あの子と初めて会ったのはいつだったか。
大昔過ぎて記憶がぼやけているが、たしか長門を仲間にしてからそれほど経っていなかったと思う。
「弥彦、小南! あれ!」
最初に見つけて声を上げたのは長門だった。
長門は昔から目が良かった。おまけにその時は飼い犬も連れて歩いていたから、異変にはいつも一番最初に気づいた。
「よく気づいたな長門。女の子だな」
「うん。怪我はないみたいだ。生きてるよ」
弥彦と長門が真っ先に駆けつけ、その後を私も追った。
当時の雨隠れの里では行き倒れている子など珍しい存在ではなかった。
発見した時には既に手遅れな場合も多かったが、その子はまだ息があった。
行き倒れの子は皆薄汚れているから男女の区別がつかないことも多い。幼子というのは、ただでさえ男女の区別がつきにくいものだ。
事実、長門を初めて見つけた時、私は彼が男の子か女の子かわからなかった。自己紹介をして初めて気づいたものだ。
でもその子は違った。薄汚れていてもちゃんと女の子なのだとわかった。
どんなに泥水に汚れていても、その桃色の髪は艶々として輝き、長い睫はちょこんと目立っていた。くりりとした大きな目は悲しみの雨に濡れ、玉のように光っていた。
天から天使が降ってきて行き倒れているのではないか。
そう思えるくらい、その子は薄汚れていても輝いていたのだった。
何もかもが美しくて尊い。泥の中で咲き誇る一輪の花に私たちは出会ったのだった。
「うぅ……お腹……空いたよぉ……ママ……パパ……うぅ……」
女の子はうわ言のように呟いていた。哀しみの涙を流しながら夢と現実の世界を彷徨っていた。
もう何日も食べていないらしかった。両親を失い天涯孤独の身のようだった。
少し前までの私たちと同じだった。その女の子の抱える哀しみと痛みを、私たちは痛いほど知っていた。
「あげる!」
私は見ていられなくて、すぐに自分のお昼用に確保していたパンを差し出した。
少しカビが生えていたけれど、そこを取り除けば十分に食べられるものだった。
自分も腹ペコだったけど、惜しい気はしなかった。
私が差し出したのを見て、弥彦も長門も自分のパンを差し出していた。
「ごはん……?」
その女の子はパンの匂いを嗅ぎつけたのか、むくりと起き上がってこちらを見上げた。
美しい瞳が私の姿を捉える。ようやく私たちの存在に気づいたようだった。正面から見た彼女の顔は横顔以上に愛らしかった。
「くれるの?」
「うん」
私がそう言うと、女の子は弾けるような笑顔を見せた。見惚れてしまうくらい美しい笑顔だった。
そして大きな声でお礼を言ったのだった。
「ありがとう天使様!」
女の子は空腹のせいで夢現なのか変なことを口走った。
その時はそうだと思ったのだけれど、実は素であれだと気づいたのは少し後になってからだった。
降りしきる雨の中、私たちの前に突如として現れた女の子。
彼女は天使のように可愛い子だったけど、どこか抜けていた。いわゆる天然というやつだ。でもその欠点すら尊いように思える素敵な子であった。
「ハハッ、天使だってよ小南!」
「弥彦、何がおかしいの!」
「だって天使だぜ天使! ハハハ! 小南が天使だって!」
「もうやめてったら!」
天使というワードは存外弥彦の心に刺さったらしい。
弥彦に茶化されて、私は憤慨して抗議の声を上げた。
天使なんて言われると面映い。どう見ても天使は目の前の子だというのに。私なんてそんな大層なものじゃないのに。
「おもしれーから、今日からしばらく、小南のことは天使様って呼ぶことにしようぜ!」
「ちょっと弥彦!」
「長門もそう呼べよな!」
「えと僕はその……」
「長門!」
「よ、呼ばないよ僕は! 小南は小南だもん!」
「……コナンちゃん?」
女の子が夢中になってパンを食べている横で、私たちは冗談を言いながらじゃれ合っていた。
やがてパンを食べ終えた女の子は、むくりと顔を起こしてこちらを見上げた。
「おうそうだ。こいつの名前は天使じゃなくて小南って言うんだぜ」
「天使様はコナンちゃんって言うの? 天使様は天使様じゃなくて……えと……コナンちゃん? じゃあコナンちゃんは天使様? でも天使様じゃなくて、えとえと……」
女の子はかなり頭が悪いようだった。
最初に刷り込まれたイメージを振り払うことができなかったらしく、私の名前が天使じゃなくて小南だということをしばらく認識できなかった。
何度か自己紹介をして、やっと理解した様子だった。
「おいおい、こいつ大丈夫か? かなり頭悪そうだぞ。連れ帰っても戦力になるのか? 足手まといは困るぜ」
「でもほっとけないよ。こんな子が一人でここにいたらどうなるか……」
「とりあえず私たちのアジトに連れて帰りましょう」
少し手のかかる子であったけど、不思議と私たちはその子を見捨てる気にはなれなかった。アジトに連れて帰って妹分のように可愛がった。
四人とも年齢的にはほとんど変わらなかったけど、一番後に仲間になったということもあって、彼女は私たちの中では妹分となったのであった。
「んで、お前何て名前なんだ? 流石に自分の名前くらい言えるだろ?」
「ランだよ! 私ラン!」
その女の子の名前はラン。
その名に違わず、彼女は私たちの中で一番の花であった。
キラキラとした笑顔を見せ、雨雲に覆われた私たちの心を晴れさせてくれた。
ランは度々私のことを天使と呼んだけど、私たちにとってはランこそがまさに天使だった。喜びを齎す天使であった。
呪われた忍び世界に生きる私たち。喜びよりも哀しみと苦痛に満ちている世界。その中で出会った一輪の花。
彼女との出会いを、私たちは神に感謝したのであった。