「では行くかの」
「はい先生」
ワシとランは暁の本拠地を探るため、綱手から極秘任務を受けて雨隠れに旅立つことになった。
死ぬつもりなど毛頭ないが、最大の危険が伴うS級任務であるから、何が起こるかはわからない。それなりに緊張した面持ちで木の葉の里を出立する。
「さあ頂こうかの。腹が減っては戦はできぬというしの」
「……」
道中寄った茶屋で一息つく。
ランはいつになく沈んだ様子であった。
一見平静を装っているがワシにはわかる。あやつの師匠だからの。
「ランよ。そう思い詰めた顔をするでない」
「自来也先生……」
「まだそうと決まったわけではない。長門や小南が暁だという確証はない。奴らの後釜がその名を利用しているだけかもしれんしの」
ランを慰めるための言葉であるが、それは自分に対する慰めの言葉でもある。自分に言い聞かせるように、ワシは希望的観測を述べる。
(あやつらが生きておるかもしれんとはの)
死んだと思っていた二人が生きているかもしれない。それ自体は喜ぶべきものだが、ワシらの場合、素直に喜べん。
二人が生きて暁の幹部をやっているということは即ち、二人が大犯罪者となっているということを意味する。
各里の人柱力を殺し、その尾獣の力を以って世界に恐怖を齎そうとしている。
ある意味、死んでいるよりもやるせない。これほど残酷なことはない。
二人がそこまで堕ちるまで、何もしてやれんかったと思うと情けなくて仕方なくなる。
ワシは師匠失格だ。そう思えてならない。
ランも自分のことを友人失格だと思っていることだろう。
その気持ちは痛いほどようわかるわ。ワシも大蛇丸が悪に堕ちるのを救えんかったからの。
「でももし、もし小南ちゃんたちが暁だったら……」
「ああ。その時は……」
ワシらの手で引導を渡してやるしかあるまい。
暁は人柱力を狙っている。ナルトを殺させるわけにはいかないからの。
「ラン、今からでも遅くない。木の葉に帰れ。もし二人が生きていて暁だった場合、お前に友殺しをさせるわけにはいかん。汚れ役はワシ一人でいい」
「自来也先生……」
雨隠れ潜入任務への同行はランたっての希望であったが、ワシはやり切れぬ思いを抱えていた。
ランを巻き込みたくはなかった。知り合いを手にかけるという業を背負うのはワシだけでいい。そう思っておった。
だから今更翻意するように声をかけてみたのだが……。
「いえ、私も行きます。もし本当に小南ちゃんたちが暁だったとしたら……余計に逃げちゃいけないですから。小南ちゃんが暁だったら、その時は私が……」
ランは悲壮な決意を口にする。
説得を試みるつもりだがそれでも小南が元の道に戻れぬと言うならば、その憎しみを背負って一緒に死んでもいいくらいの覚悟だと。
それを聞いて、ワシは待ったをかけた。
「ラン、早まるなよ。お前にはいつか雨隠れを変えるという大きな夢があるんだろう。弥彦の夢を継ぐのだろう。その夢を忘れるでないぞ。いざという時は蝦蟇の逆口寄せで離脱しろ。ワシのことは放っておいて構わん。そうしろ」
以前ランに、綱手に弟子入りした理由を尋ねてみたことがあった。
その時、ランはこう答えた。とある病んだ国を救う医者の物語に、甚く感銘を受けたのだと。
その物語の主人公の医者は、国が荒廃している原因は国民の心が病んでいるからだと考えた。そして医者として人を救うと同時、人の心も救い、やがては国をも救って見せようとした――そんな物語だったそうだ。
ランは長い間暗く沈んでいる雨隠れを、その物語に出てくる国と重ねたのだろう。病んでいる里を、世界を、自分がその医者になって治してやりたいと考えたのだ。
若く尊い志だ。実際、病んだ里である雨隠れには、ランのような若い志を持った人間が必要なのだろう。
その夢を大事にして欲しい。
ワシはその夢をもう一度ランに思い出してもらい、早まったことをさせない目的で、夢のことを口に出した。
「いつか雨隠れを変える。そうですね。それが私の夢です。でも、友達一人救えない人間に、里を救えるのでしょうか……」
「……」
師匠と弟子は似るというが、こんな所まで似るとはの。
今のランの姿は、大蛇丸を救えなかったワシと重なって仕方ない。
大蛇丸を救えんかったこと、それはワシが火影の就任を断った理由の一つだ。友一人救えぬ男に、里を救うことなどできぬからの。
「私は小南ちゃんを救いたい。小南ちゃんを救って、それで雨隠れも救いたい。そうするつもりです。だから雨隠れには行きます」
「そうだな。ああその意気だ。お前ならできるさラン」
ランは悲壮な覚悟を決めたようだった。
「ま、そう気負いすぎるな。まだそうと決まったわけじゃない。ワシらが盛大な勘違いをしとるという可能性も残っておるからのぉ。お前は馬鹿だし、ワシも意外と抜けたところがあるからのぉ」
「あはは、そうですね」
ワシはできればランのその覚悟が良い意味で全て無駄になればいいと思った。
色々と気を揉んだものの、実の所、長門も小南も関係なかった。ただの杞憂であった。ワシらはとんだ勘違いをしておっただけ。そうであればいい。
そう思ったのだが、忍び世界とは残酷だった。
「藍色髪の天使と呼ばれる者。紙使いか……。そして輪廻眼の使い手と思われるペイン……」
「やっぱり小南ちゃんたちが……」
「残念ながらその可能性は高いようだの……」
ワシらは雨隠れに潜入して暁の情報を集めた。
あの二人が暁ではない証拠を集めるつもりで、あの二人が暁ではないと信じて、諜報活動を行った。
だが集まるのは、二人が暁の幹部であるという可能性を強める証拠ばかりであった。皮肉なものだった。
やるせない。忍び世界とはここまで残酷なものなのか。今更ながら再度そう実感する。この世界は呪われているとしか思えん。
「あとは直接会って確かめるしかないのぉ」
やりきれぬ思いを抱えながら、ワシらは捕虜にした男を囮にして、二人を釣り出した。
最初に罠にかかったのは天使と呼ばれておる女――小南であった。
成長していて別人のようになっていたが、面影があり、間違いなくあやつであった。
「術のキレも良くなったが、美人になったのぉ小南」
「……」
小南はワシの挨拶代わりの軽口にも何も反応を示さなかった。
(これが……あの小南だというのか……)
表情がまったくもって欠落している。昔はそうじゃなかった。ランほど感情表現豊かではなかったものの、それなりに喜怒哀楽を表現する可愛い子であった。
小南はワシが面倒を見た孤児四人の中では誰よりも優しい子であった。ランに聞いた話では、自らの空腹を我慢してでも誰かにパンを分け与えるような優しい子であったそうだ。怪我をしたらすぐに駆け寄り手当てをする、ワシの知る小南はそんな子だ。
それなのに今の小南は……。
「神からの命令よ、貴方たちを殺す」
ワシらの説得の声にも、小南は一切耳を貸さない。憎しみの篭った目でこちらを見据え、かつての師匠と友の命を刈り取るための容赦のない攻撃を加えてくる。
(本気のようだの。本気でワシらを憎んでおるのだな……)
ワシは弟子を正しく導けなかったのだと悟った。
あんな優しい天使のようだった子をこんな殺戮の堕天使に変えてしまった。悔やんでも悔やみきれぬ。
小南が暁で間違いないということは、残るペインと呼ばれている者は長門の可能性が高いのだろう。ランの情報では弥彦が死んだのは間違いないというからの。
その予測も当たっていて欲しくなかったが、残念ながら当たっていた。忍び世界とは真に残酷だ。
「自来也先生、アンタは所詮外の人間だ。俺たちのことなどわかるはずもない」
大蝦蟇仙人から受けた予言の中にあった、忍び世界を救う予言の子。そうだと見込んで、ワシが誰よりも目をかけた長門。その子までもが悪道に落ちてしまっていた。
もし長門が予言の子であるならば、ワシは正しく導けなかったことになる。世界の破滅へと導いてしまったことになる。
だとすれば悔やんでも悔やみきれぬ。ワシはなんと駄目な師匠であろうか。
(長門め、お前という奴は!)
悔しさと同時、憤りも湧いてくる。
それは不甲斐ない自分に対してのものなのか、散々目をかけてもらっておきながら悪に堕ちてしまった長門に対するものなのか、わからない。様々な感情が混ざり合って爆発しそうになる。
「長門、変わったの、昔のお前はそんな奴じゃなかった!」
「人とは日々成長するものなんですよ先生」
「それは決して成長ではないぞ!」
「貴方の無駄な説教など必要ありませんよ先生」
先生。昔何度も呼ばれた言葉だ。
だが今のその言葉は、昔とは違って恐ろしいほどに冷たい響きを持っていた。同じ言葉でも、かつての親しみを込めた言葉とは完全に別物だった。
心の篭りようで、言葉とはこうも違うものなのか。そう思い知らされる。
「私は小南ちゃんと話したいことがあります。先生はペインをお願いします」
ランは小南を引き離し、もう一度説得を試みようとしているようだった。
ならばワシは長門の説得をする。誰よりも目をかけた長門の目を覚まさせてやる。
「そうかわかった。無理はするなよ。いざという時は蝦蟇の逆口寄せでお前だけでも逃げろ、いいな? ワシの言ったことを決して忘れるなよ」
「はい」
ランに念を押しつつも、それ以上の余計な言葉は言わなかった。
今のランはワシとも互角に戦えるほどの忍びだ。昔の小さかったあの子ではない。ワシと背中を合わせて戦える立派なくの一に成長を果たしている。
ならば信じて託すだけだ。ワシはワシの戦いに集中する。
「仙人モード! フカサク様、シマ様、頼みますぞ!」
フカサク様とシマ様を呼び寄せ、合体して仙人モードとなる。
仙人モードはブサイクな姿になってしまうので本当は使いたくないんだが、そんなことを言っている場合ではないからの。
全力を出さなければすぐにやられてしまうだろう。
「長門ォオオオ!」
「自来也ァアア!」
そして激しい戦いが始まる。
拳と拳。魂と魂で触れ合っているからわかる。
このペインと呼ばれる死体を操っているのは間違いなく長門であると、戦うごとに確信が持てた。
「ぐほぉっ」
長門は恐ろしいほど強くなっていた。三忍と呼ばれたこのワシがほぼ防戦一方となるなど、信じられんほどの実力だ。
「はぁはぁ」
「忍びの命とも言える片腕を失くしましたね先生。これで貴方の力は半減する」
激しい戦いの中で、片腕を失ってしまう。
だがワシには片腕でも使える螺旋丸がある。フカサク様たちのサポートもある。片腕でもまだまだ十分に戦える。
長門を何としてでも元の道に戻して見せる。それが出来ぬのなら、ワシが引導を渡してやる。
そんな覚悟で身心の痛みに耐えながら必死に戦っている――そんな時のことだった。
――ドォオオオオオオン。
一際大きな爆発音が響いた。ワシらのいる建物を揺らすほどの大きな衝撃だった。
それからしばらくして、フカサク様が信じられない言葉を口にした。
「ランちゃんのチャクラが……消えた?」
肩に乗っていたフカサク様が動揺した口ぶりで呟く。
その言葉に大きな衝撃を受けたワシは、危うく仙人モードを解除してしまうところだった。
「まさか!? 離脱しただけでは!?」
「いや、蝦蟇のチャクラは感じられなかった。おそらくランちゃんは……」
「くぅっ、あの馬鹿者が!」
ランは小南が改心すると最後まで信じて戦い抜き死んだようだった。
自らの死を以ってしてでも、小南を止めたかったのだろう。
(大馬鹿者が。死に急ぎおって!)
ワシがあれほど早まるなと忠告したのに、その言葉を無視するなど呆れるほどの馬鹿だ。
ランは昔も、成長した今も、馬鹿だった。大馬鹿者だった。本当に馬鹿だ。
だがその覚悟に関しては何も言えんかった。それはワシも同じだからだ。弟子は師匠に似るというが、ワシも大概大馬鹿だからの。そんな所まで似なくてよいというに。
「自来也ちゃん、その傷じゃ。ランちゃんもやられた。ここは引け。生きて帰って情報を持ち帰るんじゃ」
フカサク様とシマ様が撤退を進言してくる。冷静に考えればそれは正しいのだろう。
だがワシの覚悟は決まっておる。長門と小南が暁の幹部だとわかった時点で決めてある。
「いえ、元々引くつもりはありませんでしたが、ランが死んだのなら、ますます引けなくなりました。ワシは最後まで戦います。情報はフカサク様たちで持ち帰ってくだされ」
「何を!?」
「ここで引いたら、ワシがワシでなくなる。お願いします。
生きて帰ると約束した綱手には悪いが、ここでおめおめと引き下がるわけにはいかぬ。
男にはどんなに苦しくとも引けぬ時がある。背負わにゃいかん時があるのだ。
「……わかった。ワシが最後まで付き合う。母ちゃんは先に帰っておれ」
馬鹿な男の意地だとシマ様はなおも撤退を勧めてくるが、ワシの意を汲んだフカサク様が背中を押してくれた。
「ありがとうございますフカサク様」
「ああ。自来也ちゃんの最後の頼みだからの」
フカサク様と視線を合わせて頷き合うと、隠れていた場所から姿を現し、長門に再び向き合う。
「ランが死んだようだな。小南が殺したか」
何の感情もないような長門の物言いに、ワシの心は熱くなる。
「お前っ、なんとも思わないのか! ランが死んで、本当になんとも思わんのか! そこまで堕ちたか長門ォ!」
「……ここに連れて来た貴方が悪い。ランを殺したのは貴方だ」
「詭弁を!」
長門の心は完全に闇に支配されておるようだった。ランが死んでさらなる闇に囚われたようだった。自分の感情をさらに奥に封じ込めてしまったように思えてならなかった。
「お前には多くのことを授けたが、一番大事なことを教え忘れたようだの。今からそれを教えてやる」
「貴方に教わることなど、もう何もありませんよ。俺はもう貴方よりも遥かに優れている。術のキレもスピードも、全て貴方以上だ。片腕の貴方が何の術を教えるというんです?」
「術じゃない。忍びとして一番大事なものだ」
「忍びとして大事なもの?」
ワシは長門が操っている死体の目をしっかりと見据えて言う。
「心だよ。漢、自来也、一世一代の命を賭けた大授業だ。目ん玉おっぴろげて、よぉおく見ておけのぉ」
「また貴方お得意の精神論ですか。その精神論のせいで弥彦は死に、そして今ランが死んだ。もういい、もう沢山だ。ここで貴方との因縁を全て断ち切る!」
それから、最後の戦いが始まった。
ワシは自分の命を賭けて長門に最後の授業をするつもりで戦った。
激しい戦いの最中、走馬灯のようにこれまでの人生を振り返ることができた。
(思えば、ワシの人生、負け続きであったの……)
世間では三忍などと華やかに謳われておるが、実際は違う。
挫折。後悔。そればかりの人生であった。
背中を預けあった友を悪の道から引き戻せなかった。
初めての弟子四人は二人が悪の道に染まり、残る二人は死なせてしまった。
その後採った弟子の中で一番の才能があったミナトが火影まで出世した時は鼻高々だったものの、結局奴も死なせてしまった。里の外に出ていたワシはミナトの死に何もしてやれんかった。
悔やんでも悔やみきれぬことばかり。ワシの人生、後悔塗れじゃ。
だがそれでも……。
「はぁはぁ」
「何故そこまでして立ち上がる? もはや立ち上がることすら困難のはずだ」
どんなに苦しくても立ち上がる。たとえ両目が潰れようとも、たとえ両腕を失おうとも、たとえ腹に複数の風穴が開こうとも、立ち上がる。最後の最後まで諦めずに戦う。
「まっすぐ自分の忍道は曲げない。そしてどんな時も諦めない。それがワシじゃ」
「この期に及んでまだ精神論ですか。呆れたものだ」
どれだけ後悔しても、突き進む。諦めたらそこで終わりだ。死のその瞬間まで諦めない。
(猿飛先生の気持ちが今になってようわかるわ……)
呼吸するのも辛いボロボロの極限状態の中にあって、ふと、ある人物の姿が浮かんだ。大蛇丸を止めようと最後まで戦った己の師匠の姿が浮かんだ。
猿飛先生は意味のない死になるかもしれないというのに最後まで戦った。最愛の弟子である大蛇丸の改心を願って、最後まで戦い続けたのだろう。自らの命が放つ最後の光が、闇に覆われた大蛇丸の心の奥に届くと信じて。
ならばワシもその轍を踏むとしよう。ワシはあの人の弟子なのだからな。
「心だ。長門よ。心を取り戻せ」
「まだ精神論をっ、いいかげんくたばれ、この老いぼれが!」
ワシの言葉に熱くなる様子を見せる長門。
人間的な反応だ。まだ長門の心に人の心が残っているのだと確信が持てる。
ならばまだ救いはある。そう信じたい。このワシの死が礎となって良い結果を齎してくれると信じたい。
それが後の世、ナルトたちの生きる世のためになると信じたい。
きっとランもそう思って最後まで戦ったに違いない。
(ああ、今度こそ終いじゃな……)
冷たい湖の底に身体が沈んでいく。もう足の指先一つ動かせん。完全に終わりだ。
三忍と呼ばれたワシも、最後は暗い湖の底か。諸行無常じゃの。
(ナルト。お前こそ、この忍び世界に変革を齎す予言の子に違いない……信じているぞ)
死に行く中、思い浮かぶのは、最後の弟子、ナルトのことだ。
ミナトの血を受け継ぎ、ランに育てられた子。そしてワシの薫陶も受けた。真っ直ぐな良い子に育った。
きっとこの暗黒の忍び世界を変えてくれる大きな光となるに違いない。
ランの命もワシの命も、全てはナルトという大きな光を育てるためのものだったと思いたい。
ナルトこそが、ワシたちの生きた証しなのだと信じたい。
(漢自来也一代記。そろそろペンを置くとしよう……)
ワシは全ての思いをナルトへと託し、暗い湖の底に沈んでいくのであった。