エースコンバット7 FLIGHT REZON 作:ブレイブ(オルコッ党所属)
ラリーの知り合いであるマルセラさんがダンサーを勤めるサピンのバー・トレーロに居候して。もう半年になる。
2002年から2003年となり。春の暖かさが身体に染み渡った。
ベルカのボロ部屋は寒かったからなおのこと感じる。
なんというか、色々学んでいくうちに段々とあの育ての親(仮通り越して偽)に苛立ちを覚え始めていた。
お客さんに子供も来てるから「家だとどんな感じ?」って聞いても自分と同じ境遇なんてだーれもいなくて。
これが怒りか、なんて思ってしまうぐらいに俺は怒りを覚えていて。
そして何よりも許せないのは。そんな状況でも疑問なんてサラサラ覚えずに8年間生きていた自分自身だった、
年配のお客様が言っていたF言葉を言いそうになってきた。
そんなイライラを掃除にぶつけて仕事終わり。窓際には埃一つとしてない。完璧だ。
今日も仕事終わりのハニーミルクを飲むことにしようかな。
「リヒト」
「ん?」
振り替えるとそこには真面目な顔をしたラリーが。
「話がある」
「うん」
ああ、ついに来たんだ。
その時の俺は嫌でもそれを実感した。
「お前の引き取り先が決まった」
「………」
「頼むから泣きそうな顔はしないでくれ」
「な、泣いてない」
今日はいつもより早めに閉店したバーカウンターに俺とラリー、そしてテーブルを挟んでマルセラさんが。
それで躊躇なく本題に入ったラリーを前に思わず目が霞む。
わかっていたことだろうと必死に目元を擦った。
「引き取り先の人が住んでるとこはオーレッドだ」
「オーレッド? オーシアの首都の」
「そうだ。サピンの目と鼻の先」
「知ってる」
何度も教えてもらったから。
「そこにアンソニー・パーマーという人がいる。彼はベルカ戦争で一緒に戦った人で。俺とマルセラの友人だ」
「その人も傭兵だったの?」
「いや、彼は正規のオーシア空軍の軍人だ」
つまり国に所属し、国のために戦う人。
無所属の傭兵とは対極にある職業とも言える。
「今は軍をやめてるんだがな。リヒトはその人の元でお世話になることになった」
「うん」
「大丈夫。そいつは良い奴だからきっとリヒトも気に入るさ」
「うん。わかった」
簡素な返事しか出来ない。
喋ろうものならまた我が儘を言ってしまう。
だけどそれは許されない。
自分の我が儘でラリーとマルセラに迷惑はかけてはいけない。
「いつ行くの?」
「一週間後だ」
「………わかった」
よく絞り出せたと思う。
「話は終わり?」
「あ、ああ」
「ん。俺部屋に戻るね」
そう言い残して俺は自分の部屋に続く階段を駆け上がり、そのままベッドに倒れ伏した。
「………グズッ」
枕に顔を押し付けて嗚咽を隠した。
泣くなリヒト。
覚悟していたことじゃないか。
別れは必ず訪れる。ラリーにはラリーの目的がある。
国境とは何か。その意味を探す目的が。
目的か。
俺はなにもない。
ラリーやマルセラさんとずっと一緒にいたい。
それがなくなる今。
俺は何をもって生きていくのだろうか。
ーーー◇ーーー
「よかったの? 彼に話さなくて」
「………」
ラリーはカクテルを一口飲んで軽く息を吐く。
時は一日前に戻る。
リヒトが寝た後の話だった
「リヒトの引き取り先が決まったわ。あなたも知ってる人」
「誰だ?」
「アンソニーよ」
「アンソニーって、まさかアンソニー・パーマーか? ソーサラーの?」
アンソニー・パーマー。
オーシア国防空軍第8航空団第32戦闘飛行隊「ソーサラー隊」の隊長。
当時ベルカ戦争でも一線で活躍したオーシアのエースパイロット。
そして、ラリーとマルセラと同じ。国境なき世界の一員となった者。
「あいつ今なにしてるんだ? ジョシュアは三年前にブタ箱に行っちまったのは知ってるけど」
「オーレッドで保険会社の調査員をしてるんだって」
「マジか」
別れてから再開したのはマルセラのみで、ラリーもアンソニーが何処にいるかはわからなかったのだ。
そんな彼が裏切った祖国の首都で仕事をして暮らしているとは。
これにはラリーも驚きを隠せなかった。
「主犯の一人であるジョシュアの側にいたって理由で今でも情報局から監視を受けてるみたいだけど。それ以外は不自由してないらしいわ」
「そうか。でもよく了承してくれたな」
「最初は難色を示してたわ。でも彼の出自を聞いたら了承してくれたわ」
「出自?」
「リヒトの出自よ」
「わかったのか!?」
「ええ」
ラリーはマルセラが差し出した茶色の封筒から調査書類を取り出して読み始めた。
一枚、また一枚と熟読し。
そして書類を置いて天を仰いだ。
「大当たり、だが想像以上だな──────まさかリヒトがフリューゲル家だったとは………」
リヒトのフルネームは。リヒト・フォン・フリューゲルという名前だった。
フリューゲルとは、ベルカ語で翼という意味を持つ言葉。
フリューゲル家はベルカ貴族の中でも五指に入るほどの名家でありベルカ軍保守派の筆頭だった。
彼らは名門パイロットの家系でもあり。フリューゲル隊はベルカ空軍時代の先駆けとして活躍。その名は世界中に『ベルカに
ベルカ戦争では白い機体に翼端が水色に塗装されたF/A-22A ラプター4機で構成された部隊でオーシアを中心とした連合軍の一団を完膚なきまでに叩き落としたのだという。
その空と同化したようなカラーリングから国内外で『蒼穹部隊』とも呼ばれていた
サイファーとラリー以下ヴァレー空軍部隊は運が良いのか悪いのか。そのフリューゲル隊と交戦には至らなかった。
リヒトはそのフリューゲル家の末っ子として。ベルカ戦争開始の一年前、1994年6月6日に生まれた。
ベルカ戦争開始時。当時まだ赤子だった彼は私用人と共にホルンシュタットに避難したという。
そして名家は突如として消えてなくなった。
味方であるベルカ軍によって。
そう。ベルカの七つの核の爆心地の中心点に。
リヒトの家族が住んでいた家があったのだ。
「嫌な予感というのは。ほんと当たるもんだな」
「ベルカの核自決は。このフリューゲル派閥を消すためと言った噂もあるわ」
「ベルカ急進派にとって。保守派筆頭のフリューゲル家は邪魔でしかなかったと。全く、上層部が無能なのはどこも一緒か?」
そのせいでリヒトはあんな目に。
いや。リヒトだけでも生き延びれたのは幸いと言うべきなのか。
「それで話戻すが。リヒトの出自とアンソニーになんの関係がある?」
「アレクセイ・フォン・フリューゲルは知ってる?」
「フリューゲルの隊長だろ? そしてリヒトの父親ときた」
「そう。彼はあの時別の基地にいて核に巻き込まれずにすんだ。その後彼は残った保守派の人たちをかき集めて降伏に向けて動き出したの。そのあと彼はベルカの代表の一人として、ルーメンの降伏調印式に向かった」
「そうか。だけどルーメンで調印式があったのは襲撃から半年も前だ。その時彼はそこにはいないだろ」
「………」
「まさか、いたのか?」
「ええ。彼は秘密裏にオーシアの将校に会っていた。理由はわからないけど。アンソニーが知っていたということは、恐らく」
「国境なき世界関連の情報か」
戦後アレクセイはパイロットから政府高官に職を移した
恐らくベルカの内情を調べるうちに国境なき世界の一端、もしくは全容を掴んだのだろう。そして秘密裏にオーシアに赴いて警告に行った。そして、そこを狙われた。
「ジョシュアからそんなことは聞いたことがない。お前は知ってたのか?」
「いいえ。私も捜査資料と、アンソニーから聞いたのが初めて。でもアルは知っていたのかも。アルは離反したサピン勢力の元締めだったから」
組織全体に伝えなかったのは。ベルカ空軍の離反者の中にアレクセイを英雄視する人がいたからだろう。ジョシュア・ブリストーやもう一人の指導者、アントン・カプチェンコはそれによる士気の低下を危惧したのだろうか。
国境なき世界が世界に宣戦布告とも言えるクーデターを起こしたあの日。ルーメンは焼かれた。
その時襲撃したのはベルカの残党と重巡航管制機フレスベルク、オーシアから離反したウィザード隊とソーサラー隊だった。
「ということは、アンソニーが会場を?」
「いいえ、会場に撃ち込んだのはジョシュア率いるウィザード隊。ソーサラー隊はフレスベルクの護衛と周辺警戒をしていたわ」
そしてルーメンを襲撃した後、マルセラのエスパーダ隊を含んだサピン勢力がフレスベルク護衛を引き継ぎ、ウスティオのヴァレー空軍基地。円卓の鬼神が所属していた基地を爆撃した。
「アンソニーはそれが負い目で?」
「そんなところかしら。彼なりの罪滅ぼしなのかも」
リヒトにとって。アンソニーは父親を殺した組織の一員。
否。ラリーやマルセラもその一員だったのだ。
「アンソニーの件は、わかった。問題は今のフリューゲル家」
資料によると。フリューゲル家にはもうフリューゲル家の血筋はなく。仕えていた生き残りの私用人やベルカ政府がフリューゲル家を建て直している最中らしい。
使用人はわからないが。ベルカ政府は名を馳せたフリューゲル家を今一度再建し、ベルカの旗頭とするつもりだ。
リヒトを叔父と叔母に預けたのは。その政権を快く思わない者からリヒトを匿うため。
つまり、ベルカ政府はフリューゲル家最後の血族であるリヒトをベルカ政権の錦の御旗として立たせることが目的。
悪く言えば、彼を偶像として利用し。かつての栄光を取り戻そうとしている。
なにも知らないリヒトが偶像として使い潰される。
それはラリーがもっとも嫌うやり方であり、かつての相棒もそうなるのでは。と当時の彼に言葉を投げ掛けたこともある。
フリューゲル家のことを伝えないでアンソニーのとこに預けるのが最善の道。
リヒトも今まで通りの生活を送れるだろう。
だが。それはリヒトではなくラリーの意思だ。
………考えてみれば。自分がここまで彼に入れ込むとは思っていなかった。
前にマルセラが言ってたシンパシーというのは。とても的を得ていると思った。
ラリーはなんとも不思議な気持ちを抱いていた。
片羽の自分がベルカが誇る翼の末裔と出会ったことを。
居るか居ないかもわからない神のいたずらなのかと疑いたくなるほどに。ラリーは運命というワードを反芻した。
ーーー◇ーーー
カクテルをおかわりする気分にもなれず。酔いが覚めた頃にラリーは部家に戻った
部家に戻るとベッドに突っ伏しているリヒトの姿が。
………どうみても貴族の風格はないなとリヒトの姿が少しおかしく見えた。
「リヒト」
「な、なに!? 泣いてない、よ!」
キュウリを置かれた猫みたいに飛び上がったリヒトは必死に取り繕うように手をブンブンふりまわした。
確かに泣いていないが、目元が赤く、枕が少しだけ濡れていた。
「………」
「どうしたの」
「リヒト。実はお前の引き取り先がもう一つある」
「もう一つ?」
「お前の、本当の家だ」
ラリーはリヒトに話した。
リヒトがフリューゲルという家の血を引くものということ。
リヒトの家族が七つの核の爆心地にいたこと。父親がエースパイロットで、国境無き世界に抹殺されたこと。
そして今フリューゲル家が、リヒトを欲していることを。
「俺の父さんが戦闘機に乗っていた? ラリーと同じ」
「ああ。ベルカの軍人として、ベルカの人々の希望であり続けた男だ。立派な人だった」
「そうなんだ………」
聞いてもリヒトにはピンとこなかった。
自分の一生はあの牢屋がマシに見える冷たくボロボロの一室だけ。
父親が偉大と言われても、そうなんだというら感想しか出てこなかった。
「政治に利用されると言っても。悪いようにはならないはずだ。フリューゲル家に行けばお前は裕福な生活が出来るだろう。アンソニーのところに行くのも良いが。もしかしたらこっちのほうが………」
「ラリーはそっちに行って欲しいの?」
「それは、お前が決めることだ。お前の人生だ。だけど、安定した暮らしが出来る。もしかしたらそっちの方が幸せに暮らせる可能性も」
「なら俺はアンソニーさんのところに行く」
即決したリヒトにラリーは目を丸くした。
「いいのか?」
「なんで?」
「いや、それは」
「だってラリーはフリューゲル家ってとこに行ってほしくないだろ? 話してる最中なんか嫌そうだったもん」
ラリーは思わず口許を抑えた。
顔に出さないつもりだったが。迂闊だった。
歴戦の傭兵『片羽の妖精』が聞いて呆れる。
「だから俺はフリューゲル家にはいかない。確かに気になるよ。エースパイロットで英雄だった父さんのこととか。でもやっぱり………あんなことされてたからちょっと苦手、かな」
「リヒト」
「それに、俺がフリューゲル家に行ったらラリーはそれを気にするでしょ? 俺はラリーが安心出来る方に行きたい。戦場に行くんだから、余計な心配かけたくないし」
本当に目の前に座っている少年は8歳の少年なのだろうか。
つい最近まで世間という物を知らされず、ただ隷属されるだけの少年だったのに。
半年でよくもここまで大人びた者だ。これが貴族の血が為せるものなのだろうかと疑いたくなった。
「本当はね。ずっとラリーといたいと思ってる。でもそれじゃラリーの邪魔になる。俺なんかが戦場に行こうものなら、直ぐに死ぬ。そしたら二人とも悲しい思いをする。そんなことさせたくないし、したくないよ」
「………」
「ラリーは俺にとってヒーローだから。前を向いて欲しい」
ラリーの重荷になりたくはない。
それが自分を救ってくれたラリーに対する、俺の偽りなき想いだった。
だからこそ。なにも知らずに自分を信じるラリーにとって。
目の前の少年は眩しすぎた。
その時ラリーは一つの思考がよぎった
いつか自分の真実を彼に知られるかもしれない。
その時、成長した彼はどう思うだろう。
そう考えた時。ラリーは事実を知ったリヒトを想像してしまった。
「………俺はヒーローなんかじゃない。お前が考えてるような人間でもない。俺は最低最悪の人間だ」
「え?」
最低最悪など。
これほどラリーに似つかわしくない言葉などない。その言葉はあの叔父叔母にこそ相応しい。
そうリヒトは反論しようとした。
だがラリーの、その悲しみと覚悟を秘めた瞳にリヒトは口を開くことが出来なかった。
そして、衝撃の事実がリヒトの鼓膜を叩いた。
「リヒト。俺はテロリスト。国境なき世界の一員。いや幹部だ」
そう前置きをして、ラリーはゆっくり話し始めた。
自分の生い立ち、そしてその果てまでを。
「俺はベルカで生まれた。そして、戦争で両親を失くし。孤児院に預けられたあと、傭兵になった。その後は紆余曲折を経て戦闘機乗りの傭兵として各地を飛び回ってな。そして片羽の妖精として名を馳せた」
ベルカ戦争が始まる頃にはヴァレー基地にいて、そこで円卓の鬼神であるサイファーと出会った。
そして順当過ぎるぐらいに勝ち進め、ディレクタスを奪還。
ウスティオは解放された。
ここまでは良かった。
ラリーも胸を張って戦いに赴けていた。
自分の行いに誇りを感じていた。
だが戦争は方向性を変えた。
オーシアを筆頭とする連合軍はそのままベルカ進攻に乗り出した。
数多のエースパイロットを失ったベルカ軍は敗走を繰り返し、そして。
「ホフヌングの戦闘」
「ああ。燃え上がる空を見て、俺は迷い込んだように迷走した。戦う意義を失いそうになってな。その時、かつての親友から電話が入った」
「国境なき世界の首謀者?」
「そうだ、ジョシュア・ブリストー。同じ孤児院出会った、俺の兄貴分のような存在だった」
そして彼に聞かされた。ベルカ戦争の真実。
「ベルカ戦争は、オーシアに仕向けられたようなものだったんだ」
そこから語られるのは。
誰も知らない歴史。
オーシアがひた隠しにした。戦争の闇。
「ベルカ戦争が始まる前のベルカは財政難、つまり貧乏だった。そこでオーシアと一緒になんとかしようと調べたら、オーシアはベルカに豊富な資源があると言った。オーシアはその採掘量がベルカに有利な配当で取り引きをした。『そちらの土地から出てきたのですからそちらに得があるのは当然でしょう』なんて言ってのけて。条件としてオーシアはベルカの土地をベルカから譲り受けた」
藁すらないベルカ上層部は迷わずこれに食いついた。
そして宝箱を開けたと思ったら。
「採掘量がオーシアが教えた物より遥かに少なかった」
「嘘をついた?」
「オーシアは否定してるがな。そしてオーシアはベルカの土地をまんまと手に入れた。更に財政難となったベルカは周辺の国に更に土地を渡して。ベルカは萎縮。ベルカは反オーシア思考を過激化させ、そして戦争を仕掛けた………これがオーシアの狙いだったんだ。ベルカを疲弊させ、ベルカに戦争以外の選択肢を与えないために」
それを知ったオーシアのエースパイロット達は国を離れ、ベルカ戦争が終わった後に国境なき世界として世界に宣戦布告を行った。
「もう何を信じていいかわからずに。俺は燻った。それでも戦争はまだ続くから飛んで………そしてあの七つの核が起きた」
「核があったからサイファーから離れた」
「あれはきっかけだ。核が投下されなくても。俺は国境無き世界に、ジョシュアの誘いに乗ったと思う」
迷った末に差し伸べられた手をとったのは。間違いなくラリーの意思であり、覚悟だった。
「そして核を使って世界の主要都市を破壊し、国境を消すために国境無き世界は世界に宣戦を布告した。そして最後の決戦。俺は相棒であったサイファー、円卓の鬼神と戦い。その最中に核ミサイルの引き金を引いたんだ」
核。自分の家族の命を奪い去った核の引き金を目の前の青年が引いた。
そして、自分の父を殺した組織にラリーはいた。
「リヒト。俺はヒーローなんかでもなんでもない。最悪のテロリストさ。仲間を裏切り。仲間を殺し。そしてかつての仲間を殺し、唯一無二の相棒の目の前に立ち塞がって。そして負けて、核ミサイルは失敗に終わった」
「………」
押し黙るリヒト。
信頼してた人に裏切られることなんて。ラリーは幾度も経験していた。
いまリヒトに話したのも。傷が浅いうちに別れることが。今後のリヒトの重荷にならずに済む。
「わかったろ。俺は所詮こんな人間だ。自分のエゴであの核を撃った。お前の両親を奪った奴らと同じなんだ」
「………」
「だからリヒト。お前は」
「ラリーのことなんか忘れて幸せに生きろって?」
リヒトの言葉に遮られたラリーは静かに頷いた。
リヒトの目には確かな怒りの感情があった。
そうなるのも無理はない。
ラリーは今のリヒトの憎しみを受け止める義務がある。
その先に来るであろう罵倒をラリーは甘んじて受けようと目を閉じた。
「ふざけないでよ」
「………」
「なにカッコつけてんだよラリーは!」
「え?」
思った言葉と違ってラリーは目の前のリヒトを見つめた。
目元に一粒の涙を浮かべ、リヒトは声を張り上げた。
「なに? なんのつもりなのさ! そう言えば俺が大人しく引き下がると思ったのか!? 俺が子供だからって馬鹿にしてるのか!?」
「り、リヒト」
「ラリーがテロリストだった!? 核を撃った!? 円卓の鬼神を裏切った!? そんなの知るかよ! 俺の知ってるラリーは目の前にいる傭兵のラリー・フォルクしか知らない!! ───俺にとってのラリーは。俺をゴミ溜めから救ってくれて! 人並みの幸せをくれた人だ!!」
「だけど俺は」
「知らない戦争の話なんか知ったことか!」
「っ!」
物心つく前に戦争が始まり一歳の誕生日に全てを失った。
確かにリヒトにとってベルカ戦争なんてラリーから聞いたことしか知らないのだ。
「さっき言ってたけど。後悔してるんだろ? 核を撃ったことを。スーデントールからここに来るまで。国境無き世界や核の話をしてる時。ラリーはいつも辛そうだった」
「それは」
「円卓の鬼神。サイファーに負けて良かったと思ったんだろ? 核を使わないですんだって」
「………ああ。そうだ」
核の爆心地を見た時。
ラリーは自分がやったことに恐怖した。
自分がやったことは。自分が嫌悪したオーシアとベルカの上層部と同じことだということを。
無辜の人々を。今も平和に暮らしている人たちを力で吹きとばす。
それがどれほど恐ろしいことを知っていた筈なのに。
リヒトは確かに怒っていた。
だがそれは両親や家族を奪われたことではなく。今までのことを全てリセットして逃げ出そうとするラリーに怒ったのだ。
「ラリー。忘れてくれなんてそんなこと言わないでよ………俺はラリーのことが好きだよ。ラリーは違うのかよ………」
耐えに耐えた涙腺のダムが吹き出した。
ボロボロと玉のような涙が落ち。声を出さないように唇を噛み締める。
(ああ、俺は)
そんな目の前の少年を見てラリーは自然とその小さな身体を抱き締め。頭を撫でた。
そして自分の過ちに気づいた。
(俺はまた。自分勝手のエゴで繋がりを切ろうとしたんだな)
ジョシュアの誘いに乗り。ヴァレーのみんなとの繋がりを。自身の最高の相棒であるサイファーとの繋がりを切った時のように。
今この瞬間、リヒトとの繋がりまでも切ろうとしたことに。
「リヒト。すまなかった」
「許さない。許さないからもうあんなこと言うな」
「ああ──ありがとな」
大切なことを思い出させてくれて。
ーーー◇ーーー
その後我慢できずにギャン泣きした俺はラリーの服をびしょ濡れの鼻水まみれにした。
結局。俺はアンソニーさんの元に行くことに決めた。
ラリーも今回ばかりは反対しないで俺の意思を尊重してくれた。
ああそうだ。ラリーとマルセラさんの前で「マルセラさんやアンソニーも国境無き世界の一員だったんでしょ?」と聞いた。
最初は誤魔化していたのだが。ついに折れて「そうだ」と答えてくれた。
まあだからといってそれを嫌悪することはなかったが。
変わりに………
「ジョシュアって【規制音】はいま何処にいる。ぶん殴ってやる」
「おい、子供が出しちゃいけない声色と言葉を使うな。あと今は刑務所だ。絶対やるなよ?」
二人を勧誘した首謀者のジョシュアっていうクソ野郎に対するヘイトがぶち上がった。
とりあえず出会ったら開幕タマを蹴ると心に決めた。
そしてついにバー・トレーロを去る日が来た。
今生の別れというわけでもないのにその前日にはパーティーもパーティーとお客さんと一緒に夜中まで盛り上がった。
あの時のマルセラさんの踊りは本当に綺麗だったなぁ。
マルセラさんがバーを出る時に「またいつでも遊びに来てね」と言われたときは嬉しかった。
マルセラさんに別れをつげ。
ガルム2仕様のサイドカーで港へ。そこからオーレッド行きのクルーズでアンソニーさんのいる場所に向かった。
「ラリーはさ。サイファーに会いたいと思わないの?」
「どの面下げて会っていいかわからない」
「会いたいくせに。ラリーって天の邪鬼だよね」
「どこで聞いたその単語。マルセラか?」
「いや魚屋のおじさん。奥さんがベッドでランナウェイにしてくれないのは天の邪鬼だって」
「あのおっさんは………」
「ところでベッドでランナウェイってどういう」
「知らん」
ーーー◇ーーー
「よく来たなラリー。また会えて嬉しいよ」
「こっちもだアンソニー。少し太ったか?」
「残念ながら標準体型だ。ここの飯が美味いのは事実だが」
アンソニー・パーマーは黒人の男だった。
物腰が柔らかで。ラリーやマルセラと同じく。テロ組織なんかに入っていたとは思えないぐらい穏やかな男に見えた。
「その子か?」
「ああ。ほらリヒト」
「リヒト・フォン・フリューゲルです。今日から宜しくお願いします」
「そうか………宜しくなリヒト」
深くお辞儀をする俺をアンソニーは深い眼差しで見た。
その目はあの時のラリーに似ていて。この人も悲しみと罪を背負っているということがよくわかった。
「アンソニー。こいつには全部話した。国境無き世界のことも、親のことも」
「そうか。君はそれを承知で、私のところに来たんだね?」
「ラリーが信用した人だから」
「ハハッ。随分と好かれたなラリー」
「まあ、そうだな」
苦笑いしながら返すラリーに俺は足を踏んでやった。
「中に入るかラリー」
「いや。すぐ出るよ。実はこのまえユージアから依頼が来てな。そこに行くことになってる」
「そっか」
「それに俺が長居してると五月蝿いのがいるだろ?」
チラッと後ろを見るラリーに連れられて見てみると。
こっちを絶えず睨んでいる黒服の男が二人いた。
「じゃあ行こうかリヒト」
「あ、すいません。少しラリーと話しても良いですか」
「わかった。中で待ってるから。鍵は閉めといてくれよ」
アンソニーさんが中に入って、再び俺とラリーの二人になった。
「寂しくなるな」
「この前あんなこと言ったのに?」
「許してくれよリヒト」
「ぜっっったいに許さない。だから戦場に行っても死なないでよ。ラリー」
「ああ。約束する。お前が悲しむからな」
戦場に絶対などない。
だがラリーには。新しい生きる目的が出来た。
むざむざと死んでやるつもりはなくなったのだ。
「ラリー。俺、戦闘機のパイロットになる。あっ傭兵じゃなくて、正規軍のパイロットだ。マルセラさんやラリーのいるこの国を守りたい」
「本気か?」
「勿論。見ててよ。父さんより。いや、ラリーより強くなってやるから」
大口を叩いた俺をラリーは笑いはすれど馬鹿にはしなかった。
いつか本当にやってのける。そんな確信が何処かにあったからだ。
「そっか。じゃあ世界に名を馳せでもしたら。また会いに来てやるよ」
「本当か!? 約束だからなラリー!」
「ああ」
トンと拳をぶつけ合った。
ラリーは行ってしまった。
一度も振り返ることのない彼の背中が見えなくなるまで俺は手を振り続けた。
泣きそうになったが。耐えた。
次に会える時にまで。涙はとっておこう。
さみしくなんかない。
だって俺とラリーは同じ空の下にいるのだから。