ひぐらしのなく頃に~ただひたすら圭一と魅音がイチャイチャするだけ編~   作:Java-Lan

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第40話_32日目(日)A「帰結」

[?????:???:前原圭一]

 

ここは、どこだ?

周囲で幾つもの光がきらめいている。

星々、いや、違う。この輝きは水晶の欠片のような何かだ。

それが無数に散らばり、世界全体に広がっている。

 

”前原圭一…”

 

声が聞こえる。誰だ。

でも、俺はこの声をよく知っている。でも、思い出せない。

あぁ、そうだ。前にもレナに言われたんだよな。

彼女は、ずっと一緒に居たって…誰だ。誰だっけ…

 

”貴方は園崎魅音を守るために、その身を捧げました ”

 

そうだ。思い出した。

俺は、魅音を守るために飛び出して…

 

あぁ、フラッシュバックのように次から次へと記憶を思い出す。

そうだ。あの時、俺は両手を広げて前にでて、ヤクザの銃撃から魅音を守ろうとしたんだ。

全身を弾丸で貫かれ、倒れ、そして意識を失った。

 

…ということは、ここはあの世ってヤツかよ。

 

”ここはあの世ではありません”

 

あの世じゃないのか?

それじゃ、ここはどこなんだ?

夢の世界か何かなのか?

 

そもそも、お前は一体…誰なんだ?

 

”私はオヤシロ様と言われた者の残滓 ”

 

オヤシロ様。雛見沢の神様。

なぜ神様が俺の前に現れたんだ。

まさか、俺を生き返らせてくれるのか?

 

”残念ながら、そのような力は私にはありません ”

 

…そうだよな。

死ぬ間際に神様が現われて助けてくれる。

そんな都合の良い話があるわけない。

 

一欠けらの水晶体が眼の前にやってきた。

そこには、俺の手を握り涙を溢れさせている魅音の姿が映し出されていた。

 

ちくしょう、それでも…俺は…

生きたい。生きて、魅音に一目会いたい。

 

撃たれた直後は、これで良いと思った。

これで俺の罪の清算が、ほんの少しでも出来ると考えていた。

でも、違った。本当はそうじゃない。

 

俺は魅音が好きなんだ。

愛しているんだ。

 

罪の清算とかじゃない。

愛しているからこそ、俺は身を挺したんだ。

 

もう一度、チャンスが欲しい。

魅音と共に生きるチャンスを…

 

”私には人を生き返らせる力はありません。しかし、ほんの少しの奇跡なら行う事ができます…”

 

…え?

 

”ただし、全ての帰結は貴方自身の選んだ選択により収束されます。

 それによって貴方は死より辛い決断を迫られるかもしれません。それでもよろしいですか?”

 

構わない!構わない!

またもう一度、魅音と一目会えるのなら!

また部活のメンバーと一緒に笑え合えるのなら、それでもかまわない!

どんな辛い決断だって、きっと乗り越えて見せる!

 

”それでこそ、ボクの大好きな圭一です。きっと、君ならどんな苦難でも乗り越えられるはずですよ ”

 

…その言い方、そうだ。思い出した。

 俺と魅音の婚約披露宴が園崎家で行われた時、梨花ちゃんが言っていたじゃないか。

 

――甘いので、これなら…でも大丈夫なのですよ☆にぱ――

 

そうだよ。どうして忘れていたんだろう。

彼女は俺達の部活の仲間じゃないか。

命をかけて、俺達と共に戦ったじゃないか。

 

それなのに俺は…

 

「羽…」

 

光が眼の前を覆い…

全てを包みんだ…

 

そして…

 

………………………………

 

……………………

………

 

 

…ピッ、ピッ、ピッ

…先生!バイタルが正常に戻りました!

 

ここは、どこだ?白い天井が見える。知らない天井だ。

周囲がビニールで覆われている。なんだ全身がチューブで繋がっている?

幾つもの機械が見える。白い服の人達が動いている。

 

ん?誰だ。俺の右手を握っているのは…

白い服、白いキャップ、白いマスクに、プラスチックのアイパット。

全身真っ白だけど、わかる。魅音だ。

 

「…チャン!…圭ちゃん!」

 

魅音、そんなに声を出さなくても聞こえるぜ。

お前はいつも大げさだな。

俺は軽く握りかえす。体に思うように力が入らない。

首を動かすのもやっとだ。

 

何人か同じように全身真っ白な服装の人達がやってくる。

お医者さんか、看護師さんか…

 

だけど、もう目を開いていくことができない。

意識が急激に落ちていく。

 

まてよ、やっと…のおかげで戻ってこれたのに…

 

[30日目(金):穀倉総合病院:昼間:前原圭一]

 

再び意識が戻った時、おれはまた天井を見上げていた。

周囲をみると、ビニールシートはなくなっていたが、部屋を埋めるほどの花束と、プレゼントらしき品物が積み上げられていた。

 

部屋の奥の方に親父とお袋がいて、何やらお医者さんと話をしているようだ。

ベッドの脇に視線を落とすと、俺の手を握って俯いている魅音と、その肩に手を回しているレナがいる。そのすぐ横にいる沙都子も下を向いているようだ。

 

ただ一人、梨花ちゃんだけが俺を見ていた。

俺と視線が合わさったので、笑顔をしようと口端をあげようとしたが上手く行かない。

顔の筋肉が固いな。口もうまく動かないぞ。

 

「圭一が、圭一が目を覚ましたのですよ!」

 

梨花ちゃんがそう言いと、その場にいた全員が一斉に俺を見た。

何だか視線が集中するというのは、恥ずかしい。

 

俺は小さく「おはよう」と呟くと、手を握っていた魅音が。

「おはよう、おはよう、圭ちゃん…!圭ちゃんッ!!おはよう!!」

と涙をポロポロ流しながら返してきた。

 

両親と話していた医師が看護師と一緒に俺の元にやってきた。

魅音が離れ、入れ替わりに医師が俺のすぐ横に来ると瞳孔を見たり、脈拍をはかったりしはじめる。看護師に促されたのだろうか、俺の両親と魅音以外の人達は部屋から出て行った。

 

一通り見た感じ、特に問題は無いとわかったのだろう。

医師が色々と質問をしてきた。

 

自分の名前、年齢、生年月日、今日は何日か…

今日は何日かわからなかったため、答えられなかったが、それ以外は多分上手く答えらたはずだ。

 

医師は俺の目を見て、

現在の俺がおかれている状況を説明した。

 

俺はあの日に、銃弾を胸に三発も受けて二週間近くも昏睡状態が続いたらしい。

バイタル。つまり生命反応が落ちついたのは二日前。

 

それまではICU…集中治療室と呼ばれる場所に置かれていたと説明された。

俺が最初に目を開けたのはそこらしい。

 

弾丸を喰らったのだから、俺の体の状態は相当よくなかったらしいが、

奇跡的にも、その三発の銃弾は俺の心臓と、傷つけてはいけない血管を外れていたという。

 

ただ、()()()()()()()()()()()()()()()

 

その内二発の弾丸が俺に深刻なダメージを与えた。

 

一発は、気道にあたり、俺を自分の血の海に溺れさせた。

肺まで満たされた血液は、この俺を死なせるには十分な量だったが、迅速な応急手当てにより事なきを得たという。

 

後で魅音に聞いた話だと、幸いな事に翌日に行われる予定だった綿流しの祭りの準備のために、たまたま深夜まで神社の境内で医療品の用意をしていた鷹野三四さんと医療スタッフの人達が、園崎邸の爆発音を聞きつけて駆けつけてくれたらしい。

 

さらに同じく深夜まで境内で祭りの作業を行っていた小此木造園の人達も救援にかけつけてくれたために、あれほどの大惨事にも関わらず死者はでなかったという。

 

…大石さんが射殺した若頭を除いて。

 

鷹野さんの迅速な応急処置によって、俺は自分の血で死ぬことは免れたものの、

それでメデタシとはならなかった。

 

最後の一発が、俺の脊髄にかすり、運動機能に重大な支障を与えるに至ったと言う。

色々言われたが、簡単にいえば下半身不随。つまり腰から下が動かない。

 

どうりで下半身に何の感覚もないわけだ。

動かすどころか、触れられた事さえもわからない。

 

レントゲン上では深刻な物理的欠損は無いとは断言してもらえたものの、治療は難しいらしく、下手をすれば生涯、車椅子生活を余儀なくされるかもしれないと言われた。

 

「…そうですか」

 

俺はお医者さんの一連の説明を聞いて、それほど動揺はしなかった。

一度ぎっくり腰で全身に力を入れることができなかった体験があったせいか。

それとも、まだ起きたばかりで、現実感が乏しいのか。

 

いや、違う。知っていたからだ。

 

()()()()()()()()()()()()と…

これが多分”それ”なのだ。

 

説明が終わり医師が外に出ていくと、俺は涙を受けべていた両親に抱きしめられた。途中で親父に促されて魅音も輪に加わり、しばらく俺達四人は無言で抱き合っていた。

 

その後、俺の介護を自発的に申し出た魅音を残して両親が病室から出て行き、入れ替わりにレナと沙都子が入って来た。

梨花ちゃんだけがいない。どうしたんだ。

 

「沙都子、梨花ちゃんは?」

「…圭一さんに合わせる顔が無いと、病室の外におりますわ」

 

合わせる顏が無いって、あぁ…そうか。

梨花ちゃん、俺がこういう体になったのは、自分が事件に引き込んだせいだと思っているのか。

全く、しょうがないな。

 

「沙都子、俺は気にしちゃいないって、梨花ちゃんに伝えてきてくれよ」

「私も、そう伝えましたわ。圭一さんなら気にしないって…でも、梨花はどうしてもと…」

 

沙都子は頭を左右にふる。仕方がない。

自分の責任だと思ってしまえば、確かに顔を合わせづらいだろう。

いずれ落ち着いたら合えるだろうから、黙ってそのままにしておこう。

 

ベッドのすぐ横のイスに座った魅音が、

俺の手をとり、またボロボロと泣き出した。

 

「でも、本当によかった…圭ちゃん、もうこのまま目を覚まさないと思ったから、私…私…」

 

本当に、困ったフィアンセだぜ。

俺は泣き顏より、笑顔の方が好きだって言ったろう。

 

俺は魅音に両手でつかまれた手を魅音の頭に乗せると、ゆっくりと髪を撫でた。

 

「俺は大丈夫だぜ、魅音…」

「圭ちゃん、圭ちゃん…」

 

さらに魅音の目から涙が溢れだしてくる。撫でたのは少し失敗だったか。

そしてレナはそんな魅音を見て、泣きだしていた。

 

「よかったね。魅ぃちゃん…本当に、良かったね…」

 

バカ、何を言ってんだよ。

頭を撫でるぐらい、普通じゃないか。泣くようなことか?

あぁ、沙都子も俺の名前を言って泣き出しちまったよ。

 

まったく、泣いてないのは俺だけか?

 

…ポロ

 

あ、ダメだ。俺も目から涙があふれてきやがった。

ちくしょう、止まらない。涙が止まらない。

これはもらい泣きなのか?それとも嬉し泣きなのか?

どっちだよ。わからねぇよ。

 

俺達はその場でしばらく泣いていた。

泣いて、泣いて。涙が落ち着いたのは、それから二十分後の事だった。

 

先に涙が止まった俺は、

まだ両肩を震わせている魅音の涙の痕を、そっと親指で拭く。

 

「なぁ魅音、そろそろ、お前の笑顔を見せてくれないか?

 魅音成分不足で、俺、そろそろ餓死しちゃいそうだからさ」

 

魅音はハッとした表情を俺に見せると、満面の笑みを浮かべた。

うん。良い笑顔だ。やっぱり魅音には笑顔が良く似合う。

 

「そうだ。圭ちゃん、お腹すいていない?」

 

お腹?そういえば少し空いているな。

時間を見れば午後12時半だ。お昼時だな。

 

「圭ちゃんは意識が無くて寝たきりだったんで、点滴と口から管を入れての食事だったんだけど、

 昼食直前に目がさめたからさ、用意が出来てないないみたいなんだ。

 看護婦さんから許可をもらって何か買ってくるよ」

 

「なるほど…病院食はまずいからな。助かるぜ」

 

「二週間ぶりに食べる食事がいきなり固形物なんて体に悪いだろうから

 いい感じのものを持ってくるよ。沙都子も来て、皆の分の昼食もついでに買ってこよう」

「わかりましたわ。それではレナさん、圭一さんをよろしくお願いしますわ」

 

レナが「うん、任せて」と言うと、魅音は元気いっぱいに沙都子を連れて病室から出て行った。

俺は魅音の後姿を目を細くして見る。

 

よかった願いはかなえられた。

魅音に一目会いたいという願いが。

 

後はもう、俺が”決断”をするだけだ。

 

レナの方に視線を向けると、

レナが無表情で俺の顔を見ていた。

 

さっきまでの感情の起伏が嘘のように、

黙ってじっと俺の顔をみている。

 

一体どうしたんだ?

さっき感情が高ぶりすぎたから落ち着かせているだけか?

 

レナも色々あるんだろうし、

あまり気にしないでおこう。

 

そういえばレナと二人っきりになるなんて久しぶりだな。

最近はレナと二人っきりになる機会がめっきり減ったので、何だか新鮮だぜ。

 

俺が口端をあげると、

レナは、意味ありげに笑った。

 

「ねぇ、圭一くん。魅ぃちゃんはね。圭一くんが運ばれてから、毎日、朝早くから来て夜遅くまで…圭一くんの病室に来て手を握っていたんだよ」

 

そういえば、最初に目を覚ました時も、白い服をきた魅音に手を握られていた。

もしかして、この二週間、ずっと俺と一緒にいてくれたのか。

 

「魅ぃちゃんはね。ずっと自分を責め続けていたんだよ。自分のせいで圭一くんが撃たれたんだって、自分を守るために圭一くんが、こんなことになったんだって…今は元気だけど、一時期本当に

死んじゃうんじゃないかってぐらい、やつれ細って…本当に見ていられなかった…」

 

「…何を言ってんだよ。魅音のせいじゃないだろ。誰だって同じ事をしていたさ。

 たまたまだぜ、たまたま…」

「ううん。それは違うよ圭一くん…誰だって出来るものじゃないと思う。圭一くんだからできたんだよ。圭一くんだから、魅ぃちゃんを助けるために、体を、命を捧げられたんだよ」

 

買いかぶりすぎだぜレナ。

 

ただ、魅音を助けることができた。

それだけは確かに良くやったと思う。

これだけは自画自賛したいところだぜ。

 

「でもね。圭一くんの正しさのために、魅ぃちゃんは、いっぱい悲しんだよ。

 悲しんで、悲しんで、泣いて、泣き疲れて…それでもずっと圭ちゃんの側を離れなかった。

 だからね、圭一くん。もう魅ぃちゃんを悲しませないで欲しいんだ」

 

…どういう意味だよ。

 まさか、お前”知っている”のか?

 

「…圭一くんは、また”正しい”ことをしようとしている。そうじゃないかな?かな?」

 

…あぁ、そうか、やっぱり”知っている”んだな。

 俺が何を考えているのか、俺が何を決断しようとしているのか。

 

 さっき、無表情で俺を見ていたのはそのためか。

 レナは勘がするどいから、やはり察するんだろうな。

 本当、レナにはかなわないぜ。

 

「…レナ、俺は魅音の事が好きだ。だから、魅音が幸せになることだったらどんなことだってやってやる。どんなことだって」

 

そうだ。例え何があろうとも俺は”決断”しなければならない。

それは神様に言われたからじゃない。俺自身が、魅音の幸せのために決断するんだ。

魅音のよりよい未来の為に。

 

「圭一くん、それはとても立派なことだと思う。

 でもね。その立派なことに…なんで魅ぃちゃんの心が入っていないんだろう?」

 

…え?

 

「この間ね。テレビゲーム遊んでみたんだ。その中で、あるキャラクターが面白いことを言っていたんだよ。『恋とは、心が変になると書いて恋になる』って、あはははは。面白いよね!面白いよね!」

「………」

「心が変になるのが『恋』って言うのなら『愛』って何だろうね?レナは思うんだそれって、心を受け入れるって書いて『愛』になるんじゃないかって。相手の心を受け入れているからこそ愛になるじゃないかな」

「…レナ」

 

レナは立ち上がると、

病室の中でスカートをひるがえして回転を始めた。

 

「これはね、レナの我儘なんだ。圭ちゃんも、魅ぃちゃん二人ともずっと幸せでいて欲しい。いつまでも、私の大好きな二人でいてほしい。いつまでも、いつまでも、皆が、楽しく、幸せで、笑って過ごせたら…それはとってもいいなって思う」

 

なんだよレナ、お前も詩音と同じ事をいうのかよ。

全く、グループってのは、本当に同じような人間があつまるもんなんだな。

 

「だからね。圭ちゃん…魅ぃちゃんを、悲しませないで欲しいな」

 

回転を止めたレナは、悲しそうな顔で俺を見つめていた。

俺はその視線を受け止めて、小さく笑った。

 

「…レナ、お前本当に良いことをいうぜ。きっと将来素敵な女性になるだろうな」

「あははは!そうだよ、圭一くんが後で『なんで選ばなかったのか』って、後悔するぐらい、

 レナは素敵な女性になるんだよ☆なるんだよ☆」

「それは無い!なぜなら、魅音は俺の最高の嫁だからだ!」

「あははは!そうだね!そうだね!」

 

俺達二人が笑い合っている最中にドアが開く。

魅音と沙都子は二人とも両手にパンパンになったビニール袋を持っている。

おいおい、お前ら何を買ってきたんだよ。

 

「なに、二人して…おじさんがいないあいだに談笑してたわけ?」

 

「おう、魅音がいかに俺の素晴らしい嫁かをレナに力説していたのさ」

「本当に、魅ぃちゃんと、圭一くんって仲が良いんだよね。レナ、憧れちゃうな!」

 

魅音はまんざらでもない顔をすると、部屋の中に置かれていた簡易テーブルを設置して、その上に次々と食べ物を置きだした。

その中に、一際大きいドンブリが置かれた。なんだ、まさかラーメンでも買って来たのか?

 

「ぶぶ~残念圭ちゃん。これは近くの小料理屋の女将さんに頼んで用意してもらった特製のおかゆ。圭ちゃんがいつか目が覚めた時のために、頼んでおいたんだよ」

 

いやいや、頼んでもらったって。お前…

 

魅音は小皿を取り出すと、ドンブリからおかゆをとりわけ、俺の所まで持って来た。

小皿のおかゆをレンゲですくって俺の口元持って来た。

 

「はい、圭ちゃん、あ~ん」

 

…パクリ。

うん。やっぱり魅音に食べさせて貰うのが一番美味しい。

俺が元気に食べる姿を見て、魅音も嬉しそうだ。

 

レナと沙都子も買って来たお弁当を広げて食べ始めた。

教室で皆でお弁当をつっつきあっていた時を思い出すな。

なんか、つい最近のことなのに、随分昔のように感じられる。

 

食事の最中に、俺が意識を失っていた間に何が起きたのかを聞いてみた。

 

園崎家を襲撃したミフネ達の事件はその日の朝には雛見沢中で大騒ぎとなり、

綿流しの祭りは延期されることになったという。

 

翌日には「暴力団の一大内部抗争。雛見沢の住民の皆殺しを画策」

と全国紙に乗り大変な反響があったらしい。

 

現役のヤクザが40人もの兵隊を引き連れて邸宅を襲撃をしたのだから、

話題にならない方がおかしい。

 

ただ、不思議なことにその騒動の話では、雛見沢症候群については触れられてはおらず、

ミフネがどうやって雛見沢住民全員の抹殺をはかったのかはボカされていたという。

 

そのせいで、鷹野三四さんのスクラップ帳並に様々な俗説が百鬼陵乱飛び代わっているらしい。

魅音が週刊誌を見せてくれたが、中々面白い。

 

例えば、

爆弾を使って山に穴をあけて、火山性の有毒ガスを広げようとしたとか。

鬼ヶ淵沼からあふれ出した謎の寄生虫を井戸の中にばら撒くだとか。

自衛隊から奪った細菌兵器をヘリコプターを使い空中散布するとか。

果ては鬼ヶ淵沼に墜落した宇宙人の体から発見されたウィルスを広める予定だったとか。

よくもまぁ、こんな説を考えられるなというぐらい、色々な話が書かれていた。

 

人間の想像力を掻き立てるような内容は、さすが週刊誌だ。

というか、「監修:鷹野三四」の文字が入っていても不思議じゃないぞ、これ。

 

「梨花ちゃんが未成年者だというのもあるんだろうけれど、

 女の子一人狙えば、村人全員の命がかかわるというのが知れたら大変なことになるから

 どこからか、圧力がかかったんじゃないかな」

 

とは、魅音の言葉。

園崎家が、その件に関与していないのか聞いたが、そこは曖昧な返事で煙にまかれた。

 

ちなみに、この事件は週刊雑誌などでも大々的にとり扱われたらしいが、その中に

『婚約者を命がけで守った勇敢なる少年K』とやらの記事が掲載されたらしい。

 

美談として、かなりの反響があったらしく、いつの間にか俺の実名と入院先まで

勝手に公表され、多くの義援金と贈り物が届いたとか。

 

俺の部屋にあるこの謎の贈り物と花束の山はどうやら、そのためらしい。

こういうのって贈る側だと気にしなかったけど、実際に送られると嬉しいやらが恥ずかしいやらで判断に困るな。千羽鶴なんてどうするんだこれ。花輪なんて持って帰れないぞ。

 

ちなみに、この病院の最上階の政治家が入院するような立派な大部屋の個室が俺にあてがわれたのも、たんなる園崎パワーが働いたという理由だけではでは無く、マスコミや野次馬の対策という側面があるらしい。一般病室や個室では、マスコミが群がってきて、大変なことになるという判断からなんだろう。

 

魅音は病室の贈り物の山を見て誇らしげに語る。

 

「婚約者を身を呈して守ったんだから、そりゃ圭ちゃんの評判は鰻上りだよ。

 おじさんの夫として不動の地位を手に入れたと言っても過言じゃないね。

 もう、反対する人なんて一人だって出てきやしないよ」

 

その言い方だとミフネ以外にもやっぱり反対する人がいたみたいだな。

そりゃそうだ。大石さん流に言わせれば魅音の旦那という立場は「本来は血を流してでも手に入れたい地位」らしいからな。

良くも悪くも、おいそれと渡したく無い人だっているんだろう。

 

「俺はさ、そんなものはどうだっていいんだ。魅音さえ幸せでいてくれるなら、さ…」

「圭ちゃん…」

 

魅音は目をうるませて、俺の手を握る。

そうだ。婚約者の地位なんてどうでもいいんだ。

魅音が、幸せに暮らしてくれればそれで…

 

「圭一さん、申し訳ございませんわ…

 私がもう少し、しっかりして誘導してあげられればこんな事には…」

 

沙都子か、今の声は。

ふとももにおいていた両手でスカートを握りしめ、涙目になっていた。

おいおい、俺の人生をフォローしてくれているとは確かに言っていたけれど、

そこまで俺の人生に責任を持たなくても良いんだぜ?お前は俺の人生の師匠か何かか?

 

手招きして、沙都子を近くに呼ぶと、頭を撫でる。

沙都子には悪いが、俺の人生よりも北条鉄平がどうなったのか気がかりだ。

 

「なぁ北条鉄平なんだけど…」

 

「鉄平のおじさま?あぁ、先日手紙が届きましたけど、なんでも今回の騒動で「若者たちを命をかけて救った英雄」扱いで、ちょっとした有名人になっているようですわ。

 テレビや週刊雑誌の記者の取材にひっぱりタコて大変らしいですわね。そのせいか入院先の看護婦さんともいい感じになっているとか…まったく、見てられませんでしたので手紙をゴミ箱に捨ててしまいましたわ」

 

そうか、北条鉄平は無事だったのか。

 

でも、沙都子…

俺はお前のおじさんの人生を、もしかしたら狂わせたのかもしれない。

それについては、どう釈明したら良いのか思いつかない。

 

「圭一さん何も気にする必要はありませんわ」

「…え?」

 

俺の考えを読んだのだろう。

沙都子は満面の笑みを見せた。

 

「圭一さんは、北条鉄平から私を救い出してくださいましたわ。北条鉄平は悪い奴で、自分の老後が心配で私を軟禁しておりましたのよ?そこから、みなさんのお力で私は救われました。紆余曲折ありましたが、今となっては、おじさまも改心して、周囲からちょっとした英雄扱いを受けておりますし、これでよろしいではありませんか?」

「…沙都子」

 

「私は、いつだって梨花と皆さんと一緒に、幸せに暮らす未来だけを考えておりますの。だから圭一さんも、変な正義感や義務感に囚われずに、同じように考えて下されば…とても嬉しいですわ。だって、それこそが皆が幸せになる一番の方法ではございません?」

 

その言いようは、お前はレナと同じく”知っている”のか?

いや、違うな。たまたま偶然、同じような答えになっただけだ。

レナぐらいさとくなければ、普通ならわかるわけがない。

 

食事を終えて、そのまま俺達は談笑した。

夕方になり、そろそろ面会時間が過ぎようとしている。

魅音は名残惜しそうに俺の手を握る。

 

「…明日も、一番で来るからね。圭ちゃん。明日はさ、お弁当持ってくるよ」

「あぁ、わかったぜ。魅音、明日、待ってる。それとさ、お願いがあるんだ…」

「なに、圭ちゃん?」

「…キス、してくれないか?

 本当なら、俺の方からしてやりたいんだけどさ、ほら、動けないから」

 

魅音は返事の代わりにニッコリと微笑み浮かべると、顔を近づけ唇を交わした。

唇がふれ合うだけの優しいキス。

 

なんだろう。物凄く恥ずかしい。

まるで…そう、はじめて手をつないで帰った時にしたキスのような。

そんな気恥ずかしさを感じる。

 

「ありがとうな、魅音…」

 

俺はお礼を言った後にとまどった。

唇を離した笑顔の魅音の瞳から涙がこぼれていたから。

 

「…ごめん、ごめんね圭ちゃん。これ以上ここにると、私、我慢できそうにない。圭ちゃんが生きていたって…本当にわかって…嬉しくて、嬉しくて…どうにかなりそうだから…行くね」

 

魅音は溢れる涙を拭かずに部屋から出ていた。

 

俺の胸の中に強烈な痛みが貫く。

-どうして、その正しさの中に魅ぃちゃんの心が無いの?-

レナの言葉が、頭では無く心に響く。

魅音は、本当に俺の事を心の底から愛している。

 

苦しくて。せつない。どうしてこんなことになったんだ。

撃たれなければ、守らなければよかったと?

それとも現世に戻って来たのが間違っていたと?

いや、それでもわかっていたはずだ。

 

”死より辛い決断を迫られる”

これを理解した上で戻って来たんだろう?

 

胸を押さえていると、ドアの近くに人影がいるのに気が付いた。

あれは…梨花ちゃんか?まさかお昼ごろからずっと、そこに立っていたのか?

 

「…梨花ちゃん、そこにいるか?」

 

梨花ちゃんが、ドアの向こうから部屋に入って来た。視線を下に落として、体をもじもじさせている。俺は手招きをして、ベッドの横の椅子に座るように誘導する。

 

ちょこんと、椅子にすわる梨花ちゃんの姿が愛らしい。

 

「圭一…ごめんなさい。ごめんなさい…」

 

梨花ちゃんの目から涙が流れた。

本当に今日は皆、良く泣く日だよな。原因は自分にあるから何ともいえないけどさ。

俺は梨花ちゃんの頭を撫でる。沙都子の頭をそうしたように、優しく、何度も。

 

「謝るのはこっちだぜ梨花ちゃん。大石さんも言ってただろう?

 あいつらが本当に狙っていたのは俺と魅音で、梨花ちゃんはとばっちりを受けただけだって

 だからさ、気にしなくていいんだぜ?俺も全然、気にしてないからさ!」

 

梨花ちゃんは、まだ何か言いたそうだったけれど、

俺は人差し指で、梨花ちゃんの口を止めた。

 

「…俺さ、寝ている間、羽入にあったんだ」

「圭一は、羽入を覚えているのですか…?」

 

俺は頷く。

 

「夢の中で言われたんだ。このまま死ぬか、それとも生きて”死より辛い決断を迫られる”か。

 そしてさ、俺は後者を選んだんだ」

「………」

 

梨花ちゃんは何も言わない。

俺がいった言葉の意味を考えているようだった。

 

俺は天井を見上げた。

 

「梨花ちゃん…羽入には、もう…合えないんだろ?」

「…はい。羽入は、もう…いないのです」

 

そうか。やっぱりそうだったのか。

きっと、あれは本当に最後で、できる全ての奇跡を俺にくれたんだな。

 

沈黙が病室を支配した。

その時間はおそらく短いものだったに違いない。

でも、俺達にとっては、とても長く感じられた。

 

その沈黙を破り、梨花ちゃんは語り掛ける。

 

「圭一…圭一が何を決断しようと、ボクはその選択を尊重します。

 でも、教えてくれますか?その選択は、皆が幸せで笑顔になるようなものですか?」

「おう、もちろんだぜ。この前原圭一が選ぶ選択なんだぜ?皆が幸せになるに決まってるだろ!」

 

俺はそういって、また、梨花ちゃんの頭を頭を優しく撫でた。

でも、梨花ちゃんは気が付いていた。俺の言葉の意味に。

そして、泣きそうな顔で俺を見ている。

 

「…圭一、なんで”笑顔”の部分には触れてくれないのですか?」

 

俺は答えることができなかった。

静かに、梨花ちゃんの頭を撫でることしかできなかった。

 

看護師さんが病室に入ってきた。俺の状態を見に来たんだろう。

梨花ちゃんに気が付くと、その手を取り病室から連れ出そうとする。

 

梨花ちゃんは看護師に少し抵抗した後、俺に懇願した。

 

「圭一、ボクは嫌なのです。皆が幸せで笑顔で無いと嫌なのです。だからお願いです…圭一…!」

 

俺はただ、梨花ちゃんが病室を出て行くまで、手を振り続けた。

 

[31日目(土):穀倉総合病院:昼間:前原圭一]

 

朝の面会時間開始時刻になってきたのは、魅音だけじゃなかった。

海江田校長先生と知恵先生に引率されてきた、雛見沢分校のクラスメイト達も来てくれた。

富田くんと岡村くんが、俺を見て少し興奮気味だったのには笑ってしまった。

 

「前原さんッ!恋人を命をかけて守ったなんて本当に男の中の男です!」

「僕たちも恋人ができたら、命をかけて守りたいと思います!」

 

ありがとうな二人とも!

二人が将来、どんな女性と付き合うのか楽しみだぜ。

 

願わくば、それが梨花ちゃんと沙都子であってほしいが、

さすがに、それは無理ってもんか。

 

知恵先生は、俺の顔を見て涙ぐんでいた。

 

「前原くんが元気になってくれて、本当に嬉しいです。

 無理をしないで下さいね。学校で待っていますよ」

 

知恵先生は俺が魅音を守った事よりも、俺の体の方を心配してくれていたようだ。

英雄扱いされるのは少し気恥ずかしいので、これはこれで嬉しい。

 

海江田校長先生は俺の肩に手を乗せると「よくぞ、戻ってきてくれた」と力強く言ってくれた。

 

クラスメイトがベッドの周囲に群がる中で、逆にレナ、沙都子、梨花ちゃんは、俺と距離をとっていた。皆が帰る段階になり、俺はレナを手招きすると、レナは少し寂しそうな顏でこう言った。

 

「レナ達はこのまま帰るね。圭一くんは、今日一日魅ぃちゃんと二人っきりでいると良いと思う。

 そうした方が、圭一くんのためになるはずだよ…そしてね、本当に大事なことはなんなのか、

 圭一くんには、よく考えて欲しいな」

 

…レナ。

 

「…ごめんね。レナ、いつも圭一くんに厳しい事ばかり言っちゃうよね。

 でも、レナ達は何があっても、圭一くんが大好きだってことは忘れないで欲しいな」

 

そんなの決まっているじゃないか。

俺達は最高の仲間だろう?

 

魅音以外のクラスメイト達が帰った後は、入れ替わりで刑事さん達が入って来た。

興宮署の熊谷刑事と名乗る人だった。前に境内で大石さんと一緒に居た所をみたことがある。

大石さんは別の用事で忙しいらしくこれなかったらしい。

 

残念だぜ。

大石さんに愚痴の一つでも言ってやりたかったのに。

 

そう魅音に目線で訴えると、

一緒に意地の悪い笑顔をした。

 

ところで警察の人にあったら聞きたいことがあった。

魅音の屋敷を襲ったミフネは結局どうなったんだ?

 

「ミフネの野郎はどうなったんですか?逮捕されたんですか?」

「…今の所、まだ見つかっていません。でもご安心ください。既に全国に指名手配されています。また、園崎グループの方々にもご協力して頂いておりますので、近いうちに捕まることでしょう」

 

園崎グループ?あぁ、まぁ警察がヤクザと協力しているとは言えないから、そういう言い方になっているのか。しかし、園崎グループだなんて、まるで大財閥のお嬢様みたいだな。

 

いや、実際にお嬢様か。妹の詩音も聖ルチーアに入っていたし。

ただ、どちらかとえばお嬢様と言えば沙都子の方がイメージが強いな。特に話し方とか。

 

「なに、圭ちゃん?おじさんの顔に何かついている?」

「いや、園崎家の方では何か行方はつかめていないのかな~って思ってさ」

「全然だよ。一体どこに姿をくらましたんだろうね…あのタヌキ親父。

 見つけたら、生皮履いてタヌキ汁にして食ってやるのにさ」

 

なんだ、その日本の怖い昔話集みたいな例えは。

警察の人達全く笑っていないぞ。

 

熊谷刑事は事件当日の話を聞きにきたようだけど20~30分程度の簡単な事情聴取で終了した。

拍子抜けするほど早かった。俺の体調を考慮してくれたのかもしれないけれど、

考えてみればもう事件から二週間過ぎているわけで、今更俺の証言なんて、

そんなに重要なわけでもないんだろう。

 

ただ、事件当日の状況の確認をしに来た。そんな感じだった。

 

熊谷刑事が立ち去ろうとしたその時、

俺はふと、気になる事を思い出した。

 

「あ、そうだ。最後にもう一ついいすか」

「なんですか、前原さん」

「俺達を救ってくれた人たちって、誰だったんですか?」

 

俺達が園崎家の地下祭具殿で立てこもっていたあの時、誰かが俺達を助けてくれた。

おそらく一人二人じゃない、かなりの大勢で銃器をもって戦ってくれたはずなんだ。

 

最初は大石さんが呼んだ警官隊だと思ったけれど、魅音に聞いたらそれは違ったようだ。

なら山狗と呼ばれた梨花ちゃんの護衛の人達かと思ったけれど、魅音曰く鷹野さんからは「私達が来た時は何もかも終わっていたわ」と言われたらしい。

 

彼らは何者だったのだろうか。

 

熊谷刑事も、また俺の問いには答えてはくれなかった。

ただ「我々警察が踏み込んだ時、そこにいたのは救助にきていた入江診療所のスタッフと、小此木造園の方々だけでした」とだけ語り、部屋を立ち去っていった。

 

俺は魅音の顔を見る。もしかしたら園崎家の方で何か知っているのかと思ったけれど、魅音が頭を左右に振った時点で諦めた。

 

園崎家の次期当主が知らないのであれば、恐らく誰も知らないだろう。

一体誰が俺達を助けてくれたんだろうか。まさか診療所の看護師と、造園所の人達が戦ってくれたわけじゃないだろうけれど。

 

「一つだけ言えることがある。あの時、鷹野さんは…圭ちゃんが瀕死の重傷をおって混乱している私を慰め、圭ちゃんの命を救うため全力を尽くしてくれた。誰が助けてくれたかはわからないけれど、名も無いヒーロー達と…鷹野さん、入江診療所と小此木造園の人達には感謝をしないとだね」

 

俺は無言で頷く。

 

誰だかわからないが、自分の身を危険にさらしてまで戦い、しかしそれを誇らずに去っていくだなんて。最高にカッコいいヒーローじゃないか…

 

俺はなれるだろうか?

ヒーローに。

 

お昼時になってようやく面会して来た皆から解放された俺は、病院食を食べる。

病院食は不味いとは言うが、体力が回復できていないときは、それなりに美味く感じられるものなんだな。不味い食事の代名詞と言われる病院食が驚くほど普通に食えた。

 

だが本命は魅音のお弁当だ。

病院食の後に食べるのだから、そんなに量は作ってきてはいなかったが、美味さという点では病院食とは比較にならない。

 

俺は魅音の弁当を一口食べさせてもらった時、余りにの美味さに涙がでそうになった。

 

「魅音…お前の弁当ってさ。本当に美味いよな…」

「あははは、圭ちゃん、大げさだなぁ…でも、そんなに喜んでくれると、作り甲斐があるよ」

 

そういって、魅音はお弁当の中に入っていた具材の中の一つを口に入れてよく咀嚼すると、

俺に口移しを行う。

 

病院食以外の固形物をまだ胃の中に入れるのは難しい。でも魅音の料理は食べたい。

そして、できるなら魅音とキスをしたい。という三つの難題をクリアした完璧な方法だ。

もっとも、看護師さんのいる前では出来ない方法だけれども。

 

俺が茶目っ気を出して、口移し中に少し舌を出したら魅音に困り顔で怒られた。

 

「駄目だよ圭ちゃん。

 それは元気になってから。おじさん…我慢できなくなっちゃうでしょ?」

「はははは、御免」

「元気になったらさ、またみんなで一緒に遊ぼうね圭ちゃん。

 どこかに旅行にいきたいな。部活メンバーでさ、東京あたりでも進出してみようか」

 

俺は何も言えなかった。

 

食事が終わった後に、魅音は俺の体の態勢を少し変えて、脚をマッサージする。

床ずれや、筋力の低下をふせぐべく、こういうことを定期的に行う必要があるらしい。

俺が意識が無い時から、魅音は看護師さんに教わり、見舞いに来ている間も行ってくれていたのだという。

 

「看護婦さん達も忙しいからね。

それに圭ちゃんが退院したら、おじさんが面倒みなきゃいけないから、その予行練習ってところかな?まぁ、介護自体はバッちゃんの世話でなれているしね。気にしないで」

 

そう言うと、屈託もなく笑う魅音。

その顔を見ると、俺の中の罪悪感がとぐろを巻いていて全身を駆け巡る。

 

本来、魅音はこんなことをする立場の人間じゃない。

園崎家の当主として、もっと大きく自由に羽ばたける存在なんだ。

 

それなのに、俺のためにそれらを犠牲にしている。

魅音への罪悪感と、自分への情けなさで涙があふれる。

 

「どうしたの圭ちゃん…?痛かった?」

「いや…魅音、ありがとうな。俺なんかのために」

 

「あはははは。なに?感謝の涙ってわけ?

 圭ちゃんの意識が無い間、おじさんがどれだけ尽くしたか知ったら、

 圭ちゃんの涙を貯めるプールが必要になるよ!」

 

…ごめんな魅音。

 俺は、お前のお荷物だ。

 

魅音がすっと俺の手の甲に、手を乗せて来る。

 

「大丈夫だよ圭ちゃん…

 ずっと、面倒見てあげるから、ね?」

 

魅音の優しい声で、さらに心が苦しくなる。

自分のふがいなさで、死にたくなる。

一生守ってやるどころか、お前の世話になるしかないだなんて。

 

「ハロ~、圭ちゃん元気?

 今日も圭ちゃんを独占してご満悦かな、お姉?」

 

「ケエエエエエイ!俺は信じていましたよ!

 アンタが不死身の男だって!」

 

俺のケアが終わった時を見計らったかのように、詩音が亀田くんをつれてお見舞いに訪れた。

何でも、詩音がエンジェルモートでお見舞い用のケーキを買っている時に、亀田くんに遭遇したらしい。話を聞いた亀田くんにせがまれ、仕方なく連れて来たそうだ。

 

詩音は、ベッドの横に置いてある椅子の一つに座ると俺にウィンクする。

 

「ね?圭ちゃん、言った通りだったでしょ?お姉は尽くしてくれるって!

 お姉は、むしろのこういう時の方が輝くんですよ。バアさんにでさえ尽くすぐらいですからね」

 

言った通りって、アレか、エンジェルモートでブチ切れさせた時に言っていた、

四肢を斬り落として箱詰めにして送っても魅音が面倒見てくれるって話のことか?

状況は確かに似ているかもしれないけどな。やっぱり、そっちの方が怖いだろ。

 

「ちょっと詩音ー、それって褒めてるつもりー?」

「もちろんですよお姉。お魎のバアさんの介護とか…

 想像しただけでカンベンです☆」

「ちぇー、なんだよそれー」

「次期ご当主様がんば☆苦労は買ってでもしろってネ!」

 

魅音と詩音がいつものようなやり取りをしている間に、亀田くんは紙の皿を4出して、エンジェルモートから買って来たケーキを人数分にふりわけた。

 

「本当はジャンボパフェをもってきたかったんスけどね…

 やっぱり病み上がりだとお腹にキツイですからね」

 

紙の皿に乗っているのは、イチゴの乗った可愛いショートケーキだ。

さすがだな亀田くん。実によくわかっている。100点をあげてやろう!

 

「食べようぜ魅音」

「うん、わかった」

 

魅音はおもむろに俺のショートケーキの上に乗っているイチゴを掴む。

 

「あれぇ?なんでお姉、圭ちゃんのイチゴに手を伸ばしているんですか?

 食いしん坊はダメですよ、お・ね・え☆」

 

「「…!?」」

 

魅音と俺の顔が固まり歪む。

ついさっきまで口移して食事をしていたので、その延長線でやってしまった。

 

だが詩音は俺達をからかうようなことはせず、

亀田くんの頭を両手でつかみ90度に無理やり曲げると、自分も俺達から顏を背けた。

 

「はい、見てないうちにどうぞ☆」

 

サンキュー、詩音!

亀田くんは突然首を曲げられた事に抗議をしたが、俺達はその間にイチゴの処理をした。

甘くておいしい。さすがは、エンジェルモートのケーキに選ばれるだけはあるぜ。

 

「いててて、なんなんスか…!」

「まぁ、気にするな亀田くん、詩音というのはこういう奴なんだ」

 

「こーゆーヤツってなんですか圭ちゃん?

 変な風評を流そうとしたら、行儀しますよ?」

 

行儀しますよ。ってなんだよその言葉。

行儀よくするの間違いだろう?いや、行儀よくさせるの間違いか?

言葉の意味はよくわからんが、なんか怖いぜ。

 

まぁ、なんにしても固いイチゴが処理できれば、

あとは問題無い。

 

魅音がショートケーキにスプーンを入れ、

俺の口の前に持ってこようとしたその時だった。

 

病室の入り口から首からカメラをぶら下げた男が入って来た。

知り合いでも無ければ、医療スタッフでも無い。

 

一体誰だこいつ?

 

「これはこれは、前原圭一くんと、亀田くんだね。

 いやいや、甲子園の宿命のライバルが二人一緒にいる所が見れるなんて!

 あ、写真、いいかな?」

 

俺達が返事をする前に、

勝手に写真を撮り始める。

 

なんだ、カメラマンか?

違う、ジャーナリストか。

 

「あ、私はね。写真週刊誌の記者をやっている者なんだけど。

 前原圭一くん、君、世間で話題の人だって知っているかな?

 凄いよね。恋人をかばって負傷したんだって?」

 

「えぇ、まあ…」

 

「でも、これってさ…都合よすぎないかな?

 両手を広げて銃弾を正面から受けるなんて、そういう映画みたいなこと簡単には

 できるとは思えないなぁ。なんか作為的なものを感じるんだよね。

 あははははは、気分を悪くしたらゴメンね。

 実は、足がすくんで動けなかったとか、そういうことってないかな?」

 

ずかずかと上がりこんで、何だこいつ。

ぶしつけにもほどがあるぞ。

 

その場にいる全員が、眉をひそめている

 

「それとも…圭一くんはさ、婚約者がヤクザの組長の娘だって知っていて婚約したんだよね?

 だとすると、やっぱりこういう抗争ってのも、あるってわかっていたって感じかな?

 いや、わかるよ。君ぐらいのは子は、学校にテロリストが入って、それを撃退する!なんて

 妄想、よくするからね!あははははは、そういうのって、スリリングだよね?」

 

さすがに俺もイラっときた。

こうやって人の感情を上下させる取材方法かもしれないが、それに俺がつきあわなきゃならないって法は無いよな?

 

「あんたさ…さっきからへらへら笑ってばかりだけど…

 俺のように銃弾を三発も受けたこと、あるんですか?」

「あははは、いや、それは無いかな…?」

 

「そうですよね。無いと思いますよ…あれは、そう…

 地獄のような熱さが胸から沸き起こって全身が燃えあがるような感じ…

 そういうのを知っていれば、そんな口の利き方はできないはずですからね…」

 

記者は、俺の答えに動揺している。

一つ、怖がらせてやるか。

 

「じゃ、あんたは水でいいや」

「え?水…?どういうことかな…?」

 

「苦しみ方ですよ。俺は燃え上がるような熱さで死ぬほど苦しんだ。だったら、あんたは水で苦しむと良い。知っていますか?雛見沢にね一種、恐ろしい力があるんですよ。あんたは今、そこに土足で上がり込んでいる事にまだ気がついていないようですからね。予言してあげますよ。あんたは、水で苦しむことになる」

 

…クククククク。

亀田くんも、詩音も魅音も笑っている。

 

「記者さんよぉ、Kの大予言はあたるぜ?何しろ、俺からホームランを打ったんだからなぁ」

「早く逃げた方が良いですよ…

 圭ちゃんを撃った人は死にましたし、もう一人は鬼隠しに合いましたからね」

 

亀田くんと詩音の言葉にたじろく記者に、

ドスの利いた声で魅音が叫んだ。

 

「さっさと出ていかねぇか!このドサンピンッ!!」

 

記者が部屋の入口まで退いたところで、外にいた看護師たちに取り押された。

「取材は禁止だっていったでしょ!外に連れていけ!」

記者は報道の自由がなんだとか抵抗していたが、ガタイの大きい看護師に無理やり連れて行かされた。

 

亀田くんは両腕を組んでため息をつく。

 

「困ったもんっスよ、あの手の低俗な記者は。パパラッチっていうんですか?

論理もモラルも無い奴らっす。ジャーナリストにもピンキリがいますが、ありゃキリの方ですわ。まぁ、ジャーナリストの連中にも良い奴らはいますから、あんまり偏見もたんで下さいK」

 

さすが甲子園ピッチャーとしてマスコミに追いかけられている亀田くんだ。

マスコミについては良く知っているらしい。

 

「そういや野球業界でも、今回の事は大事件として報道されていますね」

「野球業界?なんでだよ」

「忘れたんスか?さっきもあの記者がいっていたでしょ、俺とKの宿命のライバルって設定」

 

ああ、思い出した。野球対決していたときに、

成り行きから俺と亀田くんは共に甲子園を目指すライバル的なアレになっていたんだっけ?

 

マスコミも大勢来ている前で戦っていたしな。

今年の甲子園の注目の的とかなんとか。あったような気がする。

 

亀田くんはショートケーキをがっつく。

 

「まぁ、その辺は俺がなんとかフォローしておきますよ。

 どの道、Kは野球の世界に来る気なんてなかったんでしょ?

 今回の事件で野球を引退したってことにすれば、丸く収まりますし説得力もありますから」

 

おぉ、ありがとう亀田くん。

さすがだぜ、ジャンボパフェをつっつきあった義兄弟以上の仲だけはあるぜ!

 

「…つまんない」

 

今の声は、魅音か?

脇を見ると、魅音がほっぺたを膨らませて、そっぽを向いている。

 

どうやら、俺と亀田くんが仲良く語り合っている姿を見て、意地妬けたようだ。

なんで、俺と亀田くんが話をすると、いっつも妬くんだよ。

 

恋愛とは関係無い、男同士の友情ってヤツだろ?

全く仕方がない奴だぜ。

 

「ありがとうな魅音。ああいう啖呵をきれるなんて、やっぱりすげぇぜ」

「…あははは、そうかな?」

「そうだ。ケーキ食べさせてくれるか?やっぱり魅音に食べさせて貰うのが一番だからさ」

「んもう、しょうがないな圭ちゃんは。おじさんがいないと何もできないんだから。あははは」

 

少し頼ったただけもう機嫌が直った。

ちょろい。ちょろすぎるぞ魅音。

 

俺は、魅音が差し出したケーキを食べる。

うん。美味しい。

 

魅音もニコニコしている。

 

そのやり取りを見ていた詩音が感慨深そうに見ている。

俺達はケーキを食べ終わり、世間話をしばらくする。

 

日が沈みはじめ、

そろそろ面会も終了の時間が近づいてきたので、

詩音と亀田くんが立ち上がった。

 

詩音は病室の入り口前に行くと俺の方を振り返る。

 

「圭ちゃん、お姉を必ず幸せにするって約束、覚えていますよね」

「おう、もちろんだぜ!」

 

「それ…必ず、圭ちゃん自身の手でやってくださいね」

 

その瞬間、時がとまったような気がした。

 

詩音、お前もか。

お前も”知っている”のかよ。

 

俺は即座に答えられなかった。

そんな俺に失望したかのように、詩音はプイっと顔を背けると、

そのまま外へと出て行った。

 

後味が悪い。

 

亀田くんは、俺のベッドの横にくるとポケットからボールを取り出して俺に渡した。

ボールには「愛」と書かれている。

 

「K、あの日、あんたに教えてもらった事、忘れちゃいませんよ。

 人は皆、間違う。その間違いを認めて強くなる…良い言葉だぜ。

 ただ、間違わないのが一番だと思わないッスか?」

「亀田くん…」

 

「心に愛が無ければスーパーヒーローじゃない…そうでしょK?

 エンジェルモートで待ってるッスよ。

 またジャンボパフェをつっつきあいましょう」

 

亀田くんはそういって病室から出て行った。

 

俺は「愛」と書かれたボールを見ていた。

亀田くん、君は俺にこう言いたかったのか。

”間違う前に、間違いに気がつけ”って…

 

「じゃあ、おじさんも帰るね。また明日」

「…魅音」

 

立ち上がった魅音に、俺は声をかけた。

しかし、どう切り出して良いかわからない。

もう覚悟は決まっているはずなのに。

 

「なに、圭ちゃん…?」

「明日…来るんだよな」

「もちろんだよ。今、また明日って言ったよね?あれ?聞こえなかった?

 ごめん、ちょっと声が小さかったかも」

 

いや、そうじゃないんだ。

そうじゃないんだよ。

 

だけど、それ以上口に出すことができない。

 

「…じゃあ、明日な」

「うん。明日ね、圭ちゃん」

 

魅音が病室から出て行くと、

俺は病室の入り口をいつまでもみていた。

 

もう、十分だろう。

もう、十分愛してもらった。

俺は一生分の愛情を魅音から貰った。

 

だから、覚悟を決めよう。

明日、全てに決着をつけるんだ。

 

魅音の幸せのために。

 

[32日目(日):穀倉総合病院:昼間:前原圭一]

 

この日、穀倉は快晴だった。昼飯を終えた俺は車椅子に乗り、魅音に押されて病院の中庭にいた。照りかえる太陽。もう7月だ。暑い。

 

「…でさぁ、レナったら」

 

車椅子を押している魅音が、

俺が意識を失っている間の部活メンバーの話を機嫌よく話をしている。

 

あの襲撃事件が起きてから、今日で丁度二週間。

全ての決着をつけるのにふさわしい区切りだ。

 

「魅音、俺はお前のことが大好きだ」

「あははは。急にどうしたの圭ちゃん?おじさんも大好きだよ」

「だから、俺は、魅音が幸せになるためなら、どんなことだってする」

「――――――」

 

車椅子が止まった。

魅音も俺が何かを伝えようとしているのだけは分かったんだろう。

 

よし、言おう。俺の”決断”を。

これで、全てが終わるんだ。

 

「魅音、婚約を解…」

「バっちゃんとね、話をしたんだよ」

 

俺の言葉を、魅音が遮った。

 

「圭ちゃんが、下半身不随になっちゃって大変だけど、これを見捨てるなんてありえないからね。

 自分を守ってくれた婚約者が、動けなくなったから捨てるだなんて、仁義にもとる行為だよ。

 だからさ、圭ちゃんの面倒は一生ウチで見る。これが園崎本家の正式な回答だよ」

 

お前、俺が何を言いたかったのか”知って”いたのか?

いや、違うな。昨日の時点で皆が”知って”いたんだな。

 

レナだけじゃない、沙都子も、梨花ちゃんも、

詩音も、おそらく亀田くんも…

 

そして魅音も。

 

俺だけが”知らない”と思っていただけなんだ。

間抜けな話だぜ。

 

そもそも、考えていることが表情に出るような男が

隠し事なんて出来るわけが無いんだ。

 

「圭ちゃん…」

 

車椅子のストッパーをかけた魅音が、俺の正面に立つ。

その目は、慈愛と優しさに満ちていた。

 

「昨日も言ったよね。

 ずっと、面倒見てあげるから…って

 だからさ、いいんだよ」

 

なんで…なんで、

そんなことを言うんだよ!

 

魅音もッ!皆もッ!

そんなこと言われたって…もう、どうにもならないじゃないか!

 

俺はもう、こんなになっちまったんだぞ!

もう、魅音を守る事も、庇う事もできない!

子供だって、作れないかもしれないッ!

 

一生、お前の荷物になるだけなんだぞ?

一生、お前を縛り付けるだけなんだぞ?

一生、お前に寄生していくだけなんだぞ?

 

目が覚めた瞬間から、それは分かっていた!

だから、覚悟したのに!お前と別れることをッ!

 

それなのに…ちくしょう!!

なんで、そんなことを言うんだよッ!!!

 

「圭ちゃん、私も同じなんだよ」

 

…同じ?

 

「私も、圭ちゃんの幸せのためなら、何でもできる。

 どんなことだって、やってあげられる。もし私の命が必要なら捧げる。

 もし、私の持っている全てが必要なら全部差し出しても良い。

 名声、富、家名、そんなもの、圭ちゃんのためなら惜しくはない。

 

 …だから、よく聞いてね圭ちゃん。

 

 圭ちゃんが、本当に考えて、考え抜いて、それでも私と別れることが

 最善で、それで圭ちゃんが幸せになるんだったら、それでいいよ。

 私も喜んで別れる。だって、それが圭ちゃんの幸せなんだもん。

 

 だからさ、正直な気持ちを聞かせて欲しいんだ。

 …私と別れることが、圭ちゃんにとっての幸せなの?」

 

そんなの聞くんじゃねぇ!

俺の幸せはお前と一緒に生きることに決まっているだろ!

 

そんなわかりきったことを聞くなよ!

そんなこと聞かれたら、俺…決心が鈍っちまうだろッ!

 

諦めたのに!全部、お前のためだから身を引こうと決心したのにッ!!

 

お前の人生を縛るだけの俺なんかよりも、もっともっと優れた奴を

婿養子にすれば、お前の人生は飛躍できるだろッ!!!

 

こんな体になった俺の面倒を見るだけの人生を過ごす気かよッ!!!

なんで、そんな優しい事をいうんだよ…!止めろよッ!止めてくれ魅音ッ!!

 

涙が溢れてきた。止まらない。

ボロボロ大粒の涙が次から次へと湧き出て来る。

鼓動が止まらず、嗚咽する。

 

わかっているさ!

 

ここで颯爽と身を引いて、あとくされなく消える。

自分の幸せなんて求めず、愛する人の幸せだけを考える。

それが最高にかっこいい大人ってヤツだろ?

それがヒーローってヤツだろッ!!!!!

 

でも、俺は、大人になれないッ!!

魅音と一緒になりたいッ!!!魅音と共に歩みたいッ!!

 

ちくしょうッ!!なんで、おれはこんなに子供なんだよッ!

なんで、大人になれないんだよッ!!!!

 

…私の前なら、圭ちゃんの弱さをさらけ出しても良いんだよ。

 私は、圭ちゃんの全てを受け止めてあげるからさ

 

やめろッ!!

なんで、あの時の魅音の言葉を今頃思い出すんだッ!!

 

残りの人生は魅音に愛して貰った記憶だけで生きて行こうと思ったのにッ!!

 

そんなこと言われたら、俺、お前に甘えちまうだろッ!

魅音…お前は、本当に…バカ野郎だッ!!!!

 

「本当に…良いのかよッ…お前の残りの50年を俺は奪っちまうんだぞッ…

 そんな人生で、お前は本当に満足なのかよッ」

 

「ちがうよ圭ちゃん、

 その50年をくれたのは、圭ちゃんなんだよ」

 

魅音は俺の手を握りしめた。

その目に涙を溢れさせて。

 

俺はその顔を見てさらに嗚咽した。

泣きじゃぐった俺を魅音は抱きしめてくれた。

その魅音もたまらず泣きはじめ…

 

俺達は泣いた。人目をはばからずに泣いた。

 

俺も両手で魅音の体を抱きしめた時、

とても大切な事を忘れていることに気が付いた。

 

そうだ羽入は、”決断”の前にこう言っていたじゃないか。

 

――全ての帰結は貴方自身の選んだ選択により収束されます――

 

そうさ、皆が俺に伝えてきたことは、

ずっと前に、俺が皆に言ってきたことじゃないのか。

 

そして皆が俺の言葉を受け止めて、

俺に新たな道を示してくれたのであれば、

 

俺が今、本当に行うべき”決断”は、自分の考えに固執して出す事では無く、

皆が俺に教えてくれた大切な想いを受け止めて行うものじゃないのか?

 

だとするなら、俺は…

 

俺は顔をあげた。

正面に、俺が決断を下すために、

合うべき最後の人達がいた。

 

魅音の頭にキスをすると軽く頭を撫でる。

 

「ありがとうな魅音。

 だけど、結論を言う前に話しておきたい人達がいるんだ」

 

魅音が後ろを振り返る。

 

その視線の先に、俺の親父とお袋が立っていた。

魅音は涙を拭くと親父たちに一礼し、車椅子から離れる。

 

親父とお袋は車椅子の前までくると、

まっすぐに俺を見据えた。

 

「父さんはな。お前が、良家に婿入りとすると知って、少し浮かれすぎていたのかもしれない。

母さんともよく話し合ったんだ。今回だけじゃない、上の世界に生きていくのであれば、多かれ少なかれきっと同じようなこともあるだろう。だからな圭一、お前が望むのなら、婚約の話は無かった事にしても良いと思っている。その時は、また一から…家族でやり直そう」

 

親父、お袋。何だかんだ俺は言ってきたけれど、やっぱり、最後は俺の事を想っていてくれていたんだ。ここで婚約を解消したら、間違いなく親父やお袋の仕事に与える影響は大きいだろう。

多くの事業が駄目になり、これからの活動は苦しいものとなるのは間違いない。

 

園崎家婿養子の家族として得られた、

誰もが羨む社会的信用・信頼・地位…

 

でも、それらを全て捨てても、

俺のために一からやりなおそうと言ってくれている。

 

その優しさが嬉しくて、せつなくて…

だからこそ、俺は決断ができた。

 

俺が望むべき本当の未来を。

俺が進むべき正しい道を。

 

「ありがとう父さん。でも、俺、行くよ」

「…良いのか?」

 

腕の中にある宝石を離すなと教えてくれたのは、

父さんだから。

 

「大人になったな圭一」

 

そう言うと、親父とお袋は俺を抱きしめた。

それは温かくて、とても心地ちよく…

 

この温もりこそが、俺が求めた答えの

”帰結”だと確信できた。

 

親父とお袋は魅音に頭を下げて立ち去ると、

魅音は再び俺の正面に立つ。

 

「良いよ、圭ちゃん。覚悟はできている。何でも言って」

 

俺は両手で服を整え、上半身だけでも姿勢を正すと、

魅音にはっきりと聞こえるように告げた。

 

「園崎魅音さん。俺と、結婚して下さい」

 

「………………」

 

 ……………

 ………

 ……

 

大きく見開いた魅音の目から、再び大粒の涙が零れ落ちた。

 

まるで宝石のように美しいその涙の雫が、

ポロポロと幾つか地面に落ちた時、

 

魅音は微笑み、両手を前に重ねて深々と頭を下げた。

 

「はい。ふつつかものですが…

 よろしくお願いします」

 

照りつける太陽と、爽やかな風が吹く中、

俺は、魅音に二度目のプロポーズを行った。

 

[32日目(日):興宮警察署:夕方:大石蔵人]

 

ミフネ組の雛見沢襲撃事件が起きて以来、興宮警察署の組織犯罪対策課・暴対課は連日連夜大忙しであった。上層部が壊滅したミフネ組傘下の組織への一斉捜索が行われたのである。

色々な事件の様々な真相が表に出てきたおかげで、それを調べあげるのも、まとめるのも一苦労というありさまであった。

 

そんな大わらわになっている署内で、まるで我関せずといった風体で大石は自分の席で週刊誌を眺めていた。

 

週刊誌の記事には大きくデカデカと

―ミフネ組雛見沢襲撃事件の真相~神になろうとした男の末路~―

とタイトルが書かれている。

 

ミフネ組雛見沢襲撃事件は、綿流しの祭りの日に発生したため、秘匿捜査扱いになっていたはずであった。しかし、蓋をあけてみれば、犯行のあったその日の夕方にはマスコミに漏れ、翌日には大々的に報道された。さらには過去の雛見沢連続怪死事件との関連性が取りざたされ、一大センセーショナルとなって日本中を騒がせたのである。

 

ミフネが一連の怪死事件に関与した結果、自分を神と同一視し、本物の神となるべき大量殺人を引き起こそうとした。

…というこの事実は、オカルト的要素があることからも、マスコミの良い玩具としてテレビニュースや週刊誌などで連日連夜、面白おかしく取り上げられていた。

 

(さてはて、どんな意図が動いているんでしょうねぇ。ん~ふふふふ)

 

これら情報の漏洩は、誰かが意図的にリークしたものに間違いなかった。

なぜなら、これだけ大規模に情報が洩れているのにも関わらず、雛見沢症候群に関しては一切の情報が出回ってはいなかったのである。

 

もちろん、雛見沢症候群に関しては重大な箝口令が敷かれてはいた。

特に、この事件の中心にいた大石に対しては、わざわざ県警の偉い人が訪れ「雛見沢症候群が世間的に漏れた場合、雛見沢に対する差別や偏見を増長させる恐れがある」と口止めにきたほどである。

 

ただ、雛見沢症候群に関しては、大石にはそれほど思い入れがあるわけでもなく、今となっては、その病気自体の存在が隠されても、十分にミフネの犯行動機が立証であるため、素直に従う事にした。

 

その態度へのご褒美かどうかはわからないが、若頭の脳天を至近距離で吹き飛ばすということをしたのにもかかわらず「拳銃の適正使用」ということで問題にされることは無かった。

 

大石としては退職金が減額されず、一安心といったところではある。

 

( しかし、上の連中が、よく私の推理をそのまま受け入れましたねぇ )

 

雛見沢連続怪死事件に関しては、警察の公式見解として「個々に解決したもの」としてきた。しかし、今回のミフネ組雛見沢襲撃事件に直接関与した大石の推理を受け「各事件は個々に解決したものであるが、その裏でミフネが暗躍していた可能性は非常に高い」と、新たな公式見解を打ち出してきたのである。

 

事件当時、現場にいた現役警官の大石の証言は捜査にあたり大いに重要視された。

だが、だからといって大石の推理をそのまま上が受け入れるかどうかというのは別の話である。

 

そもそも、個人の推理などは通常は、様々な人間の手で修正が行われ、より正しく訂正されるものである。個人の推理が100%適用されるなど、本来あるはずがない。

そのあるはずが無いことが起きた場合は、もう二つしかない。

 

雲の上ほどに偉い人が決定を下した推理か。

もしくは、その推理が偉い連中にとって都合がよかったかだ。

大石は自分の推理に自信を持っている。だが、それがストレートに受け入れられると話はちがってくる。

 

おそらく、自分の推理は誰かにとって都合が良かったのだ。

警察の上層部か、あるいはもっと上の方で。

 

そもそも、今回の事件は謎が多すぎる。

 

ミフネがどのようにして連続怪死事件を引き起こしたのか、それらは全くわかってはいない。

 

どうやら、これら連続怪死事件はこのミフネと若頭のトップの二人だけで行っていたらしく、逮捕された幹部を含む40名の構成員は誰一人として、連続怪死事件についての詳細を知っている者はいなかった。

 

唯一、大石が若頭に直接問いただし…大石自身がミフネの関与を確信している工事現場監督殺害事件に関してすらも…実際に工事現場の監督を若頭が殺すように現場従業員達に因果を含めたのか、それすら裏はとれてはいないのだ。

 

わかっているのは、現在服役している工事現場監督殺害犯達は、そんな話を若頭や、ミフネ組から持ち掛けられたことは無いという事実だけである。

 

大石が問い詰めた時、若頭は確かに「オヤジの命令に従っただけ」と自供した。これは間違いなく自分が犯人であると認めた証言だろう。だが、誰も若頭と接点が無いというのだ。

 

そうなると、現在行方不明になっている殺害実行犯のリーダー格の男のみが若頭と接触していたという可能性が考えられる。だが、もし、そうであるとするならば”既にリーダー格の男は口封じのために始末されている。だからこそ、いまだに見つからない”という推測も成り立つ。

 

連続怪死事件で一番情報があるはずの工事現場監督殺人事件でさえ、このありさまである。

他の怪死事件に関してなど、何もわかっていないに等しい。

 

しかし、大石はこうも思う。

もしかして、自分の勘違いであったのかも、と。

 

裏の世界に通じていれば、工事現場の監督と自分の仲が良かったことぐらいは知っていただろう。

それを単に若頭が煽りとして使っていただけかもしれない。

 

それに「オヤジの命令に従っただけ」というのも、反乱行動に従っていたという意味で、工事現場監督事件とは全く無関係の発言だったのかもしれない。

 

だが、そうだとしても、大石はもとより現場にいた多くの者達、また電話回線がつながって状態で聞いていた興宮警察署の職員の誰もが、ミフネ自身が自らを”オヤシロ様”であると明言したのを聞いている。

 

とするのならば、やはりミフネはオヤシロ様であり、園崎家のために若頭に命じて連続怪死事件を引き起こしていた…と考える方が、筋は通っている。

 

(うーむ…ですが、どうも、もやもやっとしたものがあるんですよねぇ)

 

そもそも、今回の事件は、例年のオヤシロ様連続怪死事件と比べると”大雑把”すぎるのも、大石には気に入らないところだった。

 

事件に巻き込まれていた時は、自分が想像していた通り、園崎家…正確には園崎家を裏切ろうとしていたミフネが犯人であり、自分が推理していたことがある程度正しかったことで満足してしまい、思考をそれより先に進めることを止めてしまった。

 

しかし、こうやって冷静に考えてみると、例年のオヤシロ様怪死事件は全くも証拠も残さずに鮮やかに痕跡を消していたのに対し、ハデにドンパチやらかした今回の園崎本家への襲撃は本当に同一人物・同一組織が行ったとは思えないほど乱雑だ。

 

たしかに1000人、2000人規模の大狂乱を引き起こす大規模な計画なのだから、例年のオヤシロ様の祟りとは違い、あまり隠密的な行動や繊細さにはこだわらなかった。という考えもできるだろう。

 

だが事件には犯人の”色”というものが残る。

それが今回大きく違うのはなぜか。

 

そもそもヤクザ犯罪の”特色”というのは”威圧”…つまり、自分達が恐ろしい存在だと周囲に思わせることであって、連続怪死事件のように”証拠も残さずに犯行を行う”とは別モノなのだ。正反対と言っても良い。少なくともヤクザのやり口では無い。

 

(…う~む。事件が終わった直後は、これでおやっさんの墓に報告できる!と思ったものですが…なかなかうまい具合にはいかないものですねぇ…)

 

そんな考え事をしている大石に、熊谷刑事が近づいてきた。

 

「大石さん、どうやら上の方で話がついたみたいッスよ」

 

それを聞くと、大石は写真週刊誌を手に取る。

 

「ありゃりゃ、県警の大高くんが、こんなに張り切ってマスコミに対応してたのに残念ですねぇ。

 ま、なんでもハデにしたがりますからね。彼は…ん~ふふふふ」

 

大石が広げた写真週刊誌のとあるページには、犬猿の中である県警の大高が、

見開きの写真入りで力強く”この機会にヤクザを一掃する!”と息巻いていた。

 

だが、この大高の激しい鼻息も、

警察上層部と園崎家による話し合いによって収まることになるに違いない。

 

園崎家は県内の財界・政界ともつながりが深い。

もし、まともに捜査をしていれば、その被害は大きくなりすぎ地方自治すらも揺るがしかねない。

 

妥協点が話し合われたのも当然だろう。

 

おそらく園崎組や園崎家についてはこれ以上警察はタッチしない。

その代わりに、園崎組が絶縁したミフネ組に関する全ての情報を提供すること。

こんなところだろう。

 

事実、警察で保護されていた園崎お魎は、信じられない速さで解放されていた。

これも警察上層部の働きかけたあったのは間違いなく、熊谷刑事あたりは悔しがっていた。

 

ただ昭和58年にはまだ暴力団組長の使用者責任を問えるだけの法律が整ってはいない。

お魎を雛見沢連続怪死事件の使用者責任で捕まえることは困難であった。

 

また実際問題として、今回の騒動では、園崎家当主の園崎お魎は被害者の立場ではある。

弁護士から再三再四に渡って「被害者なのに長期拘留をするのか」と文句を言われれば、解放せざるをえない。

 

だからといって園崎家・園崎組も、ミフネ組に全ての責任を負わせてしっぽ切りの大成功・万々歳というわけにはいかない。

代わりに、ミフネ組が行ってきた全ての犯罪活動についての情報提供を行うということは、同時に、ミフネ組がやっていた”シノギ”が丸ごと全滅することも意味していた。

 

予想される犯罪行為だけでも、銃器密売、違法薬物の輸入販売、密入国の斡旋、人身売買、パスポートの偽造など枚挙にいとまがない。

膨大な数の犯罪は、裏を返せばそれだけの金銭的収入があったということでもあり、

それら全てが明るみになれば、園崎組は財政面で大打撃を受けるのは間違いなかった。

 

熊谷刑事が二本の缶コーヒーのうち、

一本を大石の前に置くと、もう一本の蓋を開けて口をつけた。

 

「そういえば、昨日、前原圭一さんに事情聴取をしに行きましたよ」

「ん~どうしてたか、彼?元気でしたか?」

「ええ、比較的落ちついてきてはいるようです。そうだ。あと…地下施設に立てこもった時、誰に助けて貰ったか知りたがっていましたね。お茶を濁した言い方で誤魔化しましたが、実際、我々もわかっていませんしね」

「助けてくれた…人達ですか」

 

大石は額にシワを寄せる。

それは大石自身も気になっている所ではあった。あの時、何者かがミフネ達を襲撃した。

だからこそ、大きな隙が生まれ自分達は奇跡的な逆転ができたのだ。

 

だが、大石が自分達を助けてくれたヒーローを探す事はできなかった。

雛見沢症候群の隠蔽と同じく、上からストップがかけられたのだ。

 

自分達を助けてくれたと思われるヒーロー達が使用したと思われる証拠物件も、残らず特命を受けたと言う本庁の連中に持ち去られた。

鑑識の爺様の検査結果も根こそぎ奪われたようだが、爺様の見立てによると「西側諸国の最新の無力化兵器が使われた」ということらしい。

 

これはどういうことなのか。

 

(…ここから何か、導けそうな気もしますね)

 

大石は考える。

 

意図して流された今回の雛見沢襲撃事件。

まるで情報の出てこない連続怪死事件の全容。

連続怪死事件と、襲撃事件の手口の特色の違い。

隠ぺいされる雛見沢症候群と、ヒーロー達の存在。

 

これらは別個に考えるべきでは無く、一つの流れの中に存在しているとしたらどうだろうか?

もしかしたら、個々では無く全体を見る事で何か正解のようなものが見えるのではないだろうか?

 

恐らく手持ちの情報と知見だけでは、真相を完全には暴くことはできないだろう。

だが、しかし、それでも自分は退職するまでは警官なのだ。

 

"当事者が完全に不在な以上、考えても仕方がない"と思考を放棄して、事件の全体像を推測するのを止めることは、やはりできない。

若頭の死と、ミフネの失踪により、全ての謎が闇に包まれてしまったとしてもだ。

 

例え答えにたどり着けなくとも、

長年刑事を務めてきた自分になら真実の一端には近づけるはずだ。

 

大石はしばらく思案していると、おもむろに口を開いた。

 

「ねぇ、熊ちゃん。実は先日知り合いから…南ちゃんの話ってしたことあったっけ?」

「えっと、大石さんがお世話した人ですよね?南井巴さんでしたっけ?確か、垣内署で捜査一課の課長代理を務めている」

「そうそう、その子からね…昨日、妙な話を聞いたんですよ」

 

ミフネ組の調査に多忙を極めていた大石の元に、妹の結婚問題のいざこざで大変な事態に陥っていると南井巴から相談の電話があったのが一週間前であった。

 

ミフネ組の調査が落ち着いたのを見計らい、昨日ようやく時間を作り私的にエンジェルモートで会う事ができた。南井は妹が親子ほど年が離れている男性…しかも、よりにもよって南井の勤務先である垣内署の署長と結婚を前提に付き合っていることに対しての不満を420ほどぶちまけつつ、エンジェルモートのメニュー表に記載されている素敵なデザートを端から端まで頼んでやけ食いを行った。

 

その南井との雑談中に、ふと南井が「そういえばミフネ組雛見沢襲撃事件で、内調が動いていた形跡があるようです」という話をしてきたのである。

 

南井曰く「証拠がなく推測にすぎませんが」ということでそれ以上の詳しい話はしなかったが、どうやら事件当夜、南井が所属する隣県で内調関係者と思われる人物がおかしな動きをしていたというのだ。南井巴がデタラメな話を言う人間で無いことは大石も承知してはいたものの、当の本人から「まぁ、気にしないで下さい。まさかですよね」と言われて目の前で大盛のパフェを六杯もたいらげられたので、その場ではそれ以上の追及はしなかったのだが…

 

もしかして、この話は今回のミフネ組雛見沢襲撃事件…もっといえば連続怪死事件の真相の”鍵”になるのではないだろうか?

 

だとしたら、あの時、なぜ南井がおかしな動きをしていた奴らを内調関係者だとあたりをつけたのか、もう少し詳しく聞くべきであった。

今更ながら大石は少し後悔した。

 

「内調って、内閣情報調査室のことですか?政府直属の諜報機関の?スパイ組織の?まさか…」

 

大石からこの話を聞いて熊谷は半笑いでそう語ったが、完全に笑い飛ばすことはできなかった。

大石が真面目な顏で考えてこんでいたからだ。

 

「ねぇ、熊ちゃん。今から突拍子も無い推理しちゃうけど…暇つぶしに聞いてみる?」

「えぇ、大石さん。どうぞ…」

 

「もしかしたら、これ…高度な諜報戦が行われたかもしれませんよ」

 

古手梨花の話を聞き、今までの情報を総合すると”東京”と呼ばれる組織で派閥争いが行われ、一方の派閥と手を組んだミフネが、雛見沢症候群を発症させようとしたと考えられている。

 

それによって御三家が滅び、ミフネが園崎家と園崎家を乗っ取ると言う計画だ。

 

だが、あの夜のミフネの行動は単なる園崎家の乗っ取りだけではなく、

その先を見据えての行動だったと考えてみたらどうだろうか?

 

「それって、どういう意味ですか大石さん?」

 

「…熊ちゃん、ミフネの襲撃事件以来、私はね『今回の事件は、園崎お魎の憂慮に忖度したミフネが、オヤシロ様として力を行使して連続怪死事件を続けた結果、自尊心が肥大し、己が神となるために、オヤシロ様の化身の古手梨花を殺害し、雛見沢症候群を発症させ、雛見沢住民の虐殺を引き起こそうとした』と、主張してきました」

 

「えぇ、誰が外部にリークしたんだが知りませんが、今ではもう、世間一般の常識のようになっていますよね」

 

「でもね…もし、この私の主張がですよ。嘘…いや全部逆だったとしたら…どうですか?」

「全部、逆…?」

 

熊谷は人差し指を口を当てて考え込む。

 

「それってつまり…最初からミフネは、雛見沢住民の虐殺が目的で、元より園崎お魎には忠誠心が無く、いつか反逆するつもりで…連続怪死事件も、事件そのものを引き起こすことが重要で…ってことですか?…それって…」

 

そこまで言って熊谷は口をおさえた。

気が付いたのだ。大石が何を言いたいのかを。

 

「…大石さん。まさか…ミフネの本当の目的は…!」

「そう”雛見沢症候群”これ自体がミフネの本当の狙いだったのではないでしょうか?」

 

「しかし、一体なぜです!?園崎家を乗っ取るために雛見沢症候群を利用したのならわかります。しかし、最初の連続怪死事件の時から雛見沢症候群を使い殺人を行っていたというのは、わかりません!ミフネに何のメリットが!」

 

「…ミフネの組は対外組織との交渉でしたね。その中には共産圏の軍部もあったはずです」

「まさか…!ミフネは雛見沢症候群を…ソ連に売ろうとしていた!?」

 

大石は、ゆっくりと頷く。

 

ミフネは武器密輸を行い東側・共産圏と呼ばれる国々と付き合いがあった。

ミフネが入江診療所に接触し、雛見沢症候群と呼ばれる病気を知ったことで、生物兵器としてソ連に売り渡そうと考えていた可能性は考えられる。

 

そしてどれだけの威力があるか試すために、事件を起こした。

すなわち兵器としての運用データの収集。それが、連続怪死事件の目的ではなかったのか?

 

仮に自分達がやったとバレたとしてもミフネ組は、園崎お魎の忠臣として知られていた。

『園崎お魎が憂慮した。だから俺達が実行にうつした』

雛見沢の暗黙のルールでは、これで問題は無い。

 

なぜ、今まで黙っていたかについても『汚れ仕事は自分達でやります。本家の手を煩わせる必要はありません』と言えば、怒られはするが、それ以上にはなりはしないだろう。

 

綿流しの祭りの日にわざと事件を起こしたのも、自分達の忠誠心をアピールするための材料と考えれば、おかしくはない。

 

つまり

『忠誠心があったからオヤシロ様連続怪死事件を起こした』

のではなく

『連続怪死事件のカモフラージュのためにオヤシロ様を利用した』

のだろう。

 

四度の実験で雛見沢症候群の毒性を見極めたミフネは、

この病原体にさらに付加価値をつけて、より高く売りつけるために、

デモンストレーションを行うことを計画した。

 

すなわち雛見沢一帯の死滅。

 

一夜にして2000人が死に絶えることで、世界は震撼し、雛見沢症候群に注目が集まるだろう。

そして病原体には天井知らずの値段がつけられるに違いない。

 

そして折よく、東京と呼ばれる組織の派閥争いが勃発した。

それをミフネは利用して雛見沢症候群を村中に発症させる計画と、園崎家乗っ取りを実行にうつした。

 

それが連続怪死事件と、

今回のミフネ組雛見沢襲撃事件の真相では無いか?

 

そう、ミフネは最初から忠臣でもなんでもない欲望の権化であり、園崎家を裏切り、神となるつもりだったのだ。

 

しかも、ただ園崎家を乗っ取るだけでは無く、価値を高めた病原体をソ連に売り渡すことで多額の資金を得て、それを元手に地域一帯の権力を手中に収めることも画策していたのではないか?

 

ミフネにとっては”東京”と呼ばれる組織の派閥争いはまさに好機襲来であり、

一石二鳥、いや三鳥の計画だったというわけだ。

 

もちろん、これは古手梨花が死に、雛見沢症候群が広まることを良しとする東京と呼ばれる組織の派閥達とも利害が一致する。いや、あるいは、ミフネの計画をしっていたからこそ、彼らは手を組んだ可能性も高い。

 

そう考えればミフネも、なかなかどうして大した人物であったのかもしれない。

この計画が成功したのであれば、ミフネは中部地方や関西・近畿の一帯に強大な影響力を持つに至っていた可能性が高い。

 

だが、ミフネにとって誤算だったのは、それを日本政府がいち早く察知したことだろう。

あるいは対立する派閥が、日本政府に密告したのかもしれない。

 

日本の風土病が海外で生物兵器に使われると知られたのなら、日本の国際評価は地に落ちる。それを恐れた政府は、それを阻止すべく内調に命じた。

そして事件当日、内調により特殊部隊が投入された…

 

「…まさか、そんな映画みたいなことが」

「その”まさか”ですよ熊ちゃん。おかしいじゃないですか、病気の存在をここまで徹底して隠すだなんて、何かなければこんな風に情報統制すると思います?」

 

「確かに、雛見沢症候群に関しては上層部は鬼気迫る感じで口止めをしていましたね」

 

大石の推論は笑い飛ばすにはあまりにも事実関係が整い過ぎていた。

 

そもそも、相手を殺さずに制圧するなど並大抵の技量で、できるものでは無い。

諜報組織の特殊部隊なら納得できるし、表に出すわけにはいかないのも理解できる。

 

また、雛見沢症候群に関しても”兵器”として転用される可能性を考えれば、それを警察や政府が表に出したく無かった。というのも納得できるのだ。

 

そして、この考えを突き進めていると、なぜミフネ組雛見沢襲撃事件が早々にマスコミに漏れたのかも、おおよその推測がつく。つまり雛見沢症候群を隠すための欺瞞工作だ。

 

日本の病気が生物兵器と売られるという恐ろしい事実が海外に発信されるのは良くないが、それが『いくつも存在するトンチキな流言飛語の一つ』『多く出回る陰謀論の一つ』であればどうだろうか?

 

誰も信じるものはいなくなる。

 

実際、今回の襲撃事件がマスコミに流れたさいには、事件の核心部分となる『雛見沢住民の殺戮方法』がわからないため、マスコミは様々な俗説を提示した。

 

・鬼ヶ淵沼からあふれ出した謎の寄生虫を井戸の中にばら撒く。

・自衛隊から奪った細菌兵器をヘリコプターを使い空中散布する。

・鬼ヶ淵沼に墜落した宇宙人の体から発見されたウィルスを広める。

 

そうしたデタラメかつ、うさんくさい説の中に

「実は雛見沢には奇病が存在し、それを用いて雛見沢住民の抹殺を謀ったのだ。そして上手くいったのなら生物兵器としてソ連に売る計画であった」

なんて話があったとしても『よくあるゴシップネタ』としか思われないだろう。

 

週刊誌やワイドショーが面白おかしくこの事件で騒げば騒ぐほど、真実がわからなくなり、雛見沢症候群の存在を隠したい人たちにとっては都合がよくなるわけだ。

 

おそらく、大石や熊谷の知らない所で世界の運命をかけた戦いが行われていたのだろう。その渦中にたまたま大石達がおり、標的では無いゆえに見逃されたと考えるのが妥当な線ではないだろうか?

 

いわば、大石達が助けられたのはあくまで偶然の産物に過ぎないというわけだ。

 

「…いや、大石さん。その可能性、十分ありえますよ!」

「…熊ちゃんもそう思いますか?」

「ええ、それなら、この事件の歪な謎、統合性が取れない部分も幾つか説明がつきます…クソッ…こんな映画みたいな事件の中心に俺達がいただなんて…なんか、こう…震えますね…!」

 

少しばかり興奮している熊谷に大石は苦笑する。

熊谷は優秀な刑事だがドラマティックな話に目の無い所がある。

 

実際に映画のような国際謀略の渦中に自分が存在していたかもしれないという話に、ちょっとした高揚感を感じているのだろう。

 

「まぁ、先ほども言った通り、暇つぶしに考えた何の根拠もない推論ですので…あまり言いふらさないでくださいね。熊ちゃん…ん~ふふふふふ」

「ええ、わかっています大石さん…いや、しかし…ううん…」

 

考え込んでいる熊谷を横目で見ながら、大石は缶コーヒーの蓋をあけて口をつけた。

 

(…ま、話せる部分はこれぐらいでしょう)

 

大石は熊谷に自分の考えを全て話してはいなかった。

”雛見沢症候群を生物兵器としてソ連に売り渡す”という推理をした後、実はもう一段深い考察を大石はしていたのだ。

 

それは”雛見沢症候群が旧日本軍や日本政府が作り出した生物兵器では無いか”という疑惑である。

 

根拠は幾つかあった。そのうちの一つは”東京”なる組織の存在である。

赤坂は、この組織を政治家の裏金作りやマネーロンダリングに関与したぐらいしか考えてはいなかったが、大石はそれ以上の疑惑を向けていた。その理由は、全く表に出てこない事である。

 

警察上層部は、雛見沢症候群や、大石達を助けたヒーロー達を暗に認めつつ、言わないようにと箝口令を指導した。しかし”東京”なる組織に関しては、全く存在しないかのように扱ったのだ。

 

また”東京”に関して言えば、入江診療所とは、まるで無関係のように装っていたのも不可解であった。

 

これが最大の疑惑の要因である。

 

なぜならば、単純に風土病の撲滅だけをうたうのであれば、それに関与していることを隠す必要は全くない。むしろ、自身の組織の健全さをアピールするために、逆に喧伝するはずである。

 

それをしないということは、すなわち表に出せないようなことをしているからに違いない。

 

それと”雛見沢症候群”という病気自体の存在が怪しい。

入江診療所に話を聞きに行った熊谷の話では、戦前にその存在を疑われ、近年その病原体が確認されたらしいが、それほど前からあるのであれば古老はもとより、雛見沢御三家も知っているはずだ。だが、実際には古くからこの地に住み続けている大石の母親も知らなかったし、御三家も研究に協力をしていた古手家以外の人間は誰も知らなかった。

 

雛見沢を実質的に支配している名家ですら知らなかったのだ。

園崎お魎も、次期当主・園崎魅音すらも。

 

普通では考えられないことだ。

 

だがこれらを「政府の開発した生物兵器」あるいは「旧日本軍の開発した生物兵器」として考えると、ある程度の統合性がとれてくる。

 

例えばこういうことだ。

 

旧日本軍は大戦中、生物兵器を開発していたのは良く知られている。

そのほとんどは終戦後に破棄されたか、アメリカに接取されたらしいが、旧日本軍が一部の生物兵器を密かに隠し、それを後年、日本政府が発見した。

 

そのような物は本来即座に処分する必要があるが、その生物兵器は今まで見た事が無いようなものであり、日本政府は有用性を認め、その生物兵器のさらなる開発と改良、そしてその治療や予防のための研究を密かに行うことにした。

 

そして実施場所として雛見沢が選ばれ、その生物兵器の名称を”雛見沢症候群”と名付けた。

そうして作られた研究所が”入江診療所”である。

 

では、入江診療所に多額の金銭を提供した”東京”なる組織はなんなのか?

この流れから考えるに、日本政府の秘密の組織なのではあるまいか?

 

これは何もサスペンスドラマの見過ぎでは無い。

実際、党派を超えて様々な政治団体や組織が存在する。

その中には、政府に近いものもいくつかある。

 

有名な所では”日本会議”などがそれだ。

 

日本の首相や、与党の幹事長が所属するこの”日本会議”など、よく考えれば日本を裏で支配している結社ともいえる。裏の日本政府と言っても良い。

 

おそらく”東京”と呼ばれる組織も、その系統なのだろう。

しかも、あまり表に出せない暗部よりの。だから警察上層部も”存在しないもの(アンタッチャブル)”にしているのだ。

 

彼ら”東京”が生物兵器”雛見沢症候群”の開発を主導し、入江診療所を開設させた。

だが、彼らだけでは開発はできない。

 

当然それらを行うには現地の協力者がいる。

生物兵器の”治療法”と”予防法”に関しては古手家…古手梨花が率先して協力をした。

表向き治療薬の開発と言えば、協力も得やすい。事実、古手梨花は両親が居なくなった後も、協力を継続している。彼女は女王感染者という話だが、これは生物兵器のキャリア(感染者)一号という意味とも考えられる。

 

では、もう一つ”生物兵器の運用”や”効果の実証実験”に関して言えば、これの協力者を得るのは相当に難しい。それは地元の有力者でありながら、己の利益のためなら地元が傷付けられても構わないという相反する条件が必要となるからだ。

 

その条件に符合したのがミフネだった。

元々、雛見沢一帯の有力者の園崎家関係者でありながら、

園崎本家を裏切るつもりだったミフネにとっては渡りに船だったに違いない。

 

ミフネは園崎本家に黙って入江研究所と通じて”雛見沢症候群”という病気の検証実験の協力を行っていた。それがすなわち、オヤシロ様の祟りである。

 

ただ、ミフネ達は協力をしていただろうが、かならずしも主体であるとは思えない。ミフネは裏の社会に顔が聞き、汚れ仕事はするとはいえ、表に出ないように実験をおこなうような繊細な作業ができるとは思えないからだ。

 

だとするなら、あくまでミフネ達は事後処理が主体であり、検証実験はおそらく入江研究所のスタッフがやっていたに違いない。

 

もちろん、ミフネはただ協力して日銭を稼いでいただけでは無いだろう。

兵器として使えるかどうか、雛見沢症候群のデータを入江診療所とは別に手に入れていたに違いない。高額でソ連に売りさばくために。

 

そして最終的には園崎本家を滅ぼして園崎組を乗っ取り、雛見沢症候群を村中で発症させて兵器としての価値を高め、病原体をソ連に売り渡し、地位と権力、富と名声を得ようと企てていた。

 

これは言うなれば、いつかは”東京”なる組織を裏切り、出し抜くつもりであったという意味でもあるが、ミフネのようなヤツならそう考えたとしても不思議では無い。

 

そして、今回そのチャンスがやってきた。

東京と呼ばれる組織の派閥内抗争だ。

 

一方の派閥から雛見沢症候群を発症させることで、おそらく入江研究所を支援していた別の派閥に打撃を与えるように依頼されたのだろう。十分な見返りを用意されて。

 

だが、ミフネはただその指示に従うだけに留まるつもりは無かった。

これを機会に己の野望を満たそうとしたのだ。

 

そして後は先ほど熊谷に話した通り、反対派閥に密告されたか、あるいは日本政府に察知されたか、特殊部隊が派遣されて落着した…

 

…咄嗟に思いついたわりに、

 なかなか辻褄が合う推理ではあった。

 

生物兵器など一から作るには莫大なリソース…資源と金と途方もない時間が必要だ。

しかし”元々あった兵器を改良する”なら話は別である。

それほどの手間と金も時間もかからない。

 

もちろんそれはあくまで比較の話であって、それでも、かなりのモノと時間が必要だろう。

東京なる組織から流れた多額の資金は、風土病の撲滅のためではなく、兵器開発のために使われたのでは無いだろうか?

 

それならば秘密にするのもわかる。

そんなものに関与していたとは口が裂けても言えないだろう。

 

そもそも、雛見沢症候群の”極度に興奮し死に至る”という病状も、第二次世界大戦という時代背景を考えると、実は別の面も見えてくる。

 

つまり、元々は戦時中に開発されていたヒロポンや覚せい剤などと同じく、

最初は兵士達の戦意高揚薬として作られたのではないだろうか?

 

だが、威力が強力すぎて兵器に転用された。

こういう流れも推測できる。

 

また、粗雑なミフネ組が、証拠も残さずにオヤシロ様の祟りを演出できたのも、もともと『祟りを行っていたのが別の専門のスタッフであった』というのなら、納得できる。

 

そしてオヤシロ様の祟りにミフネ組が関わることで、もし犯行がバレたとしても『全て、園崎家のためにミフネ組がやったこと』『園崎お魎が憂慮したのをミフネ組が忖度して行った』という『雛見沢独自の村社会ルールにのっとって行った』と誤魔化すことができる。

 

こう考えれば入江研究所とミフネ組が手を結び、オヤシロ様の祟りを実行にうつしていたと十分説明できるし、連続怪死事件の手際、”特色”が、ミフネ達極道モノと違う理由にもなる。

 

(しかし、まぁ、こんな話、熊ちゃんには言えませんねぇ。んふふふ…)

 

熊谷に言えない理由は三つほどあった。

まず一つ目は、状況証拠があったとしても、物的証拠がない点だ。

政府の組織が運営していたのであれば、今回の騒動が広まった時点で、入江診療所にあったであろう証拠物件は塵も残さず消されているだろう。

 

第二の理由がこれが真実であった場合、熊谷の身に危険が及ぶからだ。

この事実はもう一介の警察官が抱えてどうこうなる次元の話では無い。

政府が裏で進めていた恐るべき陰謀という規模の話なのだ。

 

おそらく、この話が正しかった場合、

それを知る熊谷は日本政府に密かに消されてしまうに違いない。

 

そして最後の第三番目の理由…

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

すなわち”今のご時勢に全然あっていない

 

ようするに、現在の世界情勢を考えると日本政府が生物兵器を開発していたという話には信憑性がまるでないのだ。

 

確かに、かつては日本はBC兵器(生物・化学兵器)を作ってはいた。

しかし、それは当時の大国の間ではBC兵器を保有するのが常識であったということであり、別に日本だけではなくアメリカも、ソ連といった国々も研究や開発を行っていたのだ。

 

だが、今や核兵器の時代である。

 

1975年に国連総会で『生物兵器禁止条約(BWC)』が発効された。

それ以降、生物兵器の開発や生産・貯蔵は国際的に禁止され、BC兵器の影響力は戦前とは比べ物にならないほど低下している。

 

それにも関わらず、その”BC兵器の悪名”は相当なものだ。

病気や毒ガスを使って相手を苦しめて殺害せしめる兵器に良いイメージがあるわけは無い。

 

禁止条約に批准している日本が、その悪名高いBC兵器を開発したと知れたら国際社会から大きな非難を受けるだろうし、そもそも、国内で民間人相手に生物兵器の実証実験なんてやらかしたら内閣の解散どころの話では無い。総理大臣のクビですら飛ぶだろう。

 

そして困ったことにBC兵器というのは戦場での使用以上に、周囲の国々に保有をアピールし”圧力”として用いないと最大限の効果が得られないのだ。

 

中東や共産国の一部の独裁国家、ならずもの国家と呼ばれる外交イメージの悪い連中が”俺達は毒ガスをもっているぞ”と周囲を威圧するには有用ではあるが、

 

戦後、平和外交を行い戦争から無縁という『清廉潔白なイメージ』の路線で進めてきた日本にとって”国際条約を無視して生物兵器や毒ガスを新たに開発を行い配備する”というダーティーなイメージは、マイナスになりこそすれ、プラスには全くならないだろう。

 

つまり、メリットよりもデメリットの方が遥かに大きすぎて、生物兵器を開発する意義が見当たらないのだ。

 

現在でもBC兵器は”貧者の核兵器”と言われている。

しかし、それは”金を持っていない国でも開発できる大量殺りく兵器”というだけの話であり、

 

日本は高度成長期を迎え、これからますます発展していくというこの時期において、政府が秘密裏に開発を行うとするならば、それは、より高度で、かつ、効果的な兵器の開発を行うはずに決まっている。

 

”原子力船むつの事故によって凍結されていた原子力潜水艦開発を密かに行っている”

”原子力発電所は日本が自力で水素爆弾や原子力爆弾を作るためのものであった”

”種子島で行われているロケット開発は弾道ミサイルを視野に行っていた”

生物兵器なんぞを秘密裏に開発しているよりも、この手の与太話の方が、よほど現実的で信憑性があるというものだ。

 

大石とて定年退職する直前の身ではあるが、

”生物兵器がいまだに国際イニシアチブを取れるほど威力がある”

などといった、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を信じるほどモウロクはしていない。

 

戦後40年もたつのだ。

今はもう、戦後では無い。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんてのは…皮肉な話ですねぇ…ま、オヤシロ様連続怪死事件そのものが、そもそも、個々で見れば解決しているのに、全体で見れば一つの事件に見える。という不思議な事件ですから…意外と真相は”実は全部関係無い事件で、たまたまその日に起きたダケ”なんて、しょーもないオチだったりするのかもしれませんね…んふふふふふ…)

 

大石がコーヒー缶から口を離すと熊谷はポツリとこぼした。

 

「そういえば…ミフネの所在もまだわかっていませんね」

「…ん?ミフネ、ですか」

 

「前原圭一さんも気にしていましたよ。ミフネは、まだ捕まっていないのかって…」

「んんん…どこへ行っちゃたんでしょうね、彼は…」

 

大石は腕を組む。ミフネは雛見沢襲撃事件以来姿を消していた。

県警の大規模な山狩りでも、市内のローラー作戦でも発見することはできなかったのである。

ミフネは全国に指名手配され、さらに極東の裏組織やマフィアとのつながりも深い事から海外逃亡の可能性も視野に入れICPOを通じて国際指名手配までされる予定であった。

 

「病室には園崎魅音さんもいらしていましたが園崎家の方でも情報は掴んでは無いようでした」

「それはよかった。おそらく園崎家経由で情報が出た時は、彼、死んじゃっているでしょうからねぇ」

 

園崎家は、表向き警察に協力するという名目で、裏社会に対してミフネに対する絶縁状と、賞金付き指名手配書をバラまいていた。

ミフネを生きて捕縛した者には、一千万という大金が支払われるらしい。そのため、一獲千金をねらうヤクザやチンピラどもが、動いている話も聞こえてきている。

 

もっとも、実際に園崎家が見つけた場合、生かして警察に引き渡されるかは疑わしい。

婚約者に瀕死の重傷を負わせたミフネに対し、当主代行の園崎魅音は怒り狂っており”祭具殿にある全ての拷問器具を使って、生き延びたことを後悔させてやる”と公言してはばからないからだ。

 

大石としては、地下祭具殿の中にあった銃器類だけでなく、拷問器具もなんらかの理由をつけて警察の方で回収したかったところであるが”アンティーク”と抗弁されては、さすがに手も足もでなかった。

また、ミフネ組やその傘下の組織に対する一斉捜査により、押収した膨大な事件やシノギの調査に忙しく、特に事件には直接関係無い拷問器具の数々を調べる暇も時間もなかったのも事実である。

 

(まぁ、諜報戦説が正しいとすればミフネは、日本政府や、アメリカ、ソ連に拉致されたか、殺された可能性もありますねぇ。だとしたら見つからないのも当然…身の丈のわきまえぬ悪党には相応しい最後かもしれませんが…おやっさんの墓標には胸をはって伝えるわけにはいきませんね…)

 

「あ、そうだ大石さん。ミフネといえば、聞きましたか?雛見沢でのオヤシロ様の話…」

「ん~?いえ、聞いてませんが…んふふふ…オヤシロ様が、あんなチンケなヤクザだってわかって雛見沢のみなさん、ガッカリしたんじゃありませんか?」

「いえ、所が…なんか、妙なことになっているんですよ。

 本物のオヤシロ様が、名前を語った偽物を消したって話になってるみたいなんです」

「んん?熊ちゃん、どういうことですか、それ…?」

「今回の被害者の数ですよ…」

 

熊谷は、今回の被害をあげた。

 

今回の綿流しの日に行われた襲撃事件では多数の負傷者が出たものの入江診療所のスタッフの迅速な対応のため、重軽症者だけでほぼ犠牲者は出ていなかった。

 

ただ二人を除いて。

 

それは大石が射殺した若頭と…

「行方不明になったミフネ…ですか」

 

毎年綿流しの日に起きた連続怪死事件。

警察には知られてはいなかったが、雛見沢の住民誰もが知る”共通点”が存在していたという。

 

それは、オヤシロ様の祟りが起きる時、

一人は死に、一人は鬼隠し…行方不明になる。

というものである。

 

「ほぅ…そんな話があったんですか?初耳ですね…」

「えぇ、そして事件の被害者の情報を見て下さい大石さん」

 

一年目は工事現場の監督が死に、殺害グループの首謀者の男が行方不明になった。

二年目はダム反対派の男が死に、その妻が行方不明になった。

三年目はダム中立派の神主が死に、その妻が行方不明になっていた。

四年目は反対派の親類の女が死に、その保護者の男子が行方不明となっていた。

 

そして、五年目の今年は…若頭が死に、ミフネが行方不明となっていた。

 

「なるほど、なるほど…神様の名を騙り力を振るっていた不届き者が、

 最後は本物の神様によって消されたって事ですか…寓話ですなぁ~んふふふふふ…」

 

大石は、そう笑うとコーヒーの缶の中身を一気に胃の中に流し込んだ。

大石は確信した。おそらく二度と、ミフネが見つかる事はないであろうことを…

 

[32日目(日):港町埠頭:夜:野村]

 

寂れた港町の埠頭を走る一台の黒塗りの車。

その後部座席に座っていた野村はゆっくりと、車載電話の受話器をおろした。

 

ミフネ達の襲撃は失敗に終わった。だが想定の範囲内だ。

予定通り、ヤクザ同士の抗争という形で落着できそうである。

 

このさい、現場の刑事による面白い推理も使う事にした。

 

現地の神事を利用して自ら神になろうとした暴力団組長がおこした一大犯罪。

この事実が広まることにより全体像がボカされ、真相にたどり着くことは困難になるだろう。

 

とはいえ、このまま日本に居座り続けるのも危険なのは間違いなかった。

監査の手が、すぐ近くまで迫っているという情報を入手していたからだ。

 

入江診療所・入江機関に侵入させていたスパイたちは、この情報を送った後、全員消息を絶った。

おそらく全滅したに違いない。だとすれば、もう監査の手はすぐそこまで伸びているはずだ。

 

今回の目論見はあまりうまく行かなかった。

監査の対応が早すぎて、主派閥に大きなダメージが与えることができなかった。

 

各所に手回しが既にされており、せっかくの機会だというのに親中派が思うように動けなかったのである。

 

全く効果が無かったわけでは無いが、あまりにも費用対効果が悪すぎた。

野村自身のキャリアにも良い影響を与えないだろう。

 

後部座席に無造作に置かれているパスポートを取る。

そこには偽名と、次の任地が書かれていた。

 

しばらくは日中友好の国交回復外交要員の1人として、中国へと赴くことになる。

2.3年ほど、中国に滞在し、ほとぼりが冷めたころ戻ってくれば良い。

 

これからも国家を揺るがす様々な謀略が生み出されるだろう。

そのためにも野村はこれからも働き続ける必要がある。

こんなところで、躓いているわけにはいかないのだ。

 

「…検問です」

 

運転手が声をかけてきた。

見れば前方に自衛隊のトラックが止まっており、何人も自衛隊が銃をもったまま立っている。

自衛隊員が市内で銃を持ったまま立っているとは、あまり考えられない光景だ。

一体何が起きたのだろうか。

 

1人の自衛隊員が、車に近づき窓ガラスを叩いた。

運転手が窓ガラスをあけると、その自衛隊員は後部座席を覗き込んできた。

 

「…野村さんですね?」

 

その顔は、

富竹ジロウ!

 

野村は急旋回を命じると、黒塗りの車は、その場で急速スピンを行い真後ろに向かって走りだす。

野村は己の迂闊さに舌打ちした。既に自分の行動は補足されていたのだ。

 

富竹ジロウがこれほど優秀な人物であるとは野村は想定していなかった。

 

ただ事実はやや異なる。鷹野三四があまりにも早く裏切ったために、

その分だけ富竹ジロウは調査を長期的かつ深淵的に行なえたのである。

 

だが、富竹ジロウの調査がどんな形であれ野村が窮地に陥っているのは違いなかった。

さきほど通り過ぎたはずの道は、既に自衛隊の大型車両によって塞がれており、戻る事も進むこともできなくなっていた。

 

「如何いたしますか?」

 

運転手の男が、そう言って後ろを振り向いたとき、

野村はその額に黒い棒状の物を突きつけた。

 

「プランCよ」

 

赤い花が咲き、車のフロントガラスが真っ赤に染まった。

野村の乗った車は蛇行を繰り返して、車両止めを乗りあげ、埠頭から海へとダイブする。

 

「…しまった!」

 

富竹ジロウと、自衛隊員達は、車が飛び込んだ海をライトで照らした。

飛び込もうとした隊員もいたが、富竹ジロウはそれを制した。夜の海はあまりも危険すぎる。

 

しばらく、何かが浮かんでこないか海面を照らし続けたが、

ついに何かを発見することはできなかった。

 

後日、警察が車の落下事故の調査を行い、車の引き揚げ作業を行った所、

車内から見つかったのは運転手の遺体のみであったという。

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