里に帰って弥彦と長門の亡骸を埋葬し、その後しばらく身辺整理に努めた。
全ての準備を整えてあの男に伝書を送る。あの男に引導を渡すためだ。
そして約束の日がやって来る。その当日、私は引き出しの奥底に仕舞ってあったアレを取り出した。
あの子のくれた髪飾り。とうの昔に仕舞いこみ、もう二度と身に着けることもないと思っていたそれを身に着ける。
(温かい。あの子がいる……)
紙と金属で出来た無機質なものだが、身に着けると不思議とあの子の温もりが感じられる気がした。
あの子と一緒なら戦える。死すらも何も怖くない気がした。
最愛の友に勇気づけられながら、私は約束の場所へと向かった。私の死地になるべき場所だ。
「――来たか」
降りしきる雨の中。里から少し離れた湖上に浮かぶ構造物の上で待っていると、やがてあの男が現れた。奴はいつものように空間を切り裂くようにして唐突に姿を現した。
自称マダラ。私と長門を闇に誘い込んだ張本人だ。あの子と仲違いする原因にもなった忌まわしき男。この忍び世界の闇を凝縮したような男である。
「なんだその悪趣味な髪飾りは。色合い、デザインといい、まるで小娘だな」
マダラは会うなり開口一番に私の髪飾りのことを指摘してきた。
(自分だって変な仮面被ってるくせに……)
自分の被る変な仮面のことは棚に上げて酷い言い草である。デイダラとコンビを組んでいた時は、向こうの方がよっぽど小僧だったというのに。
あのはしゃぎようは今考えても異常だった。何故何十歳も年下の少年にベタベタとくっついていたのか。謎すぎる。
まあそれは今更どうでもいいことだが。
「貴方には関係のないことよ」
「小娘にも程があるというものだ。突然癇癪を起こして目的を違えるなど小娘もいいところだ。この期に及んで甘い理想に縋るなど、長門といいお前といい、まだまだ青臭いガキだったということか。そんな悪趣味な髪飾りをしているようだし、まさにその通りのようだな」
私のことはどう言われても構わない。だがこの大事な髪飾りを貶されるのはあの子が馬鹿されているようで許せなかった。
無言で睨み返してやると、奴は私の視線など意に介さず、失笑してから話を進めてきた。
「まあ今の俺にとって、お前はただの小娘ではない。長門の輪廻眼の在り処を知る小娘であるが」
マダラの計画には、長門の持つ輪廻眼が不可欠のようだ。だから輪廻眼を餌にすれば奴は必ず私の元に現れると思ったが、予想通りだった。
これで奴を私の領域に引きずり込むことができた。後は隙を見て殺すだけだ。
もっとも、そう簡単にいくとは思っていないが。
相手は忍び世界の頂点に立つとも謳われる人物を自称する男だ。己の腕にそれだけの自信があるに違いない。一筋縄ではいかないだろう。
おそらく激戦になる。だがなんとしても勝利して奴を殺さねばならない。
あの子たちの生きる未来。そのための人柱となる。
それが私のなすべき償いの形だ。絶対に果たさなければいけない。
「長門の輪廻眼の在り処、素直に話す気はなさそうだな」
マダラの殺気が膨れ上がる。向こうも最初からやるつもりのようだ。隠しているこちらの殺気にも気づいていることだろう。ならばもうこちらの殺気も隠す必要もない。
お互いの殺気がより膨れ上がる。出遅れるわけにはいかないと気を張って出方を探っていると、奴は少しだけ殺気を萎めて口を開いた。
「戦う前に一つ聞いておこう。何故お前らほどのメンバーが俺を裏切った?」
その言葉には怒気が含まれていた。仲間を裏切ったことに対する怒りだろうか。あるいは自分の計画通りに動かなかったことに対する不満だろうか。
「忍び世界に裏切りはつきもの。ましてや犯罪組織である我々が今更裏切りの理由を求めるの? おかしな話ね」
「いや違う。お前らほどの人間が裏切るはずはない。お前らほどの闇を抱えた人間が裏切るはずはないのだ。だが裏切った。何故だ?」
マダラは私たちを信用していなかった。仮面の下の素顔すら見せたことがなかったのだからそれは明らかだろう。
だがある点においては信用してくれていたらしい。同じ闇を抱えているという点においては、妄信というほどに信用してくれていたらしい。私たちを信用してはいなかったものの、裏切るとまでは思っていなかったようだ。
「うずまきナルト。奴にそれ程の価値があるとでもいうのか?」
私が無言でいると、マダラは自ら答えを口にした。
長門と私がナルトと接触した所を、ゼツあたりが見ていたに違いない。マダラはそれを伝え聞いていたようだ。それで大方の察しはついていたのだろう。
「そう彼は光。だからこそ皆、希望の花を持てる!」
うずまきナルトとの出会いを経て、長門と私は本当の自分を取り戻した。闇のどん底にあって日の光を思い出した。
今更光の道を歩くつもりなどない。その資格などない。だがせめてもの償いにと、長門は自らの命と引き換えに殺めた木の葉の人々を復活させた。
そして今度は私の番だ。私は今、忍び世界の闇の元凶とも言えるこの男と対峙している。
自分の命と引き換えにしてでもこの闇を振り払う。そう決めている。あの子たちの生きる未来のために。
「貴方は闇! 呪われし忍び世界の元凶! 光のない世界では花は枯れるしかない!」
マダラに私の覚悟を見せるつもりで、殺気をぶつけながら言い放ってやった。すると奴は不可解なことを口に出した。
「お前は一つ勘違いしている。俺は忍び世界の闇の元凶などではない」
「……?」
新生暁を組織するにあたって裏から手を回していた男。それがこの目の前の男マダラだ。第一次忍界大戦よりも昔の戦国時代から生きているという忍び世界の化け物。
そのマダラが実は闇の元凶ではないという。
(何を言っているのかしら?)
表面上冷静を保っていたが、私は内心で酷く困惑していた。
「まあいい。俺からすればお前は何も知らない小娘。親の示した道を歩いていただけの小娘。今はただ、長門の輪廻眼の在り処を知るというだけの小娘だ」
マダラはこれ以上言葉を交わすつもりはないようだ。殺気を再び膨れ上がらせてくる。
「お前を捕らえさえすればどうにでもなる。この俺に挑戦状を叩きつけるなど、うちはの瞳力を舐めるなよ小娘!」
戦いの始まりを告げるかのようにマダラの殺気が一気に膨れ上がる。私も負けじと殺気をぶつける。
――スゥゥ、ズザザザザァッ。
私はすぐに紙の翼を広げて距離をとると同時、奴に向けて大量の紙手裏剣をお見舞いしてやった。紙手裏剣は弾かれても形を変え、紙飛行機のようになって敵を襲い続ける。空間を制圧する勢いで、敵の動きを封じていく。
(大した余裕ね……)
マダラは悠然と構えていた。焦るわけでもなく、わざと攻撃を受ける素振りすら見せていた。先手をわざわざ譲ってくれるらしい。レディーファーストということだろうか。
大層な自信だ。この私を小娘扱いするのだからそれもそうだろう。
その減らず口、二度と叩けないようにしてくれる。
(ここだ!)
私はマダラが時空間に逃げるタイミングを見計らって起爆札を送り込んでやった。
大量の起爆札が奴の逃げ込んだ時空間で爆発する。確かな手応えがあった。
「ほぉやるではないか」
しばらくして再び姿を見せたマダラは満身創痍だった。その余裕な口ぶりに反して、全身ボロボロであった。術の発動のキーとなる印を組むのに必要な、忍びの命であるはずの腕も片方失っていた。
「甘く見ていたな。小娘といえど、まあ考えれば元暁メンバーだ。お前も」
マダラは片腕を失いながらも余裕を崩していなかった。全身に傷を負いながらも焦る素振りがまるでない。不自然すぎた。
(この余裕は何故? 確実に攻撃は当たったはず。あの怪我は変化の術でも幻術でもないのに何故?)
忍びにとって命とも言うべき腕を失ってなお余裕を保つなど、普通はあり得ない。仮に片腕で発動できる術があったとしても、大事な腕を失ったということには変わりはないはずだ。
あの歴戦の猛者である自来也先生だって、長門との戦いで腕を失って少しは動揺していたと聞く。螺旋丸という片腕だけで使える技がいくらあろうと、忍びにとって腕を失うというのは大きな損失に変わりがないからだ。
以前、デイダラが角都の持つ技術によって失われた腕を回復させたことがあった。似たようなことをして戦闘後に機能が回復できるとしても、それは生き残ってこその話だ。戦闘中に腕を失うということは、大きなディスアドバンテージになるはずだ。
なのにマダラは片腕を失ってなお冷静であった。己の持つ瞳力にそれほどの自信があるとでも言うのだろうか。
「片腕を失って何ができる! このまま終わらせてあげるわ!」
写輪眼の能力にはわからないことが多い。未だ知らぬ秘めた力があるのかもしれないことは気がかりではあったが、だからといってどうすることもできない。
この日のために練り上げた必勝のパターンで攻めるしかない。今までの努力を信じて、このまま押し切るだけだ。
(またこれを使う日が来たのね……)
雨の日も風の日もせっせと集めてきた起爆札一兆二千億枚。半分の六千億枚に関してはランとの戦闘で使ってしまったけれど、残りの六千億枚はまだ残っている。
今こそ、その力を解き放つ時だろう。
(みんな、力を貸して!)
今は亡き角都と飛段に必死に金集めをさせた資金で購入した彼らの血と汗の結晶。
長門の介護をしつつ夜なべして作った私の努力の結晶。
雨隠れのみんなをせっせと働かせて作らせたみんなの絆の結晶。
それを全て使って、ここでマダラを仕留める!
「むっ、これは!?」
ここぞと思ったタイミングで、私は起爆札を展開していく。
周囲に大量に展開していく起爆札を見て、マダラは驚いた様子だった。
それもそうだろう。予め湖の水にすら偽装して仕込んでいる。マダラの周囲一帯全ての空間が起爆札に覆われていると言っても過言ではない。
空間を支配する六千億枚の起爆札は脅威的だ。物理的のみならず精神的にも相手に打撃を与える。いかなる相手と言えど動揺しないはずがない。
奴に逃げ場などない。のこのことここにやって来た時点で、奴は大きく後れをとっていると言っていい。自らの力を過信し慢心したのが運の尽きだ。
「これで終わりよ!」
奴にとって最後になるであろう言葉を投げかけてやると同時、術を発動した。六千億枚の起爆札が炸裂していく。
――ドゴォオオン。バゴォオオン。ボガァアアン。
マダラの存在しているであろう空間で連続した爆発が起こる。爆音と水柱が絶えることなく発生し続け、辺り一帯を薙ぎ払っていく。それは一分二分と続いていき、十分間発生し続ける。
ここでミスをするわけにはいかない。私は細心の注意を払いながら起爆札をコントロールし続けた。
いかなるマダラといえど、十分間の爆撃を堪え続けられるわけがない。これで間違いなく終わりだろう。そう思った。
「はぁはぁ」
十分間が過ぎ、爆発が止む。私は息を切らしながら膝に手をついた。
紙操の術は解けなかった。まだ余力は残っている。限界に近づいたが、チャクラ切れにはならなかった。
ランとの戦いにおいてチャクラが枯渇してしまったのを反省し、術の運用方法を見直したので、そのおかげでチャクラがギリギリ残ったのだ。
まあ残す必要もなかったようだが。
「これでマダラは確実に……」
安堵してそんなことを口にしかけた――そんな時のことだった。
「死んだかな?」
「っ!?」
背後から奴の声がかかると同時、鋭いものが私の身体を貫いた。私は血を吐きながらよろめいてしまう。
「がはっ」
「ほう。僅かに身体をずらして急所は回避したか。やるな小娘。だがその身体ではもう満足に動けまい?」
マダラが貫いた刃をなんとか抜き取り、距離をとる。振り返った先にいた奴の姿を見て、思わず目を見開いてしまう。
(ば、馬鹿な!?)
マダラは信じられない状態でそこにいた。
あれだけの攻撃を受けて生きているばかりか、全ての傷が塞がった五体満足の身体でそこに存在していたのだった。失ったはずの右腕も回復していた。
「ぐっ、どうして……」
「どうして生きている。確実に死んだはず――か」
「私の――」
「心を読んでいるのか――か。貴様の心は手に取るようにわかるぞ小娘」
「くっ」
マダラは私の心を先読みするかのように喋り、そして私の疑問に答えた。
「イザナギ。光を失う事と引き換えに幻と現実を入れ替えることができるうちはの禁術。うちはと千手、両方の力を持つ者だけが使える瞳術。それがイザナギ」
「幻と現実を入れ替える、だと? 馬鹿な!?」
そんなことができるはずがない。出来るとしたら人間離れしすぎている。写輪眼の力とはそれほどまでのものなのか。
「何も知らない小娘のまま死ぬのは不憫。冥土の土産に教えてやろう。俺は千手柱間の力を手に入れたうちはマダラ。六道の力を得し、長門と同じ存在。いや正確には長門の六道の力は俺自身のものだ。長門に輪廻眼を渡したのは他ならぬこの俺なのだからな」
「なっ!?」
「お前たちは踊らされていたのだ。全てはこの俺の掌の上。輪廻眼とは、うちはの中でも選ばれた者だけが使える特別な瞳術。うちはでもない長門が使えるのは、そもそもおかしな話なのだ。お前たちは何も知らずに受け入れていたがな」
長門に輪廻眼の力を渡したのはマダラだという。信じがたいことだったが、嘘だとは思えなかった。
「さあ真実を知った上で心置きなく死ぬがいい小娘。まあその前に輪廻眼の在り処を吐かせてもらうがな」
「くっ」
マダラはそう告げると、凄まじいスピードで迫ってきた。一気に片をつけるつもりのようだった。
「はぁはぁっ、あっ、ぐっ、ふぅふぅっ、はぁはぁ」
「諦めの悪い小娘だな。無駄なことはやめるがいい」
相手の目を見ぬように動きつつ、接近させぬように攻撃を繰り出す。体力とチャクラを失い傷を負った状態では、それは尋常ではないくらい大変なことであった。
だがやるしかない。どんな絶望的な状況でも戦う他ない。
ナルトだって諦めなかったのだ。姉弟子の私が簡単に諦めるわけにはいかない。あの子のためにも負けるわけにはいかないのだ。
「あうっ、はぁはぁ、うぐっ、ふぅふぅ」
必死に攻撃を繰り出す。奴に貫かれた部分を片手で押さえて止血しつつ、必死に攻撃する。
「死ぬ前にもうひと踊りして俺を楽しませてくれるのか? いいだろう小娘、付き合ってやろう」
私が必死に抵抗しているのが面白かったのか、マダラはじゃれ合うかのように私の攻撃をいなし始めた。
本気では戦っていないようだった。私が必死で攻撃を繰り出しているのを見て、楽しんでいるらしかった。趣味の悪い男だ。
(くっ、この私が完全に遊ばれている……)
酷い屈辱を感じたがどうにもならなかった。圧倒的なまでの力の差を感じてしまう。肉体的にも精神的にも圧倒されてしまう。
(同じ暁メンバーだったというのに、これほどの差があるとは……)
先ほどまでは向こうが重傷で私は無傷だった。圧倒的有利だったはずだった。
だが今はその逆だ。一瞬にして立場が逆転してしまった。写輪眼とはそれほどまでの力を秘めているものだったというのか。
「俺は最初に言ったはずだぞ小娘。うちはの瞳力を舐めるな、とな。だがお前は舐めた。お前の敗因はこの俺の瞳力を舐めすぎたことだ。我が最強の写輪眼、イタチ程度と一緒だと思い込んでくれるなよ小娘」
どうやら私は知らぬ内に、名門うちはのプライドを強く刺激してしまっていたようだ。そのせいで、マダラは大層な怒りを感じているらしかった。小娘に無礼な挑戦状を叩きつけられた上、己の持つ瞳力を侮られたこと。それが酷く癇に障ったらしい。それで私のことを必要以上に甚振っているというわけだ。
「どうした小娘。その程度か。やはり小娘だな」
「ぐっ、あっうっ、ぐっがっ」
マダラは嬲るように徐々にペースを上げた攻撃を繰り出してくる。
重傷を負ったままで手当てすら碌にできない私は、やがて単調な攻撃すら浴びてしまうようになる。
「どうした? もうお終いか?」
「くぅっ、はぁはぁ……」
抉られた腹からどんどんと血が流れ、股下の方まで伝って垂れていく。血が抜け落ちていく度、意識が飛びそうになっていく。限界が近づいていく。
「そろそろ長門と会えそうだな。向こうに行ったら二人で後悔するといい。ナルトの戯言に乗せられた事をな。お前たちはナルトを信じる事で哀れだった自分を慰めたかっただけだ。この世界に真の平和などありはしないのだ!」
マダラは狂気に染まった瞳でそう告げる。それから一気に接近してきた。これまでとは違う、加減のないスピードでだ。お遊びはこれまでということか。
「小娘との戯れもここまでにしよう。思ったよりも楽しめたぞ小娘」
「――がはっ」
マダラは一瞬にして近づくと、私の首を鷲掴みにしてきた。息ができずにもがく私に、そのままゆっくりと顔を近づけてくる。
「さあ俺の
「くっ……」
目を閉じても強制的に開かせられてしまう。いやなのに、見たくないのに、無理やり見させられてしまう。
(ごめんなさいラン。私は……)
贖罪のために投げ打つと決めた命。今更惜しくはない。けれど、何もできずにやられてしまうことだけは、とてつもなく悔しかった。
弟弟子に、大切なあの子に、何も報いることができないだなんて……。
あまりの悔しさに目尻に涙が浮かんでしまう。滲む視界の先。夢現の世界に、あの子が現れた気がした。
そんな時のことだった。
「――沸遁・巧霧の術!」
私たちの辺り一帯を見覚えのある霧が包み込む。
マダラは咄嗟に私の首を掴む手を放すと、私から離れていった。その直後、マダラのいた場所に熱風が襲いかかる。
「小南ちゃん!!」
夢ではない。愛すべき友の姿がそこにはあった。