エースコンバット7 FLIGHT REZON 作:ブレイブ(オルコッ党所属)
ディレクタスの宿を出発し、途中ソーリス・オルトゥスという街で昼食を食べ、ウスティオとサピンの国境に差し掛かった。
ベルカとウスティオの国境と比べたら大分スムーズに手続きが通った。
国境によって状況が違う、ということか。
サピンに入ると街の外観がガラッと変わった。
建物の多くは白い壁。それが何処までも広がっていて。所々に散らばった色ははまるでキャンバスに垂らされた絵の具のようだった。
情熱の国、とも言われたサピン。もっと派手な色合いかと思ったので少し意外だった。
だが所々に彩られた赤、いや紅の差し色はとても煌びやかで、まるで燃えるような色合いを感じさせた。
アルロンを通りすぎ、首都とアルロンの中間辺りの街で夜を過ごした。
とうとう明日、目的地のグラン・ルギドにたどり着くのだ。
首都、グラン・ルギド。
白い街並みはアルロンや他の街と同じだったが、とにかく規模が違った。
人々の活気も段違い。今まで訪れた街で一番賑わっている。
「場所はわかるのラリー」
「この先の突き当たりを右だな。赤いマントと牛のマークが目印だ」
牛か。本でしか見たことないな。
何処にあるのかとキョロキョロと周りを見渡した。
「あった」
「あそこだ」
ほぼ同時にお目当ての看板を見つけた。
看板には確かに赤いマントをつけた牛が描かれていた。
そして下には『bar Torero』の文字が。
「トレーロ。間違いない、あそこだ。あそこに彼女がいる」
脇にサイドカーを止めて店の扉の前に立つ。
思わず深呼吸をした。ここで自分のその後が変わる。
途端に手元がむずむずして、自然とラリーの手を取った。
扉を開けるラリーに続いて店の中に入った。
店の中は赤みがかった茶色い木彫が施された落ち着いた、かつ暖かみのある雰囲気を与えていた。
そして。
「わっ」
小さく声を漏らした。
老若男女問わず沢山の客がいるそのど真ん中に居る女性に目を奪われた。
ハイテンポで心の底から震えるような音楽に合わせて踊る、赤いドレスを来た美女。
激しく、それでいて穏やかで、そして荘厳。
紅のドレスを翻すその姿は正しく情熱を体現したような、とても美しい踊りだった。
一瞬。こちらに視線を向けた彼女の目が少し大きくなった。
曲が止まり、観客から拍手喝采が響く。
ダンスを披露した女性は方々に一礼し、店の奥に消えていった。
ダンサーがいなくなるとお開きのように客の大半が店からいなくなった。
俺とラリーは1人もいないカウンター席に腰かけ………腰かけ………。
届かない!
「どうしたしかめっ面して」
「ラリー………俺立ってる」
「…いや担いでやるよ」
「なんか負けた気がするからやだ。ってラリー!?」
「大人しく座っとけ」
見事脇からヒョイっと持ち上げられてストンと丸イスに着席。
足がつかないから降りることも出来ず、ただプラプラするだけ。
なんか凄い無力感がもやっときた。
ぶんむくれてると、さっき踊っていた女性が出ていた。
先ほどの燃えるようなドレスとは違い、黒い落ち着いたドレスに着替えていた。
まるで燃えた後の木みたいだ。と思った。
「久しぶりだな、マカレナ」
「マルセラでいい。久しぶりねピクシー、いやラリーの方がいいかしら?」
「そうしてくれマルセラ。ベルカ戦争終結の二年後以来だな」
「そうね、まさかまた来るとは夢にも思わなかったけど。注文は?」
「俺はオススメ、こいつにはハニーミルクを」
「かしこまりました」
バーの名の通りお酒も出るらしい、というより。このマルセラという人はダンサーでありながらバーテンダーでもあるんだそう。
「今日は他にいないのか?」
「オーナーが腰を悪くしちゃって。今日は私1人なの。はいどうぞ」
「ありがとう、これなんだ?」
ラリーに出されたのは赤いカクテルだった。
「ピクシーよ。久々の友人にね」
「これはまたなんとも」
「はい坊や。ハニーミルクよ」
「ありがとうございます」
渡されたグラスに口をつけると、コクのあるミルクと蜂蜜の甘さが舌の上を滑った。
ラリーと抜け出してから、色んな味に出会ってる。
このハニーミルクは凄く美味しくて、一気に3分の2まで飲み干してしまった。
「美味いなこれ、赤いのはなんだ?」
「ビーツ」
「レクタあたりで取れる?」
「そうよ」
「ラリー、それ飲んでいい?」
「お前が二十歳になるまでは駄目だな」
「俺のミルクあげるから」
「ほとんど残ってないじゃん」
「坊やおかわりいる?」
「いる」
遠慮なくなったなぁとラリーがぼやくもマルセラさんは気にせずに二杯目を作り始めた。
「で? こっちも色々聞きたいんだけど。あなたいつ子供出来たの? 傭兵はやめたの?」
「俺の子じゃないし、傭兵もやめてない」
「子連れの傭兵なんて聞いたことないわね」
「俺もそう思うよ」
「あなたの子供じゃないなら、その子は誰?」
「わからないな」
「話が見えないんだけど」
「最初から話す」
ラリーは俺と会ったことを話し出した。
雪道で倒れた俺を助けたから、成り行きでサピンまで行くことになったことまで。
「ラリー」
「なんだ?」
「あまり言いたくないんだけど」
「うん」
「それ誘拐よね?」
「同意の元だから誘拐にはならないパターンは」
「親元の了承が得られない限り立証されるのよ」
実際そうなる可能性大。
「育て元から逃げて保護したって名目にすれば問題ないさ。それに状況が状況だった」
「虐待、育児放棄、ネグレクト。あなたの気持ちは理解できるけども」
「ならこいつが虐待の末売り飛ばされることを良しとしろと言うのか? こいつを助けるには、この方法しかなかった」
ラリーは穏和な眼差しを鋭くする。
話の中心にいる俺は出来たハニーミルクを渡されてゴッキュゴッキュと飲むことに夢中。
「過去の自分と重なっちゃった?」
「………ああそうだよ。それはお前も同じだろう、マルセラ」
「そうね」
戦争によって、傭兵へと身を落とした者同士。
もし家族を失わなければ。なんて考えたことは両の指でも足りないぐらい浮かんだものだ。
「ラリー。トイレ行っていい?」
「良いぞ」
「………下ろして」
「はいはい」
「トイレはそこの突き当たりだからね」
ありがとうと礼を言ってトイレに向かった。
ハニーミルク二杯一気飲みは流石に答えたらしい。
ーーー◇ーーー
「で、この子について分かってることは?」
「育てが両親じゃなくて叔父叔母。形だけだろうがな。本人は自分の名前がリヒトということしか知らない。間違った常識を当たり前のように感じていた。『布団というのは穴だらけの薄い布のことですよね?』なんて真顔で言われた時なんて、ほんとに………」
「出自は聞かなかったの?」
「詳細には聞いてないが。ベルカの歴史ある貴族の出らしい。それも庶民が一生遊んで暮らせる額をポンと出せるぐらいのな。話によると、復興が終わるまで預かってたとか」
「何かしらで倒産して潰れたのか、それとも」
「戦争で家が吹っ飛んだか」
戦争。二人が思い浮かぶのはやはりベルカ戦争だった。
「貴族と言っても、ベルカには多くの貴族がいる。騎士家系の貴族に軍閥系の貴族」
「そして戦争で一度窮地に立ってるとこ」
「心当たりは?」
心当たり、というのは。知っているかではなく。爆撃したことはあるかという意味だ。
「ない、とは言いきれないが。ベルカの街の上で戦ったのはホフヌングぐらいだ。あそこに貴族の家があるか?」
「聞いたことはないわね」
「ああ。俺もベルカの空を全部飛んだわけじゃないが、貴族様の家を吹き飛ばしたなんて噂は聞いたことない………ただ」
「ただ?」
「一つだけ気になる場所がある」
「どこ?」
「確かにあそこには。でも、ほんとに?」
「可能性はな」
「………それが本当なら、辛いわね」
「そうだな」
ラリーは自分と同じ名前を関したカクテルに口をつけて物思いにふける。
戦争というのは力と力のぶつかり合い。そしていつも損するのはなんの関係ない一般市民。
だが、そうでないものも死んでいく。
「残念ながら確かめる術はない。ホルンシュタットに戻ってあの夫婦に聞いてみるのも手だが………いや、やっぱなし。なんか良い手はないものか」
「知り合いの情報屋に探ってもらうことも出来る」
「ありがたい。だが信用できる奴か、そいつ」
「アルの伝だから大丈夫」
「それなら安心だな。じゃあ頼む」
リヒトは自分のことを知らなすぎる。
少しでも自分が誰なのかが分かれば、今後の指針にもなるはず。
「それで、ここに来た本当の目的なんだが………あいつを引き取って欲しい」
「はい?」
「分かってる。だけどこのまま俺が連れ回す訳にも行かない。さっきあんな事を言われた手前そんなことをのむ訳がないと思うが、それを込みにしても頼みたいんだ。この通りだ」
頭を下げるラリーを前に口許に手を添えるマルセラ。
リヒトの境遇もそれは酷いものだった。そんな子を任せられると、自分がその信頼におけると言われたことは喜ばしいこと。
そして、彼の言う通り。戦地を転々とするラリーは彼を傍に置くことは出来ない。
ラリーの言い分はわかる。
安易に断ることは出来ないというのは、マルセラ自身も感じていた。
マルセラは何かに迷う度に彼の姿を頭に浮かべた。
彼なら、どう答えただろうかと。
そうして目を閉じて思考を並べ、答えを出していった。
「ラリー。残念ながらあの子をずっと置いておくことは私には出来ない」
「そうか………」
「だからオーナーの腰が直るまでなら良いわ。店の屋根裏部屋なら空いてるからそこを使って、少し掃除しないと行けないけど」
「ほんとか!?」
「ええ、だからその間に次の引き取り先を探しなさい。私からも何処かで引き取れるかは聞くから」
「恩に着る! ………よかった」
安堵から笑みを溢すラリーを見てマルセラは8年前のことを思い出した。
同じ志の元に集まった時の頃を。
あの頃の彼は笑顔など見せたことなどなかった。ただ目の前を見て、後ろにも向かず進んだ。
進む度に、後ろの道が崩れていて後戻りさえ出来ない。そんなような。
そんな彼が1人の子供の為にここまでするのは。
それほど彼にシンパシーを感じたからなのだろうか。
「よっ!!」
小さな訪問者がトイレから帰ってきた。
ラリーの隣の椅子に飛びかかり、ヨジヨジと登り詰めて腰を落とした。
「乗れた」
「やるじゃないか。でも危ないからもうやめろよ」
「だって1人で乗れなくて悔しかった」
悔しい。
ベルカを飛び出してもうすぐ10日。あの頃に比べたら随分と自分を出してくれたものだ。
「リヒト。しばらくこの店でお世話になることになった」
「そうなの?」
「期間限定だけどな」
「ラリーもいるよね!」
「あー」
自分も滞在することを言ってなかったラリーはチラッとマルセラを見た。そんなラリーの姿がおかしかったかマルセラは軽く吹き出した。
「布団、もう一つ出しとくわ」
「頼むわ。あと店、手伝わせてくれ。人手足りないだろう? ギブ&テイクってことで」
「いいわ、馬車馬のように働いてもらうから」
「お手柔らかにな。じゃあ屋根裏部屋片付けるぞリヒト!」
「うん! ありがとうマルセラさん!」
リヒトは子供らしい満面の笑みを上げて手を振りながら階段を駆け上がった。
そんな姿に微笑みながらラリーも後に続いた。
「ラリー」
「ん?」
「あの子は知ってるの? 私たちが」
「知らないよ。傭兵仲間ってことしか伝えてない」
「そう」
ーーー◇ーーー
リヒトです。
ラリーの旧友であるマルセラさんが勤めるバー・トレーロに来て、はやいとこ2週間。
「リヒトくーん! 注文頼むわー!」
「はーい!」
俺はマルセラさんの勧めで見習いボーイとしてアルバイトをしています。
ここで住ませて貰ってるからなんとか形として恩を返したいと思った。
ラリーはそんなことをしなくて良いと言われたが。俺がやりたいんだと強く言って押しきった。
業務内容は飲み物とおつまみを運んだり、注文を聞いたり。たまにお客さんとお話しながらサピン語を教えて貰っている。
今では日常会話ならサピン語で話が出来るようになった。
他にも色々勉強を教わったりした。
本来なら俺みたいな子供が通う学校で習うようなことを中心に。どこかからか教科書とノートを買ってきて。
俺は学校に通わなくて良いのかと聞いたが。引き取り先が決まったらということで保留となった。
「いやーリヒト君は偉いわねぇ。まだ8歳でしょ? うちのぼんくら息子に見せてやりたいわ」
「礼儀も良いしねぇ。愛想も良いし」
「大きくなったら良い男になるよ。おばちゃんが保証したげる」
「ありがとうございます!」
トレーロに来るお客さんはみんな優しく接してくれた。
とても温かくて、心地よい。
接客を初めてからラリーから「前より格段に笑うようになったなと」
自分でとよく分からないが、ラリーが言うならそうなんだろう。
あそこでやってきたこととは何もかもが正反対。何もかもが間違った環境に居たということ嫌でも思い知らされた。
一番嫌なのは、あそこを普通と思っていた壊れた俺自身だった。
「フォルクの兄ちゃん! あんたはリヒトを見習ってもっと愛想よくしたらどうだい!」
「アイドルはリヒトで間に合ってるだろ。俺は必要以上に愛想を出すのが苦手なんだ」
「俺の前ではよく笑うのに」
「おいリヒト」
「ちゃんと働かないとマルセラさん怒るよ」
「お前ほんと言うようになったな。この前悪夢でベットから跳ね起きて俺の布団に潜り込んだ癖に」
「あっ、そろそろダンスの時間だ準備準備」
「お前8歳にしては強か過ぎるぞ最近」
したたか、ってどういう意味だろう。
後で調べてみよう。
「ラリーに似たんじゃないの?」
「俺はあんなひねくれてないぞマルセラ」
「どの口が言うのよ」
「疲れた」
「疲れるまでやらなくていいのよ?」
「働いた後のハニーミルクが美味しいんだもん」
「そんな歳で労働の喜びを感じない方が良いわよ。はいどうぞ」
「いただきます」
美味い美味い。
「あれ。ラリーは?」
「買い物に行かせたわ」
いつの間にか居なくなっていたラリーは店の補充の為に出たらしい。
結構なハードワークらしく。部屋に戻るとたまに布団の上で死んでることがある。
ふとカウンターに写真立てがあることに気づいた。
納められてる写真はボロボロで、所々線が入っている。
パイロットスーツを来た、男の写真だった。
「マルセラさん。その人誰?」
「ん? この人は私の一番機で、私の恋人だった人よ。もうこの世にいないけどね」
「大事な人だったんだ」
「ええ、大事な人………」
マルセラは壁にかかったエンブレムを見た。
黄色のバツ印が赤い牛に2本の剣が刺さった、エスパーダと書かれたエンブレムを。
「私もね、ラリーと同じく戦争で家族を失ってそのまま傭兵になったの。彼、アルベルトとはそこで会ってね。そのまま寄り添っていくようになった」
自身のバディにして最愛の人。
そしてもうこの世になく、空に消えた男。
「最後の任務で私たちは撃墜されて、そして生き延びた。生き延びた私たちは故郷であるサピンに戻って穏やかな時間を過ごした。でも彼は、穏やかな地上に居続けることを良しとしなかったの」
「どうして?」
「空に心を奪われていたから」
空に心を奪われた者は空でしか生きられない。
それはもはや他人が言ってもどうにもならないことで、そこが魂の場所だから。
「まだ傷が癒えていない彼は新しい戦場にいった。そして………」
帰ってこなくなった。
「マルセラさんは一緒に行かなかったの?」
「行こうとした。だけど彼に止められた。『これは俺のエゴだ、お前を巻き込みたくない』って。自分勝手よね、私はそれでも傍に居たいのに。でもそんな彼を私は愛していた、いえ今でも愛している。空に焦がれた彼を愛しているの」
彼が死んでからも、マルセラ・バスケスは操を貫いた。
麗しきダンサーに言い寄る男は数えきれない程いた。それでも彼女は独身を貫き続けた。
彼はもうこの世にはいない。
だけど彼、アルベルト・ロペスは今でも彼女の心に生き続けている。
「マルセラさんはそれきり傭兵をやめたの?」
「もう、飛ぶ理由もなかったから。彼がいない空に戻る意味があるとは思えなかった」
彼女の翼は彼の死によって手折られた。
そして今故郷でダンサーとして、彼が好きだったこの店で踊り続けている。
「リヒトは戦闘機に乗りたいと思ったことは?」
「ある。だけどラリーには傭兵にだけは絶対になるなって」
「じゃあ正規軍に?」
「よく分からない」
空を飛びたいか?
そう聞かれても答えられない。
傭兵になると言ったのもラリーと一緒に居たいからという理由だけ。
「リヒト。もし戦闘機乗りになるなら、これだけは覚えておいて。鳥はずっと飛び続けることは出来ない。羽を休ませる場所がなければ、人は空に捕らわれてしまう」
「アルベルトさんみたいにならないでってこと?」
「………そうね。置いていかれる側は、本当に悲しくなるから」
「マルセラさんは俺が死んだら悲しい?」
「ええ。ラリーもそうよ」
「わかった、覚えておく」
ハニーミルクを一口含んだ。
しばらく会話が止まった後、俺はマルセラに質問した。
「ねえマルセラさん」
「なに?」
「空ってそんなに綺麗なの?」
「ええ。とても綺麗なものよ。特に戦争ではない空は」
店の中に夕陽が差し込んだ。
椅子を降りて窓から空を見上げた。
水色と紫、そしてオレンジのグラデーションが彩る綺麗な空だ。
戦闘機から見る空はこれより綺麗なのだろうか。
人の心を縛り上げる程に。