【完結】暁小南討伐チャートbyホモガキ   作:夜散花

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ch.22 いくつも仕舞ってあるんだぜ。(アジサイ)

 不幸なことに、天使様をつけ狙うストーカーにランさんが捕まってしまった。

 

「小娘、この小娘の命が惜しくば輪廻眼をよこせ。おっと、そちらの小娘共も動くんじゃない。この小娘の命が惜しいのならな」

 

 天使様を狙うストーカー男――うちはマダラはそう言って我々を脅してきた。

 

 小娘小娘うるさい男だ。おまけに卑劣な男である。女を人質にとって脅してくるなんて最低だ。

 

 うちはマダラなんて、男の風上にも置けないろくでもない奴である。マダラは最低な男だ。

 

「……わかったわ」

 

 天使様はマダラの要求を呑む。ランさんを見捨てることはできなかったようだ。

 

 ランさんは現雨隠れ体制の創成メンバーで、天使様にとって唯一無二の同志であるらしい。ともなれば、それは理解できない話ではない。誰よりも大事な同志を、見捨てることなどできなかったのだろう。

 

「長門の輪廻眼は手に入った。もはやこの小娘に用はない」

「ランさん!」

 

 天使様が保管していた大事なものを差し出すことで、ランさんは解放された。

 

「医療忍者をッ! 早く!」

「はい!」

 

 ランさんは解放されたが、幻術世界で酷い拷問を受けたようで、なかなか意識を取り戻さなかった。

 

 このままではランさんが死んでしまう。焦燥ばかりが募った。

 

「アジサイたち、聞いて欲しいことがある。それとお願いしたいことがあるの」

 

 ランさんが昏睡を続けるある日。私はフヨウ、スイレンと共に天使様に呼び出された。そしてそこで大事な話を打ち明けられた。

 

 ペイン様と天使様が暁という犯罪者集団にいたこと。暁でやった悪事の数々。マダラが暁でのかつての同志だったこと。雨隠れの忍びたちがかつて毎日のようにせっせと製作に励んでいた起爆札がわりと天使様の私的目的で使用されていたこと――などなど、衝撃的な事実の数々を知らされることとなった。

 

「軽蔑してくれて構わない。私は本来雨隠れの象徴としてあるべき存在じゃないの」

「そんな……」

 

 ペイン様と天使様は、神聖不可侵の存在。過ちなど犯すはずがない絶対の存在。そう私たちの中で長年築き上げられてきた天使様の偶像が、崩れた瞬間だった。

 

 戸惑う私たちをよそに、天使様は淡々と言葉を重ねた。

 

「私のことはこの際どうなってもいい。でもこの子は違う。ランはこれからの雨隠れにとって必要な存在。ここで失わせるわけにはいかないの。木の葉に助けを求めてでも救わなければいけない」

 

 天使様はランさんの命を救おうと必死だった。今までに自分が築き上げてきたものの全てを壊してでも救わなければいけないと思っているらしかった。

 

「暁の本拠が雨隠れにあったことは既に木の葉に知られているし、ペインと私がその一員だったということも知られている。ペインと私は木の葉と戦争をして木の葉の里を跡形もなく粉々にしたから、木の葉の人々によく思われていないことは確実。ランは木の葉の抜け忍状態。そんな中で木の葉に赴いてランの助けを求めるのは、むざむざ死にに行くようなもの。だけどランを助けるためには、誰かに行ってもらわねばならない」

 

 天使様は今回の任務の背景をそう説明した。

 

 事情はわかった。それはともかく、ペイン様と二人だけで木の葉の里を粉々にしたってさらっと言ってるが、凄すぎないだろうか。

 

 しかもほとんどペイン様がお独りでやったことらしい。たった一人でそんなことができるなんて、ペイン様はやはり神だったのだ。間違いない。

 

「本来は私自身が行くべきなのかもしれない。だが不安定な里を放置して、ランを置いては行けない。貴方たちに頼むしかない。これは命令ではないわ。お願いよ。嫌なら引き受けてくれなくても構わない。その場合は私自身の身柄を渡すことを条件にしてでも、木の葉と交渉するわ」

 

 自分の身柄を利用してでもランさんを助ける。天使様の覚悟は本物のようだった。天使様の覚悟のほどを見て、私たちの覚悟も自ずと決まった。

 

「親もなく、明日をも知らぬ私たちに生きる道を示してくださったのは他ならぬペイン様と天使様です。たとえ何があろうと軽蔑などいたしません。私たちの心はこの里と天使様と共にあります」

 

 私たちの天使様への忠誠心は何があろうと揺るがない。

 

 過去に多少の過失があったとて、それは貧しく脆弱な雨隠れをどうにかしようとした中で生まれてしまったやむを得ないものだったのだろう。

 大量の起爆札だって、そのために必要であったもののはずだ、たぶん。そう理解した。

 

「いつも通りにお命じください。死地であろうが行って参ります。木の葉に向かい、ランさんの治療をお願いして参ります」

「そう。三人とも、ありがとう」

 

 私たちの言葉を聞いた天使様の目尻には涙が浮かんでいた。私たちにとって、それは初めて見た天使様の素顔だったのかもしれない。

 

 こうして私たち三人は天使様の密書を携え、急ぎ木の葉へと赴くことになったのだった。

 

(もう復旧している。雨隠れの里よりも町並みが整ってる。大国の力は凄まじい……)

 

 木の葉の里は相変わらず豊かだった。

 

 ペイン様によって里が粉々になったと聞いていたが、木の葉の里はその大部分が復旧していた。以前中忍試験に来た時ほどではないが、それでもかなりの水準で里が元通りになっているようだった。

 

「止まれ。何者だ?」

「雨隠れからの使者よ。ここに五代目火影宛の密書がある。五代目に会わせて欲しい」

「雨隠れからの使者だと? それは本当か?」

「ええ」

 

 密書の存在とランさんの名前を出すと、すぐに五代目火影と謁見することができた。

 しかし、五代目は我々の来訪に良い顔をしなかった。

 

「ずいぶんと虫の良い話だな。木の葉を崩壊させておいて、困ったら助けてくれなどとは」

 

 密書を読んだ五代目は顔をしかめながらそう言った。

 

「綱手のばあちゃん! ランの姉ちゃんが危ねえんだ! 助けてやってくれよ!」

「アイツは抜け忍になったのだ。抜け忍を助けるために貴重な人員を派遣などできるか。それに雨隠れは暁の本拠地だったのだぞ。かつて里を襲ったくノ一の言うことなど信用できるか。あの紙使いの女は自来也殺しにも関わっているんだぞ」

 

 五代目火影は怒りを隠さずに言う。やはり天使様の予測通り、交渉はかなり難しいものとなった。

 

 交渉は決裂か。そう危惧したが、救いの手は意外なところから差し伸べられた。

 

「頼む! 頼むってばよ綱手のばあちゃん!」

 

 見覚えのある金髪の青年が五代目火影にすがるようにして頼み込む。木の葉の人柱力であるうずまきナルトだ。

 

 中忍試験の際、天使様の命で、私は人柱力に関してその素性を調べたことがあった。だから人柱力のうずまきナルトのことは知っていた。

 

 どうやら件の人柱力は、木の葉時代のランさんと縁浅からぬ関係にあったようだった。渋る五代目に対し、ナルトは救援を派遣するように必死に訴えてくれた。

 

「頼む! 行かせてくれ! 俺一人でも!」

「お前が一人で行ってなんになる」

「ここで見捨てたら絶対に後悔する! だから頼むってばよ綱手のばあちゃん! ばあちゃんだって、本当は助けたいって思ってんだろ!?」

「それは……」

 

 今のナルトは木の葉でかなりの影響力を持っているらしかった。彼の発言を受けて、五代目は迷っているようだった。

 

「綱手様……」

 

 五代目の隣にいた秘書と思われる黒服の女性も、五代目のことを急かすようにちらちらと見ていた。

 

「綱手様、私からもお願いします。ランさんを助けるのもそうですが、雨隠れに行けば、その小南って人から、マダラの詳しい情報を聞けるはずです。ランさんを昏睡状態に陥らせたのはマダラのようですから。マダラの情報があれば、後の戦いで有利に働くはずです。未来の犠牲を減らすことに繋がります。木の葉としても十分にメリットはあるかと。それでお偉方を説得できませんか?」

「サクラちゃん……ありがとうだってばよ」

 

 ナルトの訴えに共感したのか、ピンク色の髪のくノ一も賛同してくれた。理路整然とした物言いだった。

 

「ナルトとサクラが行くなら、連絡係の僕も必要になるかな。僕も第七班の一員だし、行くなら同行するよ」

「ということは第七班の先生である俺も行くことになるのかな? ま、雨隠れには何度か行ったこともあるしね。命じられれば行きますよ」

 

 救援を送ることに、続々と賛同の声が上がる。

 

 賛同してくれる人の全員が、ランさんと関わりがあるようだった。ランさんの人徳の賜物だろう。

 

「カカシ、騙し討ちの可能性もあるぞ。そう易々と言うな」

「五代目の言う通り、確かにその可能性もありますがね……」

 

 写輪眼のはたけカカシはそう言うと、私たちの方をちらりと見た。私たちに注目が集まる。

 

「誓って騙し討ちなどではありません。我々の内、誰かがこちらに残って人質となっても構いません。仮に何かあれば人質を即座にお討ち下さい」

 

 木の葉側の懸念を払拭するため、私はそう言って交渉のカードを切った。

 

「だそうですが五代目、どうします?」

「うぅむ……」

「綱手のばあちゃん! 何迷ってんだ、らしくねえ! 俺たちは死なねえ! エロ仙人の時とは状況が全然違うってばよ! 俺たちを信じてくれ!」

 

 迷う五代目火影だったが、ナルトの声が最後の一押しになって決めたようだった。

 

「いいだろう。ただし、雨隠れのお前らの内、二人は木の葉に残れ。何も起こらなければ悪いようにはせぬ」

 

 なんとか話がまとまり、私たちは胸を撫で下ろした。

 人質に関しては、事前に決めてあったようにフヨウとスイレンが残り、私が木の葉の人たちを連れて雨隠れに戻ることになった。

 

 話が決まれば物事は早く進む。木の葉側で雨隠れに派遣するチームがすぐに組まれ、統率役の上忍として写輪眼のはたけカカシ、医療忍者として春野サクラ、連絡要員としてサイという男、そしてうずまきナルト。彼らによるチームが組まれた。

 

 メンバーはその四人だけかと思ったのだが、もう一人いた。それは私のよく知っている人物であった。出立の時刻となってその人物は現れた。

 

「久しぶりねアジサイ。元気してた?」

 

 最後の一人は、中忍試験の時に出会って色々あって仲良くなったテンテンというくノ一だった。彼女が最後の一人として同行することになった。

 

「テンテン。貴方も来るの?」

「ええ。医療器具を収納したりするのに、私の時空間忍術が必要でしょう?」

 

 どうやらテンテンは時空間忍術が得意なので、それで荷物運び係として選ばれたらしかった。

 

「まあ積もる話はそれくらいにしてお二人さん。さっさと向かうとしよう。ランが危ないんだろ?」

「ええそうですねカカシさん。では行きましょう。道案内は私にお任せください」

「ああ頼むよ」

 

 こうして私と木の葉の五名は雨隠れへと向かった。道中、何事もなくたどり着くことができた。

 里に着くとすぐにランさんの治療が開始された。

 

「これは……カカシ先生が前にくらった技じゃ?」

「みたいだねぇ。聞いていた通り、ランは写輪眼を使った幻術にやられたようだ。可哀想に。あれって、結構きついのよ」

 

 医療忍者として名高い五代目火影の弟子を名乗るだけあって、春野サクラの医療忍者としての腕は確かだった。ランさんの容体を診てすぐに原因に心当たりがあるようだった。

 

「カカシ先生の時の治療には私は直接関わっていませんが、カルテは何度も見て勉強しました。大丈夫ですよ。ランさんは助かります。私が助けてみせますから」

 

 サクラはそう力強く宣言してから治療に当たってくれた。その様子を見て、天使様も心底ほっとしたようだった。

 

「サクラちゃんに任せておけば、もう大丈夫だってばよ!」

「とりあえず治療に当たるサクラ以外はお役御免になるのね。待ってる間、私たちはどうする? やることもなしにこの塔に缶詰めじゃ息が詰まるわよ」

「よかったら里を案内するわ。何もないところだけど」

 

 暇そうにしていた面々に、私は里の案内を買って出た。

 

「お、じゃあよろしく頼むってばよ!」

「ナルト。お前は暁が狙う人柱力でしょ。うろちょろしないの。お前はここにいろ」

「えー、少しくらいいいじゃんか?」

「天使さんは暁を抜けたそうだが、この里には暁の残党がどこにいるかわからんそうだ。マダラがまた仕掛けてくるかもしれない。ナルトは念のため待機。これは命令ね」

「ちぇっ、仕方ないってばよ」

 

 出歩きたそうなナルトだったが、それは上忍のカカシによって止められた。

 

「僕も待機するよ。いつ木の葉側から連絡が来るかわからないし」

「えー、ってことは私だけ? カカシ先生は?」

「隊長がうろちょろするわけにもいかないでしょ。雨だし俺も遠慮しとくよ」

 

 テンテン以外は宛がわれた施設の外に出ないことを決めたようだった。

 

 出ないことを決めた面々は、それぞれ思い思いの方法で過ごし始める。

 

 何かしらの術の制御の練習を始めるナルト。窓際に立ち連絡を待つサイ。カカシは懐から一冊の本を取り出した。

 

 その本の題名は、“イチャイチャパラダイス”と書かれていた。

 

「さてと、本でも読も。最近忙しくて全然読んでなかったからな」

 

 カカシは、天使様の前で堂々と卑猥な本を読み始めたのだった。

 

(この男……なんて無礼な)

 

 天使様の前でなんたる無礼だ。天使様の留守中に何度も不法侵入して家捜ししやがった変態マダラほどではないけども、それでも無礼だ。

 

 だがこちらから招いた客人だけに注意できないのが辛い。はたけカカシ、卑猥な本を読むのを即刻止めろ。

 

「はたけカカシ、暇なら貴方に少し話がある」

「えっ、俺ですか?」

「ええ聞いて確かめておきたいことがあるの。いいかしら?」

「はあ、そうですか……。別に構いませんが」

 

 天使様は、はたけカカシを個別に呼び出していた。その眼光はいつになく鋭かった。きっと卑猥な本について注意するのだろう。そうに違いない。

 

 たっぷり怒られろ、はたけカカシ。

 

「みんな出歩かないのね、じゃあ私もどうしよっかなぁ」

「よかったら貴方だけでも案内するわよ」

「え、いいの?」

「ええ構わないわ」

 

 テンテンは出歩きたそうにしていたものの、みんなに遠慮しているようだった。私は気を使い、彼女だけでも連れ出すことにした。

 

「凄い雨ねえ。滝みたいだわ」

「雨隠れはいつもこんな感じよ」

「それじゃいつも大変ね。洗濯物とか乾かないでしょ?」

「ええ普通の手段ではね。いつも乾燥させる機械を使ってるわ」

「へえそうなんだ」

 

 テンテンと私は世間話をしながら里の中を歩く。そうして色々な店やスポットを見て歩いていく。

 

 テンテンからしたら、あまり面白いものなどないのかもしれない。大国木の葉に比べれば、雨隠れにあるものなんて何もかもがみすぼらしいものなのだろう。紙細工のプレゼントなど貰ったところでガラクタにしか思えないのかもしれない。

 

 里を紹介しつつもそんなことを思い、私はなんとなく後ろめたい気持ちになった。

 

「あ、美味しそう!」

 

 しばらく歩いていると、テンテンが指差しながら声を上げた。視線の先には一軒の肉まん屋があった。それを見て足を止めたのだ。

 

「この里で一番有名な店よ。入る?」

「うんそうしよう。お腹空いちゃったし」

 

 その肉まん屋さんに入ることになった。二人で美味しい肉まんをつつく。

 

「うーん、美味しいわ! 絶品よこれ!」

「そんなに喜んでもらえるとは恐縮ね」

 

 テンテンは肉まんが好きなようで、たいそう喜んでくれた。彼女の溌剌とした太陽のような笑顔を見て、私も思わず頬を緩める。

 

 なかなか楽しい時間だ。近頃は任務ばかりに没頭していたから、こうして誰かとゆっくり過ごす時間などなかった。

 交換条件として人質となっているフヨウ、スイレンには悪かったが、私は久しぶりの休暇を満喫することにした。

 

 思えば、フヨウ、スイレン以外の子と連れだって歩くのは初めてかもしれない。他国の子となれば間違いなく初めてだった。

 

「あー、食べ過ぎたわ!」

「ふふ、そんなに美味しかったの?」

「うん! あ、そんなことより奢ってもらっちゃったけど、本当にいいの?」

「ええ構わないわ。最近まったく遊んでなくてお金使ってないし」

「悪いわね。紙細工のプレゼントまで貰っちゃったしさ」

 

 食事が終わり、近くの公園で一休みすることになった。相変わらず雨は降り続いている。私たちは屋根つきのベンチに座りながら語り合う。

 

「……何もないところでしょ。雨隠れって」

 

 以前よりも親しくなった彼女に、思わず本音を溢す。

 

 自分たちの里を自虐的に言いたくなんてないけど、つい言ってしまう。大国木の葉と比べると何もかもが劣って見えてしまう。

 

 雨隠れには、何もない。雨が降り続き肌寒いので冷たい食べ物は楽しめないし、日差しが届かないので花も育てることができない。だからおしゃれな甘味処も花屋さんも何もない。肉まん屋と紙でできた偽物の花を売る花屋くらいしかない。

 

 夜空を見上げても、雨雲に覆われているので綺麗な星々を眺めることもできない。雨による浸食に耐えるため、分厚い鉄でできた建物はまるで牢獄のようだ。何もかもが木の葉以下に見える。

 

「そんなことないわよ。さっきの肉まん屋さんだって、木の葉じゃ味わえないくらい美味しかったし、雨隠れにだって、いいとこいっぱいあるわよ!」

「そう、かしら?」

「そうよ! 確かにこの雨はだいぶ鬱陶しいけどね」

 

 テンテンは舌を出した変な顔をしながら雨への愚痴を言う。思わず私もつられて笑った。

 

 確かに雨は鬱陶しい。今日もうんざりするほど降っている。

 

「私は嬉しいよ。アジサイの故郷を見て回れて。ランさんの故郷でもあるしね。一度見てみたかったの。夢が一つだけ叶ったわ」

 

 テンテンはそう言って屈託のない笑みを浮かべた。

 

「仮に肉まん屋さんも紙の花屋さんもなくて、雨ばっかりだったとしても、私は満足よ。だって友達とお出かけしてるんだもの。この雨空だって、それだけで素敵な思い出じゃない?」

 

 テンテンはそう言って、軽くウインクしたのであった。

 

「ありがとうテンテン」

「お礼を言うのはこっちよ。紙細工のお土産も肉まんも奢って貰ったし、おまけに素敵なお思い出まで貰ったしさ。今日はありがとうねアジサイ」

 

 テンテンは、花開いたような笑顔を浮かべる。雨隠れには似つかない明るい笑顔だ。

 

 あんな素敵な笑顔、雨隠れ育ちの子にはまずできない。ランさんはともかく、他の子には絶対できない笑顔だ。

 

 明るい土地が明るい性格の子を育てるのだろうか。卑屈な私とは違って、テンテンは凄い良い子だ。私には勿体ないくらいの素敵な友達だ。

 

「雨止まないわねぇ。せめて小降りにならないかしら」

「そうね」

 

 うんざりするほど降り続く雨。いつもと変わらないように見えるが今日はどこか違うように思える。

 

 隣に彼女がいるからだろうか。それだけで、景色がだいぶ違って見える。雨が降っているのに、まるで晴れているかのように感じられる。

 

 こんな気持ち、いつぶりだろうか。もしかしたら生まれて初めてかもしれない。とても心地いい。

 

(今日の雨は悪くないかも……)

 

 この気持ち、この景色、大切にしたい。

 

 心の奥にずっと大事に仕舞っておこう。ずっとずっと仕舞っておこう。ずっと忘れない。たとえお婆ちゃんになっても忘れないでおこう。

 

 今日のこの素敵な一時の思い出は、私にとってかけがえのない宝物なのだから。

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