ステイルが少年にぶつけた物は摂氏3000度を超える灼熱の炎剣、結果は見るまでもなかった。
摂氏3000度というのは相当な高温だ、人肉なんかは2000度以上の高熱で《焼ける》前に《溶ける》らしい、少年の生死なんて確認するまでもなく、ついさっき溶けた螺子のようにマンションの床にでもこびりついているだろう。
しかしやりすぎてしまった、これではインデックスを回収できない。
ステイルはため息をついた。
炎の壁を挟んで通路の向こうにいるインデックス、炎の危険さは先程説明した通り。通路の向こうに非常階段でもあればいいが、遠回りしてるうちにインデックスが炎に巻かれてしまえば笑い話にもならない。
ステイルはやれやれと首を振ると、煙の向こうを透かし見るようにして、言った。
「お疲れ様、残念だったね。この状況で大層な煽りを口にするものだからどの程度かと思ったよ。ま、その程度じゃ1000回やったって勝てないね」
『全くもってその通りだ、僕は不思議と何回やっても勝てない』
ゾクッ、と。炎の中から聞こえてきた声に、ステイルの身体は凍ったように止まる。
依然、炎は燃え続けている。辺り一面を覆う炎に反して、ステイルを襲う得体の知れない寒気。
間違いなく当たっていたはず。目の前の少年は3000度の炎に耐えることが出来る? いいや、それはもはや人間ではない。
ステイルが思考を加速させる中、球磨川は平然と歩を進める。
その理解不能な現象を前にしても、ステイルは一歩も引くことは無かった。
「チッ!」
舌打ちと同時に炎剣を水平に振るう。爆発が起き、火炎と黒煙が再び撒き散らされる。
だが、球磨川は依然健在。ヘラヘラと場にそぐわない笑みを顔に浮かべながらステイルに近づく。
まさか魔術師? 否、魔術師であるならインデックスと逃げ回る必要などないはず。10万3000冊の魔道書をもってすれば、世界の常識を書き換えることだって容易だ。1+1=2を1+1=3に変えるようなめちゃくちゃだって出来てしまう。
魔術師たちはそんなめちゃくちゃが出来る存在を〘魔神〙と呼ぶ。
魔界の神ではなく、魔術を極めて神の領域に至ったという意味での魔神。
しかし、目の前の男からは魔力を感じないし。魔術師であるはずも無い。
ならば、なぜ?
ステイルは体を包む寒気を振り払うように再び炎剣を振るう。
爆発、球磨川は消えない。
ふと、ステイルの脳裏に走る閃き。
インデックスの【歩く教会】は
しかし、神裂に斬られた【歩く教会】は完膚泣きまでに破壊されていた。
一体、誰が? どうやって?
球磨川はもう既に目の前まで来ている。あと一歩足を踏み出せば、その手に握る螺子を身体に刺し込めるほどに。
「────世界を構築する五大元素の一つ、偉大なる始まりの炎よ」
ステイルにはもう目の前にいる球磨川が人間には見えていない。人と同じ形をしているのに、中身は得体の知れない何かであるようにしか感じられなかった。
「それは生命を育む恵みの光にして、邪悪を罰する裁きの光なり。それは穏やかな幸福を満たすと同時、冷たき闇を滅する凍える不幸なり。その名は炎、その役は剣、顕現せよ、我が身を喰らいて力と為せ!!!」
ステイルの胸元が大きく膨らむ瞬間、炎の塊が服から飛び出してきた。
それは、重油のようなドロドロとした黒いものを芯としている。人間のカタチをしていた。
その名前は【
その意味は【必ず殺す】。
必殺の名を背負う炎の巨神は、一直線に球磨川へと突き進む。
そして、その大きな両腕で球磨川に熱烈なハグをする。
今度こそ確実に、炎剣の爆発で見えにくいこともない。完全に炎に包まれ溶けて消えた。
確実に炎で包み込み、確実に息の根を止めた。間違いない、この目で見たのだから。
しかし、
ステイルは間違いなく恐怖していた。確実に死んでいなければおかしいはずの状況の中、その男は笑っていたのだ。夢ではない、紛うことなき現実で、己の必殺を受け笑っている。
ふと、ステイルの耳に声が流れ込んできた。
『炎を無かったことにした』
その声が聞こえた瞬間、魔女狩りの王がパッと消えた。
魔女狩りの王だけでは無い、周囲を覆っていたはずの燃え盛る炎さえも消えてなくなっている。
途端に辺りを包む静寂、ステイルにはもはや戦意すら残っていない。
だが、それでも
「それでも僕は負ける訳にはいかないッ!」
轟ッ! ステイルにより、再び生成された魔女狩りの王が球磨川を襲う。例え殺しきれなくても、しっぽを巻いて逃げることになったとしても、
その思いから、ステイルは走り出した。球磨川の後ろに倒れているインデックスに向けて。
ちょうど良く、炎は晴れていた。魔女狩りの王で足止めもしている。そして、インデックスの元に辿り着き、背負い逃げようとした瞬間。
それは背後から聞こえた。
『また勝てなかった』
そのふざけた言葉の意味を理解すると同時に、ステイルは胸を何かが貫通するような感覚と共に気を失った。