔したとて全ては遅い。時間は元には戻らない。
ランの命はもはや風前の灯だった。命消えるその間際、ランは私に必死に何かを伝えようとしていた。
「ずっと謝りたかった。あんな別れ方しちゃってから、ずっと謝りたいと思ってた……。小南ちゃんたちが死んだって聞いた後も、ずっと謝りたいと思ってた……」
ランは息も絶え絶えになり血を吐きながらも、悔悟の言葉を言い続ける。
私が「謝らなくていい」と何度言っても、ランは謝り続けていた。最後の力を振り絞って謝り続けていた。
「最後にごめんって、そう言えてよかったよ……。大好きな小南ちゃんと、喧嘩別れは嫌だから、最後は笑って別れたい。ずっとそう思っていたから……ごほっ」
ランが血を吐く。ランは血を吐きながらも笑っていた。
私の手に抱かれながら笑っていた。死ぬ前にこうして昔のように私と触れ合えて嬉しいのだとか。
「あ、でも、私って、やっぱり馬鹿だ。ごめんねって、伝えなきゃいけない人、増えちゃった。シズネちゃんにも、自来也先生にも、綱手様にも、生きて帰るって、約束したのに……。約束、果たせなくなっちゃった……。ナルト君にも、皆にも謝らないと……」
ランは冗談めかしたような口ぶりで「自分は馬鹿だ」と言って悲しげに笑った。
「でも、良かった。最後に、一番大好きな小南ちゃんに、ごめんって伝えられて……。小南ちゃん……昔からずっと……迷惑ばかり……本当に……ごめ……ん……ね」
「ラン? ランっ!?」
「……」
「目を開けてラン!」
「……」
どれだけ揺すっても彼女が目を覚ますことはない。私の呼びかけに答えることはない。微笑んでくれることはない。
本物の天使は天へと召されてしまった。もう二度と地上へと降り立つことはない。私が殺してしまったのだ。
ランの死に顔は美しかった。血に塗れながらも美しかった。
ただその顔はどこか悲しげでもあった。悲しそうに笑っていた。
天使の死に顔は、美しくも悲しいものであった。
このような美しい天使に死の間際まで悔悟の言葉を言わせ続け、地獄のような苦しみを与えて殺したのは誰だ。
悲しげな笑みを浮かばせたまま、あの世へと逝かせたのは誰だ。起爆札六千億枚という卑劣な攻撃で殺したのは誰だ。
悔い改めるべきはあの子ではない。悔い改めるべきは……。
(私だ。私が殺した。私がランを殺した……)
思い返せば、弥彦も元暁の皆も、殺したのは私だ。私が半蔵に捕まらなければ、皆が死ぬことはなかった。
全部私だ。私が皆を殺した。
親しくなった大事な人たちを殺し続けてきた。みんなみんな、死に追いやってきた。
そうだ。この手についた血糊は覚えている。あの時と一緒だ。間違いない。
あの忌まわしき日。弥彦が死に、暁の皆が死んだ日。私が皆を殺した日。
「ぁあ……ぁああああ」
また一人大事な仲間を失った。一番大事なかけがえのない親友を殺した。
弥彦を殺し、鳩助を殺し、大仏を殺し――――そして今、ランを殺した。この私が殺したのだ。
ランは私のことを天使だと言ったがそうじゃない。里の皆が私のことを天使様だと誉めそやすが違う。そんなのは全てまやかしだ。
私は天使なんかじゃない。皆を死に追いやった私は――――悪魔だ。
「いっ、いやぁああああああああああああああ!!」
天を切り裂くような慟哭が轟く。最愛のあの子の亡骸を胸に抱き、私は小娘のように泣きじゃくる。
雨隠れを覆う雨雲はより一層濃くなり、雷鳴すら轟くようになった。もうこの嵐は静まることはないのだろう。
これからどんなことが起きたとて、私の心が晴れることは一生ないと断言できる。ずっと土砂降り。ずっとずぶ濡れだ。間違いない。
この世界に救いなどない。地獄とはこの現実世界そのものだ。
いつぞやにマダラが言っていた言葉が、私の胸の奥にすとんと落ちてきた。
小南ちゃんを小娘みたいに泣き叫ばせたいだけの人生だった…