エースコンバット7 FLIGHT REZON   作:ブレイブ(オルコッ党所属)

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STAGE18【Mayday(伸ばした手)

 

 

 

 

 アーセナルバードが電子の揺り篭から高みの見物をしているチョピンブルグ上空。

 

 スケルトン隊を失ったIUN国際停戦監視軍と数多のUAVが火花を交わす戦場に。

 

 1機の戦闘機が飛び込む。

 

 ノズルの間に突き出た特徴的なフレアディスペンサー。

 オーシアではあまり運用されないスホーイ系列の機体だった。

 

 機体カラーは黒を基調とし、尾翼と翼端はオレンジ色に染まっていた。

 

 スホーイのパイロットはマスクの中で深い息を吐いた。

 吸って、吐き。それを繰り返し。息をしていた。

 

 まるで水中から浮上した後、呼吸を取り戻したかのように息吹を上げていたのだった。

 

『こちら、第68実験飛行隊基地。シュローデルです。こちらでもモニターしていますが、体調はいかがでしょう』

「問題ない」

 

 しわがれつつ、威厳と荘厳さを醸し出す声色。

 地の底から震え上がるようなその声には、確かな野心の炎が燻っていた。

 

『わかりました。コプロによるデータ収集は順調に作動中です。しかし宜しいのですか? いきなり戦闘空域に突入するなんて』

「ここで堕ちるなら、私もそれまでということだ」

『その心配はしていません。しかし万が一があります。身体的不調が表示されれば直ぐに戻ることをお忘れなく。いまあなたを失うわけにはいかない』

「こちらは大丈夫だ………了解した」

 

 通信終了。

 老練のパイロットはシートに身体を預け、目を閉じた。

 

「さあ、お前たちは何者だ?」

 

 王の目が、開く。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「もう数えるのも馬鹿らしい! 揃いも揃ってゾロゾロと! ゴーレム3! チェックシックス!」

「了解回避する」

 

 もう何機落としたのか。親鳥から産まれたMQ-101の小さな躯体を炎に染めて落とした。

 

「こちらガーゴイル4! 撤退しようにもUAVを振りきれない!」

「ゴーレム隊、メイジ隊! こっちに来てくれ!」

「UAVを味方機から引き離せ!」

「ガーゴイル4、俺が割り込みます! その隙に離脱を! ゴーレム1、カバーをお願いします」

「任せろ。よし頂く!」

 

 ガーゴイルの寝首をかこうとするカトンボを誘い込み、ノッカーの射線上に誘導して撃墜。

 

 いったいどれだけこんなことをやっているのか。

 

 ガーゴイル1はブラウニーと共に遥か前方に。

 ガーゴイル2と4はUAVとAPSの電磁パルスによる損傷により満足に戦闘できず。戦闘機動が出来るのが辛うじてガーゴイル3のみと言う悲惨な状況だった。

 

 フォートグレイスの男たちはそいつらをUAVから守るために孤軍奮闘しつつ撤退戦を繰り広げていた。

 

「メイジ隊のあいつも残っているのか? なら生きて帰れるかもしれない」

「メイジ2が何機ものUAVとやりあっている。UAVを抑えてくれてるのか、ありがたい」

「ガーゴイル2、彼らが秒単位で命を削ってる。振り返るな、奴らを信じるんだ!」

「わかってる。俺たちが出来るのは、急いで逃げることだけだ。絶対生き残るぞガーゴイル隊! 彼らの努力を無駄にするな!」

 

 スーパートムキャットを駆るガーゴイル隊もボロボロになりながらも生き残るというただ一つの命題を手にスロットルを吹かしている。

 これ以上死なせるわけには行かない。オーシア空軍の大原則『機体は消耗品、パイロットが生き残れば大勝利』を果たすためにも! 

 

「こちらガーゴイル1。ゴーレム2とともに作戦空域から離脱する」

「撤退中の2機、戦闘態勢に移行しろ! 未確認機がコンタクト! ガーゴイル1、ゴーレム2! 直ちに応戦せよ! 攻撃開始!」

 

 ブラウニーの方に敵! 

 数は!? 

 

「敵は単機! Su-30! カナード付きのSM仕様だ」

 

 Su-30SM、しかも1機だけ? 

 Su-30は30という番号に反してSu-37のノウハウを組み込んだ次世代のスホーイ機。

 少数しか生産されてない貴重な機体がこの戦域に現れたのか? 

 

「なんだこいつ! いやこの機動は!」

「ガーゴイル1警戒! ミサイル! 避けて!」

「速い! こちらの………」

 

 ブツン、という音と聞こえてくる砂嵐。

 

「スカイキーパー、ガーゴイル1ロスト」

「なんだと、どういうことだ?」

「隊長? 隊長っ!!」

「なんてことだ。あの凄腕がこうも呆気なく」

「ゴーレム2、状況を知らせろ」

「くぅっ!」

「単に喋るだけで良い!」

「相手は………Su-30! 翼端がオレンジ!」

 

 翼端がオレンジ、ネームド? いやそんなネームドは公開されては………

 

『実はネームドより強い隠された凄腕部隊がいるらしい』

『なんですかそれ』

『俺も詳しくは知らねえけどよ。実験部隊のXプレーン乗りらしいぜ』

 

 一瞬、あの時のおやっさんとの会話が甦る。

 ゾワッと身体中の初毛が逆立つ感覚を覚えた。

 

「逃げろブラウニー! 逃げるんだ! 早く!」

「………駄目、引き離せない。ついてくる!」

「ゴーレム2、格闘戦をやめて逃げるんだ!」

「うぅぅ、くっぅ!」

 

 苦悶の声を上げながら逃げ回るブラウニー。

 駄目だ駄目だ駄目だ! このままだと! 

 

「こちらメイジ2! ゴーレム2を迎えに行き………」

「新たなUAVを確認! 撤退中のガーゴイル隊、君らのすぐ近くだ!」

 

 レーダーに現れた新たな光点。

 

 ガーゴイル隊1機につき4機のMQ-101が何もないところから出現した。

 

「なっ、いつの間に!」

「こいつら! 無人機の癖に雲を使ってレーダーを散らしやがった!」

「ぐあっ! ミサイルがかすった! 至急援護を頼む!」

「ゴーレム、メイジ! UAVを撃墜せよ」

 

 いま俺が離れればガーゴイル隊が死ぬ。

 だがこのままではブラウニーが………

 

「トリガー、行くぞ! ガーゴイル隊が危ない!」

「………了解、了解!!」

 

 迷ってる暇はない。だけど、くそっ! 

 

「FOX3! 行けぇっ!」

 

 最後の4AAM発射。だが当たったのは1機だけだった。

 だが敵の動きが乱れた。

 

「頂く!」

「隙アリだぜ!」

 

 ボグガードとフットパッドが横合いからかっさらってくれた。

 残り1機を他に任せ、ガーゴイル4の元に向かう。

 

 ロック、したが雲に隠れてシーカーがぶれてしまった。

 

「くそっ、コソコソ逃げてんじゃねぇ! 堕ちろっ!」

 

 ギリギリで赤ロック、発射されたミサイルは蛇行しながらもMQ-101を捉え、爆発で雲が赤く変色した。

 

「メイジ2、UAV撃墜。いいぞその調子だ」

「フォートグレイス飛行隊! 次は楽させてやる、必ず生きて帰れよ!」

「了解! 早く逃げてくれ! ブラウニー大丈夫か、さっさとこいつらを倒して直ぐに」

「……れる」

「何? 何て言ったブラウニー!」

「食われる………」

 

 なんだって? 食われる? 

 普通ならそんな疑問を持つはずだが。俺はそれよりも、ブラウニーが出したとは思えない震えた声に疑問を抱いた。

 

「フーフー、ヒッ! まだ撃ってこない、何故………怖い」

「ブラウニー、何が起きてる? どうした!」

「撃ってこない、敵が撃ってこないの………」

 

 撃ってこないだって? 

 それはまだ生き残ってるということだから普通なら安堵はすれど恐れはないはず。

 だがブラウニーのうわ言のように言葉を紡ぎ出す。

 

「ロックオンは、されてるの。ずっと後ろにいる。何度も攻撃のチャンスはあった、はずなのに、撃ってこない、ミサイルどころか機銃も撃ってこない。弄ばれてる? いや違うそれとは違う。でも離れようとしてもずっとついてくる、ピッタリと、頭に銃口を押し当てられてるような………ば、化け物、化け物がいる」

 

 ブラウニーの涙声にその場にいる全員の血が冷えた。

 

「ブラウニー、離れろ! 離れるんだ」

「怖い、助けて、私………」

「しっかりしろよブラウニー! いつもの委員長口調はどうしたんだよ!」

「冷静になれ、お前なら出来るだろう!」

「怖い! 助けて、怖い!! いやっ!!」

 

 仲間の声も届かず、ブラウニーの精神の均衡がついに決壊した。

 その叫びが鼓膜を揺らした時、俺の中の何かが千切れ飛んだ

 

「隊長! ブラウニーの援護に向かいます!」

「待てトリガー、お前1人じゃ無理だ!」

「ネガティブ! メイジ2、ゴーレム2の救援に向かう!」

「待て、待つんだメイジ2!」

 

 操縦桿とラダーを倒し、急旋回。

 1人戦場を後にしブラウニーのいる方位045に向けて舵を切った

 

「駄目だ1人で行っては!」

「メイジ隊! 後ろの敵をなんとかしてくれ!」

「メイジ1、ガーゴイル4を助けるんだ!」

「だがトリガーが!」

 

 後ろの声を無視してただひたすらに進む。

 

 くそっ、遠い! まだ視認すら出来ないなんて! 

 

 レーダーの光点は絶えず動いている、だがほぼ重なっている。

 オレンジ野郎はストーカーも裸足で逃げる程ブラウニーにピッタリ張り付いている。

 

「ハー、ハー、ハー、ハー………」

「ブラウニー! 俺の声が聞こえるか! いまそっちに行ってる! 頑張れ」

「駄目、もうダメ………」

「脱出しろブラウニー! 戦えないならベイルアウトするんだ! そしたら振り切れる! 生き残れる! それが出来ないならこっちに誘導するんだ! そいつは俺が堕とすから! 諦めるな! 早く!!」

「いや、いやっ………」

 

 力の限り通信を訴えてみるが、相変わらずうわ言を返すだけ。

 完全に戦意喪失している。

 くそっ! いったい何がしたいんだあのフランカーは! 

 

「見えた、けどまだっ」

 

 距離は15000。やっと二人の機体が点として見えてきた。

 早く、早く飛べよファルコン! 

 必死に訴えかけるも既に速力MAX。それでも俺はスロットルを押し込み続ける。

 

 距離12000。

 

 まだ遠い、くそっ速く!! 

 

「ゴーレム2、状況報告………状況報告! ブラウニー!!」

「捕食者だ………」

「なんだって?」

「弱いものが食われる。力のない物は、ただただ鏖殺される………私は………」

「ゴーレム2、落ち着け、敵から離れるんだゴーレム2!」

 

 憧れたノッカーの声も届かず、1人孤独にブラウニーは化け物の圧に去らされていく。

 

 距離10000! もうすぐ。

 

「メイジ2! 援護を!」

「今行く! だからこっちに来い! 今行ってるから! 早くこっちに!!」

「誰か! 援護を、援護を!」

 

 距離8000! 間に合え、間に合え!! 

 

「………………リヒト!」

「ジェシカァーっ!!」

 

 ザーーーーー………

 

「!?」

 

 スピーカーから聞こえる砂嵐。

 そして視線の先にあるはずのブラウニーのホーネットが火の玉となり。

 

 空中で爆散した。

 

「………………………」

 

 何が起こったのか。

 本当に何が? 

 

 ブラウニーは? ジェシカは何処? 

 

「………ゴーレム2、ロスト」

「くそっ!」

「嘘、だろ………」

「そんな、ブラウニーが………」

 

 スカイキーパーの冷静な声。ノッカーの悔しげな声。ボグガードとフットパッドの呆然とした声。

 

 俺の耳には、まるでボイスドラマの台詞にしか聞こえず、何処か遠くで話してるように聞こえた。

 

『敵機を撃墜した………ゲホッゲホッ』

『アルカンシュ。バイタルに危険域が見られました。即時帰投して下さい』

『まだ、1機いる』

『帰還してください。これはプロジェクトを預かる者としての命令です』

『………了解した、帰投する』

 

 ブラウニーを堕とした尾翼がオレンジのSu-30はそのまま戦域外に離脱した。

 ロケットエンジンを積んでるのかと言うほどの急加速。追うことも出来ず、化け物は遥か彼方に飛び去って行った。

 

「スカイキーパー、ブラウニーをやった奴は」

「離れていく、追えるものはいない………残念だ………」

 

 死んだ? ブラウニーが。

 パラシュートが見えない、あいつは確実に、死んだ。

 

 俺の目の前で………

 

「メイジ2! そっちに無人機の編隊が接近中!」

「こいつら! ガーゴイルからトリガーに乗り換えやがった!」

「おいトリガー大丈夫か! 返事をしろ! メイジ2! トリガー!」

「トリガー! 敵がそっちに行ってる! 聞こえないのかトリガー!」

 

 ………敵が来てる。

 

 お前たちのせいで。ブラウニーが………! 

 

「殺して、やるっ」

 

 ペダルを蹴り飛ばし、急旋回。

 目の前にはMQ-101、4機。 ロックオンアラートがコクピットの中で響く。

 

 操縦桿が砕けるほど憎悪を込めた。今は目の前に移る全てが憎い。

 向かってくる無人機は相変わらず埒外な機動を取ってこちらを翻弄しようとした。

 

「だからなんだ」

 

 更に加速。すれ違う無人機に対し、俺はミサイルをその場に置いた(・・・)

 すれ違おうとした無人機はミサイルと正面でかち合ってひしゃげた。

 

 減速からの反転。敵は味方が落ちても変わることなく任を全うしようとこちらにミサイルを撃ってきた。

 バレルロール、フレアを使って敵のミサイルを散らし、もう一度ヘッドオンで無人機を撃墜した。

 

 残り2機。

 操縦桿を引いて上昇。機体が縦に向いたのを見計らってそのまま宙返りで真下を向き、そのままパワーダイブ。

 変わらずヘッドオンを仕掛けようとしたMQ-101の単細胞な頭にミサイルの砲火を浴びせ。

 旋回して体勢を立て直そうとした最後の無人機の直上から軸を合わせて機銃の引き金を引き、その小さな機体のパルスエンジンが爆発。

 

「死ねっ、死ねぇっ!」

 

 爆発して落ちてもなお、その白い躯体が跡形もなくなるまで機銃でバラバラにし、無人機の身体を裂いた。

 

 まだ敵はいる。全部叩き落としてやる!! 

 

「次!」

「全てのUAVの撃墜を確認」

「待てスカイキーパー! まだ敵は」

「残りの無人機は撤退を始めた。メイジ2、我々が今すべきことはガーゴイル隊を退避させ、君たちを撤退させることだ。敵を殲滅させることではない」

「………了解。ガーゴイル隊のエスコートに戻る」

 

 俺は母機に向かうUAVに目を向けた。

 

 どうやら飛ばした無人機は親鳥に帰っていくらしい。任務を終えたアーセナルバードはその雄々しき翼を翻して悠々と軌道エレベーターの元へ帰っていった。

 

「ゴーレム1、すいません。間に合いませんでした」

「撤退の指示をしたのは俺だ。それに、今のお前が行ったところで死人を増やすだけだった」

「………」

「少なくともあの時は妥当な判断でしたよ、編隊長」

「いや、ひよっこを手元から離すべきではなかった。全て俺の責任だ。メイジ2、お前に非はない。全て自分の手で解決できると思うな」

「………」

 

 ノッカーの指摘に俺は応対することは出来なかった。

 頭ではわかってる。あの時俺がブラウニーの救援に向かっても勝てるかどうかわからない。

 だけど。

 

「あんなブラウニーを放っておけるわけないじゃないですか」

「ガーゴイル隊を危険な目に合わせてもか?」

「じゃあ見捨てろと言うのですかあなたは! ブラウニーの叔父であるあなたが! 任務だから非情になりきれと言うのですか!!」

「落ち着けトリガー」

「クラウン、あんたも編隊長の肩を」

「落ち着けトリガー! ………もう終わってしまったことだ」

「………クソッ!!」

 

 俺はキャノピーに拳を打ち付けた。

 

 打ち付けた拳が痛みに熱くなった。

 だけど、その痛みはブラウニーの何億分の1に満たされるのか。

 

 それを知るものはこの場にはいなかった。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 両面作戦は完全なる失敗に終わった。

 

 ファーバンティを再攻撃したケストレルⅡはエルジアに撃沈されて海の藻屑になった。

 環太平洋戦争を終戦に導いたケストレルの名を受け継ぐ船がこうもあっさりと堕ちてしまうとは。やはり名前ではなく乗り手の問題なのかな、と何処か遠い目で報告を聞いた。

 

 そしてまたも誤爆を起こしたとか。エルジアは好機とばかりにニュースで大国オーシアを批判した。

 

 司令部はそんな大敗北をしたあとでも軌道エレベーターに向かうと言う。

 

 なんでそんな躍起になってるのか、軌道エレベーターには何があるのか。

 

 ………そんなこと、なんかどうでもよくなっていた。

 

 部隊の紅一点を失ったフォートグレイス基地は暗い空気に落とし込まれた。

 

 基地内のアイドル的存在であったブラウニーの損失は、思った以上に大きかったらしい。

 オペレーターの女性が声をあげて泣いてるのを見た。

 特に親しかったその子はブラウニーがノッカーについてよく相談していた子だったらしい。

 

 ブラウニーが死に、基地に戻ったあと、俺は涙を流していなかった。

 あの冷静なボグガードでさえ涙を流したというのに。フットパッドは鼻水も垂らして涙をボロボロ落としていた。

 

 俺は何か、胸に大きな穴が空いたような、ただただ

 喪失感を覚えるばかりで。

 

 ブラウニーは戦死したことにより二階級特進となって大尉になった。

 

「大出世だなジェシカ」

 

 そんなこと一欠片ほど思ってないのに言葉だけが出た。

 

 何処かで戦争なんだから仕方ないと受け入れてるのだろうか。

 思ったより俺はリアリストな男だったみたいだ。

 

 それを強がりに見えたのだろう。クラウンを筆頭におやっさんや他のメカニックからも心配されたが。笑顔で「大丈夫」と行ってハンガーを後にした

 

 とにかく疲れた。早くベッドに身を預けたくて、俺は夕飯を食べることなく自室に向かってパイロットスーツだけを脱ぎ捨てて倒れた。

 

 まとわりつく虚脱感だけが身体にのし掛かっていた。

 

 

 

 

 

「あっ」

「ん」

 

 部屋を出たらノッカーと鉢合わせた。

 

「おはようございます。これから何処へ?」

「ブラウニーの遺品整理だ。普通は駆り出されないんだが、一応親族だからな」

「俺も行っていいですか?」

「楽しいものではないぞ」

「はい」

 

 ついてこい、と言うことなくノッカーは歩きだした。

 ふと彼の横顔を見てみたが、いつもと変わらない仏頂面だった。

 

「ブラウニー、ジェシカは弟の娘でな。小さい頃はよく懐いてくれていたものだ」

「はあ」

「あいつが中学の時に環太平洋戦争が起きて、そこから疎遠になってな。事後処理が終わった頃にはパイロットになると言っててな」

「ブラウニーから聞きました。叔父は自分にとっての英雄だと」

「英雄か………若い頃はそんな幻想を抱いていたものだが、ベルカ戦争でこっぴどくやられてからは」

「フリューゲル、ですか?」

「クラウンから聞いたのか? あの時俺は5番機、クラウンは6番機でな。瞬く間に8個小隊の仲間が落とされた。恐怖というものを目の前でありありと見せつけられたような気分だった」

「恨んでいるんですか、フリューゲルを」

「………最初はな。だがそれが戦争だ。昨日まで仲良く話していた奴が隣にいないことなど、戦争では当たり前だ。恨みはすれど、憎みはしなかった………だが」

 

 ギュっと拳を握りしめ、唸るように歯を噛み締めたノッカー。

 そこには明確な憤りと悔しさがあった。

 

「ブラウニーを落とされたのは、正直堪えた。自分の中で踏ん切りをつけてるつもりだったのだが。あの時ブラウニーを落とした相手に、憎しみを抱かずにいられなかった。俺もまだ未熟だな。戦争は殺し殺され、そこに過度な憎しみは持ってはならないと律していたのだが」

「あのオレンジは、なんのためにあんなことを」

「敵の思考など理解できないさ。だが、あんなブラウニーは見たことがなかった。お前もそうだろう」

「はい………」

 

 いつも凛としていた。皆の憧れの存在。

 そんな彼女が戦意喪失し、涙声で助けを乞い続けた。

 

 戦場に正しい死など存在しない。

 だけどあれは、あの惨状は、あの死だけは間違ってると断言できる。

 

 敵の思惑がなんであれ、あんな死に様は悲惨すぎる。

 

 俺は、あのオレンジだけは許せない。

 必ずこの手で………

 

「トリガー、奴が憎いか」

「当たり前でしょう」

「そうか。なら隊長としてではなく先輩として教えてやる。憎しみだけで飛ぶなよ」

「え?」

「憎んでもいい、復讐したいと思っていい。だがそれだけで飛ぶな。憎悪だけで飛べば、その先にあるのは周りに厄災を巻き垂らした挙げ句、凄惨たる非業の死という結末だ。世界に核という恐怖を植え付けようとした、国境無き世界や灰色の男のようにな」

 

 憎悪だけで飛ぶな。前にクラウンも言っていた。その時はノッカーの受け売りだと言ってたっけ。

 国境無き世界と灰色の男も、世界に対しての有り余るほどの憎しみで戦争を始めた。

 でも、そうだとしても俺は………

 

「少なくとも、ブラウニーはそんなお前など見たくないだろう。あいつは前に俺にこんなことを言った。『トリガーはエースの素質はあります。でも同時に戦場の空が似合わない男です』ってな」

「ブラウニーがそんなことを?」

 

 戦場が似合わない男か、確かに戦場じゃなくて普通の空を飛びたいけども。

 そんな風に見えたのかブラウニー。これでも傷ありで如何にも訳ありな見た目してるのに。

 

 いや………あいつは。

 

「俺、昔結構ショッキングなことありまして。その時ブラウニー、ジェシカに言われたんです。人の人生は生まれや血筋だけで決まるものではないって」

「お前は確か、ベルカの生まれだったな」

「ええ。今この場にいれることが奇跡なんです。そのお陰で戦争に巻き込まれました。人生とはわからないものです………」

「そうだな」

「隊長………ブラウニーの仇は、まだ整理が出来ません。またあいつが出たら、どうなるか。でも頭には入れておきます」

「充分だ。今はな」

 

 ブラウニーの私室に来た。

 ドアに手を掛けようもしたら、先に中から女性士官の人たちが荷物を抱えて出てきた。

 

「ウィンターズ中佐! とパーマー少尉?」

「ああ、こいつは付き添いだ。もしかしてもう終わっちまったのか?」

「ええ、あまり物を置いてなかったようなので」

「そうか」

 

 失礼しますと一礼して通りすぎる女性士官。

 

 その荷物から一枚の紙がヒラリとこぼれた。

 

「あ、すいません。取って頂いても」

「いいですよ」

 

 屈んで紙を取った。何が書いてるのかと興味本位から文面に目が行った。

 

「………」

「パーマー少尉?」

 

 その紙を見て俺は釘付けとなった。

 

 紙にはブラウニーが書いたブラウニーのレシピが記されていた。

 5月の初期とまだ新しかった。

 

『そういえばトリガー。あなた来週誕生日だったわね』

『なんか作ってるうちに楽しくなって。結構頻繁に作ってるのよ』

『オッケー。楽しみにしててね』

 

 あれが最後の会話だった。

 あの時想像できただろうか? 

 あり得たとしても考えてなかっただろうか。

 

 ポタリ。レシピ紙に雫が落ちた。

 目元を触ると濡れていて、それが自分の涙だとわかった。

 

 後から溢れる涙を止めることも出来ず、次々とレシピに濡れた紋様が落ちていく。

 

「編隊長」

「なんだ」

「ブラウニーは………ジェシカはもうこの世にいないんですね」

「………ああ。あいつはもういない」

 

 編隊長の言葉が重く響いた。

 

 そうか………本当にいなくなっちまったんだな。ジェシカ………

 

 なんでアイツが死んでも涙が出なかったのか。

 俺はただ、現実を直視してなかっただけだったんだ。

 

 あの時直ぐに助けに行ってたら変わってたのかと。そんな後悔にも気づけずに。

 

 俺はしばらく泣き続けた。

 声を押し殺して、ただただ泣き続けた。

 

 編隊長はそんな俺に声もかけず、ただ側にいてくれた。

 

 彼女が戦死した。その現実はあまりにも残酷で、受け入れがたいことだったことを。

 今になって思い知らされたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





………………結構辛いですね。わかってて書くとしても。
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