CEFALÓPODOS -セファロポドス- 作:夜泣かし村
避けることも往なすこともしない。
歩くべき場所へ歩き、赴くままに爪を揮う。
これで、五回目。
「……君、おかしいよ。圧倒的な気配もなければ、背筋の凍る恐怖もない。……だっていうのに、どうして僕の剣が当たらない?」
「君に意思があるから」
「意思? ……まさか、意思を読み取る……達人?」
実際はまるで違うけれど。
彼は宮本玄乃のような、無意識に人を殺し得る存在ではない。むしろ欲望のままに動き、その意思を以て相手を害する存在だ。
だから、宮本玄乃とはまた違う理由で避けられる。
これは悪意の温床。ヒトガタに収まった殺人Partyだとでも思えば良い。
柳岡会の庭。そこにある砂利を蹴り飛ばす。
その全てに突き刺さるレイピア。刹那の後、それが剣として使い物にならなくなったことを察し、血を払うかのように石の全てを捨てる千堂把月。
「これが……才能。だとしたら、僕も、善八さんも、宮本玄乃でさえも……」
前傾姿勢で倒れ込みつつ、身体を支えるかのようにソレを
爪の間に挟まる肉。「ギィッ!?」という声と共に、一段と大きくバックステップする千堂把月。
……やっぱりまだ腕が痺れている。
致命的なまでに攻撃力が無い。
「──ゴメン、名前も知らないお姉さん。僕が感じ取れていないだけで、君は"本物"なんだろう。失礼なことをした。……だから、僕も──本気を出すよ」
一歩、下がる。
直後身体を風圧が襲った。……突きは、僕の身体に届かないギリギリのところで止められている。
「これでも届かないのか……!」
「一個、提案があるんだけど」
言葉を吐く。
別の気配がしたために。
「提案?」
「君は僕に攻撃を当てられない。僕は君を殺し切れない。だから、どうかな。この辺りで分けにするのは」
「それは、あり得ないかな」
「そっか」
じゃあ、と。
しゃがむ。
僕の頭上を通り抜けるはピンヒール。その先にあるのは千堂把月の額。
「ッ──」
「……善八さん。僕の指示、欠片も疑わずに信じられる?」
「それがお嬢を護るためなら」
「オーケー。なら、僕の身体を掴んで、千代ちゃんのところまで大きく下がってほしい」
できれば今すぐに、と続けようとして、身体が引き戻されるのがわかった。
本当に欠片も疑わずに信じ、従ってくれたらしい。
そして、それを好機と見たのだろう。千堂把月は独特の構えを取り──。
──真横と真後ろ。完璧な同タイミングでの発砲と狙撃により、あまりにも呆気なく絶命した。
「……千代ちゃん」
「大丈夫、金枝」
「これ、ただの……緊張疲れだから。焦らなくていいよ」
意識が落ちる──。
目を覚ます。
「お、起きやした! 起きやしたぜお嬢!」
「見ればわかるわよ。そんで善八、騒がないの」
うん、ありがとう。起き抜けに大音量はクるからね。
天井は……柳岡会のものだ。
身体は痛くない。腕の痺れもない。
フ……どうだユリアさん。今回も無傷だぞ!
「ハァイ、金枝さん」
真上から、がしゃどくろ……じゃない、紅守黒湖が顔を出してくる。
……遅いよ。最後の最後、紅守黒湖とくちばっちの狙撃だったんだろうけど、もっと早く来れたでしょうに。
「大立ち回りだったみたいだネ。お疲れ様」
「成り行きでね……。……ホントは、相手がヤーさんだから、善八さんに預けるべきかと思ったんだけど……相手、話が通じなそうだったから」
「ああ、やっぱその辺もわかってたんだ?」
「忘れたの? 最初に警察へ情報提供したの僕だよ」
しかし。
ユリアさんに自慢できる反面……少々マズいのでは? と今更ながらに思う。
いや確かにとどめは僕じゃないけど、宮本玄乃と千堂把月。この両名を相手に単独で立ち回ったって……警察関係者からすると結構なことなのでは?
「おお、起きたか、小高井さん」
「あ……柳岡さん。ごめんなさい、横になったままで」
「いや、構わんさ。善八のケツを拭いてくれた恩人相手に無礼も何も無い。──ってところで、一つ、礼といっちゃあなんだが──」
柳岡会会長は。千代ちゃんパパは。
「千堂把月に関する功績全部、善八のモンにする、ってのはどうだ」
「え、ちょっと何言ってるのパパ──」
「いいんですか?」
「金枝まで!」
実際問題、千堂把月相手にここまでやれた、という事実はここにいるメンバーしか知らない。
なら……。
「頑張ったのは金枝なのに、なんで」
「千代ちゃん。これ、金枝さんを柳岡会で守る、って話だよん。殺傷能力はほとんど持っていないとはいえ、達人クラス相手に立ち回れる一般主婦。ただでさえ金枝さんは推理の面でケーサツから怪しまれててね。そこへその戦闘力と来たら……確実にマークされる。その方が柳岡会にとっては恩を仇で返す行為じゃない?」
「黒の言う通りだ、千代。お前の命の恩人で、此度の功労者。そんな人を警察の目の仇にさせるってのは柳岡会として気に食わねえ。警察とは付き合いもあるが、それはそれ、これはこれだろう。聞けば柳岡総合病院で受付事務をしてくれてるって話だろう? だったら、この際小高井さんを身内として扱うのも筋だろう」
ヤーさんの身内……というのは果たしてメリットなのかデメリットなのかわからないけれど、バックがいるというのはかなり大きい。
紅守黒湖も僕のことを全面的に信頼しているというわけじゃないから、本当に何かあった時頼れる相手がいる、というのは……うん。
「善八さん。あなたが良いのなら、お願いしたいです」
「勿論構いやしません。ただ、こんなことで礼を返せるとは思ってねぇんで、これからも手の届く範囲で護衛させていただきやす」
「決まりだな。藤波、全員への通達をしておけ。これより柳岡会は小高井金枝を身内として扱う。ただし極道同士の争いには巻き込むな。良いな」
「ッス!」
こうして。
僕は柳岡会というバックを手に入れたのであった。
……これも幸運、なんだろうか?
後日、また「占い結果」を紅守黒湖へ送る。戸隠のえるちゃんの件だ。彼女の父親は僕が守ったので凛子ちゃんとのアレソレが発生することはない……上、転校してくることもなかったようだけれど、まぁ、一家の縁が途切れなかったことの方を喜ぼう。
して、その件で呼び出されることは──なく。
謝礼金だけが振り込まれた。
ので、家の防犯設備を最高にした。何がオシャレだ。まずそっちだろう。
「……それで、何用ですか冷泉さん」
「凛子ちゃんのことについてよ」
これはどういうことなのだろうか。
凛子ちゃんは戸隠のえるちゃんのお父さんを殺していない。だからその辺の諸々は発生しない。今回の犯人である有馬裕介は、被害者遺族ではあるものの、既にたくさんの罪を重ねているとして捕まえられている。
……本当はあの一件があった直後に伝えられていれば良かったんだけど、あの頃の僕はまだ警察に堂々と「推理」を伝えられていなかったからなぁ。
「ええと……親権問題とかでしたら、全然、はい、譲りますので……」
「その話は……いつかするべきでしょうけれど。今は、凛子ちゃんのメンタルケアについて相談したいの」
「メンタル、ケア?」
な、なんだろう。
僕にそんなことできると本気で思っているのだろうか。中身一般大学生だぞ僕。
「彼女は今、極度のストレス下にある。……一連の事件、及びその後のあなたが巻き込まれて行った事件。その全てに責任感を覚えているのよ」
「エ。……な、なんで?」
「……それがわからないのよね。あなたの困惑もわかるから、そう怯えないでほしいのだけど」
責任感? なんで?
僕が今大変な目に遭っているのは大体僕のせいで、凛子ちゃんはなーんにも関係ないと思うんだけど……紅守黒湖がなんか変なことを言った……とも考え難いし。
「──そこで、慰安旅行を企画したいの」
「はぇ?」
「あなたも知っての通り、私達は今紅守黒湖の監視下に置かれることで自由を得ている。言い方は酷だけど、私も凛子ちゃんも、本来は裁かれるべき存在。そういう"本来は"の積み重ねが彼女にストレスを与え、間違った罪悪感や責任感を抱いている……と、私はそう考えているわ」
「あ……あー。まぁ、理解できなくはない、かも?」
悪い事をした、という自覚があるのに、お咎め無し。
それは……ストレスか。人に依りそうだけど。
「慰安旅行……自体は別に良いんだけど、そこに僕がついていったら逆効果じゃない?」
「何言ってるのよ。二人目のお母さんはあなたでしょ」
「一人目は譲らない、という硬い意思を感じる」
あー、んー。
まー。
あんまり原作に無いことはしたくない……けども。
「凛子ちゃんの意見は聞いた? 本人は遠慮するだろうけど、内面を見る力くらいあるでしょ、冷泉さん」
「ええ、聞いてきたわ。とてつもなく遠慮していたけれど、何度か口をパクパクさせて、何度も生唾を飲み込んでの遠慮だった。この意味、わかるでしょう?」
「本当は行きたい、そして……僕に何かを打ち明けたい。そんな感じ?」
「恐らくは」
ん、いいでしょう。
なら人肌脱ぎますか。
「わかった、いいよ。……それで、行き先は決まってるの? 今から企画?」
「さっきも言ったけど、あくまで私達は紅守黒湖の監視下でしか自由に動けない。だから紅守黒湖にもついてきてもらっての旅行になるわ。そして、彼女の伝手を使って、ある
──幸運の気配が遠のく。
そうでなくとも背筋が伸びる。
「……。いやあのー、それって……もしかして山津神旅館……だったりしないよね?」
「あら。そういえばあなたには占いの才があると聞いていたけれど、まさか今の一瞬で占ったのかしら?」
ヤバいって。
作中最強列伝に名を連ねるヤツ出てくるって。
けどここで断るのもどう? というか僕がいかなかったら、冷泉さんと凛子ちゃんがそこへ行くってことで、ちょっとだけ凛子ちゃんってば突撃癖があるから……う、うーん。うーん。うーん!!
「仕事先へ……有給休暇の申請出すから、日程教えて」
「そこは占えないのね。ま、いいわ。……いい? 今回は凛子ちゃんのための慰安旅行。私達の癒しは二の次だから」
「わかってるわかってる。そもそも僕に癒しとか要らないし。……まぁ年長者から言わせてもらうと、君も結構なストレス溜めてるみたいだから、温泉で吐き出しちゃうといいよ」
「……そこまで歳、変わらないでしょう」
「五歳以上離れてたら結構でーす」
いや本当に。
本当に人肌脱ぐことになろうとは……。
当日。
メンバーは僕、冷泉さん、凛子ちゃん、千代ちゃん、紅守黒湖、屠桜ひな子の六名。鳴海ちゃんの代替が僕と冷泉さんになった感じ。
予約を取れたのも柳岡の力らしく、有給休暇申請はすさまじい速度で通った。ちなみにユリアさんに前回のことを自慢したら、本物の馬鹿を見る目で呆れられた。上で、一応、エールらしきものも貰った。今回も頑張れと。
何を頑張るというのだね。
「金枝さん、金枝さん」
「最悪レベル、とだけ」
「ワオ。……良く来たね、じゃあ」
「凛子ちゃん放っておけないし……」
「へえ、もう二人目のお母さんしてるんだ」
「気分的にはお姉さんくらいだけどね……冷泉さんがお母さんやってるから、彼女より年上の僕がお姉さんは無理でしょ」
千代ちゃん、冷泉さんからの視線が痛い。千代ちゃんからは「まーた金枝を巻き込んで」という心配の目線。冷泉さんからは「今回は凛子ちゃんファーストだと言ったでしょう」という抗議の目線。
わかってる、わかってるから、ステイステイ。ね?
「気を付けるべきことは?」
「……言いきれない。後でメール送る」
「温泉は?」
「とりあえず今入るのはオススメしない」
「えー……」
一歩、踏み出そうとする。
……進まない。悪意の温床過ぎて、足が前に出ていかない。
今回は宮本玄乃や千堂把月に使ったような、僕が弱すぎるからなんとかできる戦法が通じない。単純に化け物過ぎて。
足は……前に出ない。むしろ下がろうとする。
「
「うん。……別日にする、というか、近づかない方が良いレベル」
「あたしがゼンリョクで守る、って言っても?」
「黒湖さんでも負ける。百倍玄乃さん、って言えば伝わる?」
「……マジ?」
「大マジ」
百倍では足りないかもしれないけれど。
「ちょっと二人とも、どうしたのよ」
「んー、金枝さん、高所恐怖症みたいで。この橋渡るの怖いんだってサ」
「ごめん……足が竦んじゃって」
本当に、嘘を吐くのが上手になったと思う。
ただ……。
「あなた、怖いものとかあったのね。ほら、肩を貸してあげるから」
「小高井おばさん、私も、手、握っててあげます……!」
うう、善意が。善意がつらい。
「キアイ。入れるから……兆候があったらいつでも教えてネ」
「……わかった」
その勇気の一歩を……踏み、出した。
頭がくらくらする。
常時周囲でクラクションが鳴っているかのような感覚。当然だ、こんな場所……いや僕は狙われる筋合いなんてないとはいえ、色々……。
「ねえ」
まぁ、銀色炎はいないし、ガトリングもいない。ここはただただ化け物と化け物を愛する子がいるだけの場所。あとドヤバい薬物の原材料があるだけの場所。
いやいや。何がだけ、なのか。
「ちょっと」
埒外の速度で動く不死者。岩だの木だのを投げてくる膂力。
──冷泉さんと凛子ちゃんという、
「こちらを向きなさい」
「ぎゅむ」
顔を、頬を掴まれた。
……あ。
「朽葉さん」
「あたしもいるよん!」
「……」
そういえば、来てたね。
……そうだ。
「朽葉さん。──二重依頼って、受け付けてますか?」
「……。……金額と内容に依るわ。それより、こっちの用件が先」
「あ、はい。なんでしょう。……というかなぜ僕たちの部屋に? みんなは温泉へ行っているとはいえ……血塗れ温泉なんですから、みんなすぐに帰ってきますよ」
「やっぱり知ってるのね。そしてそれは問題ないわ。ここ、あなたの部屋じゃないから」
……。
……わぁ、誘拐されてら。
「あなたの幸運、貸しなさい」
「僕のことを欠片も疑わないのなら、洗いざらい話します。時間が惜しいので」
「……いいわ」
「じゃあ、葉蔵さんとの取引は、彼が殺されかける一度さえ退けたのなら、万事滞りなく進む。他の後継ぎと交渉しても意味はない。護衛はその一回だけでいい」
「占いの度を超えているけれど」
「疑うんですか」
「……いいえ。遮ったことは謝るわ。続けて」
「はい」
彼が殺されかけるタイミング。誰が彼を殺そうとするのか。どうやって守ればいいのか、まで全部を話した。
話して。
「……。信じるわ」
「良かった」
「それで、あなたの依頼って?」
おお。そう、それだ。
今回鳴海ちゃんはいない。だから桃山照美は記憶を取り戻さない。し、本能に駆られて出てくることもないかもしれない。
だから……無理矢理絡ませる。
「僕の連れ……冷泉藍子さんと浅葱凛子ちゃん。この二人を守ってほしいんです」
「……他の子はいいの?」
「他の子は紅守さんが担当するので」
「あなたは?」
「僕は多分、守られる、という立場になると……余計なことが発生しそうで」
実際、千堂把月の一件以来柳岡会が守ってくれるような場面に出くわすことが何度かあった……のだけど、僕の幸運が彼らの意図しない事態を招いて被害が大きくなる、ということが多々あった。
だから多分、僕は守られていない方が良い。とても怖いけど……僕を守るのはこの幸運体質だけでいいのだ。
「最近実入りがよくて、お金は十二分に用意できます。だから……」
「チャラよ」
「へ」
「わたし達からの用件。未来予知染みた占いと幸運。その代価が、ソレ」
そ……れは。
「ありがたい申し出ですけど……多分、釣り合わないです」
「どういうこと?」
「心臓を貫き潰そうが、頭蓋を撃ち貫こうが……死なず、襲ってくる存在がいる。僕が守ってほしい二人は、そういう存在に襲われる可能性が高いので」
「……。……釣り合いが取れるかどうかは、仕事終わりに判断する。今回の用件は、前金としておくわ」
充分だ。
それで僕が破産しようと、十二分の価値ある護衛だから。
「他、何か気を付けるべきことは?」
「……山奥に生えている薔薇。間違っても口にしないでください。匂い自体も……危ない」
「わかった」
必要な情報は得た、とばかりに。
彼女……朽葉怜子は立ち上がる。追従する二人。
いやあの。
……置き去り? 僕、ここがどこなのかわかってないのに?
旅館の中を彷徨い歩く。
幸運の気配のしない方向へは立ち寄らないように、としているけれど、正直そこかしこが危険でどこへ行けばいいのやら状態だ。
とりあえず旅館から出さえしなければ。あと女将に遭わなければ問題は無いはず。
ただ……冷泉さんと凛子ちゃんがどこにいるかを把握するのが最優先。ちなみに「占い結果」は既に紅守黒湖へ送ってある。
人の気配。
避けられない。幸運の気配は……特に何も訴えてきていない。
「……あ」
「お……っと。凛子ちゃ──」
ひしぃ! と抱き着かれる。あ、痛い痛い痛い。君結構腕力も膂力もあるって知ってる? ねぇ知ってる?
「お
……。
小高井おばさん、でも。小高井お母さん、でもなく。
そこまでか。
「凛子ちゃん……ごめん、心配かけたね」
「本当に……本当にです!! 本当に心配して……!」
「まったく、何をしているのよあなた……この旅行の趣旨を」
「あ、冷泉さんもいたんだ。……いや、でも言い訳すると、僕今まで誘拐拉致監禁されてたんだよ。知り合いに」
「はぁ?」
うん、その反応はごもっともなんだけど。
でも僕の意思じゃないからさ。ああいや悪意の温床に温泉を断って部屋に残ったのは僕だし、くらくらしていて周りを一切見ていなかったのも僕だけど。それで誘拐されるって、僕の人生誘拐に彩られ過ぎてない?
「……こっちは今色々大変で、あなたまで殺されたんじゃないかって……みんな心配していたのだから、変な言い訳していないでちゃんと謝りなさい」
「い、一応紅守さんには一方入れたよ」
「……彼女が全体連絡とかすると思ってるの?」
しない、だろうなぁ。するとしても最後の最後だろうなぁ。
や、待てよ?
「凛子ちゃん。旅館を出る予定とか、ある? 無ければ僕と冷泉さんと一緒に話し合いを──」
「かなえさん、発見したり!! これでバラ探しとカブトムシ探し、行けますな!!」
無理そう。
……冷泉さんへアイコンタクト。彼女のケータイに高速でメッセージを送る。
一瞬だけ手元を見てそれを確認したらしい彼女は……長い袖と、手首のあたりをぎゅっと掴んだ。ああ、ちゃんとつけてきているんだ。
「そう……いえば、千代ちゃんは?」
「いるわよーここに。もう、心配したんだからね、金枝」
そう言いながら出てきた千代ちゃんは……浴衣姿、ではなく。
なぜか、虫取りに適したスタイルに。……なぜ? え、もしかしてだけど……最初からそのつもりだったとか?
いやなんにせよ、千代ちゃんがいるなら説得できる可能性がある。
「千代ちゃん、あのね、旅館から出るのは──」
咄嗟に千代ちゃん、冷泉さんの肩を掴んでしゃがませる。
乾いた音。目を見開くは冷泉さん。
「……今のは」
ど……どういうこと?
なんで狙撃? 僕らを狙った?
いや、くちばっちは僕に狙撃が効かないことを理解しているはず。……なら、他の二人を?
それとも山津神葉蔵の殺されるタイミングが早まって、丁度僕らが射線上にいた、とか?
……違う。今のは害意だった。だから気付けたんだし。
依頼は……受けてくれてない、とか?
そういえば、この山を買う交渉、その裏にいるのは彼女で……もしその彼女が、僕を邪険に見ていたとしたのなら。
二重依頼どころか、三重依頼になっている可能性だって。
「旅館を出ましょう。ここは……危険だわ」
「え、あ、いや、でも旅館を出る方が……」
「耐久性の無い壁に囲まれた平屋。木々に阻まれた外。
わからない。
どっちの方が危険なのか、まるでわからない。狙撃は……ぶっちゃけ避けられる。あと何度されても必ず避ける。跳弾を使われても避けられる。
だけど化け物の方は色々な条件が必要で……。
やっぱり旅館を出るのはダメだ。こっちの方がまだ安全。
「お
「……」
怖いかどうか。
怖い。それはもう。
だけど……そういえば今日、僕、誰も救おうとしてないな。
「ありがとう、凛子ちゃん」
「へ」
「よくよく考えてみれば、何を今更、なんだよね」
この旅館にいようが、流々家のどこにいようが。
世界が悪意の温床であることに、何の変わりもない。
──大丈夫。
僕は幸運なんだから。
その僕が……今、凛子ちゃんを大切に想おうとできているのなら。千代ちゃんを、冷泉さんを、身内に入れようとしているのなら。
この幸運へ内包させることくらい、できるはず。
「ごめんね、待たせて。カブトムシとバラ探し、行こうか」
「何かよくわからないけれど、無理はしないでいいからね?」
「ああ、大丈夫大丈夫。その証拠に」
カン、と中指の爪でその側面を撫でて──それが様々な場所を跳ねて。
最後に勢いを失って、僕の立てた二本指の間にすっぽりと収まる。
「大事なのは、克己心だからさ」
どういうつもりかは知らないけれど、僕は未だ、「敵に回す方が怖い存在」だよ。
気を付けてね。