ウマ娘 ワールドダービー 凱旋門レギュ『4:25:00』 ミホノブルボンチャート   作:ルルマンド

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これまでフューチャーしたウマ娘全員出せてよかったと思ってますわ! メロンパフェが止まりませんわ! あと100話ですわ! くそなげぇですわ!

100話記念で質問箱設置しました。気軽にどうぞ。今のところ100%答えてます。
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サイドストーリー:無敗をかけて

「エアグルーヴはどうなった?」

 

「あいつを頼む、とさ」

 

 エアグルーヴとサイレンススズカは友達だ。親友だと言っても良かったかもしれない。

 サイレンススズカは基本的に静かで交友関係の狭いウマ娘だった。だからナリタブライアンには彼女がどう思っていたかはわからないが、少なくともエアグルーヴは親友だと思っていた。

 

 だから珍しく廊下を走ってきたエアグルーヴは生徒会室から出てきたミホノブルボンの手をとって、頭を下げて頼んだのだ。

 

「まさしく友情だな。我々としては、うまく行くことを祈ろうか」

 

「こんなときにも他人の心配か」

 

「こんなとき。エアグルーヴに何かあったか?」

 

 はぁ、とふぅ、と間。

 生徒会室の扉に背を預けたもうひとりの生徒会副会長は、天を仰ぐように顔の角度を上げた。後ろでまとめたテールヘアーが擦れて、頭が少し痛む。

 

「私が言ってるのはアンタのことだ。好きだったんだろ」

 

 シンボリルドルフがこれを機に――――というか最近はずっとそうだったが、自分が彼の隣にいるということへのこだわりをなくしたことを、そして自分の中に蟠るある種の感情の制御を果たしたことを、ナリタブライアンは知っていた。

 

「だった、ではない。今も好きだ」

 

 予想していたからか、あるいは今も思っていたからか。シンボリルドルフは即座に信頼する副会長の片割れが言わんとするところを察して返した。

 

「なおさらだ。言わなくてよかったのか?」

 

「言うことによって彼が幸せになるなら、言うさ」

 

「すればいいだろうが」

 

 男らしい、そしてナリタブライアンらしい言い草に、ふふっと笑う。

 

「私はね」

 

 それがシンボリルドルフらしくない喋り方だと気づく前に、次の言葉はやってきた。

 

「自分の善意が無条件に他人を幸せにするとは思えなくなったんだ。盲目ではなくなった、というのかな」

 

「だが、好きなんだろう」

 

「好きだ。だがそれ以上に愛している。彼が選んだ結果であれば、私は無条件に誰よりも祝福する。彼が幸せであれば、別に隣にいるのが私でなくとも構わない」

 

 愛というやつが恋より上であるとか、上質なものであるとは思わない。思わないが、より見返りを求めないものらしい。

 

「言ってくれるなよ、ブライアン」

 

「……私にその気持ちはわからんが、アンタの決断の苦しさもアンタにしかわからんだろうからな」

 

 理解できないし、する必要もない。されることを、シンボリルドルフは求めていない。

 だがその心の美しさは、向ける感情の清らかさは、無条件で尊敬に値する。

 恋をしたことのないナリタブライアンからすれば、少なくともそう思えた。

 

 そして譲られた側――――こう言えばシンボリルドルフは『勝ち取った側だ』と訂正するだろうが――――はエアグルーヴからの真摯な頼みを聴いて、画面の中でしか存在を感じられなかった存在が実像を結んでいくような感覚に囚われていた。

 

 本当に、あの栗毛の逃げウマ娘はここにいた。ここにいて、走っていた。マスターの隣にいた。

 その感覚が、他人から語られるにつれてどんどんと身に沁みていく。

 

「やあ、ブルボン」

 

 片手に松葉杖、片手に本。

 図書館で借りてきたらしいそれらを手に抱えたトウカイテイオーは、手の代わりに軽く右耳を高く上げて振った。

 

「退院おめでとうございます、テイオーさん」

 

「それはありがと。だけど、どうしたの?」

 

「フランスに行くことになりました」

 

 まあ座りなよ、と。

 図書館から延びる廊下を抜けた先にあるラウンジの一席を顎で指し示して、トウカイテイオーは自らも座った。

 

「……ああ、この時期にってことは凱旋門賞?」

 

 そのレースの名は、日本トゥインクルシリーズに刻み込まれている。

 スピードシンボリ、シリウスシンボリ、シンボリルドルフらが挑み、そして近年ではエルコンドルパサーが挑戦して2位に食い込んだ。

 

 エルコンドルパサーとトウカイテイオーの間に直接的な交友関係はないが、彼女の友達のスペシャルウィークと深い交友関係がある。

 

「はい。そうらしいです」

 

 そうらしいってことは、これまでみたいにレース自体に明確な目的があるわけじゃないのかな、と。

 トウカイテイオーは、持ち前の鋭い感覚で察した。

 

 クラシック三冠は、ミホノブルボンの夢だった。

 天皇賞春は、彼女がこれまで積み重ねてきた距離への挑戦の集大成だった。

 宝塚記念は、彼女がこれまで覆してきた血統というものへの最後の挑戦だった。

 

 そして今度は海外遠征を行い、日本のトゥインクルシリーズに所属する全ウマ娘の悲願である凱旋門賞に挑み、勝つ。

 そのあたりが目的かと思ったが、そうではないらしい。

 

「ま、なんだろーといいけどさ。あんまり主体性がないというか、いまいちレース自体を見てないというか。君らしくないのは確かだね」

 

 それは『ふわふわした意識のままに挑んで、自分以外に負けるな』という激励であったかもしれない。

 トウカイテイオーにとってのミホノブルボンは越えたい壁だった。

 だがそれは誰かにボロボロにされてもいいからとにかく越えたいというものではなく、自分の力で越えたいというものなのである。

 

「そうでしょうと思います。私が挑むのは私の意思ではありますが、マスターのオーダーによるものですから」

 

「へぇ……規律と献身を友にしてきた神父が急に無道を進んで虚名を目指す邪教の司祭になったくらいの宗旨替えだね。そんな欲があるようにも思えなかったけど」

 

 理性的には性格も性質も性能も認めてるけど、それはそれとして嫌い。

 そんな彼女らしいと言えばらしい、好悪の情がハッキリ出たような表現だった。

 

「欲というより、贖罪ですから」

 

「ふーん……まあなんにせよ、勝って帰ってくるんでしょ?」

 

「そう在りたいと思います。ですがそう簡単でないのもまた、確かです」

 

「それさ。3度骨折したウマ娘が復活するのと、どっちが難しいかな」

 

 それは単純な揶揄ではなかった。自分の道の困難さを知って、そしてミホノブルボンの目指す道の困難さも知って。

 それでいて、ミホノブルボンは勝つとトウカイテイオーがそう信じているが故に、ふと表に出たのである。

 

「3度骨折したウマ娘がトウカイテイオーでなければ、私の目指す道のほうが易しいものであろうと洞察します」

 

「……無邪気に期待してくれるのは嬉しいけどさ。される方の身にもなってほしいね」

 

 自分を知り尽くしたライバルからの期待は、無責任な観客やファンたちから向けられるそれらとはその性質が大きく異なる。

 要はこれは、言葉とは裏腹の照れ隠しだった。耳がぺたりと伏せて頬が赤らんでいるあたりからも、それがわかる。

 

「ですが、されないよりはマシでしょう。それにこれは期待ではありません」

 

「じゃあ、なにさ」

 

「確信です。2度あることは3度ある、とも言いますし」

 

「ふふ……」

 

 シンボリルドルフと同じ三日月型の一房の白い毛が、肩と連動して上下に揺れる。

 大きく笑わないものの、腹からは笑っている。そんな彼女はギプスをした方の脚を見て、ミホノブルボンの方を真っ直ぐ見据える。

 

「勝つよ、君は。トウカイテイオーに、メジロマックイーンに。そしてなにより、シンボリルドルフに勝ったんだから」

 

 ボクに、ではない。あくまでも、トウカイテイオーに。

 そのあたりに彼女の複雑な心境を感じつつ、ミホノブルボンはふと気づいた。

 

「ありがとうございます、テイオーさん。それにしても」

 

「それにしても?」

 

「マスターみたいなことを言いますね」

 

 口がパカーンと開いて、舌がグニャーンと曲がる。それは菊花賞直前に骨折を告げられて叫んだときのような――――例えるならばえぇーーー!!という音にならない言霊が伝わってくるような顔をたっぷり2.309秒維持してから、トウカイテイオーは苦虫をかみ潰した顔を経由してもとに戻す。

 

「すっごく嬉しくないよ。ありがと」

 

 そんなお礼の言葉を受けて、ミホノブルボンはトウカイテイオーと握手して別れた。となるとあとは、目指すべき場所は決まっている。

 

「そうか。あいつ、ようやく目の前の段差にわざと躓き続けるような自傷行為に終止符を打つ気になったか」

 

 将軍。

 参謀と呼ばれていた頃の同僚。そして自他共に認める東条隼瀬の親友は、ミホノブルボンの意図するところを正確に把握した。

 

「ライスなら表にいる。東京レース場の模擬グラウンドにな」

 

「ありがとうございます」

 

 礼儀正しく頭を下げて駆けていくその姿の背を見て、将軍はひとつ呟いた。

 

「……それはこっちが言いたいくらいだ」

 

 と言っても、本人には聴こえてはいないだろう。

 

 あのウマ娘の妙な幼さとか無邪気さが、度々不器用な友人の心を救っていたことを知っている。

 その傷に沁み入るような無垢さが、どうやら傷の奥深く、膿んで熱を持った核にまで触れたらしい。

 

「よかったなと言いたいし、実際そう思っているわけだが……となると俺とライスはあいつとブルボンをどうやって倒せばいいのかな」

 

 まあ人事を尽くして天命を待つというように、やることをやり切った上ではなるようにしかならんか、と。将軍は、彼らしい楽観で肩をすくめた。 

 

「んなことをどうこう論じる前に、ジャパンカップのことを考えるべきだろうな」

 

 天皇賞秋は距離が短い。後半戦で走るべきはジャパンカップと有馬記念。対抗バ的存在のトウカイテイオーも怪我でいないこのあたりで、GⅠを一つくらいとっておきたい。

 そしてその実力がライスシャワーにはあると、将軍は信じていた。

 

 そして信じられている側はと言えば、一旦走るのをやめて迫りくるライバルを見ていた。

 

「ライス」

 

「ブルボンさん」

 

 一応、言いたいことはあった。用意してもいた。お互いに、色々話してきた。

 日常生活を共有する友として。だがいくら仲が良くとも、話題や思考を共有することができても、栄光を共有することだけはできない。

 

 ミホノブルボンはライスシャワーに度々栄冠を脅かされ、ライスシャワーはミホノブルボンに手に入れるはずだった栄冠を奪われた。

 だがそれでも両者の間には変わらない絆があって、互いがいてこその自分だという自覚がある。

 

 ライスシャワーは、訊かれることがあった。ミホノブルボンがいなければもっと勝てていたと思わないか、と。

 

 彼女自身も優秀でGⅠを勝つにふさわしい実力を有しているからこそ。

 そしてなによりも戦略で負けている盤面でミホノブルボンという絶対的な存在と対局し、戦術的な攻勢で度々あと一歩のところまで追い詰めているからこそ。

 そしてなによりも、可憐な姿とそれに不釣り合いな闘争心に魅せられているファンが多いからこそ。

 

 彼女にも。いや、彼女にこそ勝ってほしいと思うファンがいる。

 

 だがそういった手合の質問に、ライスシャワーはこう答えた。

 

 ――――ブルボンさんがいてこその私です、と。

 

「行くの?」

 

「はい」

 

「じゃあ勝って帰ってきて、ブルボンさん。ライス、今度はブルボンさんが望むレースで、また一緒に走りたいから」

 

「天皇賞春でなくていいのですか?」

 

 日本のトゥインクルシリーズのGⅠレースには、ライスシャワーにとって短すぎる距離しかない。

 適性からやや外れているものの、一番マシなのが天皇賞春だった。

 あの3200メートルは、全力を出すならば2400メートルまでのミホノブルボンには長すぎて、全力を出すには4000メートルからのライスシャワーには短すぎる。謂わば、両者が平等に不利を受けるレースなのである。

 

「ブルボンさんは一回、挑戦を受けてくれたから。だから今度は」

 

「ではまた、京都で。貴方と鍔迫り合うにはやはり、あそこがいいと思っています」

 

 肉薄された京都新聞杯。追い詰められた菊花賞。追い越され、そして追い越した天皇賞春。

 ライスシャワーとの激闘の記憶は、すべて京都レース場に眠っている。

 

 二人は、無言で歩み寄った。

 

 いつかのように、ライスシャワーは手を伸ばさなかった。ミホノブルボンから手を伸ばしてくると、わかっていたから。

 

「うん。また、無敗をかけて」

 

「はい。また、無敗をかけて」




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