7月19日、夕方
街がオレンジ色に彩られ、どこか異世界のような雰囲気を出している。時刻は17時を回る頃、球磨川は1人街中を歩いていた。
『あ〜、終バス逃しちゃうなんてツイてないなぁ。いつもの事だけど』
そんなことを言いながら歩いていると、背後から声をかけられた。
「ねぇ、ちょっと!」
『ん?』
声をかけられ振り向く。そこには学園都市でも屈指の名門お嬢様学校の制服を身に着けた少女が立っていた。
『どうかしたのかい? 御坂ちゃん』
「気安く御坂ちゃん呼びしてんじゃないわよ」
『御坂ちゃん以外の呼び方……ビリビリ中学生とか?』
「なによそれ、変な呼び方……それよりはまあ御坂ちゃんの方がマシかもしれないわね……ってそんなことはいいのよ」
仕切り直そうとする御坂を遮り水を差そうとする。
『呼び方の話は君からしだしたんじゃないか』
「なによ、私が悪いって言いたいの?」
『いやぁ? そんなことは無いけど? それで? 天下の
劣等感と敗北感がごちゃ混ぜになったようなねっとりとした声でいやらしく球磨川は言った。
「何の用、ですって? 決まってるじゃない! あんたにちゃんと勝つのよ! 今日こそはいつもみたいに行かないんだから!」
そんな過負荷で不快な声を前に一切気圧されずにバチバチと電気を発しながら言った御坂に呆れたような諦めたような顔で球磨川は言う。
『はぁ、またそれかい?』
『そろそろ飽きないの? 御坂ちゃんはそう言って毎回僕に勝ってるじゃないか』
「はぁ? 何言ってるのよ! あんた毎回毎回おかしな負け方するじゃない! あんなの勝ったとは言えないわよ!」
徐々に電圧と共に勢いがヒートアップしていく。
「この際だから言わせてもらうけどね! 一番ムカつくのは、あんたが私のことをただの子供扱いしてくる事なのよ!」
バチン! と一際大きな音が鳴ると球磨川の服から煙が出始めた。
『おいおいおい、僕の携帯が壊れちゃったじゃないか! これで君に壊された携帯は18台目だぜ? もうちょっと優しくしてくれたっていいと思うんだけど』
ぶつくさと言いながら携帯が壊れたことを無かったことにし、落ち着くと御坂の目を見ながら諭すように話し出した。
『御坂ちゃん、子供扱いしてるって言ったって仕方ないことだとは思わないかい? 君は中学二年生で僕は高校三年生だぜ? 実に三つ以上も年が離れてるって言うのに子供扱いするな、なんて無理な話だとは思わないかい?』
常識を子供に説明するような優しい口調で言う。しかし、子供扱いするなと言ったそばから子供に声をかけるような話し方をされ、黙っていられるような御坂では無い。バチバチと強めの電気を発しながら球磨川に詰め寄って行く。
「だ〜か〜ら! そういう対応の仕方がムカつくって言ってんのよ! 私のことを子供扱いしてるから本気で戦わないんでしょ! じゃなきゃ三つも年上な男に毎回勝てるわけないじゃない!」
普通の男相手にならおかしくはない言葉だが、こと球磨川に対してだけは全くの的外れである。球磨川は毎回全身全霊全力で戦っている。ただ、弱いのだ。ほんとに、言い訳のつけようもないほどに弱いのだ。だから球磨川はこう言うしかない。
『いや、確かに普段は子供扱いしてる部分もあるぜ? でも僕はいつだって本気で戦ってるよ。それこそ全身全霊を懸けて本気さ、何度も言っているだろう? 僕だって勝ちたいんだよ』
「それは……何度も聞いてるけど、信じられるわけないじゃない! ずっと括弧つけたような喋り方で胡散臭いやつの言うことをどう信じろって言うのよ!」
もっともである。実際括弧つけで嘘つきでヘラヘラとした男の言うことを普通に信じろと言われたって無理がある。そんな男が嘘をついていない可能性なんて、宝くじの当選確率よりも低い。そんな正しいことを言われてしまえば球磨川に出来ることは1つしかない。
『はぁ、わかった。1回だけだよ?』
「1回……って何がよ」
頭に疑問符を浮かべる御坂を一瞥すると、一呼吸おいて球磨川は括弧つけずに言った。
「君は本当に強い、何度も負けてるけど、いつかは僕が勝ってみせる。絶対にね」
『はい終わり! これで満足かい? じゃあ僕はこの後予定がある気がするから帰るね! また明日とか!』
再び括弧つけると、球磨川は足早に去っていった。
「あいつ、括弧つけないことも出来るんだ……」
球磨川が去り、その場に残されたのは、括弧を外したことへの衝撃を受けながらオレンジの光に照らされる御坂だけだった。
ゴッゴッ、何か固いものがぶつかる音がしている。
球磨川の家の扉の前に清掃ロボットが集まる音だった。
それ自体は珍しいことではない、球磨川に恨みを持つ
覗いてみると、予想とは反して今朝出会ったばかりの真っ白シスターだった。
『おや? 何かと思ったらインデックスちゃんじゃないか、そんなところで寝てたら風邪ひいちゃうぜ?』
ニコニコと貼り付けた笑みを浮かべながらインデックスを抱き起こそうとする球磨川。
いざ抱き起こさんと背中に手を差し込むと手のひらにぬるりと感じる感触、それは夕日に照らされてるからと言うには少し赤すぎる、真っ赤な血。
『
それに気づいた球磨川は迷わず過負荷を発動する。
球磨川がそれを発動した瞬間、地面に出来ていた赤い水たまりは最初から存在しなかったかのように、跡形もなく姿を消した。
それと同時に背後からかかる声。
「おやおや?気を失ってるだけなのかい?神裂が斬ったって話を聞いてたんだけどなぁ」
「神裂が嘘をつく意味もないし【歩く教会】は問題なく機能してたってことか」
赤い長髪に黒いコート、目の下にバーコードのタトゥーを入れている男は疑問を自分の中で解消すると、インデックスの安否を心配するような様子もなく言った。
「ま、何はともあれ
そんな独り言を聞いていた球磨川は待ったをかける。
『ちょっと待ってよ』
それを聞いた赤髪の男はタバコを吸いながら答える。
「なんだい? 僕は忙しいんだ、手短に頼むよ」
『君たちがインデックスちゃんをこんな風にしたのかどうか……なんてのは
『それにインデックスちゃんがどこに10万3000冊の魔道書なんて持ってるのかも
『それよりも君に言わなくちゃいけないのは……』
そして球磨川は一拍置くと、言った。
『そのバーコード、何円の商品なんだい?(笑)』
確実に馬鹿にした、明らかに場にそぐわない質問に対し、それを聞き終わると同時に赤髪の男は額に青筋を浮かべながら努めて理性的な声音で返す。
「その言葉が遺言でいいんだね?名乗らせてもらおう、僕はステイル・マグヌス。魔法名は〘Fortis931〙君を殺す名だ」
『へ〜、覚えておくよ明日くらいまでは!』
軽口と同時にステイルに向け螺子を投擲する。普通に考えて回避不能、完全に不意打ちが決まるはずだった。
【炎よ、巨人に苦痛の贈り物を】
ステイルから発されたその言葉を合図に手のひらに炎が集まり出す。その炎に触れた螺子は
そして、炎の集まった右手を強く振りかぶる。たったそれだけの行為で球磨川は当然のように命を落とした。
享年18歳、これが新居における球磨川の初死亡であった。
次もおそらくお待たせします。