「――――教授。これ、触って大丈夫なんですか?」
「大丈夫だよ。っていうか、もう触ってるし」
本来静謐であるべき洞窟に、騒々しい声が響き渡る。
長野県、九郎ヶ岳遺跡。中央アルプスの片隅で息を潜めるように造られた洞穴の奥。
考古学研究の為に訪れた教授達一向は、ガチャガチャと音を立てる記録用機材を周囲に配置しながら、中央に置かれた石棺を今まさに開けようとしていた。
「おい。カメラ準備できたか」
「出来てます。回ってますよ」
「よし。おい、棺を開けるぞ!」
教授の合図が響き渡り、生徒達が固唾を飲む。
待望の瞬間。棺の中へ安置された人物と対面する為に準備してきた長い道のりが、ようやく報われるのだ。
配置についたことを確認した教授が、目配せと頷きを共にして機器の操作を命じる。
ギ、ゴゴゴ……。と、開けてはならない蓋が、発達した文明の英知によって持ち上げられた時。
中を覗き見た教授達は、声にならない感嘆をもってその瞬間に立ち会うのだった。
「――――いきなりだけど俺さ、辛い時に笑顔でいられる男って、カッコイイなって思ってる」
新東京国際空港の片隅で、バイクを路肩に止めた男が、うつむき涙ぐむ少年に語り掛けた。
「八歳の時、ネパールのアンナプルナって山で遭難しかけたことがあるんだ。すごい怖くて泣きそうだったけど、現地で案内してくれた同い年くらいのガイドの子が、笑顔だったんだよね。それを見た時、あ、カッコいいなって思ったんだ」
夕暮れを深める空の色は、黄昏色を通り越して黒く染まりかけている。
何千人、何万人もの人々を世界とつなぐ空港には明かりがポツポツと灯っており、離陸を開始した飛行機は重低音を響かせながら空の旅へと出発した。
そんな周囲を見渡しながら、男が少年へと近づく。
少年の傍らには男しかおらず、明らかに親とはぐれた様子だった。
「とはいっても、親とはぐれたら寂しいよな……」
男が声をかけても、少年は相変わらず泣きながら立ちすくんでいる。
そんな少年の前まで歩み寄った男は、「よっ」と言いながら目線を等しくするよう腰を落としてしゃがみ込むと、アウターのポケットから取り出した三つの玉を、ポン、ポン、ポン、と、円を描くように空中へ弾ませた。
「よっ。はっ。ほっ。ほっ」
「……?」
無邪気に宙へと浮かんだボールが、手元に落ちては元気に跳ねる。
その楽しげな様子に心惹かれたのか、泣いていた少年は涙を擦る手を止めて、即興のジャグリングを見つめ始めた。
ぽん、ぽん、ぽん、ぽん。
器用に描いた軌跡の向こうで、男が優しい笑顔を見せる。そして手を止めた男が右手の親指を立てて少年の方へ突き出すと、すっかり涙を忘れて微笑みを称えた少年もまた、サムズアップを繰り出した。
「―――タカユキ!」
「お父さん! お母さん!」
「どこ行ってたの! 心配したのよ!」
微笑みを交わし合ったところで、警備員に連れられた二人の大人が駆け寄ってきた。
「――――よし、いくか!」
無事両親と再会できた少年と別れた男は、白いヘルメットを景気よく頭へ装着するとバイクへ跨り、唸りをあげながら軽快に空港の地を後にした。