一流の忍者の戦いを目の当たりにして、弥彦は忍者に対する思いを強めたようだ。それで忍者に弟子入りすることを決めた。
弥彦につられるように、私たちも忍者に弟子入りする意思を固めた。
問題は誰に弟子入りするかだった。
「やっぱ半蔵のところに弟子入りするの?」
「いや……半蔵と戦ってた人たちにしようと思う」
弥彦は昔から山椒魚の半蔵を尊敬して憧れていた。雨隠れの長だから雨隠れの生まれの私たちが半蔵に尊敬を傾けるのは自然だった。
だから弥彦はてっきり半蔵に弟子志願するのだと思っていたけど違った。
「俺たちがこんな思いをしているのも、元はといえば半蔵のせいだ。半蔵に付き従っても、今以上に里が良くなるとは思えないんだ」
弥彦には思うところがあったようだ。
雨隠れの子供である私たちがこんな思いをしているのも、考えてみれば統治者である半蔵の体制が悪いせいだとも言える。
だから弥彦は、昔の憧れは捨て、木の葉の忍びに教えを乞おうと思ったらしい。旧来とは違う新しい風を雨隠れに呼び込み、私たちの里を覆う雨雲を払おうと考えたのだ。
「長門は木の葉の忍びに親を殺されたんだよな? やっぱ木の葉の忍びへの弟子入りは反対か?」
弥彦は長門に配慮してか、慮る言葉を投げかけた。
長門は少し考えたものの、「構わない」とすぐに答えを返した。
「木の葉の忍びに僕の両親は殺された……確かにそうだけど、彼らは僕の両親を殺した者とは違う。それに、今となっては半蔵も僕の家族を殺したようなものだからね。チビの仇ともいえる。どっちも変わらないさ」
「そっか。じゃあ反対しないんだな?」
「ああ。力が手に入るなら誰だっていいよ。僕は力が欲しい」
複雑な思いを抱えるものの、長門も木の葉の忍びに弟子入りすることに異存はないようだった。
「ランはどうなんだ? 木の葉の忍びでいいのか?」
「木の葉でいいよ! 私、あのおっぱい大きい人、気になるよ!」
「おっぱい? 何だそりゃ? そんな奴いたか?」
「いたよ! 大きな岩、沢山投げる人! 地面ボコボコ殴る人!」
「確か木の葉側の忍びの一人がそんな戦い方をしてたね」
「ああそう言えばそうだったな。おっぱいなんて見てねえからわからねえよ。ったく、ランはどういうとこ見てんだよ。相変わらず抜けてんなぁ」
ランは相変わらずとぼけたことを言っていたものの、忍者の戦いに惹かれたことは間違いないようだった。特に綱手姫の戦いに惹かれたようだった。
確かにあの戦いを見れば、女の子が綱手姫に惹かれるのはわからない話ではなかった。
屈強な男たちに交じりながら縦横無尽に戦場を駆け抜ける――その姿は勇ましくも美しかった。女傑という言葉が相応しい活躍ぶりだった。
「小南はどう思うんだ?」
「私は弥彦が思う通りにするよ」
弥彦は最後に私の意向も尋ねてくれた。
忍者の弟子になるなんて無謀に思えたし怖かったけれど、弥彦がそうしたいと望むなら私も頑張って忍者になろうかと思った。
あの日、一人ぼっちで凍えて死にそうだった私を救ってくれたのは弥彦なのだから。
弥彦は私にとっての光だ。だから弥彦が向く方向に合わせて葉を伸ばして精一杯生きていこうとするのは、私という花にとって自然なことだった。
「そっか。じゃあ全員一致で決まりだな。あの木の葉の忍者を探しに行こうぜ」
「うん」
こうして私たちは半蔵と戦っていた木の葉の忍者に弟子入りすることを決めたのだった。
彼らを探し、再び戦場を彷徨い歩くことになった。
何日も戦場を彷徨い、もう会えないかと諦めかけた頃、運命の女神は私たちの元へと舞い込むことになった。
偶々滞在していた拠点の中に、あの三人が雨宿りのためにやって来たのだった。先客だった私たちはすぐに気づくことができた。
「まったく雨ばかりで嫌になるのぉ。ただでさえ戦場などという嫌なところにいるというに。陰気臭くてかなわんわ」
「ここは昔からそういうところだからね。気候的に仕方がないことよ。攻めるに難しく守りを維持するも難しい場所。だから大国は恒常的な拠点を作らない。でも他国に攻め入る際の仮の足がかりにするにはうってつけの場所ってわけ」
「戦、戦か。まったくもって嫌になるな。戦場じゃ飯もろくなものを食えないしな。まあこれでようやくお役御免というわけだから、里に帰ったらたらふく美味いもんが食えるがな」
「お主はそればかりだの綱手。それ以上食って乳をでかくしてどうする気じゃ?」
「自来也、お前ここで死にたいらしいな」
「ジョークだジョーク! そんなマジになって怒るなっての! このジメジメとした空気をカラッとしたジョークで晴れさせようという、その俺の心意気がわからんのか?」
「そんなもん知るか!」
「痛ぅ! 綱手ぇ、お前、もっと加減せえ! 骨が折れるわ!」
「貴方たち騒ぐのはやめなさい。ただでさえ鬱陶しい雨の中で、イライラするわ」
三人は見知らぬ土地での雨天行軍を続けていたということもあって、酷く疲れている様子だった。
そのせいで警戒が緩んでいたのだろう。また轟々と降り続ける雨の消音効果もあり、私たちの存在に気づいていないようだった。
「みんな、誰に声かけた方がいいと思う?」
三人から少し距離をとったところで、弥彦が皆に尋ねてきた。私たちはこそこそと話し合った。
「やっぱ女の人がいいんじゃ……」
「でもさっき白い頭の人をボコボコに殴ってて怖かったよ。鬼みたいだった」
私は普通に考えて女性が一番優しいのではと考えて提案したのだが、長門がやんわりと否定してきた。
「ランはどう思う?」
「白い頭の人、いいと思うよ。一番優しい思うよ。次、おっぱいの人。蛇の人、ダメ絶対」
「蛇? ああ、そういえばあの黒髪の人は蛇使いだったな。お前、妙なことばかり覚えてるよな」
ランは妙なところで直感力に優れていた。白い頭の人がいいと即答してきた。結果的にそれは正しいことだった。
こうして私たちは白い頭の人――自来也先生に声をかけに行くことにしたのだった。
「誰だっ!?」
いくら雨音による消音があって警戒が緩んでいるといえど、限度がある。
私たちが思いっきり近づいていくと、三人はすぐに私たちの存在に気づいた。
三人はすぐさま武器を手に取ったので怖かったけど、隠れていては余計怪しまれると思ったので、私たちは手を挙げながらゆっくりと姿を現すことにした。
「子供だと?」
「幻術か? それとも敵の変化か?」
「術を使用している形跡はないようね。ただのガキよ。もっともガキだからといって敵の手の者じゃないとは限らないけど」
「俺たちは敵じゃないです。ここの里に住んでいる者です。といっても、親はもういませんけど」
弥彦が代表して挨拶した。
とりあえず弟子入りのことは棚上げして、先に会話の糸口を掴もうとしているようだった。
「そうか。お前たちには迷惑をかけておるの。木の葉の者の一人として申し訳なく思う」
「いえ……」
弥彦は緊張のせいか上手く会話が続かず距離を縮めることができないでいた。どう弟子入りをお願いしたらいいか困っている様子だった。
そんな時、きっかけを作ってくれたのはランだった。
「凄い良い匂いするよ! パンの匂い!」
ランは目を輝かせて自来也先生たちに近づいていった。
殺されるとかいうことはまったく考えておらず、食べ物の匂いにつられたようだった。
「ん、俺らがさっき食っていたこれのことか?」
自来也先生は乾パンを取り出すと、それをすぐにランへと渡した。
ランはそれを手渡されると疑いもせずにすぐに口に運んでいた。美味しそうに食べるランを見て、自来也先生たちは相好を崩していた。
「そうか美味いか。なら全部やろう。俺らはもう今日で仕事は終わりだからな。必要のないものだ。お主らの生活を荒らしてしまったせめてもの侘びとして置いていこう。それでいいだろ、綱手、大蛇丸」
「一応里の備品なんだがな……まあいいか黙っていれば」
「興味ないわ。好きにしなさい」
自来也先生は私たちが戦争孤児だというので配慮してくれたのだろう。手持ちの食料やら医療物資やらを色々と渡してくれた。
「わーい! ありがとうおじさん!」
「ハハ、愛いのお、お主。だが俺はまだおじさんという歳じゃないぞ。お兄さんだ」
「ぷっ、おじさんだって」
「笑うな綱手。それを言ったらお主もおばさんだぞ」
「あん? 喧嘩売ってんのか?」
「だからそうすぐマジになるなっての、ジョークだ!」
「おっぱいのお姉さん! 白いお兄さんもありがとう!」
「え、おっぱい?」
「ぶふっ、子供は正直だの! 綱手、お前のおっぱいは既に純粋な子供も認めるほどの大きさだぞ!」
「自来也ァッ、歯食いしばれ!」
「――ごふっ!」
ランは人と仲良くなることに関しては天才的だった。
何も考えずに本能のまま過ごしているように見えるのに、まるでそれが目の前の人物と仲良くなれる最善の行動のように見えた。考えるよりも先に行動が出るといった感じだ。
出会って間もないというのに、自来也先生と綱手姫はすっかりランに魅了されている様子だった。
「ねえ自来也、綱手、ちょっといいかしら」
「ん? どうした大蛇丸?」
自来也先生たちは私たちに聞こえないようにこそこそと会話を始めた。
そこに割っていくこともできなかったので、私たちはとりあえず貰った食料で食事をすることにした。
ここ数日碌な食事をとっていなかったので貰った食事は格別に美味しかった。
食事をしながら、どうしたら弟子にしてもらえるか作戦会議をすることになった。
「くそ、どう話かけたらいいかわかんねえよ。いきなり言っても承諾してくれると思えないし」
「弥彦、正直に僕たちの思いを伝えるしかないんじゃない?」
「私、この紙を使ってお礼の品を作るわ。その時に頼んでみれば?」
「おお、そりゃいい考えだな。流石小南だ」
折り紙のプレゼントは、弟子入りをお願いする会話のきっかけを作るためだけのものではない。
仮に弟子入りが断られるとしても、与えられた分、何かお返しをしたかった。
孤児で何もお返しするものがない私たちは、せめてものお返しとして心を込めた折り紙のプレゼントを作ることにしたのであった。
「じゃあ花飾りを作りましょ。最近覚えたの」
「いいぜ。教えてくれよ」
折り紙が得意な私が指揮を執り、弥彦と長門にも花飾りのパーツ作りを手伝ってもらうことにした。
「ランも作る?」
「うん!」
ランもお礼作りに参加したそうだったので、彼女にも手伝いをお願いすることにしたのだが……。
「うーん。小南ちゃん、難しいよぉ……。ヤマオリとタニオリって何?」
折り紙に初挑戦だったランには基本的なことから難しかったようだった。だからとりあえずランには自由にやらせることにして、私たちは私たちで花飾りのプレゼントを作ることにしたのだった。
「おい大変だ!」
花飾りのプレゼントが二つほど出来上がったところで事件は起きた。
トイレに行っていた弥彦が慌てた様子で戻ってきたのだった。
「木の葉の忍びたちがどこにもいねえ! もう出てっちまったみてえだ!」
私たちは慌てて追いかけていった。
幸い、それほど遠くに行っていなかったようで、すぐに追いつくことができた。
「なんだお前たち? まだ何か用があるのか?」
恐らく自来也先生たちは私たちとこれ以上関わりを持ちたくないからこっそりと出て行ったのだろう。だからまた現れた私たちを見て、なんとも言えない表情をしていた。
そんな雰囲気の中、話しかけるのは少し怖かった。
でもお返しはしたかった。せめて与えられた分のお返しだけは渡したかった。
だから私は勇気を振り絞って一歩前に出たのだった。
「これお礼……」
身内(弥彦、長門、ラン)以外の人にプレゼントを渡すというのは初めてだったので、少し照れくさい気もしたけど頑張って渡した。
「これを私たちにくれるのか?」
「うん」
「ありがとうな」
「ほぉ。よくできとるな」
プレゼントを渡すと、頭を撫でられた。
褒めて貰うつもりなんてなかったのだけど、とても嬉しい気がした。
誰か大人に褒めてもらうなんてこと、もうずっと経験してこなかったから。
そんな私を見て、ランも目をキラキラと輝かせていた。
自分もプレゼントを渡して褒めてもらえると思ったのだろう。
「私もプレゼントあるよ!」
ランはウキウキとした面持ちで大蛇丸のところに向かっていった。
「蛇の人、ダメ絶対」って先ほど自分で言っていたはずなのに、何故か大蛇丸の所に自分から向かっていった。
「何よこのゴミ……いらないわ」
ランの作ったプレゼントはその場で握りつぶされ、放り投げられてしまった。
流石は一流の忍びだ。軽く放り投げただけで遠くにまで飛んでいった。
「うええん、私のお花のプレゼントがぁー!」
「おい大蛇丸、お前なんて酷いことしてるんだ! 子供の作ったプレゼントを!」
「だってどう見てもゴミじゃない。どうかしてるわこの子」
「どうかしてるのはお前だぞ!」
「そうだそうだ!」
「何で私が責められるのよ……」
幼子に対するあまりの所業に、自来也先生たちは憤慨して抗議してくれていた。
だが当の大蛇丸は何ら悪びれることなくその場にふんぞり返っていた。ゴミだという自論を曲げるつもりはないようだった。
「うぅ……」
ランは泣きながら、残る一個のプレゼントを握り締めて自来也先生のところに向かっていったのだった。
「うぅ、プレゼントあげるぅ……」
「おぉ、ワシにもくれるのか?」
「うん……いらない言われる……かもだけど……」
「そんなことはないぞ! 嬉しいぞ! おぉ、何だこれは?」
「お花」
「これは……さっきの子のとは随分と趣が違うのぉ。花……なのか?」
「うん」
ランからのプレゼントを貰い、自来也先生は大仰に喜んでいた。
きっと気をつかってくれていたのだろう。自来也先生は気の良い人だった。
「お願いがあります。俺たちを弟子にしてください。お願いします!」
話が一段落したところで、弥彦が覚悟を持って前に歩み出た。そしてその場に膝をつきながら自分の気持ちを述べ始める。
「もうこれ以上、奪われるだけの人生は嫌なんです。お願いします!」
弥彦は必死のお願いを続けた。
自分たちの境遇のことや今まであったことなども包み隠さず話しながら、全てを曝け出す勢いでお願いを続けた。頭を地面に擦り付けるような真似までして何度も何度も。
長門のアドバイス通り、真正面から自分の思いをぶつけていた。
「私たちからもお願いします!」
弥彦の必死さが自ずと伝わり、そんな弥彦につられるように私たちも膝をついてお願いをした。
自来也先生たちは神妙な面持ちでそれをずっと聞いていた。
そんな時、真っ先に大蛇丸が口を開いた。
「ねえ、この子たち殺す?」
大蛇丸は恐ろしいほど冷たい声でそう言ったのだった。
「戦災孤児なんてよく聞くけど、どこも惨いものよ。醜悪な大人に利用され、惨たらしく殺される。いっそここで殺してあげた方が、この子たちにとっての慈悲ってもんじゃないかしら?」
大蛇丸はクナイを取り出し、その切っ先を私たちの方へと向けてきた。
性質の悪い冗談などではなく、本当に殺すぞという殺気が感じられた。
本物の忍びが発する殺気というものは凄まじく、私たちは震えて縮こまってしまった。
「やめんか大蛇丸!」
本当に殺される――そう思って怯える私たちの前に、自来也先生がバッと歩み出て庇ってくれた。
「大蛇丸よ。確かにお前の言う通り、この世界は残酷だ。この子たちの前には碌な運命が待っていないのかもしれない。楽しいことよりも辛く悲しいことの方が多く待ち受けている人生なのかもしれん。その中で希望の光を見つけるのは、大変なことなのかもしれない」
自来也先生は私たちを庇ってくれたものの、当初は大蛇丸の言に同調するかのようなことを言っていた。
それを聞いた弥彦は、顔に失望の色を浮かび上がらせて俯いた。孤児の自分たちに希望など何もないと思ったのかもしれない。
「――だが、この子たちがこの先どう生きるか、それはこの子たち自身が決めることだ。お前が勝手に決めていいことじゃねえのぉ。なあ大蛇丸よ」
自来也先生は私たちの前に立ち、力強くそう言ってくれたのだった。
自来也先生の力強い言葉を聞き、弥彦の顔が再び前を向く。
暗雲立ち込める人生の中で差し込んだ一筋の光を見たといった感じだった。
弥彦は自来也先生のその言葉をずっと宝物にして自分の人生を切り開いていくことになるのである。
「ふん。そんな目を向けられるとは心外だわ。私は善意で言ってあげているのだけれど。まあいいわ、勝手にしなさい」
大蛇丸は自来也先生に説得され、クナイを引っ込めた。
もう私たちをどうこうする気はなくなったようだった。
「俺がこの子たちの師匠になろう」
話を終えた自来也先生は、私たちの方を向くとそう宣言した。
その言葉を聞き、私たちは大層驚いた。まさか弟子入りまで認めてくれるとは思わなかったからだ。
「おい自来也、何を勝手なことを……」
「少しの間だけだ。この子たちが自分たちの力だけで生きていけるようになるまで、俺が面倒をみる。お前たちは先に里に帰っておれ。猿飛先生には綱手、お前の口からいいように言っといてくれんか?」
「ったく、しょうがないな。貸し一つだぞ」
「貴方の酔狂には付き合いきれないわ。勝手にしなさい」
自来也先生は仲間二人を先に帰すと、私たちの元に残ってくれた。
苦労を重ねた戦地からようやく帰れるというのに、わざわざ私たちの元に残ってくれたのだ。
「俺が今日からお前たちの先生だ。よろしくな」
自来也先生は私たちと同じ目線にまでしゃがみ込むと、ニコリと微笑んだ。
その笑顔は力強くも温かく、私たちは目の前に新たな光が差し込んできたような感覚を覚えた。
こうして自来也先生との出会いを経て、私たちは自分たちの力で人生を切り開いていく術を学ぶことになるのであった。