ウマ娘 ワールドダービー 凱旋門レギュ『4:25:00』 ミホノブルボンチャート 作:ルルマンド
フォワ賞。凱旋門賞が行われるのと同じロンシャンレース場、同じコース、同じ距離で行われる、まさしく前哨戦に相応しいレース。
『圧勝! まさに圧勝! オリエンタルエクスプレス、ミホノブルボン! フランスでも充分にやれることを示しました!』
圧倒的と言っていい走り。無策での、地力による圧勝。
挑戦者を歓迎する喝采に包まれて、ミホノブルボンは控室に戻った。
「マスター。一着、達成いたしました」
「当たり前だ」
端的で断定的なその言葉の中にあるのは、いちいち言うな、とか。いちいち誇るな、とか。そういうことではない。
彼の言葉の底にあるのは、これが普通だというミホノブルボンの実力への信頼だった。
「思えば日本はおかしかった。シンボリルドルフ、ルドルフ、ライオン丸、クリスエス……」
シンボリルドルフと書いて差しルドルフと読み、ルドルフと書いて先行ルドルフと読み、ライオン丸と書いて本能に傾斜したルドルフと読み、クリスエスと書いて知恵と本能を合一させたルドルフと読む。
それは同一人物ではあったが、あまりにも多彩すぎる戦い方だけを見れば、とても同一人物には見えないのもまた、確かなことだった。
「数年前と比べると、改めておかしいと言わざるを得ないな」
「あのときは確か、海外のトゥインクルシリーズとはレベルの差があり過ぎると、と言われていたのでしたか」
「そうだ。重賞ひとつ勝っても偉業。そんなふうに言われたものだ」
「関わっていたのですか?」
「いや。しかし、見たことがある」
その頃、彼はフランスで学生をしていた。だから多少道案内くらいはしたが、実際は何もしていないに等しい。
だが、見たことはある。日本から来たウマ娘とトレーナーが負ける光景を見て、レベルの差を感じたことは、ある。
「うちの一門、爺様連中が勝てなかったと泣くところを見て、子供の頃の俺は思ったのだ。情けないと。この屈辱を拭い去るのは俺だと。その頃の俺は恐るべきことに……なんというか、誇大妄想癖があったからな。知己を未来に求めることに狂奔していた」
「マスターにとっては単なる恥で終わることかもしれません。しかし、世界からすれば真に恐るべきはその誇大妄想が順当に現実を侵食しつつあることだと思いますが」
至極まっとうなツッコミに閉口し、最近知恵をつけはじめたミホノブルボンの方を向く。
「お前、最近物言いが俺に似てきたな。憎たらしくなってきた」
出会った頃の、言葉を額面上にしか受け止められない純粋無垢なミホノブルボン。
幼児のような精神性をしていた相手には絶対に言えなかった揶揄を、東条隼瀬はぺろりと吐いた。
「白糸は染められるままに何色にも変ずる、と言います。私がこのように成長したのはマスターのおかげ。言い方を変えれば、所為です」
若き天才をマスターにしていればぽややーんとしたままになっていただろうし、誓って殺しはやってなさそうな人をマスターにすれば表情筋が劇的な進化を遂げていたであろう。
そしてこのやや露悪的で自己評価が厳しい皮肉屋をマスターにした結果、こうなった。
ミホノブルボンはサイボーグウマ娘である。というか、そう言われている。
しかし実態としては、ソフトの入っていない筐体という方が近かった。そして性能は抜群だが変なソフトが差し込まれた結果、こうなったのである。
まあ筐体の特質というべきぽやーんとした雰囲気や、間違えて蹴っ飛ばされても無邪気に足元にじゃれついてくる仔犬っぽさは隠し切れていないが。
「さしずめ俺は孔明か」
「似たようなものではないでしょうか」
実に自分らしい言い方を目の前の少女がしたことにため息を吐き、東条隼瀬はこめかみを抑えた。
「……思えば君の父君は偉大だった。汚泥の煮込みハンバーグの如き俺の性格の悪さを伝染させてしまって、果たしてどのように謝罪したものかな」
15年か、16年かのどちらか。
まあとにかくその実に長い年月、あの純粋無垢で培養液から生まれたような白無垢ブルボンの純真さを保ってきたのだ。どこかの誰かのセリフではないが、なかなかできるものではない。
「ですが私は今の自分のバージョンをかなり気に入っています。慕っている人の性質の一部をインストールできたわけですから。マスターはどう思われますか?」
「答えにくいことを言うなぁ、お前」
共に歩んでくれたミホノブルボンという奇特なサイボーグウマ娘の変化を否定することは、できない。
過去の自分を否定するということがどういうことかをやっとわかって、そして向き直ろうとしているところなのだ。
「一応、ロールバックも可能ですよ。マスター」
「せんでいい。これまで歩んできた道を否定するのは、一度だけで充分だ」
「はい。そう仰ると思っていました」
サイレンススズカと言うウマ娘と歩んできた道程を肯定しきることはできない。今の自分から見たらあのときは随分と未熟で、根拠のない自信に満ちていた。
それでも否定するのではなく、従容として受け入れるべきだと。結果を見て全てを否定するのではなく、冷静に分析して反省し、改善する。
肯定する必要はない。だが、否定する必要もない。ただ受け入れ、土台にする。その過ちを受け入れた上で、その土台の上により上質なものを打ち立てる。
尊敬すべき皇帝は――――シンボリルドルフは、そうした。自分が無邪気に、才能の暴威であまたのウマ娘の心をへし折っていたことを受け入れて、その上で己を変革し、改善し、進むことを決めた。
幼い頃など、善悪美醜の区別もつかない。あれ程の才能があるのであれば――――大鵬のような翼があれば、広げてみたいと、飛んでみたいと思うのは当然のことであろう。その結果小鳥が少々飛ばされても、気付く方が珍しい。
その気付きを独力で得て、自己を変革した。
やはり、だからこそ皇帝なのだ。
自分は気付くのに遅れ、自己変革も中途半端なままにここにいる。だがそれでも、やらないよりはマシであると信じたい。
「……かわいくて純粋無垢な娘が口が悪いだけが取り柄の変な男に汚されて、俺は悲しいよ。少なくとも俺が君の親だったら、そんな男は刺し殺しているだろう」
「大丈夫です、マスター。お父さんはそんなことをしませんし、しようとしていたら私が守ってさしあげます。それに私はマスターの言うところの汚れを結構いい装飾だと見ています。要は見方次第です」
「物は言いようだな」
「はい。物は見ようです」
会話が一段落した瞬間、脚のケアが終わる。
夏の半分以上休みに費やしただけあり、ミホノブルボンの脚からは前半戦のGⅠ3連戦がもたらした疲労が完璧に抜けていた。
(洋芝と相性がいいのか。あるいは、よくなったのか)
天性のスプリンターにスタミナとパワーを増設したのが、ミホノブルボンである。
もとから素質のあったスピードと、てんで才能のなかったスタミナとパワー。ならば、スタミナとパワーを以てステイヤーにしてしまおう。
近頃はそういう、短所を長所に裏返す育成方針が徐々に導入されているらしい。もっともそれは、一流のスプリンターとしての素質がある娘にスタミナとパワーをつけるという、本来想定されたものと違う用法ではあるが。
個人的には『スプリンターとして伸ばそうにも才能が足りず、マイルや中距離に挑ませようにもスタミナが足りない』という中途半端な娘にこそ使ってほしかったのだが、一度渡したからには使用方法にとやかく言う気もない。
「じゃあ、帰るか」
「はい。ホテルが近いというのは、便利なものですね」
ミホノブルボンの予定されている遠征期間は1ヶ月ほど。走るレースは2戦で、どちらもロンシャンレース場で開催される。
となればロンシャンレース場付近のホテルに泊まるというのが、ある意味では当然のように思えた。
だが実のところ、東条隼瀬はかなり悩んだ末に宿泊するホテルを近場にすることを決めたのである。
(便利なだけではないさ)
人の耳にも聴こえる大歓声と、ウマ娘の耳ならば聴こえる蹄鉄の音。
それらを聴いてレースに思いを馳せ、はじまる前から掛かってしまう。そういうことも、ありえる。
ナリタブライアンなどは、そういうタイプだった。レースが近づくと気が立ち、無闇に消耗する。
姉がそうでもないことを考えると、血ではなく気性の問題だろう。あれで臆病で繊細なところがあるから、扱いには結構苦労していると師匠が言っていた。
だがその点、ミホノブルボンの神経はワイヤーロープでできている。
菊花賞後の一時期ならばともかく今は問題ないだろうと、そう判断しての選択だった。
「まあ、このぶんでは平穏に過ごせそうではないか」
(そうでしょうか)
それは別に、口にするほども無い疑問だった。口にしてもどうしようもならないし、口にしなくても結果はさほど変わらない。
「俺は少し買う物があるから外へ出てくる。別に外出するなとは言わんが、連絡手段を持っていけよ」
「はい。ちゃんとお留守番を務めます。ご心配には及びません」
「勝手に鍵を開けるなよ。まずモニターで来客が誰かを確認して、チェーンをかけてからだ。わかるな」
わかるな、と言うところにいかにも信用されてない感じを悟りつつ、ミホノブルボンは頷いた。例えばシンボリルドルフ相手なら、別にこんなことをいちいち言うまでもなく、さっさと出かけていただろう。
どうにも、日常生活における常識への信頼が薄い。こんなにも――――とまではいかないが、最近はとみに成長しているというのに。
「オーダー、復唱します。モニターで来客を確認。チェーンをかけ、施錠を解除。それでよろしいですか?」
「そのとおり。ではな」
犬にやるように頭にぽんと掌を乗せられて、ミホノブルボンの尻尾がご機嫌に揺れる。
豊かな感受性に比して感情表現に乏しい顔に反比例してにぎやかな反応を示す栗毛の尻尾を見て口の端を上げて、東条隼瀬は立ち上がった。
「帰ってきたら、自分で鍵を開ける。別に気を張っていなくていいからな」
「わかりました。お帰り、お待ちしています」
釣られるように立ち、胸に手を当てて首を俯かせ了解の意思を示すいつものポーズ。
玄関を開け放ちながらその背中が消えるまで見送って、ミホノブルボンはぺたんと玄関付近に座った。
別段、ひとりでやりたいこともない。年頃の娘としてはひとりで居たいと思うこともあるだろうと、少し長めに出てやろうとしている男の気遣いは、まったくもって無駄打ちだったということになる。
そして折角の行動が無駄打ちに終わったのは、東条隼瀬ひとりではなかったのである。
ピー、と。鈴のような音がなり、ミホノブルボンは座り込んでいた玄関から膝で歩いてリビングまで行き、モニターをつけた。
(……この方は)
見たことがある。映像では何度も。肉眼では少し前に一度。
別に警戒する必要もなかろうとモニターを消し、チェーンを外して鍵を開ける。
「はい」
「え? ここ、あの……」
戸惑ったように目を伏せ、メモと部屋番号の間で視線をシャトルランさせながら、サイレンススズカはまとまらない言葉を吐いた。
それなりに聡いところがあるミホノブルボンとしては、なんとなくこのコミュニケーションとも言えないコミュニケーションが意図するところを察した。
「ここはマスターの居室です。何か用がお有りでしたら、上がってお待ちください」
「えっと……貴方は?」
名前を聴いているのか、それとも役儀を聴いているのか。それはわからないが、おそらくは後者であろうと判断して、同じ栗毛の三冠ウマ娘は、実に端的に事実を伝えた。
「同居人です」
「うそでしょ……」
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