ウマ娘 ワールドダービー 凱旋門レギュ『4:25:00』 ミホノブルボンチャート   作:ルルマンド

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サイドストーリー:エラーコード54

 観客の大歓声は、ミホノブルボン一人に向けられていた。

 逃げというのは本来、リードを守るということに重きをおいた戦法である。誰にも邪魔されない序盤に全力を絞り出し、本来勝負をかけるべき終盤にはヘロヘロになりながらもなんとか序盤のリードを守り切る。それが逃げというものだった。

 

 それは決して、器用な戦い方ではない。逃げというものはつまり、ストレートしか投げられないピッチャーのようなものなのだ。

 先行、差し、追い込み。それらには投げるコースを決めたり、どの変化球を投げるかといったような駆け引きがある。

 いつ仕掛けるか、どう仕掛けるか。そう言った楽しみがある。

 

 だが逃げはそうではない。ストレートしか投げない。とんでもなく威力のあるストレートを、1回から9回までひたすら投げ続ける。ひたすら、ド真ん中に投げ続ける。

 スタミナが切れて速度が落ち、球威が落ちたら終わり。あとはボコボコに打たれながら、それまでとったリードが守られることを祈りながら投げるしかない。

 

 ある一部の例外は逃げながら脚を溜めて差しに行くという意味のわからない走りをできたものもいたが、それはあくまでもたった1つの例外でしかない。

 逃げウマ娘は、たいてい終盤はスタミナが切れ、ボコボコにされてバ群に沈む。

 しかし、ミホノブルボンは違った。初っ端から全力で駆け出し――――観客たちには、少なくともそう見えていた――――ただの一度も緩めることなく力で押し切る。

 

 例えるならば、ずーっとひたすら愚直に158キロを投げる。1回から9回まで、ひたすらスピンの効いた158キロを投げる。ただそれだけ。

 

 そしてそのあまりにも圧倒的なパワープレイは、駆け引きというものに慣れ始めていた観客たちの心を掴んだ。

 

 ミホノブルボンは勝ったあともペースを守って200メートルほど走り続け、しばらくしてからようやく速度を徐々に落としはじめた。

 ウマ娘たちがよくやる、勝った後のポーズ――――腕を上げたり、手を振ったり――――もしなかった。虚無的な無表情で虚空を見ながらゆっくりと走っていた、ただそれだけ。

 

 あまりにもあんまりな無愛想さ・無関心さ(本人としては無視というより、集中のし過ぎで単純に目にも耳にも入っていなかっただけなのだが)すらも、観客たちは喜んだ。

 

 こういうのが居てもいい。

 

 ブルボン機械説などというもっともな説を面白おかしく議論し合いながらも、観客たちは新たなスターの誕生を喜んだ。

 超えられない壁を超えた、ちょっと機械的なスターが製造されたことを祝福した。

 

 そして敗けたウマ娘のトレーナーですら、その圧巻の走りには感嘆の声を漏らさずには居られなかった。それほど完璧で、次元の違う走りだったのである。

 

「ぶっちぎりのレコードじゃねえか!」

 

 ライスシャワーのトレーナーはあまりにも圧倒的な走りを見て、次いで表示されたタイムを見て、悔しさを通り越したそんな声が出た。

 それに反して隣の怜悧冷徹冷静三兄弟をその身に宿した男は、実につれない顔をしている。

 

「そうだな」

 

「……お前さ。もっと喜びを面に出したらどうだ?」

 

「別に取り立てて喜ぶほどのことでもない」

 

「ミホノブルボンはそれだけのことをしてきたし、できるだけの実力があった。さも意外とでも言うように大仰に祝福することは、却って彼女にとって失礼だ、ってか?」

 

「そうだ」

 

「それを言えよ、お前。また誤解されかねんぞ」

 

「……考慮しよう」

 

 そう言い残して、席を立つ。

 どこか浮ついたような、そんな歩き方で観戦席から下り、関係者専用の通路を通って控え室に向かう。

 

「マスター。ご報告があります」

 

 圧倒的な勝利を果たしたミホノブルボンが、わずかな喜色すら浮かべずにそこにいた。

 

「そうか。俺も君に対して、色々と言わなければならないことがある」

 

「よろしいのですか?」

 

 私から言っても。

 言葉にしなかった部分を正確に読み取り、彼女のトレーナーは頷いた。

 

「オーダーコンプリート。一着、達成しました。中山芝2000メートルは皐月賞と同じ条件。これよりさらに磨きをかけ、勝利をより確実なものとします」

 

「君の実力と長所が充分に出た、いい走りだった」

 

「はい」

 

 少し、ミホノブルボンの表情が崩れた。

 褒めると言うにはあまりにも無機質な言葉だが、それこそが彼なりの信頼の証だということを知っている。

 

「そして、もうひとつ。私はマスターが下されたもう一つのオーダー、『自分を信じる』を充分に理解せず、レースに臨みました。途中で理解・分析に成功。自分なりの答えを出せたものの、十全な答えを用意する前にレースに望んだ時点で、マスターの期待に応えられたとは思えません。申し訳ありませんでした」

 

「そう、そのことだ」

 

 ミホノブルボンは、少し身を強張らせた。

 見捨てられることはないだろうと、信じている。願っている。祈っている。だがもしそうなればと考えたことがないと言えば、嘘になる。

 

 今が夢かもしれないと、朝起きたら彼が居なくなっていて、夢を擁護してくれる人がまた、お父さん一人だけのあのときに戻る。そんなことが起こるかもしれないと思ったことがないと言えば、嘘になる。

 

「俺は君の三冠の夢を応援すると言ったし、実行するための計画を立ててきた。だがどうしても、そのために乗り越えなければならないことがあった」

 

「私に対して、過去でもなく未来でもない今に自信を持たせる、ということでしょうか」

 

「そうだ。俺にできるのは過去を積み上げていき、未来を進むための推進力にすること。そして進む先の未来をより鮮明に描き、魅力的なものにすること。それだけだった」

 

 すまなかった、と。

 なんの迷いもなく、ミホノブルボンのトレーナーは頭を下げた。

 

「俺には――――君が何の寄る辺もない状態で、今の自分しか信じられない状態で走らせる以外の解決策が見い出せなかった。思いつかなかった。これは俺の指導力不足であり、怠慢だ。結果的に君は精神的な不安定さの中でレースに臨まねばならなかったし、結果によっては二冠すら危うくなるところだった。

もしかしたら今に対しての自信がなくとも、君は三冠ウマ娘になれていたかもしれない。だが俺は、君の選手生命をチップにしてこのホープフルステークスを勝つことに賭けた。これは、トレーナー失格だ」

 

 すまなかった、と。もう一度繰り返す彼に向けて、ミホノブルボンは口を開いた。

 

「マスターは……私の指導を、もうしてくださらない、ということでしょうか」

 

「君が許すなら、指導は続けたいとは思っている。だが、許しを乞うつもりはない。今の君ならば引く手あまただろうし、自分の夢を危機に晒したトレーナーとそれらを吟味し、その上で――――」

 

「マスター」

 

 夢を危機に晒した、と。この人はそう言った。だが、輪郭だけの夢は危機に晒されようがない。

 危機に晒されるのは、実体があるからだ。では実体があるのは、なぜか。実体を持たせてくれたのは、誰か。

 

 そんな理屈が頭をよぎって、消える。自分でも驚くほどに、ミホノブルボンは焦っていた。

 

「私の夢は、マスターと共にあります。お父さんと描いた輪郭を実体にしてくださったのは、マスターです。私のマスターは、貴方です。貴方だけが、私のマスターです」

 

 未だかつてこれほどまでに長い言葉を喋っているミホノブルボンを見たことがない。

 下げた頭を少し上げて見て、トレーナーは少し驚いた。

 

「今回マスターが投機的な解決策に出ざるを得なくなった原因を作った私こそが、謝るべきです。申し訳ありません」

 

「いや、君は悪くない。悪いのは俺だ」

 

 いつも通りの断定形に、彼女は少し安堵する。

 少なくとも謝っていたあの時よりはマスターはマスターらしくなったと、そう思えた。

 

「貴方は、私のマスターです。他はありえません」

 

「そうか」

 

「はい」

 

 いつも通りの冷徹で明晰な顔は変わらない。

 だがなんとなく、ほっと一息ついたような安堵感が漂っているような気がした。

 そんな彼を見て、ミホノブルボンは咄嗟に思っていたことが口に出た。

 

「……マスターは私と共に栄冠を掴みたいとは思われなかったのですか」

 

 ――――優秀なウマ娘は、首に縄をつけてでも離すな。

 

 トレーナーの間では、そう言う教えもある。優秀なウマ娘の担当を勝ち取れれば、良質な経験と実績と栄光と、実利を得られる。経歴に箔がつく。

 ついた箔を利用すれば、また優秀なウマ娘をスカウトできる。

 

 そういう言葉もあると、彼女は父から聴いていた。

 

「君が目指すべき夢を達成できるのであれば、俺としては必ずしもトレーナーが誰だというところに固執する必要を感じない」

 

 彼は自らがとった手段が間違っていたからではなく、他の方法を見いだせなかった無能を謝ったのである。

 

 例えばここで関係が決裂したとして、その上でレース前に時を戻せたとする。

 そうしたら、彼は最後の最後まで悩むだろう。他の方法はないものか、と。

 

 だが見つからなければ、決裂が確定したとしてもより自分のためになる方法を取る。誰にやめろと言われても、たぶんやめることはない。

 彼が一度信じた物に殉じる人間であることを、ミホノブルボンは流石に察してきていた。

 

「私はマスターがマスターとして居てくださることこそが、最良にして最優であると信じます」

 

「ああ。今のところはそうだと、俺も思うよ」

 

 ――――これでも一応、自己の能力に対しては自信も自負もある。

 

 そう言った彼の持つ自信とか自負は、正当なものだ。

 どんな状況であろうとも理性的な彼が示す指針は、間違いなく正しい。彼がミホノブルボンを信じているように、ミホノブルボンも彼を信じている。

 

 だがなんというか、彼はあまりにも感情というものを無視している。

 感情はあるのだろうが、判断能力とか行動指針とか、保身とか。本来ならば感情が作用してくるであろうそれらから、徹底的に感情を排除しているのだ。

 

 彼は、相手の心を読むのに長けている。つまり感情がわかる、ということなのだ。汲み取った感情を、意図的に斟酌しないときがある。というか、一瞥もくれないことが多いだけで。

 

(……?)

 

 なんでそんなわかりきったことを今更分析しているのかと、ミホノブルボンは自問した。

 軽くエラーが起こっている。抱きようのないはずの不満が、わずかにデータベースを侵食している。

 

「君」

 

「はい」

 

「あと17分でウイニングライブの時間だ。そろそろ更衣室に行ったほうがいい」

 

 急かすにしてはあまりにも理詰めに過ぎる言葉に従い、控室を出て更衣室に向かう。

 

 ウイニングライブ。レースで入賞を果たした者たちがステージに上がり歌って踊るという、レースと双璧を為すコンテンツ。

 今中山レース場に詰めかけた観客の半分がレースを見に来ているとすれば、残りはライブを見に来ているのだ。

 

「歌うときは決められた感情を出す。教えた通りの抑揚を再生する。表情に関しては任せる」

 

 歌えば棒読みちゃん、踊れば教材、表情は能。

 つまり歌っても声には見事に感情が乗らないし、表情が変わらない。完璧なダンス技術とは裏腹に、かつてのミホノブルボンには色々と問題が多かったのである。

 

 だが今はダンスはそのままに、歌は調声抜群のボーカロイド程度にまでは進化していた。

 ボイストレーナーからは『どうしたらここまで機械っぽく歌えるのかしら……』とまで言わしめた無感情――――詳しく言うならば童謡読み聞かせの如き絶望的な抑揚は、それなりに改善された上でメイクデビューを迎えたのである。

 

「はい。マスターの指導通り、完璧にウイニングライブを実行します」

 

 言行一致というべきか、ミホノブルボンは大盛況のうちにウイニングライブを完遂した。

 

 因みにそのライブ内で彼女が披露した歌は、前日のリハーサルのときに歌い上げたもののそれと一音半句の狂いもなく同じであった。

 

 圧倒的な走りを見せて観客を熱狂に包んだ彼女が持つ、あまりにも正確無比で優秀すぎる蓄音機としての才能。

 それに気づいた人間は、このときはまだいなかった。




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