マダラに重傷を負わされた私には、今しばらくの療養が必要だった。腹部に大きな風穴を開けられ、臓器の一部に傷がつけられたのだから、それもそうだろう。
命が助かっただけでも儲けもので、後遺症も残らないとなれば奇跡的なことだった。ちゃんと療養さえすれば元の状態に戻れると聞いて、本当に有難い話だと思った。
全てはランが適切な治療を施してくれたおかげだ。
医療忍者として名高い綱手姫の下で修行を積んだランは、一流の医療忍者と言っても過言ではない実力を身に着けていた。流石に綱手姫には及ばないものの、医療技術に乏しい雨隠れにおいてはトップクラスの医者と呼べるまでの存在になっていた。
幼い頃は簡単な折り紙にも四苦八苦していたラン。そんな彼女が、医療という高度な知識と技術が要求される分野において活躍しているとは俄かに信じられなかった。
でもそれは疑いようのない事実であった。瀕死の私を死の淵から救い出したのだから疑いようなどない。
ランには医療忍術の才能が秘められていたらしい。昔と変わらず座学などの面では不安があるようだが、実際の治療など、実技の腕前はピカイチだった。感覚だけでなんとかなるらしかった。いわゆる天才というやつだ。
血継限界ばかりか医療忍術の才能まで持っていたとは驚きだ。あの子にはいつも驚かされる。
そう言えば、ランは昔から何をやるにしてもセンスだけはあった。盗みをやるにしても、修行をやるにしても、暁のメンバーを勧誘するにしても、まるでそれが物事を為すのに最短のコースであるとわかっているかのように行動していた。
本能のままに動いているように見えるのに、全て上手くいくのだ。折り紙などの些細なことを除けば、彼女が大きな失敗をしているところを見たことがなかった。
偶然とは思えない。まるで運命に導かれて動いているかのようだ。彼女は天に選ばれし運命を持つ子のようだった。その運命に導かれ、悪に染まった私を救い出し、その命までも救ってくれたのだ。
「小南ちゃん、今日も診察させてね! お腹見せて!」
「ええよろしく」
大きな治療は終えたとはいえ、完全に治療が終わったわけではない。私はランから定期的に診察され、適宜追加の治療を施されることになった。
「これで合ってるよね? シズネちゃんがいればすぐに聞くんだけど、今シズネちゃんいないからなぁ。たぶん合ってるよね?」
「……あのラン、本当に大丈夫なの? 何故疑問形なの?」
「たぶん大丈夫だよ、私に任せて小南ちゃん!」
「たぶんって言われると凄く不安よ……」
治療中のランの言動には、大きく振り回されることになった。
ランは治療中、難しい顔をしながら「あれ? どうだったっけ?」とか「たぶんこうだったかな?」とか、そんな疑問形の独り言をぶつぶつと喋りながら治療をするのだ。患者をとても不安にさせる。
「大丈夫、私に全部任せておいてね! 綱手様にビシビシ鍛えられて、頭で覚えてなくても身体で覚えてるから!」
「頭では覚えてないのね……」
ランは不安がる私に対し、自信を持って笑顔で答える。
その根拠のない自信はどこからくるのか不思議でならなかった。毎回治療が終わるまで、私はハラハラドキドキさせられることになった。
結局の所、ランは失敗なんてしなかったのだけれど。その腕前は最初に私を治療してくれた時と同じで見事なものだった。
けれども受診中の患者を徒に不安がらせて血圧を上げさせるのは本当にやめて欲しいものだ。凄く不安になる。患者がお年寄りなら怖すぎて心臓が止まってしまうだろうし、子供なら不安で泣き喚くに違いない。
(ランのサポートのおかげで里内の仕事も何とかなっているわね)
雨隠れの実質里長を務める私が満足に動けないとなると里の一大事なのだけれど、ランのサポートのおかげでどうにかなった。
(雨隠れにランがいる。幻術でもない、現実のことなのね……)
痛みを誤魔化す麻酔の影響もあってか、私は夢現な気分のまま、しばらく過ごすことになった。あの子が隣にいる現実をどこか実感し切れぬまま、夢のような気持ちで過ごす。
そうだ。あの子が帰って来た。私の元に帰って来てくれたのだ。優しい夢のように思えるけれども、それは確かな現実だ。ランは私の傍で手助けをしてくれているのだ。こんな幸せなことはない。
(馬鹿な子。木の葉にいた方がよっぽど得で楽しいでしょうに)
あの子は木の葉で築いた全てを投げ打ってまで、私の元に帰ってきてくれたのだ。損得を完全無視した馬鹿のやる行動。でもその馬鹿さ加減が何よりも身に染みた。あの子の大きすぎる愛を感じ、それが私の胸を強く打った。
「はい小南ちゃん。おかゆできたよー」
「ありがとうラン」
療養中の私に、ランがおかゆを作ってくれる。魚介ベースの出汁が効いた、味良し栄養良しの一品だ。
いつの間にこんな料理まで上手にできるようになっていたのだろうか。木の葉にいる間に、生活面でも色々と努力を重ねていたらしい。
「はい、あーん」
「自分で食べられるわよ」
重傷を負っているので満足に身体を動かせない。けれども紙分身を使えば事足りる。
「ダメだよ小南ちゃん」
私はランに余計な手を煩わせたくなくて紙分身の印を結ぼうとしたのだが、その手はランによって止められることとなった。
「チャクラはなるべく使わないようにしないと。里の執務をやるのに紙分身を使っているんだから、それ以外には使っちゃダメだよ」
ランは強い口調で私の行動を諌めてくる。医療者として譲れないものがあるらしい。
それでも私にもプライドがあるので断ることにする。
「食事くらい大した手間じゃないし大丈夫よ。自分でやるから。子供じゃあるまいし」
「はいあーん」
「だから自分で……」
「はいあーん」
「……」
こうなったランは昔から意地でも我を貫き通す。逃れることなんてできない。
「はい、あーん」
「あ、あーん」
私は恥ずかしさを堪えながら赤ん坊のように口を開けるしかなかった。
とんだ屈辱である。三十五歳になって小娘どころか幼児のように扱われるなんて……。
(なんなのこの気持ち、下腹が……くっ、殺して!)
でもどこか幸せな気分を感じてしまった自分がいて、それが許せなくて、ランがいなくなった後、私は枕に自分の頭を何度も打ちつけることになった。
「小南ちゃん、身体拭くね」
「大丈夫、自分でやるから」
「ほらほらダメだよ。小南ちゃんは怪我人さんなんだから。はい、お体拭きますねー」
「ちょっ、ラン、やめなさい!」
ランは綱手姫の下で医療忍術の修行をしたからか、介護に関しても一通り行えるようになっていた。影分身まで使って暴れようとする私を押さえ込み、無理やり介護しようとしてきた。綱手姫譲りの怪力を持ち、影分身まで使うランに、私は抗うことができなかった。
そして――。
「駄目よ! そこは、そこだけは、そんなところは絶対に拭いては――――あぁ……」
私はランから介護という名の辱めを受けることになった。
身体は綺麗さっぱり清められることになったが、ランが私の身体を拭く度、私の心は鉋で削られていくような気がした。
(もうお嫁に行けないわね……行く予定なんてないけど……)
ランの介護によって尊厳がゴリゴリと削り取られていく気がしたが、不思議と悪くない気分だった。それだけあの子に愛されているのだと思うと、心が満たされていく気がした。下の世話をしてくれるなんて、愛がなければできない。
私は治療中、ランから無償の愛を受け続けることになった。
「ラン、本当に下忍からスタートでいいの? 私から話を通せば上忍からでもいけるわよ」
「ううん、いいの。一からやり直したいから。それで雨隠れのみんなに認められたいの」
木の葉で上忍をやっていたというランは、雨隠れの上忍でも十分に通用するはず。雨隠れの実質代表である私を救ったという功績もあるし、いきなり上忍でも問題はない。
そう提案したのだが、ランは決して首を縦には振らなかった。
「貴方がそこまで言うのなら。わかったわ」
私はランの思いを酌み、彼女の言う通りに配慮することにした。
こうして、ランは雨隠れで一からスタートを切ることになった。
「これは……部屋に違和感があるわね」
ランが正式に雨隠れの所属になって幾日か経つと、マダラの影が我々の元に再び忍び寄ってきた。
「どうやら留守中に荒らされたようね」
帰宅すると、室内に荒らされた形跡があった。普通の人が見れば物色した形跡などわからないが、忍びである我々にはわかる。マダラが輪廻眼の在り処をこっそり探っているに違いなかった。
「あのクソマダラ! 女の子の机を漁るなんて! 小南ちゃんの秘密のお手紙があったらどうすんのよ!」
「そんなものはないけれど……。それはともかく、マダラが再び我々に近づいてきたのは問題ね。向こうの怪我は完全に癒えたと見て間違いないわ。これからも接近を繰り返してくるに違いない。四六時中つけ狙われるかも。困ったわね」
時空間忍術を使うマダラは神出鬼没だ。いつ奇襲を受けるかわかったものではない。
「アジサイたちにも情報を流し、里全体の警戒レベルを上げて対処しましょう」
「うん。アジサイ先輩たちとも協力しないとね」
こうして我々は里に不法侵入を繰り返すマダラの対策に乗り出していった。
不安の種は尽きない。強大な力を持つマダラは危険すぎる存在だ。だけれども、ランが傍にいてくれればなんとかなる。そう思えた。
ランが隣にいることの心強さと幸せを噛み締めながら、私は雨隠れでの新しい日々を送っていくことになったのであった。