CEFALÓPODOS -セファロポドス- 作:夜泣かし村
思ったより重傷だった僕は、思ったより長い期間の入院をした。
ただ、別に良かったと思っている。だってこの先の事件で僕が関与できるもの、無いし。
こうやって小高井金枝は一般人に戻って、ゆっくりと彼女の心の傷を癒し、いつになるかはわからないけれど、彼女に心を返せたら……それでオッケー。
それがライフプラン。人生のプランニングである。……それまでには紅守黒湖との縁とか警察との関係とか断ち切っておかないと、何かあった時に彼女が荒唐無稽な推理を求められることになる、か。
「金枝さーん。金枝さーん?」
「……あ、なに、黒湖さん。まったく話聞いてなかった」
「素直だね。いや退院してすぐで悪いんだけど、ちょっと占って欲しいことがあってサ」
「ああうん、そういう用事か」
その切らなきゃいけない関係性の相手に呼び出されての喫茶店。
千代ちゃんに黙ってまた特殊なプレイに巻き込まれるのか、と思いきや、占いと来ましたか。
……実際のところ、原作にない事件について占えって言われたら……厳しかったりする。最悪本気でこっくりさんするしかない。それでも正解は引けそうではあるけれど。
「
「日光で消滅するヤツ?」
「アッハ、創作の方じゃなくて、事件の方」
動揺している。
あり得ないからだ。だってゴールドマリーは斬首され、ローズマリアは眉間を撃ち抜かれて死んだ。
起こるはずのない事件。防いだはずの事件。
「僕、退院したの昨日なんだけど……」
「でも金枝さんなら、占いで何か知ってるんじゃないかナーって」
「……。……今、何人目?」
「流石。警察に上がってきたのはまだ一人だけど……その言い方だと、複数件あるんだ」
考える。鳴海ちゃんが死体を見つけた場所は、地名こそ明示されていないけれど、場所はわかる。なぜって「小高井金枝」の記憶が土地勘を教えてくれるから。あと僕も普通に通ったことのある場所だし。
まだVirginalRoseに関わるかどうか決めあぐねていた時期の話だから、地図上でさえピンポイントに指し示すことのできる場所だ。
が。
「ある、けど……今回の犯人は、正確な位置が掴めない」
「およ、どして?」
「暗雲……なんていうのかな、僕の占いって色々な手法を使うんだけど、そのどれもにおいて曖昧な結果しか出てなくて……正確じゃない位置ならわかるんだけど」
「それでもジューブン。で、それってどこなのサ」
「下水道。……ああ、流々家全域じゃないよ。場所は大まかに絞り込めてる。ただ、今回の犯人もこの前の犯人みたいな化け物クラスだから、警察じゃ話になんない」
下水道と聞いて酷く嫌そうな顔をする紅守黒湖。
ちなみに僕は下水処理場でバイトをしたことがあるのでそこまでの嫌悪感はない。
「行くのはヤだけど、場所だけ教えてくれたら行ってくるよ。仕事だからね」
「案内は──」
「要らない要らない。前も言ったけど、金枝さん弱っちぃんだから、そんな化け物のいる場所に連れてったら足手まといだって」
そう、か。
その通りだ。
……願わくは、この後に出るだろう犠牲者二人が……そうならないように、だけど。
ケータイの地図アプリを開き、その地点をタップする。ピン刺しの為される地図。
「ここ。ここの河原から行ける大口径管の下水道。その先に……いる。十数人の女の子が既に誘拐されているっぽいから、それを逃がす用の人員は必要かも。ただ化け物がいる、ってことを考えると……」
「戦えるヤツじゃないとダメ、ってワケか。りょーかい」
時刻は未だ十時を回っていないあたり。
だから多分、間に合う。
「そんな心配そーな顔しなくても、大丈夫」
「ん、ああ、黒湖さんの心配はしてないよ」
「酷いナー。……ってことは、誘拐されてるっていう女の子の心配?」
「うん。その子たちは謂わば食糧、なんだよね。
「犠牲者は増えていく、と。りょーかいりょーかい。じゃ、金枝さんの顔を明るくするためにも即時解決してくるよん」
「僕のために?」
「だぁって金枝さん、その思いつめた顔のままだと……現場、来るでしょ?」
う。
……その通りだ。だって死んでいるはずの、もう動かなくなったはずの二人がまだ、ということは、原作に無い展開もあり得る。
それは「僕が行くことでどうにかなるかも」という希望ではなく、「誰か違う者が関わっているかも」とか「違う意図が働いているのかも」という杞憂。
……いや。
紅守黒湖に限って……彼女が事件を解決することに何の心配ももつべきではない、か。
「大人しく待ってるよ」
「よろしい」
じゃあ、話は終わ──。
「で、その化け物ってどんなのなの? その辺も全部わかってるんでショ?」
「あ、うん。……曖昧な部分が多いけど、話しておくね」
改めて、無事を祈るよ。
結果として。
無事、「死がふたりを別つまで」は終了した。犠牲者は……たくさん。あの事件はVirginalRose終了直後から始まっていた事件であるはずなので、僕の行動でどれほどの犠牲が減ったのか、あるいは増えたのかはわからない。
一応、紅守黒湖を通して謝礼金はたんまり入った。前に言った「無償で警察の協力者になる気はない」というのをしっかり守ってくれたらしい。逆に言えば、紅守黒湖を通してならこれからもこき使う予定である、ということである。
だから、というわけではないけれど……紅守黒湖に「占い結果」を警察に渡すようお願いしておいた。
「バグシャースサーカス、ねぇ。金枝、サーカスって興味ある?」
「微妙。僕もサーカス染みたことはできるし、紅守さんだって人間サーカスみたいなところあるじゃん。ひな子ちゃんも」
「あー、確かに」
柳岡総合病院の受付事務にも復帰し、元通りの生活に戻ってきた……というところで、このニュース。真っ先に「占い結果」を認めたよね。
「でも芸としては面白そうではある、のかも? ライオンとか直に見たことないし。……あ、いや、動物園でなら……いやそれもない、かな?」
「なんで覚えてないのよ」
「流石に昔過ぎるからね。千代ちゃんは仲良くしてくれてるけど、僕普通にもうおばさんだよ」
バグシャースサーカス。
紅守黒湖には人間アドバルーンの件だけでなく、眼球を怪我する少女のことまで伝えてあるから……団長の扱いがどうなるにせよ、気楽に楽しめる気はしている、のだけど。
「アンタのラッキーセンサーは?」
「ラッキーセンサーって……。……まぁ、なんというか、余計なことをしなければ、って感じ」
「ふぅん。……黒湖誘って行ってみようかしら」
「ああ、それならいいんじゃないかな。彼女がいれば万事なんとでもなるだろうし」
「……なんで他人事なわけ?」
「へ?」
「今こうやって話をして、アンタだけ連れていかないってこと、あると思ってる?」
……いや、あの。
善意なんでしょうけどあの。
ま……まぁ、そこまで危険な事件でもないし……大丈夫、かな?
そうしてやってきてしまいましたバグシャースサーカス。
隣には紅守黒湖、千代ちゃん、屠桜ひな子。そして凛子ちゃん。
あと、変装というか覆面にはなっているけれど、警察関係者がぞろぞろと。
特になぁんにも顔を隠せていない髭ライオンからの視線が痛い。
「冷泉さん連れてこなくてよかったの、凛子ちゃん」
「あんまり人目につくわけにはいかない、って譲らなくて……」
「ついでに言うなら藍子さんもサーカス染みたことできるだろうしネー」
確かに。鋼糸はサーカスみたいなものか。
しゃがむ。
「え?」
「……金枝さん?」
「ちょっと、金枝?」
今、のは……幸運の気配。
でも何かが僕の頭上を通った気配はない。通ってたら紅守黒湖が気付いているだろうし。
とすると……視線、かな。
視られることを防いだ。誰に?
「大丈夫ですか、小高井おば……お母さん」
「いや無理して呼ばなくていいけど。立ち眩みとかじゃないよ。……紅守さん」
「ん」
このタイミングでコトを起こすことはないとは思うけれど、一応、だ。
彼女がケータイを触ると、周囲にいた覆面警察たちが一斉に動き始めた。
前方で大きな歓声が上がる。
ぼよんと跳ねた真理男レガシーが凄まじい跳躍力と共にサーカスの屋根の上へと着地したのだ。
それで、理解する。
今、かけられかけたのだ。催眠術を。
……これ、僕の幸運に千代ちゃんと凛子ちゃんも巻き込めた、と見ていいのかなぁ。というかあれだけの「占い結果」を伝えたのに、普通に真理男レガシーがいるとは思ってなかったなぁ。
まぁそうか。警察はコトが起きないと動けない。……となると十奈ちゃんは。
「大丈夫だよ金枝さん。
「それなら……良いんだけどね」
やっぱりもう僕の関わり得る範疇を越えてきている。
十年以上続く催眠術とか、首だけになっても生きていられる存在とか……命がいくつあっても足りない。
付き合いの手前、バグシャースサーカスは見る。ただし真理男レガシーが出てきたら適当な理由を付けて目を瞑る。か、トイレに行く。
そして……できる限り、千代ちゃんと凛子ちゃんを守る。
それが今生の僕にできることだ。
見終えた。
サーカス自体は凄かった。正直舐めてた。
僕の大道芸なんかメじゃないものばかりで圧倒された。
……けど、廊下を行くたびにすれ違う覆面警察はなんとかならなかったものか。
隠せてないよー視線。僕のこと何扱いしてるのか知らないけど、コワイヨー。
そうして公演が終わった、帰り際。
楽屋と思しき方面が俄かに騒がしくなったことを察知する。
「金枝さん、金枝さん。投げる前に取り押さえた、ってサ」
「そ……っか。良かった」
「ただ、ソウイウ原理なら、他の団員も仕込まれている可能性があるから、全員調べるよん」
確かに。それについては失念していた。
十奈ちゃんの目を刺す椎木千春は個人的な恨みからそういう催眠をかけられていたけれど、「
あるいは──路上サーカス団の誰でも。
「なに、黒湖も金枝も……なんか隠してる?」
「んーちょっとね。お仕事の話」
「……金枝を巻き込むの、やめなさいよ。この子弱っちいんだから」
「巻き込んでるか巻き込まれてるかはわかんないけど、まー、それには同意見」
だから、と。
「千代ちゃん。金枝さんと凛子ちゃんをよろしくネ。あたしはちょいと残業してくるよん」
「はいはい。夕飯は?」
「すぐに帰るからほしい!」
「わかった。じゃ、行きましょ金枝。凛子ちゃんも」
手を引かれる。
……最悪のケースを考えて、同行するべきだな。
紅守黒湖がいつ彼を殺すのかはわからないけれど……それが遅れたら遅れるほど、千代ちゃんが、という可能性が高まる。僕だけじゃ彼女を止められるかわかんないし。
この幸運はなぁ、僕限定だからなぁ。……様子見で確実なことを訊くまでは一緒にいよう。
「金枝、そんなに握り返してこなくても離さないから」
「あ、ごめん」
「……」
「ん、凛子ちゃん? 何その目は」
彼女は、何か言いづらそうにして、そして意を決して。
「小高井おばさん……も、なんですか?」
「も? ……ああ、違うよ。僕は普通に男性好きだし」
「……話題が。黒湖は教育に悪いったらありゃしないわね……」
それは同感。
まぁ凛子ちゃんの教育とは、ではあるけれど。
その後、無事真理男レガシーが死に、そして寺田巡査も逮捕された、と知らされた。
もうたんまりな謝礼金と共に。今までの事件に比べて手際が良いこと、警察をマトモに頼っていること、現場へはほとんど介入していないことが評価されているとかなんとか。
だから、というわけではないけれど……いやあるか。
「じゃーん」
「……何よじゃーん、て。あんた自分で自分のことおばさんとか言ってなかった? 似合ってるし可愛いけど」
「心は大学生みたいなところあるからね、僕」
「それはイタイわね」
酷い。本当のことなのに。
まぁ、なんだ。
自分へのご褒美じゃないけれど、服を少しばかり新調してみた。今までのTHE☆主婦みたいな服から、動きやすくスポーティー且つ可愛さも兼ね備えた服に。
「んー……。その服でどっか行きたい、っていうのは伝わってくるんだけど」
「あ、いやそういうわけじゃなく」
「ごめんね、もうすぐ家族が帰ってくるから……旅行はちょっと厳しいのよね」
その、一言で。
現実へと引き戻された。
……占いしなきゃなぁ。
僕は今、ツルたんに詰問されている。
いつも通りの感覚、いつも通りのつもりで紅守黒湖に投げた「占い結果」。
それを受けた警察は、僕を署に呼び出した。
曰く──流石に推理じゃどうにもならねえだろ、とのこと。
たし、かに。
歩道橋で人がサーブル……レイピアによって滅多刺しにされる、なんて……どう推理するって話。いや今回も荒唐無稽な推理を取ってつけはしたけれど、ダメだったらしい。
「小高井さん。正直に答えてください。──あなた誰と、何と繋がり、これら事件の情報を得ているのですか?」
「……えっと、繋がり……?」
「今回……あなたに言われた通り、流々家全域の歩道橋に監視カメラを設置し、厳戒態勢に当たりました。その翌日、犯人と思しき人物が人を刺し殺し、逃げ去る、という事件が発生しました。……これらは推理では説明がつかない事象であり、どこか……犯罪組織のようなものから情報を得ているとしか考えられな──」
「あ、守れなかったんです、ね」
……そっか。
そりゃ無理か。
っていうか、やばい。
「ご、ごめんなさい、そういうつもりでは」
「いいえ、正しい言葉ですよ。アナタの言う通り、アナタから情報を貰っていて、完璧な厳戒態勢を敷いて尚、我々は人命を守り通せなかった」
声は、背後から。
この狸のような声は。
「京極課長……どうしたんですか、
「いえいえ、レイピアを用いる殺人に心当たりがあって、それに小高井さんが情報をくださっているとのお話。少し気になって内容を見てみたら、素晴らしいまでの的中率。犯人が現れそうな時間帯まで記してあって、これで何も対策を立てられなかった、というのは警察の落ち度でしょう」
「……ですね。返す言葉もありません」
「ですから、この取調べも即刻終了にすべきです。なんせ彼女は罪人ではなく、本来捕まえるべき罪人は今も白昼の下を歩いているのですから」
「……京極課長は、彼女を疑わないんですか」
「少なくとも犯罪者ではなく、そして警察組織へ多大なる貢献をしてくれている
な……んの、助け船なんだろう。
僕に恩を売って何がしたいのか。紅守黒湖についての情報なんて僕は持ってないけど。
「解放してあげてください。そして私達は、彼女に提供された犯人を追いましょう。まだまだ被害者は増える可能性がありますから」
「……わかりました。小高井さん、たくさんの協力を仇で返してしまい、申し訳ありませんでした」
「あ、いえ……疑われるだろうな、とは思っていたので……」
いや、はや。
こういう……「目的の分からない助力」が一番怖いんだけど。悪意じゃないっぽいから幸運も働かないし。
あるいは、僕の幸運体質がわかっている上で悪意とか害意を殺してる?
だとしたら……。
「こちらです」
「あ、出方はわかるので、早く犯人を捕まえてください」
「っ……わかりました。死力を尽くします」
疑いの目はツルたんから。値踏みするかのような目は京極さんから。
そして……仄かな、感情の分からない視線がちゃっちゃんから。
やっぱり僕、警察関係者の誰からも白だと思われてないみたいだ。悲しいね。
翌日。
千代ちゃんから、デートのお誘いがあった。……正確にいうと紅守黒湖へのお詫びチョコを選びたいから、一緒に来て、というお誘い。チョコはもう買ったので、あとは帰るだけ、ではあるのだけど。
「……どうしたのよ、そんなぴっとりくっついて」
「んー。ラッキーセンサー」
「ああそう……」
誘われて、現着してから気付いたけど……ここ、あの駅だ。
となると長めの連絡路には彼がいるはず。
──差し掛かる。
いた。浮浪者の体でローブを全身に纏い、蹲っている青年。
悲しいかな、ここ以外にあちらへ渡る道はない。
幸運はこの道を渡るなと叫んでいる。だろうね、なんて考えながら、千代ちゃんの右手側に陣取る。ワンチャン、若くない僕なら反応しない可能性も考えて。
果たして。
「ねえ、金枝──」
「伏せて!」
とか言いながら足を払い、「手を置いた方が良い感じのする場所」へ手を置いて、爪で剣先を上へと逸らす。
今確実に、僕の心臓を狙っていた。僕でも反応するんだー、という感情とは別に、そのおかしさに身を震わせる。
来ない。紅守黒湖も、玄流ちゃんも、鉄善八も。
どうして? 前者二人はともかく、善八は千代ちゃんの護衛をしているんじゃなかったのか。
考えも纏まらない内に手を戻し続ける。神速の滅多刺しは、けれど助走距離と人幅の問題でギリギリなんとか対応できている。
ただ攻勢に出るタイミングが無い。せめて千代ちゃんが逃げてくれたら。
「──善八! この子、柳岡病院の関係者! 見られても大丈夫!!」
直後、横合いから蹴りが来た。
ピンヒールによるその蹴りはレイピアの刀身の真横を捉え、叩き折る。
そっか、僕という一般人がいたから……一瞬でも出るに迷った、って感じか。
「千堂、テメェ……」
「久しぶりだね、善八さん。……剣が折れちゃったから、この辺で失礼するよ」
僕のことは眼中に無しか。いや全然構わないんだけど。
それよか、やっぱり紅守黒湖は来ていない。屠桜ひな子も、玄流ちゃんも。
何かがズレたんだ、きっと。
……僕と善八だけで、対処しきれるだろうか。
「行ったか。……追ってもいいが……お嬢! と、そのお友達。すいやせん、命の危機だったってのに、少しでも迷っちまいまして……」
「いいのよ、それが普通だから。むしろ、一般人の前では殺さない、って……そうやって踏みとどまってくれて嬉しいわ」
「ありがてぇ言葉で。んで、お友達さんは大丈夫ですかい? 千堂の攻撃を全部往なしてやしたんで、相当な使い手とお見受けしやすが」
大丈夫か大丈夫でないか、と言われたら。
「無傷……ではあるんだけど、両腕が痺れてる。水平方向に速い、ってだけかと思ってたけど、だからこそ重いんだね……」
「今のヤツの攻撃全部往なせただけ充分でしょ。……はぁ、私だって先生に特訓してもらってるのに、何にも反応できなかった」
「横合いからの不意打ちに対応できたら特訓はもう要らないんじゃない? 僕だって別に反応できてたわけじゃないし」
ただいつも通り、幸運の気配に従っただけだ。
しかし無傷。怪我の一切が無い、というのは……これはユリアさんに自慢できるね。今度会ったら自慢しよう。
「どうでしょうお嬢。また千堂が襲ってこないとも限りやせんし、そちらのお友達さんの武器は手だけの様子。腕の痺れが取れるまで、
「……それがいいわね。あ、でも金枝、善八には特に畏まったり気を遣ったりしなくていいから。前回の藤浪との特訓の時くらいフランクでいいからね」
「金枝サン、スね。お友達さんは」
「あ、はい。小高井金枝って言います。歳はかなり離れてるんですけど、千代ちゃんのお友達やらせてもらってて」
「ああじゃあ、小高井サン。お嬢を護っていただいた御恩は忘れねえス。両腕の痺れが取れた後も、家まで護衛いたしやしょう」
正直ありがたい。
今回の犯人……千堂把月はシリアルキラー寄りの無差別殺人犯だ。
このまま柳岡会へ来るならともかく、そうではない場合が怖い。……あと、彼が普通にあそこにいたことを考えると、警察の面々が大丈夫なのか、というのも気になる。
「痛みますかい?」
「あ……いや、大丈夫……だけど、バッグが」
「それくらい私が持つわよ」
「いーや、俺が持ちます。手が塞がってようと関係ないのが俺の強みなんでね」
確かに。ピンヒールがメインウェポンの彼なら……大丈夫か。
幸運の気配も特には反応していないし。
……いたらいたで怖いけど、やっぱり紅守黒湖がいないのはコワイヨー!
柳岡会。がっつりヤーさんの家だけど、来るのは二回目で、しかも今回は善八が僕の武勇伝……というか千代ちゃんを守ったことを誇張して語ってくれたおかげで、かなりアットホーム。
ただ──。
「金枝。どうしたの……そんなきょろきょろして」
「ラッキーセンサー。……危ない感じがする」
「それ、ホント? んー……パパが親分衆の会合でいない今、その感覚は信じた方が良い、か」
「お嬢。さっきも言ってやしたが、ラッキーセンサーってのは?」
「ああ──」
目の前にあった湯呑を放り投げる。
突然の奇行に二人の目がそちらへ向かったその瞬間。
湯呑の側面を滑って、レイピアの剣先が天井へと突き刺さった。
「──うそ」
「お嬢、小高井サン、下がっててくだせえ。コイツは俺が呼び寄せちまったようなモンだ」
その言葉に従いたい気持ちは山々に、今度はテレビのリモコンを投げる。
善八の肩口を狙った突き。それがまた、逸らされた。
「……お姉さん。昼間のもだったけど……よくそんな身体で反応できるね。もしかして才能の持ち主?」
「どうだろうね。僕に才能があるのだとしたら、それは幸運の才能だけ。宮本玄乃や君……千堂把月には遠く及ばないと思うよ?」
逆鱗に触れる名前を出す。
途端、悪意が全身を襲う。
「へえ……その才能、僕に教えてほしいかな」
「あとはまぁ、もう一つ才能があるのだとしたら」
立ち上がり、「行くべき場所」へ歩いて、彼の喉を爪で一閃する。……掠ったけどバックステップされた、か。
「達人キラー。相手が強ければ強いほど、僕ってば天敵に成り得るみたいよ」
ああクソ。色々晒してまで玄乃さんを引き留めたのに、なんでいないんだ。
僕がこんなやつに勝てるワケないだろ。……だから。
千代ちゃんが今ケータイに手をかけていることを理解して……時間稼ぎをしてやろうと思う。
生存能力なら、随一の自信があるからね。