とある敗者の敗北宣言   作:かつおのたたき

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妹達

 

 

 私が小学3年生の頃、確かおじいちゃんが亡くなって泣いていた時だったと思う。

 

『いいかい? 涙子ちゃん』

 

『人はみんな、自分は死なないと思ってる』

 

『いつか命が尽きるとわかっていても、それが今日や明日じゃないと思ってる』

 

『でも人は死ぬ。自分は死ぬし友達も死ぬ』

 

『今日も明日も明後日も、可愛いあの子が、かっこいいあの人が。強くても弱くても愚かでも賢くてもみんな死ぬ』

 

『事件で事故で病で偶然で寿命で不注意で裏切りで信条で、いつだってみんな死んでいく』

 

 その言葉を聞いて、より号泣した記憶がある。なぜそんな救いのないことを言うのだろうと泣いた。

 

 ここまで来たのはちょっとした出来心だったのだ、待ち合わせに遅れそうだったから近道でもしようと、それだけのつもりだった。

 

 ここまでの道順やどうでもいい過去の記憶を思い出し、現実逃避をしている自覚を持ちながらも目の前に広がる光景を認められないでいた。

 

 私の視線の先、そこに、死体となった()()が転がっている────。

 

 

 

()()は、四角く切り取られた空を見上げるように仰向けで倒れていた。

 

 文字通りの血の海。人間を丸々破裂させたように(比喩ではなくそのままの意味で)、血液がこの空間全てに飛び散っていた。その中心に横たわる彼女の服は、上から下まで元の色が分からなくなるほど赤い血に染まっている。

 

 胸についた常盤台の校章が辛うじて彼女を常盤台の生徒だと主張している。見慣れた常盤台の制服に、茶色の短髪、思わず重ねてしまう友人の姿を頭を振ってかき消す。

 

 そんなはずはない、私の友人、御坂美琴は私の憧れだ。誰を相手にしても勝ち気な笑みを浮かべ堂々と戦う、勝ってくれる。こんなところで死ぬわけがないと思いながらも彼女の笑顔が頭をよぎる。

 

 ダメだ。これはダメだ。赤く、紅く、緋い。現実味を欠く景色を前に胃から込み上げるものを抑えた。これ以上これを見ていれば、おかしくなってしまう。

 

 なぜ自分がこんな目に、誰があんな酷いことを、そんな思考が頭を埋め尽くす。あまりの恐怖に目眩を起こし、壁に手をついた。手にベッタリと着いた血糊を前に少し冷静になった。

 

 聞いたことがある、血液の凝固時間は15分ほどらしい──ということはまだ犯人が近くにいるかもしれない、そう考えた瞬間、死体の奥からザッと足音が聞こえた。

 

 自分の考えた最悪の想像が現実になる可能性に、一歩、二歩、と後退る。

 

ドンッ

 

 突然背中に感じる衝撃、私は死を予感し、走馬灯が脳内を駆け巡る。

 

 お父さんお母さん、禊さんに御坂さん、初春に白井さん。みんなの顔が浮かんでは消える。

 

「今までありがとう、みんなのおかげで私は幸せでした。もう死ぬしかないならせめて楽に────ってあれ?」

 

 腰を抜かし、死を覚悟し目を瞑るも、倒れないしなかなか死なない。それとももう死んでるのだろうか? というか誰かに支えられてる? 

 

 目を開くと、私の最も頼りにしている先輩。球磨川禊が私を抱えていた。

 

「禊さん……!」

 

 事情を説明しようという時、再び死体の奥から足音が聞こえた。息を飲む佐天を庇うように球磨川が前に立つ。

 

『タチの悪い冗談はここまでにして欲しいな』

 

 どこか落ち着かない様子で口を開く球磨川の視線の先に立つ人影。その『誰か』は払拭された闇の中から姿を現した。

 

『御坂妹ちゃん』

 

 

 

 


 

 向かい合う球磨川と御坂妹、どちらともなく声を上げたのは球磨川だった。

 

『いや〜、にしてもびっくりしたよ。3分で戻るって言ったのにどっか行っちゃうんだもん』

 

 球磨川にしては珍しく、惨状から目を逸らしながら軽く言葉にする。

 

『ま、何にしても君が無事でよかった。まだこれをやった犯人が近くにいるかもしれない、さあ早くここを離れよう!』

 

 急かすように早口で捲したてると、御坂妹の腕を掴もうとする。御坂妹はそれを避けるように一歩下がった。

 

「いえ、この状況を作った犯人がここに戻ることはありませんよ。とミサカは報告します」

 

『……その心は?』

 

「本日の実験は終了しましたから、とミサカは本日分の実験の終了を伝えます。これからこの実験場の清掃を行いますので、外で待ってていただけますか? とミサカは確認を取ります」

 

『いやいやいや、その口ぶりだと君がこの実験に()()しているように聞こえるけど?』

 

「ミサカが協力しない理由は無いと思いますが? とミサカは逆に聞き返します」

 

『……?』

 

「────? ()()()に入っている時点で本実験の関係者かと思いましたが……念の為、パスの確認をします。とミサカは有言実行します。ZXC741ASD852QWE963」

 

 腕を組み首を捻る球磨川を見て、御坂妹は納得したというように頷く。

 

解読(デコード)出来ないということは実験の関係者ではないようですね。とミサカは確信を得ます」

 

『いやいや、コードとか実験とかよくわかんないけど……?』

 

 困惑する球磨川を横目に、()()を開始しようとする御坂妹。その背後から足音が鳴る。1つ、2つ、いや、それ以上。

 

「え……?」

 

 御坂美琴に妹がいた事実や、その妹がこの惨状を前に平然としていること、その諸々を噛み砕くことが出来ないままに困惑の声をあげた佐天に、足音を鳴らす者達が口々に声をかける。

 

「驚かせてしまいましたね」「安心してください」「この件に事件性はありません」「実験場に一般人がいるとは」「猫を置き去りにしたことは謝罪します」「猫を巻き込むわけにはいかなかったので」「お姉様のご友人に迷惑をかけてしまいました」「清掃のため薬剤を撒きます、とミサカは」「そちら側を持ってください、とミサカは……」

 

 佐天が顔を上げると、友人である御坂美琴と同じ顔をした少女たちがこちらを見ていた。正直、現実味が無さすぎる。

 

『…………ふぅ、これだけ同じ顔がいるって言うならそこに倒れてた子も君達の一人だったのかな?』

 

 一つ息をつくと落ち着いた様子で口を開く球磨川、その横で佐天は震える体を抑えるのに必死だった。

 先程まで倒れていた少女、それすらもこの子達の一人だと言うのなら、御坂美琴の妹の一人だと言うのなら──それほど恐ろしいことも無いと思ったからだった。

 御坂美琴の親しい友人である自覚がある。あるだけに、彼女がこれを知っているのかが気になって仕方がない。佐天の視界は徐々に狭まり、思考の坩堝にはまっていく。

 

「はい、その通りです。とミサカは肯定します。……あぁ、ご安心ください。今まであなたと関わっていたのは私、検体番号10032号です。と答えます」

 

 御坂妹は球磨川の表情を伺うと、そう答えた。

 

「電気を操る能力の応用で互いの脳波をリンクさせています。他のミサカは10032号の記憶を共有しているにすぎません。とミサカは追加説明をします」

 

 笑っている球磨川と体を抑え震えている佐天に追加で説明をする。御坂妹は佐天が震える理由を、急にみんなで話しかけたからかな? 程度にしか考えていない。

 

 そんな御坂妹の様子を見て、佐天は震える唇から吐き出すように言葉を口にした。

 

「あなたたちは、なんなんです…か?」

 

「私達は超能力者(LEVEL5)であるお姉様(オリジナル)の量産軍用モデルとして作られた体細胞クローン、妹達(シスターズ)です。とミサカは答えます」

 

「なんで、なんで平然としてられるんですか……?」

 

「質問の意図は分かりませんが、私たちは実験のために生まれた実験動物(モルモット)ですから。とミサカは答えます」

 

 そして御坂妹は周囲を見回し、清掃の終了を確認するとスっと頭を下げた。

 

「本実験に巻き込んでしまったこと、重ねてお詫びします。とミサカは頭を下げます。では、失礼します。とミサカは気まずい空気から逃れます」

 

 実験動物(モルモット)であると、無機質に自称するその姿に佐天は言葉をかけることが出来なかった。隣に立つ球磨川は何を考えているのか分からないし、去っていく彼女たちが何を言っているのかも理解が出来なかった。佐天の心の内には御坂美琴を信じたい気持ちだけが心に残っていた。

 

 妹達(シスターズ)が去り、2人だけになった路地、先程までの惨状が嘘のように綺麗さっぱりと清掃された路地。今までのは夢だったのではないかと錯覚するくらいの静けさ。

 静寂を破るように球磨川が口を開く。

 

『涙子ちゃん、御坂ちゃんに会いに行こう』

 

 ジメジメとした蒸し暑さ、セミの鳴き声。そして球磨川の声だけがここは現実だと主張するようだった。

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